ここでブレイクタイム そして決意のタヌキ
一旦休憩。
次戦からは、主審交代。士郎先生が試合を裁くことになる。
ということで、師範室。私と士郎先生が、緑柳翁に呼び出された。
「ここまでの試合、どうも大味になっちゃいねぇか?」
「と、言いますと?」
私が訊く。
「決着が一撃必殺か、圧勝ばかりだろ? どうにもこう、丁々発止とかシーソーゲームとか、そういったスリルが無いってのかよぉ……」
「ここまでの流れ、総裁と緋影さまはお喜びのようですが」
「それでもそろそろ、厳しい攻防があってもいいだろう?」
どうやら翁の好みの問題らしい。
「次の一戦、タヌキ対御門芙蓉は勝負が見えてはいますが、その次のダイスケくんとセキトリの一戦。これには期待が持てそうです」
タヌキ、見た目は女子中学生。どうやらトヨムに憧れて同盟に加盟してきた節のある奇特な少女。しかしその背の低さを見れば、なるほどとうなずかされてしまう。
おそらく同級生のなかよし三人組なのだろう。犬耳猫耳のメンバーと比べて、明らかにちんちくりんなのだ。それでも熱心かつ闘志あふれる稽古ぶりで、最近では一撃で敵の防具を破壊するくらいには成長していた。
まあ、女子プロレスのアイドルレスラーに憧れる、女の子といったところか。
それだけの成長株であろうと、御門芙蓉には敵わないだろう。彼女の技量は、比良坂瑠璃に勝るとも劣らないものなのだ。ジュニアリーグを卒業した程度では、大学生社会人野球には通用しない、ということだ。
まあ、タヌキの説明はその程度にしてダイスケくんとセキトリの一戦だ。
両者のデータを比較、分析してみよう。
パワー、ここはセキトリのものだろう。と言いたいところだが、さすが士郎先生の弟子。筋力体力というパワーではセキトリに分があろうが、打撃力。あるいは徒手での突き蹴りという威力はセキトリを一撃キルに追い込めそうだ。
スピード、こちらはダイスケくん。と言いたいところだが、力士の突進速度は恐ろしいものがある。それに細かいフットワークというものが、意外なことにセキトリにはあるのだ。相撲取りを太っちょの力持ちとしか見ていないのなら、それは間違いだ。奴らは筋肉の上に脂肪をまとったアスリートなのだ。まわしを取る、体制を切り返すなどという一瞬のスピードは、訓練の賜物としか言いようの無い速度を見せてくれる。
では技術。セキトリの技術、勝負勘は一定の評価をしよう。しかしダイスケくんは未知数だ。
もちろんセキトリには、無双流の一手を授けてある。それが草薙流にどれだけ通じるか? そこが問題だ。この点はダイスケくん次第、というところだろう。
結論。
この一戦を占うことはできない。
ジョージ・ワンレッツは喜びを噛み締めていた。
まずは自分が、火の玉ボーイ爆炎に勝利できたこと。常日頃から意識していた相手に勝利できたことは、大変に嬉しいことだった。そしてモニカ。彼女もまた勝利を納めることができた。チーム『ジャスティス』二戦二勝の成績である。これがなによりも嬉しかったのである。
努力を重ねた。
ときには『こう!』としか生きられない自分の半生を全否定された。ダメを何度も食らいながら歯を食いしばって、先生たちの教えに従った。その成果が実った、花開いたのである。
ただ、浮かれる気分にはどうしてもなれない。その先生たちが常日頃から言うのだ。今日の勝ちが明日の負けとならぬよう。
そんな心のゆとりの中で、これから試合に臨む女の子を見た。歯を鳴らしてブルブルと震えていた。タヌキ耳と尻尾の女の子である。
「どどどどうしよう、どうしよう、ワンコ、ニャンコ?」
なんでこうなった? どうしてこうなった? チャレンジマッチってなんですか!? そして何故私がそれに選ばれるんですかっ!?
