表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/724

異論があるのは当たり前な話

三日間連続一日二回更新の最終日。次回更新は夕方四時です。ブックマーク登録ならびにポイント投票誠にありがとうございます。作者、ますますの励みとさせていただきます。

 これを惨劇と言わずして、何を惨劇と言えば良いのか?

あまりにも一方的すぎる展開で、私たちはチンパン退治を終えてしまった。ダブルスコアとかなんとかいう話ではない。なにしろ私たちは、1ポイントも失っていないのだから。

 今回のMVPは、途中から調子を上げたカエデさん。


……そう、途中から調子を上げた選手がMVPということは、試合後半カエデさんのワンマンショーだった、ということだ。言い方が古いか、今風に言えば『カエデ無双』。私風に言えば、『鬼カエデ、爆誕!』というところ。セキトリのことを赤鬼とか評したが、カエデさんはまさに青鬼。二人合わせて、陸奥屋一党の前鬼後鬼と言いたくなる。


おかげでカエデさん、マミさん、セキトリ。三人揃って『熟練』格へ昇進である。







 そしてこの調子を忘れないように、私はカエデさんに魔法をひとつかけることにした。いや、カエデさんだけではない。チーム全体に無双流の一手を授けようと思う。


「足だ」

「手の次は足かい、旦那。ずいぶんと気前がいいねぇ」

「お前たちが私に口を開かせるんだ。仕方ないだろ。」


 口を開く。そう、この辺りの教伝は道場でもやっていない。というか、わざと教えていない。ちょっとした秘伝口伝の類いなのである。全員に靴と靴下を脱がせる。


「まず、足にはふたつある。ひとつは運足、ひとつは構え。まずは構えから行こう」


 足幅は拳ひとつ分。爪先は両方とも正面に向ける。


「なんじゃい、えらく内股になった気分じゃのう」

「アタイもだ、なんだか女の子になっちゃった気分」

「トヨムさんは女の子じゃありませんかぁ♪」


 言うなマミさん、トヨムはそういう自覚の無い人種なのだ、きっと。




「で、これから居合腰という姿勢を説明する」


 が、ここは割愛。様々な流派で様々な居合腰があるでろう。そこに配慮させていただく。私が語るのは唯一、「脳天から会陰部を一本の針金で貫き通したような、そういう軸を意識する」ということだ。


「そしてここに」


 木刀の切っ先で足を突っつく。どこを突っついているかは秘匿させていただく。


「体重をのせる」

「ん?」


 さっそくトヨムが何か感じ取ったようだ。


「この姿勢……身体が軽いぞ? それに……」

「ふむ、言われてみれば……」

「まだだぞ、まだ動くな。いま歩き方を教えてやる」


 袴の裾を持ち上げて、私の足を見せてやる。はっきり言ってこの姿勢はフラつきやすいかもしれない。フラつきやすいからこそ落っこちやすい。そこに足がついて行くだけだ。もちろん軸線はキープである。


「やってみな」


 まずはマミさんが実践。

「お? おぉ!? 軽いですねぇ、トヨムさんの言う通りです〜〜♪」

「ん〜〜……案外歩きやすいっていうか、今までの歩き方と根本的に違うよね?」


 シャルローネさん、鋭い。


「聞いたことがあるかもしれないけど、これは昔の日本人の歩き方、ナンバ歩きの一種だ」

「ほう、これがかい!?」

「でも旦那、ナンバ歩きってひとつじゃないの?」


 私は首を横に振る。




「現代人の歩き方は小学校の体育の授業で、統一された規格。いわば軍隊行進の歩き方だ。しかし明治以前、幕末までは歩き方などてんでバラバラ。住んでる地域や職業によっても、歩き方はみんな違ったんだ。同じ海辺の住人でも、砂浜のナンバ歩きがあれば岩場のナンバ歩きもある。まして山の住人と海辺の住人では、まったく歩き方が違う。それは流派によっても違うものだ」


