天才対決、決着!
何度目の攻防だろうか?
このままではいけないと思ったのだろう。シャルローネは体当たりから、小さな突きをつないで小隊長を後退させた。そう、まずは間合の確保だ。これでシャルローネは、ようやく一息。
だけど小隊長は、またもやヒットマンスタイルの構え。自分からは手を出さなくなってしまう。そして危険領域へと、平気で乗り込んでくるのである。だからシャルローネ、また後退。疲労は蓄積する一方だ。
しつこい。とにかく小隊長はしつこい。だがシャルローネは、こんな事態もきっちり想定していたはずだ。試合前のごろ寝、そこでシャルローネは、小隊長との戦闘をイメージトレーニングしていた。
あのときは表向きアホタレ扱いをしておいたが、シャルローネだからこそあの訓練が効果的である、と納得できる。あの姿こそがシャルローネなのだと。
小隊長のジャブふたつ、フリッカーだ。毒蛇の鎌首のように、下から伸びてくる。シャルローネ、メイスでこれをブロック。しかし、あまり滑らかではない。どこかギクシャクした動きだ。
どうしたんだろう?
そう思っていると、お互いにクリンチの状態。シャルローネが私に目を向ける。これも作戦のうちなんだな〜♪ とか言うのだろうか?
たちけてカエデちゃん……お願いぷり〜ずなのよさ……。
へ? なに、その顔? 今さら何そんなすがるような顔してんのよ? もしかしてアレ? 本当に劣勢なの? 小隊長がアンタの想定外なことしてるっての!?
今さらなに言ってんのよアンタ! やっぱりアンタはバカボンがお似合いよ!
両者、ブレイク。小隊長、ヒットマンスタイル。シャルローネは構えが固い。
そうか、小隊長のヒットマンスタイル。あれがクセモノなんだわ!
そりゃそうか、最近私たち小隊長のファイトスタイルって、バッキバキのインファイターしか見てなかったもんね。今のシャルローネからすれば、小隊長と闘う準備してきたのに、いきなり対戦相手変更を告げられたようなもの。苦戦もするってモノよね。
仕方ない、ここは有能で可憐なセコンド、カエデちゃんの登場よね。
「正面に立たないで、シャルローネ! 鶺鴒の尾で牽制しながら、横へ横へ!」
まずは構えのギクシャク感、硬さを取らないと。そのためには鶺鴒の尾、そして足さばき。これでリズムを生み出す必要がある。現代格闘技はリズム、古武道はメロディー。そんなこと言ったことあったっけ?
でも私の感覚ではそんなカンジ。
現代格闘技は始まりと終わりが明確。だけど古武道はいつの間にか始まっていつの間にか終わっているっていうイメージがある。だから両者は別物なんだろうけど、この際四の五の言ってはいられない。即席だろうとツギハギだらけだろうと、シャルローネをなんとかしなくちゃいけないの。
ん、足に流れが生まれてきた。背筋もシャンと伸びて、いかにも古流って感じがしてくる。いいよ、シャルローネ。今度こそ小隊長は、迂闊に仕掛けられなくなってる。
ホレホレ小隊長、行くよ行くよ♪
なんて、ちょっと調子に乗るとすぐコレだ。さすがバカボン、おだてれば木に登るみたいなところがあるわよね。さっきまで『たちけてカエデちゃん』、なんて涙目だったのは誰なんだろう?
でもこうなるとシャルローネは手がつけられない。メイスに伸びと拍子が出て、ペッシペシと小隊長を打ちまくる。小手から面、面から脚、脚から小手を打って胴に襲いかかる。
ただし、調子コキの連打は小隊長の前さばきで軽くあしらわれている。ほら、早く小隊長を仕留めないと、さっきみたいに窮地に追い込まれるよ?
なんとなくなんだけど、小隊長にとってはシャルローネがどれだけ調子に乗っても、追い込めない怖さがあるような気がするのよね。
あら? 何やってんのよ、バカボン。メイスに勢いが無くなってるじゃない。 あ、いや、違う。
小隊長が前進してきてるんだ。シャルローネの猛攻にさらされながら。重装甲の巨艦のように、どれだけ爆弾を落とされても魚雷を腹に受けても、突撃をやめない迫力で。ジワリジワジワ、小隊長はシャルローネの間合を奪っている。
これはそろそろ決着かしら?