「だってタヌちゃん、憧れのトヨム小隊長目指して、だれよりも激しく稽古してたからニャ」
「だだだだだ、張り切るタヌキが先生方から評価されたんだよ」
「そりゃあ私、頑張りましたよ! 夏イベントでも頑張りましたよ! でもでもでもでも、みなさんがんばってたじゃないですか!?」
「その中でも、特筆するような成長だったんだニャ」
「うんうん、頑張りすぎるくらい頑張ってたからな。そりゃあ先生方からすればかわいいだろう」
冷たいですね、二人とも。私がこんな窮地に立たされてるのに、全然気持ちがシンクロしてませんよ。
「そもそもタヌキ、お前は何故そんなに緊張しているんだ?」
嗚呼、やっぱり。ワンコさんは私の心境を全然理解していません!
「いいですか、ワンコさん。私はトヨム小隊長、というかトヨムお姉さまを目標、模範として頑張ってきました!」
「フムフム」
「そんな私がもしも芙蓉さんに負けたなら、それはお姉さま、トヨム小隊長の名を汚すことになるんです!」
「ないない、それは無い」
なにをそんなに冷静に評価してくれやがってくれやがるんですかっ!! 私にとっては一大事ったら一大事! 大事件ったら大事件!
生きるか死ぬかのオオゴトなんですよ!
「いやいやワンコちゃん、ここはタヌちゃんの気持ちを汲んであげましょう」
おお! ニャンコさん! なんと頼もしい一言!
「タヌちゃん? この御前試合の相手、御門芙蓉さんは強者中の強者ですよね?」
「生涯最大の難関でしょうね」
なにしろチーム『まほろば』にその人あり、と謳われた方ですから。
「そんな猛者相手に、タヌちゃんは勝ちたいと?」
「いや、せめて惨敗は避けたいかなと……」
「勝ちたいんですよね!!!」
ニャンコさん、何故そこまで圧をかけますか? 思わずコクコクとうなずいたじゃないですか。
「では、今日の試合はキルもダメージも無い。審判先生の旗ひとつ。……だったらニャ」
おもいだしたように語尾にニャをつけないで下さい。
ですがニャンコさんがとりだしたのは、剣道の竹刀。勝手知ったる我らが得物。
「この竹刀で打って打って打ちまくるニャ」
それで勝てるんでしょうか?
「タヌちゃん次第ニャ。トヨム小隊長なら、格上相手にどう闘うか? それを一番知っているのは、他の誰でもない、タヌちゃんニャ」
お姉さまならどう闘うか? そりゃもう、内懐へ何者よりも勇敢に飛び込んで、打って打って打ちまくる! ですが……。
私にもそれをやれと!?
「タヌちゃん、それしか稽古してないニャ。というか、それしかできないニャ」
はい、ごめんなさい。私にはそれしかできません。っていうか、真剣ではなく、木刀よりも軽い竹刀。それも使い勝手の良い得物。
……………………これはもう、やらなきゃですよね?
いざ、試合場! 呼び出しに応じて、竹刀一振り。陣幕をくぐります!
控えの椅子には誰もいず、赤たすきの私は椅子に腰掛けます。心の中には疾風豪雨。途切れることなく竹刀を打ち込むイメージ。いけいけゴーゴー、やったれやったれなイメージを刻む。
そして白側の御門芙蓉さん。木刀の稽古用薙刀を携えて。ですが私の得物が竹刀と知って、少しギョッと目を開きました。あぁ、芙蓉さんは竹刀が苦手なんですね?
ですが容赦はしません。打って打って打ちまくります! お覚悟を! 今日の私はトヨムお姉さまなんですから!
勇気、勇気、ただただ死を恐れず打ち込む勇気を! 一歩でも、いえほんの半足だけでも、お姉さまに近付けるような勇気を私にください!
ダメダメ私、そんなことじゃ! お姉さま、タヌキは行きます! 例え打たれようとも、何があろうとも、前進前進また前進! 芙蓉さんの心がポッキリ折れるまで、ひたすら闘い抜きますから!
どうぞ見守っていてください! お姉さま!