タヌキの突撃 あるいは『敗れざる者』
「始めっ!」
主審は代わって士郎先生。その号令と同時、両手の竹刀も置き去りにするような勢いで、とにかくダッシュ!
止まってはいけません、スピードは小型アバターの命とトヨムお姉さまが教えてくれてるじゃないですか! ゆくぞタヌキ、ここは乙女の特攻です!
中段に構えられた薙刀は足でかわして、頭から飛び込み開始! キエェェーーッ!! すると……キターーッ!!
私の頭部を狙って、刃が落ちてきます! 狙いは十分、もれなく私の頭部を破壊するでしょう。
しかし、簡単には取らせませんよ! 竹刀を持ち上げてその下に隠れます!
もちろんその間も前進は止めません! ひたすら突撃です!
それにしても、薙刀はバシバシと落下してきますが、一向に竹刀の間合にはなりませんねぇ。
あっ、なんと芙蓉さん、後退しながら連打を浴びせてるじゃないですかっ!!
おのれなんということを……。って、こんどは石突に返しての突き技っ!!
どうあっても私を竹刀の間合に入れたくないようですね……。つまり芙蓉さん、竹刀の間合での攻防は不利とみていますね?
そうでしょうそうでしょう、そうでなくては面白くありません。
ということで、突き放された間合を詰めるべく、またもや突撃です。
というか、こんなときトヨムお姉さまなら、どうするでしょうか……?
トヨムお姉さまの代名詞といえば、華麗なストライク兵器。矢のように貫く右ストレート! あるいは美しい弧を描く左フック!
いえいえ、答えを焦ってはいけません。ここはショット&ラン、華麗なる足さばきを真似てみましょう!
そうです、私は芙蓉さんに押し返されているのではありません。距離を取っているのです。
そう考えれば、懐に入れないのではなく入らないだけ。敵を散々に脅かして、主導権は私のもの!
ホラホラ芙蓉さん、飛び込みますよ? 飛び込みますよ? 残念、今回は飛び込みませんでした♪
反時計回りにツツッ……ツツッと……。そこからさらに飛び込みのフェイント。
するとどうでしょう、芙蓉さんは目を細めてニィッと微笑みます。……そう、まるで格闘技コミックスの金字塔、なんとかの門に出てくる格闘家たちのように。どんな苦境も困難も、ニィッと笑って逆転を狙う格闘家たち。
そして芙蓉さんは、影のように音もなく、構えを脇構えに取りました。
飛び込んで来ないなら、飛び込ませてあげるよ♪ さあ、おいで……。そんな風に語りかけてくるような構え。
脇構えからの攻めはふたつ。上からか、下からか? どちらでしょう? ……トヨムお姉さまなら、こう考えるでしょう。
『どっちでもいいさ、先にアタイが叩けば勝ちなんだろ?』
くうぅ、カッコイイですシビレます!
上からか、下からか? それがわからないなら考えても仕方ない。とにかく相手よりも先に敵を仕留める!
そのことに集中するしかない。ありがとうございます、トヨムお姉さま。最高の助言、タヌキの耳に届きましたよ!
ジリッ……ジリッ……芙蓉さんがにじるように間を詰めて来ました。ですが、私はさがりません。
それを見ると芙蓉さんの動きも止まりました。警戒してますね、私が退かないから。当然です、退いていては、芙蓉さんを仕留められませんから!
いや、まだダメです。退かないだけでは、芙蓉さんを仕留められません。攻めるんです!
今にも飛び出しそうな竹刀を抑えて、抑えて……。こちらから間を詰めてやるんです!
薙刀、芙蓉さんの間合。ここが一番の危険地帯。そこへ足を踏み入れる。私の構えも脇構え。ただ一刀で敵を仕留める構え。防御など頭に無い、ただ必殺の一刀を打ち込むだけの構え。
来るなら来い! 私の狙いは相打ちです! 例えこの身が朽ちるとも、芙蓉さんだけは生かして帰しません! いえ、むしろ私はこれから死地へと自ら飛び込むのです!
ジリッ……芙蓉さんが退いただけ、私が詰めます。間合は相変わらず薙刀のもの、それなのに芙蓉さんはひと太刀を打ち込めず退くのみ。
さあ、ここからが勝負ですよ! 勝負を決める一撃を覚悟したとき、芙蓉さんも肚を決めたようです。退いていた足がピタリと止まりました!
これは……来る!
まほろばの御門芙蓉、比良坂瑠璃さんと並んで双璧を成す存在。そして飛車の瑠璃さんはすでに、フィー先生に敗れている。芙蓉さんとしてはなにがなんでも負けられないところでしょう。
ですが……芙蓉さん……私は貴女の…………面をいただきます!