猛攻を耐え忍んで前進する小隊長。連打連打また連打、メイスに勢いが無くなっても、あえて手を休めないシャルローネ。これはもう、お互いに必殺ブローを振るわないとキメられない闘いになっている。
どちらが先に仕掛けるか? それが勝負の分かれ目だろう。
ヒュン、ヒュン……シャルローネの周囲をメイスの繭玉が飛び回る。棒の先端に付いた繭玉とは思えない。驚くほど柔らかく滑らかに。その動きに思わず彗星を連想してしまう。あるいは、紐の先に付いた分銅。
パシィン!
彗星、小隊長に衝突。ただし、ガードの上。
パァァン!
連打、これもガードの上。今回のシャルローネのターンは小隊長を攻め立てていた。間違いなく、シャルローネ有利。顔、胸、腹、脚。ところ構わず容赦なく、繭玉は小隊長を打ちのめす。しかし小隊長はそのことごとくをガード。脚への打撃などはシューズの足裏で蹴飛ばしていた。
これって本当にシャルローネ有利なのかしら? 漠然とした不安が胸をよぎる。
ニヤ……。
え? 笑ってる、小隊長? まさか……。
「カエデさん? いま、小隊長……わらいましたよねー?」
マミも見ていた!? やっぱり小隊長、本当に笑ってたんだ。
「なんだか可笑しくって仕方ないというか、シャルローネさんのこと『思った通りに動くんだもんなー』って思っているというか……」
もしかして、読んでいたのはシャルローネだけじゃなくって……小隊長もシャルローネのイメージトレーニングしてたってこと?
そりゃそうだ、『天才はシャルローネひとりじゃない』んだから。いや、猛烈な努力に裏打ちされた驚異の実力。それはシャルローネの才能を凌駕する牙なんだ。
間をとる両者。どうにか小隊長の前進から、シャルローネは脱出する。
「さっすが小隊長、この連打でも止めきれないか……」
「へっ、ぬるいぬるい。アタイを止めるなら、必殺技でも持って来な」
「仕方ないにゃー」
遂にきた、これこそが本当の『時はきた!』というものだ!
シャルローネ、一度切っ先で小隊長へ狙いをつけて、スルスルと上段。その切っ先は上段から後方へ垂れ下がり、淀みなく脇構え。
「へへへっ、ごめんなさい小隊長。これでメイスの切っ先が見えないでしょ?」
「あぁ、見えないね……。見えないけど、丸わかりさ……」
その言葉が、本当なのかどうか。私には、本当にしか思えない。ヒットマンスタイルを捨てて、小隊長はピーカーブーに戻る。ここが勝負と踏んだのだろう。
そして、そう。そうなんだ、見えないけど丸わかり。シャルローネは自分から脇構えに取ったんじゃない。小隊長に取らされたんだ。始めこそシャルローネの思う通りの試合展開。しかし小隊長がヒットマンスタイルを取ったときから、歯車は狂いっぱなしだった。そして注文通りの脇構え。
間違いない、私たちは小隊長の手の平で、完璧な振り付けでダンスを踊らされているのだ。
「心配するな、カエデ……」
へっ!? わ、私!?
「こっから先はアタイも読み切ってない。シャルローネの一撃がどれだけ速くてどれだけ強いのか、アタイにも読み切れなかったんだ」
ということは?
「こっから先は、どっちが強いのか? それだけさ……」
「行きますよ、小隊長」
「さあ来い、シャルローネ!」
粘つくような時間と空気。タールの海を漕いで渡るようにして、両者接近。いよいよ……間合……。お互いによくやるよ、こんな真似。銃口を眉間に押しつけられたような、ヒリつく時間が過ぎて……。
シャルローネが動く、小隊長が飛び込む! ああっ、小隊長が速い! メイスの繭玉よりも深い位置へと踏み込んだ!
もうダメだシャルローネ、あとはマシンガンブローがダース単位で炸裂するだけ。
すっぽ〜〜ん♪
……………………あれ?
なにそれ? シャルローネのメイスがすっぽ抜けて、小隊長を飛び越して飛んでゆく。そりゃもう、間抜けなくらい美しい弧を描いて。
で?
