夏イベントへの準備
私たち『トヨム組』と『白百合剣士団』は古武道の足という新兵器を装備。その成果は六人制復活有りのステージで存分に発揮した。発揮した……はずだ。発揮した……のだろう。しかしあまりにいつも通りの結果しか得られていない。そう、元からこのチームは実力が高かったのである。
それが今さら古武道の足を得たところで、キルの数がヒトケタ増える訳でなし。ということで、あちらもこちらも手応えの少なさにちょっぴり不満なようであった。
「いや、トヨム。お前はKOパンチの感触が変わっただろ?」
「ん、変わったよ旦那。イイのが入ったときは、拳に感触が無くなっちゃった」
「ぬ?」
「畑山チャンピオンだったかレジェンド輪島が言ってたんだけど、本当にイイのが入ると拳に感触は無いんだってさ」
それは確かに、不満だろう。
「で、白百合剣士団のみなさんはトヨム組の拠点まで押しかけて来て、何を訴えたいのかな?」
連続して私が訊く。セキトリは不機嫌そうな女の子が押し寄せてきたと言って、奥に避難……ではなく逃亡したのだ。
「はい、リュウ先生。私たちもスキルアップの手応えの無さに不満は感じているんですけど、それを解消したりこの先を見据えた計画を練ってきました!」
シャルローネさんが瞳を輝かせる。なんとはなしに、不吉な予感。いや、そんなことは無いはずだ。シャルローネさんは少々軌道を外れたりするけれど、大人の度量で計れば十分常識人枠だ。
「まずはトヨム隊長、これをご覧ください」
「ん? なんだいこりゃ?」
ここでトヨムを隊長とおだてたり、私をさり気なくハブにしている辺り、老獪な遣り手なり。と見るのはあまりに下衆の勘ぐりだろうか?
しかしそこは、話し相手がトヨム。
「お〜〜夏イベントの東西戦か!」
ダダ漏れレベルで私に情報を与えてくれる。そして私は即座にウィンドウを開き、『王国の刃 夏イベント』で検索をかけた。まずはウィッキーさんことウィキペディアがヒット。あれこれ面倒くさいことが書かれていそうなので、後回しだ。あとは動画サイトの解説とか実況の動画。それが多数引っかかる。
「トヨム隊長、これから夏イベントに向けて、私たちも訓練しておいた方がよろしいのではないかと?」
「そうだな、イベントって大規模な東西戦だよな?」
それとなく調べていると、かなり大混戦な戦闘になるようだ。参加人数は、片軍一万以上とか。
「じゃあまずは動画を確認してみようか」
私が提案すると、なし崩し的に全員ウィンドウを開くことになった。
広大な平原。そこへ集う東西の甲冑武者。もちろん装備は中世欧州風。そして鳴り響く銅鑼。両軍激突、まずは槍争いから。そして隙をみて飛び込む剣士たち、ときには返り討ちにされて撤退して。復活すれば延々とフィールドを駆けて、たどり着く最前線。しかしそこに、希望などあるはずは無く、槍兵に情け容赦なく貫かれ、またも撤退。そして復活して走れば、自軍の最前線は押し込まれている。
ナレーションが入る。
「活躍したければ、活路を見い出せ。そうでなければ……」
無残に斃れる兵卒たち。
「最後の最後まで抗うのだ。平和など望めない、愛は見失って久しい。王国の刃夏イベント2021……八月開幕……」
全員呼吸もできないという様子。そこで私が合いの手を入れる。
「大変だなぁ、イベントって奴は……」
「そうなのさ旦那! 王国の刃イベントって、web上でも困難度数は高いって噂されてんだよ!!」
「だがな、トヨム。お前が去り、シャルローネさんが去り、カエデさんが去り、みんながいなくなった戦場で、ただ一人気を吐いて木刀を振りかざす私。そしてみんなが復帰して最前線に帰ってきたとき、『よう、遅かったな』と言って微笑んだら、格好よくないか?」
「アタイ断然シビレるよ、旦那!」
「ほあ〜〜リュウ先生って格好よかったんですねぇ? マミさんからすれば普通のおじさんなんですが……」
「な、なによ! 私が復帰して先生が待っていてくれるなら、私だって頑張るんだから!」
「いやカエデさん、できれば撤退せずに頑張ってもらいたいんだけど……」
とにかく東西戦というのは、個人の力ではどうにもならないらしい。
そうだというのなら、私と士郎先生。いやしくも古流の手の者。現代人たちにはとてもではないが吐き気をもよおすほどの体臭を放ちながら、我が軍の最前線を守ってやろうではないか。
