異論があるのは当たり前な話
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これを惨劇と言わずして、何を惨劇と言えば良いのか?
あまりにも一方的すぎる展開で、私たちはチンパン退治を終えてしまった。ダブルスコアとかなんとかいう話ではない。なにしろ私たちは、1ポイントも失っていないのだから。
今回のMVPは、途中から調子を上げたカエデさん。
……そう、途中から調子を上げた選手がMVPということは、試合後半カエデさんのワンマンショーだった、ということだ。言い方が古いか、今風に言えば『カエデ無双』。私風に言えば、『鬼カエデ、爆誕!』というところ。セキトリのことを赤鬼とか評したが、カエデさんはまさに青鬼。二人合わせて、陸奥屋一党の前鬼後鬼と言いたくなる。
おかげでカエデさん、マミさん、セキトリ。三人揃って『熟練』格へ昇進である。
そしてこの調子を忘れないように、私はカエデさんに魔法をひとつかけることにした。いや、カエデさんだけではない。チーム全体に無双流の一手を授けようと思う。
「足だ」
「手の次は足かい、旦那。ずいぶんと気前がいいねぇ」
「お前たちが私に口を開かせるんだ。仕方ないだろ。」
口を開く。そう、この辺りの教伝は道場でもやっていない。というか、わざと教えていない。ちょっとした秘伝口伝の類いなのである。全員に靴と靴下を脱がせる。
「まず、足にはふたつある。ひとつは運足、ひとつは構え。まずは構えから行こう」
足幅は拳ひとつ分。爪先は両方とも正面に向ける。
「なんじゃい、えらく内股になった気分じゃのう」
「アタイもだ、なんだか女の子になっちゃった気分」
「トヨムさんは女の子じゃありませんかぁ♪」
言うなマミさん、トヨムはそういう自覚の無い人種なのだ、きっと。
「で、これから居合腰という姿勢を説明する」
が、ここは割愛。様々な流派で様々な居合腰があるでろう。そこに配慮させていただく。私が語るのは唯一、「脳天から会陰部を一本の針金で貫き通したような、そういう軸を意識する」ということだ。
「そしてここに」
木刀の切っ先で足を突っつく。どこを突っついているかは秘匿させていただく。
「体重をのせる」
「ん?」
さっそくトヨムが何か感じ取ったようだ。
「この姿勢……身体が軽いぞ? それに……」
「ふむ、言われてみれば……」
「まだだぞ、まだ動くな。いま歩き方を教えてやる」
袴の裾を持ち上げて、私の足を見せてやる。はっきり言ってこの姿勢はフラつきやすいかもしれない。フラつきやすいからこそ落っこちやすい。そこに足がついて行くだけだ。もちろん軸線はキープである。
「やってみな」
まずはマミさんが実践。
「お? おぉ!? 軽いですねぇ、トヨムさんの言う通りです〜〜♪」
「ん〜〜……案外歩きやすいっていうか、今までの歩き方と根本的に違うよね?」
シャルローネさん、鋭い。
「聞いたことがあるかもしれないけど、これは昔の日本人の歩き方、ナンバ歩きの一種だ」
「ほう、これがかい!?」
「でも旦那、ナンバ歩きってひとつじゃないの?」
私は首を横に振る。
「現代人の歩き方は小学校の体育の授業で、統一された規格。いわば軍隊行進の歩き方だ。しかし明治以前、幕末までは歩き方などてんでバラバラ。住んでる地域や職業によっても、歩き方はみんな違ったんだ。同じ海辺の住人でも、砂浜のナンバ歩きがあれば岩場のナンバ歩きもある。まして山の住人と海辺の住人では、まったく歩き方が違う。それは流派によっても違うものだ」
ちょっと横道に話をそらすならば、袴の履き方や刀の下げ緒の結い方、あるいは拵えあるいは衣服の生地。そういったものまで地方によっては違ったりする。もしかしたら読者諸兄お馴染みの武道武術でも、袴の履き方が全然違う物があったりするかもしれない。それを調べるのも一興であろう。余談終わり。
「運足の基礎は理解したようだな。じゃあ次は向きを変えてみるか」
私は自分の鼻をつまむ。そのまま顔をゆっくり右へ向ける。
「まずは顔。それも眼球を向けるんじゃなく、鼻をしっかりむけてゆく、ゆっくりとね」
全員私の動きを真似ている。
「次に肩が動いて胸が右を向き、へそで敵を睨みつけて、腰、丹田が右を向く。そしてここが重要、しっかりと足の爪先で敵を狙うんだ」
「うへぇ、なんだか面倒くさいぞ?」
「そうかもしれない。実際にトヨムはクリティカルブローを入れたときは、必ず爪先が敵を狙っている。だけどこれを天然でできているだけか? 理解してできているかで将来天と地の差が出る。重要なのは、鼻、へそ、爪先。この三つだ」
しかもこれを、軸線をブラさずにやってもらう。疑似世界の門人たちは、「うへぇ」という顔をした。
「足は土台だからな、これがダメなら何をやってもダメにしかならない。建物ならば土台だ、ここがヘボだと完成もヘボになる」
と、ここでこれまで、一切無言のカエデさん。熱心に自分の鼻をつまんで、右向け右。左向け左。だが私はダメ出し。
「これはイチ、ニ! イチ、ニ! と動くものじゃあない。ぬるりと方向を変える方法だ。地面の蹴り出しが最小限だから、敵に動きを読まれ難くなる」
次に展示する手本は鼻つまみ方向転換とは逆の手順。まっすぐ歩いていて爪先だけ外側に向き、それから腰、肩がついてきて最後に顔が横を向くという方法。もちろん軸線はブラさない。
するとトヨムたちは大混乱。かなり頭がこんがらがったようだ。マンガのように目をグルグルまわして、そろそろギブアップの様子。
