シャルローネ、出撃前
ゴロリと控えで寝そべって、お行儀の悪い女。それが我が校の誇る優等生、というか完璧超人とされるシャルローネだった。
私、思わずため息。そんな私にガバッと身を起こして、
「おー、カエデちゃん! なになに? 試合前の激励に来てくれたの?」
「いや、そのつもりだったんだけど……その姿を見て何もかもやる気が失せたわ……」
小隊長との決戦前、いわば注目のカードのひとつ。メインを取ってもおかしくない試合なのに、この女はいつもとまったくかわらない。いや、もっと……酷い……。
「アップのひとつでもしてるかと思えば……」
「それはもう、インする前に済ませてきたよ♪」
「だったら小隊長対策をおさらいするとか……」
「あー無駄無駄。そんなこと考えても、小隊長には通じないって」
ヘロヘロと手をひらめかせている。
「諦めてるってこと? アンタらしくないわね」
「まっさか♪ せっかくの小隊長との対決。そんな不純物で台無しにしたくないの」
不純物? 小隊長に勝とうとする努力が、不純物? 相変わらず言ってることが意味不明だ。私がシャルローネ対策で、小隊長と稽古していたことは、この女も知っているはず。なら小隊長のクセくらいは、私から聞いておいてもよさそうなのに。
「そんな付け焼き刃やその場しのぎをするよっか、こう、リラックスしてね……小隊長のことを思い浮かべて……どんな動きするんだっけ、小隊長ってどんな風だっけ、って思い浮かべてる方が……ぐう……」
「寝るんじゃないわよ、アホタレ!」
ツッコミで軽く頭をペチリ! アホタレは目を覚まして私を見上げてくる。
「おー、カエデちゃん! なになに? 試合前の」
「それはさっきやった」
「おー、カエデちゃん! 相変わらず可憐ですなぁ♪」
「知ってる。教科書に載っていてもおかしくないくらいに、世間一般の常識として知ってる。で? 小隊長のことを思い浮かべてどうするの?」
ニマッと口角をあげてシャルローネは笑う。
「心を解き放つかな? 自由に、どこまでも飛んでけーって」
そのまま帰って来ないで欲しい。そんなささやかな願いも、神さまは叶えてくれない。
「そしたらね、魂が動き出すのよ、ピョンピョンって」
心がピョンピョンする、とか言い出さないわよね?
「その跳ね出す魂に身体をあずければ、どうにかなるっしょ♪」
同じ日本語を聞いているはずなのに、どうして理解が及ばないのだろうか?
私、ヒザを折り曲げてあぐら座りになったシャルローネの隣に。
「お行儀悪いわよ、シャルローネ」
「さっきまでゴロ寝してた人間に、何をいまさらカエデちゃん?」
なんだか頭が痛くなってくる。
「で、アンタの中の小隊長は、どんなカンジなの?」
「仕上がりはバッチリ、過去最高の調子の良さ♪」
「危機感無いの? 小隊長を甘く見てる?」
「見てる見てる、だってカエデちゃん。最高の仕上がりってことは、絶対に予想外のことはしてこないから♪」
ん? なにこの強者感は? っていうかアンタ、今なんと?
「わからないかなカエデちゃん。仕上がり最高潮ってことは、絶対に自分の得意なことしかしてこないんだよ?」
まさか……アンタ……。小隊長は今、自分の手の平の上とか言い出すんじゃ……。
「じゃ、もういいかなカエデちゃん。私はもう少し、小隊長と遊んでおくから」
そう言って私に背中を向けて、ゴロンと横になってしまった。
ゲーム世界なのに、汗のにおいが届いてくる。火照った体温が伝わってくる。トヨム小隊長の控え。迷走戦隊マヨウンジャーの女の子、アキラくんの持つミットめがけて、小隊長の拳が炸裂する。床を濡らすほどに汗をかいていた。剥き出しの褐色の肌が、汗で輝いていた。ゲーム内アバターだというのに。つまりそのくらい念入りに、小隊長はアップをしている。
「試合開始と同時に仕掛けていくぞい、小隊長はよぉ……」
セキトリさんが解説してくれた。
アキラくんのミットは、頬、脇腹、アゴの下に構えられ、小隊長が『飛び込んでの連打』を狙っているのがわかる。
『それは、小隊長がもっとも得意とする手段』である。
アゴを胸元に糊付けしたように離さず、鼻先で並べたグローブの親指部分を歯で噛み締める。
腕と体、体と頭。上半身のパーツをひと塊にして振り回す。クロスレンジでそれをされると、小隊長を見失ってしまうことがよくある。というかすぐに目の前から消えてしまう。
そこからの連打、見えない場所からの打撃。いわゆるピーカーブースタイルからの、クロスレンジでのインファイト。いつもの小隊長だ。予想外なところなど、何ひとつ無い。
「カエデさん、シャルローネさんはえらくリラックスしとったようじゃのう?」
「大一番を前にして、あの神経は私にもわかりません……」
シャルローネの言ってた言葉。絶好調な者は絶対に予想外は仕掛けて来ない。その言葉を喉まで出かかって止めた。シャルローネの情報を流すのはアンフェアだ。そんなことすると勝負に水を差しかねない。
「カエデ、シャルローネについていてあげなよ」
一連のコンビネーションを打ち終えた小隊長が言う。
「邪魔になるみたいで、事実上追い出されたんですよ」
「それでもそばにいてあげな。アタイの方はセキトリがいるからさ」
もしかして、今にもシャルローネ情報をもらしそうな私、察せられちゃった?
