中堅戦 フィー先生対比良坂瑠璃〇
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ときにふと気になったのですが、私の読者さんの中に『古武道修行者さん』はどのくらいいるのでしょう?
平素、あまり感情を表に出すようなことはなかった。薙刀を手にすれば、迷うことなく必殺の一撃は飛んでくれた。機械のように正確に、冷静に。薙刀マシーンというような呼ばれ方をしたこともある。それが比良坂瑠璃であった。
しかしどうしたことか、今日に限ってマシーンではいられない。不思議と恐怖にかられている。
対戦相手、フィー先生。
普段は頼りない女の子、年は瑠璃よりも上なはずなのに、まったくそうは見えない。イベントなどでもあまりパッとしたところのない、小さな女の子。それがどうだ、御前試合という場。一対一という、まるで流派の存亡を賭けたかのようなこうした場面では、天幕の向こうから異様な存在感を放ってきている。
その存在感を瑠璃は、殺気と読んでいた。
何故? いまこの場で? イベントの大乱闘などでは、むしろヘマを踏んだりするあの人が。
しかし瑠璃はふと思い出す。陸奥屋鬼組における、六人制試合のことを。
キル数こそは多くはないが、フィー先生の撤退数は極めて少ない。事前情報として調べたものだが、その数少ない撤退とて、囮になったり犠牲にならなくてはならない場面ばかり。
状況を見ることのできるプレイヤーとして、トヨム小隊のカエデばかりが目立っていたが、実はこのフィー先生もまた、それができるプレイヤーということになる。
しかもカエデが一般人ならば、フィー先生はプロフェッショナル。瑠璃が現役選手ならば、フィー先生は指導員。もしくはそれ以上の格上。
格上。
それを認めると、途端に怯えが走った。あまり表立たないが、自分の対戦相手は士郎先生、あるいはリュウ先生に肩を並べるほどの実力者なのかもしれないのだ。
競技用のコンビネーションは役に立たない。まるでそんな意味合いで取れるようなことを、豪語した。しかしフィー先生は知っている。競技のために研ぎ澄まされた、アスリートの身体能力があなどれないことを。その目的のために心血を注いで来た者を、あざ笑う気にはまったくなれない。競技者が肉体を鍛錬し磨き抜いているならば、古流を納める者は技を磨きに磨き抜いている。
これで対等としてくれるならば、古流には「殺気」という優位性があった。例え型稽古であっても、斬るときは真剣に斬りなさい。と教わっていた。
斬っていない。
斬れてない。
斬る気がない。
生まれて始めて稽古用の薙刀、いわば木刀を振ったときに、これである。そして言われるのだ。
「小指一本で斬りなさい」「振るよりも木刀の重さで落っことすんだ」
もう訳がわからない。ズブズブの素人にそんな教え方で良いものか? だが模索した。師匠が何を言っているのか?
理解しようと務めた。三年後、師匠の教えは正しかったと知る。
技を授かった。その形が模倣できるようになった。だがそれは、まだまだ技と呼べるものではないのだ。いついかなる時、どんな相手にもその技が決まるべくして決まらなければ、技とは呼べないのだ。
五年後、最初に習った技に集中する。そこに秘伝を発見したと思ったからだ。最初に習った技、つまり当たり前に繰り返す基本の一打である。
真剣白刃の勝負ともなれば、なんのことはない。その一撃ですべてが終わってしまう。だから基本の技は永久に稽古しなければならないのだ。
いついかなるとき。自分が寝起きでも風呂に入っていても、無手の時であろうとも。
どんな相手にも。準備万端整えて、いざと襲いかかってくるものであろうとも。
流派の看板がかかっている以上、負ける退くは許されないのだ。その気持ちが殺気となる。鋭利な刃物のように研ぎ澄まされてゆく。
今日この場で、向けられる相手は比良坂瑠璃である。
普段はおとなしい学生、と見られている。少なからず、男性から声をかけられたこともある。だがその辺りは、すべて友人の御門芙蓉にあしらってもらった。
比良坂瑠璃は、あくまで武を求めた。ほっそりとしているように見られがちではあるが、実は下手な男子よりも体力はある。それだけ鍛えに鍛え抜いてきた。
身体能力、この点では間違いなく自分に分があるだろう。
技、ここは向こうに分があるかもしれない。
では戦闘に臨む気構え。これで劣っているとは認めたくない。比良坂瑠璃とて、生半可な気持ちで武道に打ち込んできた訳ではない。そのつもりであった。
打ち合いの稽古、初心者の頃は散々に打ちのめされてきた。その回数はタダではない。打たれるごとに、相手の呼吸を覚える。どんなときにどこへ打ち込んできて、つぎにどのような手を準備しているのか?目の動き、肩の動き、構えと刃の向き。そして相手の呼吸。いつ、どこへ、どのような攻撃がくるのか?