「まあ今日のところは、立ち方と落っこち方だけ持って帰れ。自宅でも実際にやっておくといいさ」
いままでと概念からしてまったく違う技術なのだ。それも、小学校のころに教わって慣れ親しんだ身体操作を、根本から覆すのである。そう簡単にできるものではない。というか、簡単にやられては私の二十年が可愛そうだ。
翌日、シャルローネさん御一行白百合剣士団が私たちの拠点をたずねてきた。こっそりとブーツを拝見する。一般的な靴と違い、カカトが高くなっていない。どうやらシャルローネさんたちは何かを掴んだようだ。
そしてトヨムとセキトリなどは地下足袋である。どうやらこれは、私の二十年が可愛そうなことになりそうである。
立つ、落っこちる、歩き出す。落っこちながら足がついてゆく。みんな、よくできていた。そしてあれほど混乱していた方向転換。右へ鼻が向くと連動するように各部位が右へ向きを変え、最後に爪先が正面を狙う。あるいは爪先が先に敵を発見、各部位が順序よく方向を変えてゆき、最後に鼻が敵に向かう。
「よろしい、大変によろしい出来だ」
私は称賛した。
「だけどこんな歩き方があるなんて、思わなかったよ」
「本当にねぇ、シャルローネさんとしては、体重が半分になった気分だぁよぉ♪」
「ですがリュウ先生、靴を買い換えろという指示はありませんでしたよね?」
カエデさんが私を睨む。実を言うとこの歩き方、いや立ち方からして、現代人のカカトのついた靴では不可能なのである。そして江戸の昔は半草鞋といって、みんなカカト部分の無い草鞋を履いていたのだ。
「誰か気づくだろうと思ってね。ほら、キミたち優秀だから」
「何故教えてくれなかったんですか?」
まだまだ睨んでいる。というか、より強くよりキツく。
「古武道ってそんなもんなのさ。君たちがひと晩で見違える動きになったように、本当はなんでもない、誰でもできることばかり。だけどこの技術のひとつひとつが、殺傷能力を高める手段だとしたら? 簡単には教えられないさね。昔の人は実際にこんな歩き方をしていたんだ。本当に誰にでもできる簡単な技術、それが人を殺めることのできる技術へとつながってゆく」
ゴクリと生唾を飲む、疑似世界の門人たち。
私はカカシに『熟練格』のうえの段階、『豪傑格』の者たちが使う『上級の鎧』を着せた。
「さてマミさん、軸線をしっかり意識して、ポクポクチーンの要領で打って、クリティカルを取ってみて?」
「そそそそんなご無体な! 私にはそんな真似できませんってばぁ〜〜!!」
「案外できちゃうかもしれないぞ?」
そう言ってから、シャルローネさんに目配せ。彼女はわざとの意図を察してくれたようだ。
「がんばって、マミちゃん!」
と励ましてくれる。
「リラックスよ、大事なのはリラックス!」
カエデさんも応援。観念したかのように、マミさんは「ポクポクチーン、ポクポクチーン」と繰り返した。そしてスパイク付きの双棍を振り上げて、「ポクポクチーン!」上級鎧に一撃!
見事クリティカルを獲得、鎧は派手に消えてなくなった。
「みんな、今の見てわかったかな?」
「なんだったなんだった!? なにか大事なことがあったのか!?」
「トヨム、お前は口で教えるより、軸線を意識したシャドーをやってみた方がはやい。やってみろ」
ということで、トヨムは左前のオーソドックススタイル。いつの間にか馴染んでいる、ヒットマンスタイルで構えた。スッ……スッ……足がなめらかに動いている。そして頭は動かない。そう、足が動いて姿勢がまったく崩れないのだ。故に……シュッ……シュッ……。繰り出されるパンチに淀みが無い。腰の回転、左右の肩の入れ替えがゼロから百。ゼロから百の繰り返し。
「おい……トヨム……ワシャお前のパンチをよける自信が無いぞい……」
すべてがリラックスした動作。すべてがモーション無し。セキトリが呟くのも無理は無い。
「それだけじゃないよ、旦那。アタイの足が力持ちになった気分だよ」
姿勢が生み出す力というものを、一番最初に感じ取ったのはトヨムだった。そして今は足のパワーを得たため、腕に余計な力を入れなくなったのだ。
「これがお前のもうひとつのエンジン。地べたをモノにしたな、トヨム」
ドガシャーン! 凄まじい音とともに、上級鎧の腹部が消失する。
「……ホントだ、全然力を入れてないのに、クリティカルが入る……」
シャルローネさんだ。
「そして今までの打撃に比べたら、ずっと正確……」
「足の爪先で敵を狙っているからさ」
カエデさんがカカシに向かった。そこで私から、ひとつプレゼント。
「カエデさん、剣で突くときは楯を引いて。楯を出すときは剣を引く」
まずは軽く、楯でカカシをプッシュ。それから片手突き!
なのだが……右の肩、腰、足。すべて突き出した。そして左はすべて引いている。もちろんクリティカルの一撃だ。
「まだまだ、見せ場はこれからよ! ……落下しながら……!」
なんとカエデさんは、その場からまったく位置を変えず、左右を入れ替え……れる訳が無い。スッテンコロリン、脚がもつれてすっ転んだ。表記を忘れていたが、制服に革鎧の彼女らは、すべてスパッツを履いている。スカートの下の乙女の秘密は、当然非公開だ。
「アイタタタ……おっかしいなぁ、昨夜はできたのに……」
「いや、カエデさん。ほとんどできていたぞ。それは浮身とか呼ばれる技術だ。そして……」
私は親指を立てた。
「悪くない!」