「ということですのでリュウ先生、当面の目標はこの東西戦ということにした合同チームの強化を念頭に入れた活動をしてみてはいかがでしょう?」
「大方針はそんなところでいいかもしれない。構わないだろ、トヨム?」
「そうだね、今から準備しておいてもいいかもしれないね」
「ではこのゴチャゴチャとした大乱戦、ここで私たちが活躍するにはどうすればいいか? どのような訓練を積むべきか? シャルローネは提案します。探索でゴブリン先生を始めとした、数多のモンスターたちに、一丁揉んでもらいましょう!」
とにかく現れるゴブリン、押し寄せる野良の相撲取り、そして足元には邪魔なプルプルたち。
初めての探索で、比較的面倒が多かった記憶がよみがえる。
「集団戦の慣れには、丁度いいかもしれないな。よし、それじゃあ具体的な方針を煮詰めるか」
ということで、まずは夏イベントの動画を視聴。
東西戦ってどんなものよ、という視点は卒業。こんどは東西戦でどう立ち回るよ? という視点で拝見する。
まずステージは広大な平原である。そして陣地なのか、高みのヤグラがあちこちに建てられていた。ステージ、というかフィールドをまずは上空から見下ろして全体像を映し出す。
「トヨム、ヤグラの数はどれくらいだった?」
「ん〜〜十はあったかな?」
するとひとつのヤグラに千人ほどの兵か……。
「基本的にあのヤグラをひとつひとつ落としていって、その数を競うのが東西戦です。……なのですが!!」
陣営最奥、遠目でもわかりそうな簡易的な築城がなされている。
「この砦を破壊するか総大将を斃すかすれば、ゲームセット。運営の話ではそこで一度リセットされて、再び試合再開になるらしいんですが……」
「らしい?」
「そう、らしいんですが、過去の東西戦で砦破壊までたどり着いたことは無いんですよ」
「じゃあやっぱり、事実上ヤグラ破壊の数で決まるということか」
「それもやっぱりグダグダに近くて、ヤグラを落とす→ヤグラを防衛する→最後まで守り抜く。までしないと、ポイントにならないんです」
「グダグダと言ったね?」
引っかかる。その部分がものすごく引っかかる。
「はい、ヤグラ……つまり敵の拠点を落としても、守ってくれない味方が多いんです。だから結局取り返されてポイントゼロの泥仕合」
「ふむ……」
私はアゴを撫でた。張り切って一番槍で拠点を確保しても、すぐに取り返されたのでは話にならない。
「ではまず、拠点確保の条件とは?」
「ヤグラがあって、それを中心に陣地とされるエリアがありまして。そのエリアに入った人数で拠点確保が決定します」
「ヤグラを壊すとか再構築するとか、そういう手間は無いんだね?」
「はい、ありません」
そうなると、拠点確保と奪還は比較的容易になる。つまりひとつの拠点がクルクル入れ替わりやすいということだ。そういう意味では、シーソーゲームを楽しむというのが正しいかもしれない。
「東西戦はお盆休みの金土日の三日間。十九時から二十一時までの二時間ずつ開催される、かなりの長丁場です」
「そうすると最終日の二十時五十九分に突撃して拠点を奪い返すというのは……」
「上級プレイヤーたちの見せ場、花ですね」
「う〜〜ん……」
トヨムもアゴを撫でて考え込んでいる。とてもではないが、一人二人の力ではどうにもならない。どう立ち回るべきか……。
と、トヨムが口を開いた。
「なあシャルローネ、アタイたちもそろそろひとつのクランに合併した方が、名前とか呼びやすくないか?」
全然違うことで悩んでいたようだ。当然私はズッコケる。
「いえいえリュウ先生、案外重要なことですよ。三人と三人のふたチームではなく、六人一丸。そういうのは重要なんじゃないかと」
「ほい、そしたらクラン名をどうするかのう?」
セキトリだ。いままで奥に引っ込んでいたクセに、女の子たちが機嫌をなおしたと見るや、冬眠から覚めたクマのように出てきやがった。
「ん〜〜関東トヨム組、というのはいかがでしょう?」
「ちょっと、マミ! どこのヤクザよ? それなら『撲殺! トヨム組』がいいんじゃない!?」
「よけいにタチが悪くなったぞ?」
「リュウおじさんの素敵なハーレムというのはどうじゃい? もしくは両手に花」
「別に私はハーレムなんぞ形成してないぞ?」
「ギャグありかぁ……それじゃあ『狙うはお前の右の脇腹!』ってどう?」
「格好いいな、それ!」
格好いいか、それ?