打たれた数だけ情報は集まった。それらの情報を分析して、共通点を見出す。しかし、まだ遅い。考えてから動いていては遅いのだ。
感じ取ったときには動いている。それを心掛けて稽古を積んだ。精密機械のように、鋭く早くを目指して。
ようやく目標の半分だろうか? と思ったとき、県大会の優勝トロフィーを手にしていた。
だが、それでもまだ半分。まだこれから同じだけの稽古量を、より濃密に重ねなければ先へは進めない。
その濃密な稽古の相手として、フィー先生以上に適任がいようか?
精密機械と呼ばれた比良坂瑠璃は、ようやく気持ちが軽くなるのを感じた。
呼び出されて天幕の中に入る。すると比良坂瑠璃はすでに椅子に腰かけていた。
「あら? 案外スッキリした顔してるわね?」
未知の他流派、本物の殺気。そうした条件によりもっとガチガチになっているかと思ったが、意外や意外である。そしてそのスッキリした顔というのが、比良坂瑠璃の通常な本気モードなのか?
それとも何か新たな境地に達したものなのか? それは判断しかねる。
ただ、こうした顔は強い。
警戒心を高めるフィー先生。両者素面素小手の防具無し。ただし比良坂瑠璃のハチマキとたすきは白。銀髪のフィー先生は赤を用いて、こちらは袴まで赤いものを着用している。
開始線へ。一礼して蹲踞から切っ先を合わせ、立合の始まりだ。
まずは切っ先による正中線の奪い合い。どちらの切っ先が相手の正中線を制するか?
という攻防だ。粘つくように切っ先を操り正中線を奪っては与え、与えてはまた奪う。なかなか制し切れない攻防に、瑠璃の様子は……。
「あまり焦れてる感じはしないなぁ……こうした地味な攻防には慣れてるんだね?」
しかし、少し正中線を与えてみると、今度はすみやかに打ってきた。伸びのある、良い打ちだった。もちろんこれはきっちりと受ける。
「力量の差が理解できたみたいだけど、それでも伸び伸びと打ってくるんだ。うんうん、良い武道家だね♪」
澄んだ一発、きれいな攻撃。比良坂瑠璃はどんどん出てきた。ただただ勝敗にこだわり、醜い打ちや道外れな受けを取ったりはしない。この娘、薙刀道が好きなんだ、と思わせる姿勢であった。
「じゃあ、お姉さんがちょっと遊びを教えるね♡ 武術って、それだけじゃないんだよ♪」
音を立てて瑠璃の攻撃を受けてきたが、フィー先生の一手は薙刀の柄をこすり上げるものだった。瑠璃の薙刀に自分の薙刀をこすりつけるのだ。それだけで瑠璃の刃はフィー先生を逸れる。
いや、それだけではない。見えない手に薙刀を掴まれたかのように、瑠璃の身体が持っていかれたのだ。
「これはほんの序の口♪」
薙刀同士がシュッシュッとこすれ合うと、それだけで瑠璃は右に左に踊りを踊らされる。
選手たちは陣幕の外、試合を観戦するメンバーたちは陣幕の内。その誰もが「おおっ」と声を上げた。
「フィ……フィー先生って、こんなに強かったのか?」
「いつもあんまり目立たないのにな……」
「ゴリゴリに勝ちを求めたりしない、陰の強者?」
「ガッツイていないとこがまた、カッコイイんじゃね?」
観客席がザワつき始める。やがてフィー先生は薙刀をグルグルと回し始めた。比良坂瑠璃も上下に振られ、左右に踊らされる。
その薙刀が、ピタリと止まった。下段、フィー先生の薙刀が比良坂瑠璃の薙刀を押さえつけるような形。
「さ、瑠璃さん。持ち上げられるかな?」
比良坂瑠璃、その挑戦を受けた。薙刀を持ち上げようとする。しかし上がらない。
今度はフィー先生、自分の薙刀を下にする。
「さ、瑠璃さん。押さえつけられるかな?」
比良坂瑠璃は押さえつけようとするが、フィー先生の薙刀はビョンビョンと鎌首を持ち上げる。
比良坂瑠璃は薙刀を置いた。そして座礼。
「参りました」
決着である。主審リュウの赤い旗が上がった。