いや、こういうときでもフェア、公平を尊重しているだけかもしれない。とにかく私の周りには、考えを量りきれない人間が多いということだ。
「カエデさん? マミさんはシャルローネさんの方へ行きますけど、どうします?」
「仕方ないなぁ、まるで旧白百合剣士団とトヨム組みたいな陣分けになるけど……」
「久しぶりで、それも良いかもな」
日焼け顔に真っ白な歯。小隊長の笑顔は真夏の祭典に相応しい。私とマミは、パパンパンパンとミットが鳴る控えを後にした。
「やっぱり二人で帰ってきた♪」
顔を見るなり、シャルローネは口走る。まるで私たちの行動さえも、手の平の上にあるかのような、そんな小憎らしい物言いだ。
「まるで予想通りっていう言い方ですねぇ〜」
マミ、構っちゃダメよ。
「予想通り予想通り♪ さっすが小隊長、思った通りの行動してくれるなぁ♪」
イヤだな、小隊長をオオカミや猛獣とするなら、まるでシャルローネはハンター。いつ、どこに獲物が現れるかを読んで、そっと銃を構えるハンター。
小隊長がむざむざヤラれるとは考えにくいけど、手も足も出せずに敗北する未来が、近づいている予感もする。事実、シャルローネの眼差しは確信に満ちあふれていた。
「で、ここでカエデちゃんは私に文句をたれる。『小隊長は念入りにアップしてんだから、アンタも準備しなさい!』って」
「情報漏洩につながるアンフェア発言はしません!」
「うらら〜〜……」
アンタはがんばれロボ〇ンか! って、このツッコミまでシャルローネの予感通りだったら、気持ち悪いわね。
「ねねね、カエデちゃんカエデちゃん。なんで私がこんなに予測ができるとおもう?」
「知りません!」
訊いてもいないことを、シャルローネは喜々として語り始める。
「例えばね、例えばだよ。出雲鏡花さんがみんなに対して、一定の入力をしたとします。出雲鏡花さんなら、その後のみんなの行動。すなわち解を予測できてもおかしくないでしょ?」
顔から血の気が引いた。私、一応軍師。一応参謀格。その私が気づかぬうちに、どうやって一定の入力をしたって言うの!? 罠かっ、この私が罠にかかったかっ!?
「や〜〜い、引っかかった引っかかった〜〜♪ カエデちゃんも頭の良いのに、こういう単純な冗談には軽く引っかかるよね?」
は? 冗談?
……試合前にもかかわらず、本気で殴ってやろうかしらこの女。いや、呪いをかけたり邪神に祈るとかいう非科学的な技法の方が、コイツには効果があるような気がする。それくらいには理不尽な女だ。
「で? 小隊長は念入りにアップしてたんでしょ? でしょ? でしょ?」
「情報漏洩ですよ〜、シャルローネさん!」
マミが咎めるまでもなく、シャルローネは確信を得ている。というか、決め打ちと言ってもいいのではないか。
「ん〜〜小隊長が念入りなアップってことは、ピーカーブースタイルから、クロスレンジの連打。フックアッパー系を中心に組み立ててるよね、絶対」
ゲボっち、なんだか気分が悪くなりそう。まるで自分から手の内が読まれてるかのような、そんな気持ち悪さ。現実世界なら、ストレスで吐いてるわね、きっと。
「ま、それも予測済み♪ ジュンチョー順調ー♪」
もうすぐ試合だって言うのに、私の体調はどんどん低下していくわ……。
いよいよ選手入場! さすがのシャルローネもやれやれどっこいしょ、呼び出し係の声に反応して身を起こす。
陣幕の外に立って入場曲が流れるのを待つ。
「ね、シャルローネ。アンタ入場曲に何を選んだのよ?」
ちょっとだけ、不安が胸をよぎった。不安は的中、と言って良いのだろうか? シャルローネは自信たっぷりに唇の両端を吊り上げた。
「にゅっふっふ〜♪ 大丈夫だよカエデちゃん、シャルローネさんにもっとも相応しい曲を選んだんだから♪」
そこで流れてくるいい加減、もしくはテキトーなイントロ。まさか? いや、だがしかし、これは……。そう、昭和アニメの名曲、天才バカボンである!
「ちょ、シャルローネ! なによこの曲!」
「さ、行くよカエデちゃん! 最強のお姉さんがお待ちかねだ!」
最強のお姉さん、それが小隊長を指してるってことはわかるんだけど。
納得できるかーーっ!!!