ポコーーン! シャルローネの縦拳、小指側。空手で言う鉄槌、これが小隊長の脳天に命中。
さらに返す刀じゃないけど、左の拳が跳ね上がって、小隊長のアゴ先をかち上げる。
主審、士郎先生の手が上がった。
「面あり一本! 白の勝ち、勝負ありっ!」
え? なに? そんなのあり?
すっぽ抜けたメイス。空になったシャルローネの手。それが当たっただけで……いや、返す刀でアッパーを決めてるけど。そりゃまあシャルローネも、オシャレ目的な革手袋はつけてるけど、装備を施した拳ではあるけど。
それでいいの!?
場内が、観客席がざわめいている。有りなのか、この判定は? 得物を手放した時点で、剣道では負けになるぞ。そんな声が上がっている。
だけど副審リュウ先生は異議を申し立てず、白の旗を上げている。もちろん緑柳師範も。あんな間抜けな打撃で、一本になっちゃうの!?
「おう、士郎。お客さんが説明求めてっぞ? なんか言ってやれ」
緑柳師範にうながされて、士郎先生が私たちに説明。
「ただ今の審判についてご説明いたします。シャルローネ選手の得物がすっぽ抜けた時点で、トヨム選手の勝ちとなるべきではないか、という声がございますが。それはあくまでも剣道競技の話!
得物を持っていないから油断しましたなどという言い訳は、競技では許されてもこの草薙士郎の目が黒いうちは、絶対に許しません!
一手一撃が生死を分ける勝負の世界、この勝負、得物を失ってもなお闘う意思を貫き通したシャルローネ選手の勝ちといたします!」
これが勝負偏重主義、勝った者こそが強い! 厳しい……これまで努力を積み重ねてきた小隊長に対して、あまりにも厳しい判定です!
それも、師であるリュウ先生まで支持しているのだから、小隊長はいまどれほど孤独なものか!
だけど私たちの小さな英雄は、全然悄気げたりうつむいたりしません。小さな拳を腰にあてて、無い胸をドンと張り、大威張りで言ってのける。
「やったな、シャルローネ! その勝負を捨てない精神、アタイは感服したぞ! よくやったなシャルローネ、でかしたぞ!」
場は丸く納まった。
さすが小隊長、会場は勝者を讃える声で一色! もうお祭り騒ぎではしゃいでいる。ちょっとマミ、シャルローネを肩車して試合場一周だなんて、やり過ぎでしょ!
あれ? 小隊長、どこ行ったんだろ? いつの間にかリュウ先生までいなくなってるし。
「あの……」
お祭り騒ぎに参加しているセキトリさんの袖を引く。
「なんじゃい、カエデさん。今は小隊長のこと、探したらいかんぞ! ほれ、一緒になって騒げ騒げ!」
無理矢理踊らされて、騒ぎに参加させられて、それでも小隊長のことが気になって、誰もいない母屋に上がらせてもらう。
嗚咽がもれている。歯を食いしばる音まで聞こえてきそうな。誰もいない廊下の角、その向こうから聞こえてくる。
そっと、気取られぬように覗き込んだ。小さな小さな、英雄らしからぬ小隊長の小さな背中。それを抱き締める、小隊長に比べれば大きな大きなリュウ先生。
「ウッ……ヒック……ごめんよ旦那。アタイ……アタイ……負けちゃった……」
あ、なんだか見ちゃいけないもの、私、見てる。
「泣け、トヨム。泣かなければ人は強くなれない。優しくもなれない。泣いた者こそ強くなる、泣いた者こそ人に優しくなれる。泣かなければ、人は成長できないものだ。恥ずかしくなんかないぞ、泣いてもっと大きくなれ」
「うえ……ヒッ……グスッ……うええぇぇん!」
ああ、やっぱり師弟なんだな。
リュウ先生にとっては、小隊長こそが愛弟子なのかな? 小隊長のあの席、ちょっぴり夢見たこともあったけど、私じゃなかったんだ。
私たちがこれから歩む道。すでに歩んできたリュウ先生。そして、躓きながら迷いながら、みんなが怯えるような道を全力疾走する小隊長。師匠からしたら、こんなかわいい愛弟子、いないですよね。
あの、リュウ先生。私も失意のときには、そんな風に髪を撫でて、抱きしめてくれますか?
慰めてくれますか?
誰も英雄になんかなれないのかな?
英雄に生まれた人も、英雄なんかじゃないのかもしれない。