竹刀がたどるコースまでありありと思い描き、フェイント……フェイント……フェイントからの……キエェェーーッ!!!
鋭く反応する芙蓉さん。刃は下から私の脇腹を狙って!
なんちゃってーー♪ 芙蓉さん、それは本物の殺気を孕んだ幻。私のフェイントです♪
幻の私を斬り裂いて空振りしたその小手に、「えいっ!」ペチリ! ……という手応えがありません。まさか……もしかして……? 全身の体毛が逆立ちました!
まずい、これは芙蓉さんの『殺気を孕んだフェイントだ!』と!
総員撤退! 受けようなんて思うな! とにかく現場から離れるんだーーっ!! ヒュンッ!
私の可愛らしいお鼻がモゲてしまうような空振り。どうにか紙一重で生き延びることができたようです!
某有名ボクシング漫画に登場した必勝のフェイント、まさか芙蓉さんまで使って来るとは。
どうしましょう、どうするんですか、私。実はこれが私の奥の手。もう切り札はありません!
実力でも得物の間合でも、敵は数段格上。というか実力だけなら雲の上の存在! どうするんですか、可憐なタヌキ! どうしましょう、トヨムお姉さま!?
『これで勝負は五分と五分。っつーか得物の間合だけタヌキが不利。……根性、逆転、勝利のお膳立てが済んだぜ。オイシイな、タヌキ♪』
嗚呼っ、トヨムお姉さま! 何故に貴女はそんなにもハードボイルドなんですかっ! タヌキ、思わず昇天しちゃいそうです!
ですが私の心の中のトヨムお姉さまは、呆れたように言ってくれました。
『おもらしとか昇天してる暇があったら、さっさと打ち込め。御門芙蓉がアクビして待ってるぞ』
そうです、同じ技を使うならば、実力は伯仲。ならば勢いで勝る者が有利! ゆけ、私! 勝利を信じて!
連打連打連打連打連打ーーっ! まだまだ足りない、まだまだ打ち込め! 撃ちてし止まんの精神は、いまここぞと発揮すべし!
打撃の圧力で強豪を押しつぶすんです!
『いや、タヌキ。そうじゃない……。自分よりも強い人間なんて、世の中には山ほどいるんだ。でもな、そいつらを無理矢理にでも一人一人平らげていかないと、勝利なんて得られないんだ。わかるか?
わからんか? わかってもわからんでもイイ。とにかくここは、勝て!』
わかりました、トヨムお姉さま! 相手が嫌になるまで攻めて攻めて攻め抜くんですね!?
『お前、才能あるぞ♪』
身はたとい 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留めおかまし 大和魂
あ……………………。
目の前に薙刀の木刀がせまってくる。これは避けられません。
「勝負あり! 御門芙蓉の勝ち!」
士郎先生の声。そして勝者を讃える万雷の拍手。あぁ……私、負けたんですね……。やっぱりタヌキは化けるだけ、トヨムお姉さまそのものにはなれませんでした……。
「よくやったぞタヌキーーっ!」
「すげぇ! 初心者でそこまでやるのかよ!」
「ショゲるんじゃねぇ! 胸を張れ、タヌキ!」
「内容では押してたぞーーっ!」
あれ? なんですか? この拍手って、勝者を讃えるもののはずでは……。
「戸惑ってんじゃねーーよ! お前を讃えてんだぞ、タヌキーーっ!」
あ、このカラス声。
間違いありません、トヨムお姉さまです。陣幕の隙間から身を乗り出して、拳をガンガン突き上げてくれてます。そしてこんな実況なんてあるんでしょうか?
出雲鏡花さんの声が会場に響き渡ります。
「逆転、また逆転のシーソーゲーム! しかし天上人をここまで追い詰めたヒロインは、新たな戦士、少女タヌキです!
みなさま、なお一層の拍手をお送りください!」
やっぱり、これは私の健闘を評価してくださる、みなさんの拍手。
「やったなタヌキ! 今夜はお前のための夜だぜ!」
「新世代のヒロイン誕生だ!」
「これからも頑張ろうぜ、タヌキ!」
嗚呼、嗚呼、嗚呼、もう、私……。しゃがみ込んで耳をふさいだ私に、差し伸べられる女性の手。
御門芙蓉さんでした。
「ダメだよタヌキ。ヒロインはいつも胸を張ってなきゃ♪」
そうは言いますが、芙蓉さん……。
でも、引き上げられるように片手を引っ張り上げられて、立たされる。
私の右手は勝者のように高々と掲げられ、芙蓉さんの右手は『この者を讃えてください』とばかり差し伸べられて。
貴方は万雷の拍手を浴びたことがありますか?
人は命をかけるくらいに真剣に挑めば、たとえ負けても拍手をもって讃えられるものみたいです。
だから、ガンバレ! あしたのサムライ。