 ちょっと横道に話をそらすならば、袴の履き方や刀の下げ緒の結い方、あるいは拵えあるいは衣服の生地。そういったものまで地方によっては違ったりする。もしかしたら読者諸兄お馴染みの武道武術でも、袴の履き方が全然違う物があったりするかもしれない。それを調べるのも一興であろう。余談終わり。


「運足の基礎は理解したようだな。じゃあ次は向きを変えてみるか」


 私は自分の鼻をつまむ。そのまま顔をゆっくり右へ向ける。


「まずは顔。それも眼球を向けるんじゃなく、鼻をしっかりむけてゆく、ゆっくりとね」



 全員私の動きを真似ている。


「次に肩が動いて胸が右を向き、へそで敵を睨みつけて、腰、丹田が右を向く。そしてここが重要、しっかりと足の爪先で敵を狙うんだ」

「うへぇ、なんだか面倒くさいぞ?」

「そうかもしれない。実際にトヨムはクリティカルブローを入れたときは、必ず爪先が敵を狙っている。だけどこれを天然でできているだけか? 理解してできているかで将来天と地の差が出る。重要なのは、鼻、へそ、爪先。この三つだ」


 しかもこれを、軸線をブラさずにやってもらう。疑似世界の門人たちは、「うへぇ」という顔をした。



「足は土台だからな、これがダメなら何をやってもダメにしかならない。建物ならば土台だ、ここがヘボだと完成もヘボになる」


 と、ここでこれまで、一切無言のカエデさん。熱心に自分の鼻をつまんで、右向け右。左向け左。だが私はダメ出し。


「これはイチ、ニ! イチ、ニ! と動くものじゃあない。ぬるりと方向を変える方法だ。地面の蹴り出しが最小限だから、敵に動きを読まれ難くなる」


 次に展示する手本は鼻つまみ方向転換とは逆の手順。まっすぐ歩いていて爪先だけ外側に向き、それから腰、肩がついてきて最後に顔が横を向くという方法。もちろん軸線はブラさない。

 するとトヨムたちは大混乱。かなり頭がこんがらがったようだ。マンガのように目をグルグルまわして、そろそろギブアップの様子。


「まあ今日のところは、立ち方と落っこち方だけ持って帰れ。自宅でも実際にやっておくといいさ」




 いままでと概念からしてまったく違う技術なのだ。それも、小学校のころに教わって慣れ親しんだ身体操作を、根本から覆すのである。そう簡単にできるものではない。というか、簡単にやられては私の二十年が可愛そうだ。


 翌日、シャルローネさん御一行白百合剣士団が私たちの拠点をたずねてきた。こっそりとブーツを拝見する。一般的な靴と違い、カカトが高くなっていない。どうやらシャルローネさんたちは何かを掴んだようだ。

 そしてトヨムとセキトリなどは地下足袋である。どうやらこれは、私の二十年が可愛そうなことになりそうである。


 立つ、落っこちる、歩き出す。落っこちながら足がついてゆく。みんな、よくできていた。そしてあれほど混乱していた方向転換。右へ鼻が向くと連動するように各部位が右へ向きを変え、最後に爪先が正面を狙う。あるいは爪先が先に敵を発見、各部位が順序よく方向を変えてゆき、最後に鼻が敵に向かう。


「よろしい、大変によろしい出来だ」


 私は称賛した。


「だけどこんな歩き方があるなんて、思わなかったよ」

「本当にねぇ、シャルローネさんとしては、体重が半分になった気分だぁよぉ♪」

「ですがリュウ先生、靴を買い換えろという指示はありませんでしたよね?」


 カエデさんが私を睨む。実を言うとこの歩き方、いや立ち方からして、現代人のカカトのついた靴では不可能なのである。そして江戸の昔は半草鞋といって、みんなカカト部分の無い草鞋を履いていたのだ。