まあ、さまざま議論を尽くして、結局『嗚呼!!花のトヨム小隊』に決定したのだが、子供たちにまかせていると、ロクなことにならないことが判明した。やはりまだまだ大人の手は必要である。
で、新クラン結成ということを陸奥屋一党すべてにメール連絡。さらには直接陸奥屋へおもむき、イベントに対する方針をうかがうことにした。
鬼将軍の拠点で対応してくれたのは、海軍制服で参謀職の金モールをつけた若者だった。プレイヤーネームはそのまんま、『参謀』である。
「念入りですね、嗚呼!!花のトヨム小隊のみなさんは」
「みなさんの足引っ張りにならないよう、必死なだけです」
答えたのはシャルローネさん。
「うちの総裁もそれくらい熱を入れてくれれば……」
参謀くんはため息をついた。
「でも参謀さん、案外作戦立案に口を出さない大将っていいモノかもよ?」
トヨムはポジティブだ。
「それはそうなんですが、総裁のお考えは『いかにイベントで目立つか?』に集約されてますから」
「その上で勝利を我が手に、とか言うんだろ? わかるわかる」
私が肩に手を置くと、参謀くんは深いため息をついた。
「わかってくださいますか?」
「組織のトップなんてどこも同じようなものさ……」
広い卓上に、参謀くんは図面を広げた。文鎮で端を押さえる。全体が三分割、敵陣我が陣、そして広場。敵陣にも我が陣にも、拠点のヤグラが十ずつ配置されている。
「過去のイベントから推察すると、最前列に新兵クラン、または野良のプレイヤーが配置される傾向があります。野良のプレイヤーには上級者の猛者も混ざっていますのでご注意を」
そして新兵でも無双格のプレイヤーでも、キルを取られた者は最奥の砦で復活。前線までえっちらおっちら走っていかないとならない。
「で、イベント開始時の私たち、陸奥屋一党の配置は、おそらくこのライン」
丁度拠点が並び始めるくらいの深さだ。
「つまり私たちは開幕当初は拠点防衛につとめるのが本来なのですが……総裁があの性格です」
「開幕突撃だな」
「開幕突撃でしょ?」
「開幕突撃しかないだろうな」
参謀くんはしなびた表情で続ける。
「拠点を放り出して突撃の命令が下ることは必至。大乱戦の中に飛び込むことでしょう」
「だけどそれも手だよね?」
トヨムは本当にポジティブだ。
「敵の前線には猛者も混ざってるんだろ? だったらさっさとキルを取っちまった方が味方の損害も少なくて済む」
「それはそれでいいのですが、拠点を放り出すチンパン軍団の誹りは免れません。というか、すでに陸奥屋一党は『東北サル軍団』の異名すらあります」
「最初からサルプレイヤー扱いなら、気が楽だよ。なぁセキトリ?」
「おう、あまりお行儀のよろしいのは、ワシらには向かんからのう」
しまった、ここにもミスター・ポジティブがいた。