「誰か気づくだろうと思ってね。ほら、キミたち優秀だから」

「何故教えてくれなかったんですか?」


 まだまだ睨んでいる。というか、より強くよりキツく。


「古武道ってそんなもんなのさ。君たちがひと晩で見違える動きになったように、本当はなんでもない、誰でもできることばかり。だけどこの技術のひとつひとつが、殺傷能力を高める手段だとしたら? 簡単には教えられないさね。昔の人は実際にこんな歩き方をしていたんだ。本当に誰にでもできる簡単な技術、それが人を殺めることのできる技術へとつながってゆく」


 ゴクリと生唾を飲む、疑似世界の門人たち。

 私はカカシに『熟練格』のうえの段階、『豪傑格』の者たちが使う『上級の鎧』を着せた。


「さてマミさん、軸線をしっかり意識して、ポクポクチーンの要領で打って、クリティカルを取ってみて?」

「そそそそんなご無体な! 私にはそんな真似できませんってばぁ〜〜!!」

「案外できちゃうかもしれないぞ?」


 そう言ってから、シャルローネさんに目配せ。彼女はわざとの意図を察してくれたようだ。


「がんばって、マミちゃん!」


 と励ましてくれる。

「リラックスよ、大事なのはリラックス!」


 カエデさんも応援。観念したかのように、マミさんは「ポクポクチーン、ポクポクチーン」と繰り返した。そしてスパイク付きの双棍を振り上げて、「ポクポクチーン!」上級鎧に一撃!




 見事クリティカルを獲得、鎧は派手に消えてなくなった。


「みんな、今の見てわかったかな?」

「なんだったなんだった!? なにか大事なことがあったのか!?」

「トヨム、お前は口で教えるより、軸線を意識したシャドーをやってみた方がはやい。やってみろ」


 ということで、トヨムは左前のオーソドックススタイル。いつの間にか馴染んでいる、ヒットマンスタイルで構えた。スッ……スッ……足がなめらかに動いている。そして頭は動かない。そう、足が動いて姿勢がまったく崩れないのだ。故に……シュッ……シュッ……。繰り出されるパンチに淀みが無い。腰の回転、左右の肩の入れ替えがゼロから百。ゼロから百の繰り返し。


「おい……トヨム……ワシャお前のパンチをよける自信が無いぞい……」


 すべてがリラックスした動作。すべてがモーション無し。セキトリが呟くのも無理は無い。


「それだけじゃないよ、旦那。アタイの足が力持ちになった気分だよ」


 姿勢が生み出す力というものを、一番最初に感じ取ったのはトヨムだった。そして今は足のパワーを得たため、腕に余計な力を入れなくなったのだ。


「これがお前のもうひとつのエンジン。地べたをモノにしたな、トヨム」


 ドガシャーン! 凄まじい音とともに、上級鎧の腹部が消失する。


「……ホントだ、全然力を入れてないのに、クリティカルが入る……」


 シャルローネさんだ。


「そして今までの打撃に比べたら、ずっと正確……」

「足の爪先で敵を狙っているからさ」


 カエデさんがカカシに向かった。そこで私から、ひとつプレゼント。


「カエデさん、剣で突くときは楯を引いて。楯を出すときは剣を引く」


 まずは軽く、楯でカカシをプッシュ。それから片手突き!

なのだが……右の肩、腰、足。すべて突き出した。そして左はすべて引いている。もちろんクリティカルの一撃だ。


「まだまだ、見せ場はこれからよ! ……落下しながら……!」


 なんとカエデさんは、その場からまったく位置を変えず、左右を入れ替え……れる訳が無い。スッテンコロリン、脚がもつれてすっ転んだ。表記を忘れていたが、制服に革鎧の彼女らは、すべてスパッツを履いている。スカートの下の乙女の秘密は、当然非公開だ。


「アイタタタ……おっかしいなぁ、昨夜はできたのに……」


「いや、カエデさん。ほとんどできていたぞ。それは浮身とか呼ばれる技術だ。そして……」


 私は親指を立てた。


「悪くない!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