群集劇
軍師ヤハラ
おや?
草薙師範代……いや、士郎先生からは、「古流というのは生き残る術の集大成。生き残るためには様々な知恵を駆使します。いわば兵法というのは、巨大な学問と考えていただいて結構」と言われていたのですが……。ご子息キョウさん、いささか武術と学問の合致ができていない様子。
その至らなさがとことんまで行けば、ナンブ・リュウゾウくらいの技量にはなるものを、なまじ賢さが足を引っ張って剣士としてははなはだ中途半端のご様子。これはさぞかし士郎先生も、頭が痛いのではないかとお察しいたします。しかしそれでも、今回のお仕事はそれくらいのキョウさんが適任かと思われます。
「実はキョウさん、我々陸奥屋一党にとって、大変に邪魔くさい部隊が敵陣で控えているのです」
「それを、片付けろと?」
「撤退させてしまって、どこか別に場所に陣を張られるのも面倒。できればイベント期間中一杯、キョウさんたちに相手をしてもらいたいのです」
「俺たち?」
「そう、新人中隊を率いてココ!」
空間に浮かんだウィンドウをピシャリ。その指の先には、件のカエデさん中隊が示されている。
「敵も新人中隊ですか……」
不満そうですね? 不満でしょう?
「新人中隊だから厄介なのです。たかが新人、されどここの中隊長カエデさんが率いたならば、その厄介は陸奥屋の実力者レベルにまで引き上げられるのです。私としてはカエデさん相手にキョウさんを当てるのは、空の財布から酒代を出すに等しい苦しみなのですが、どうか、ひとつ……」
まほろば軍 迷走戦隊マヨウンジャー 参謀ホロホロ
状況は一進一退。私たちは陣地を奪えず、陸奥屋も陣地を取れず。私たちには狼牙棒部隊がいて、ずいぶんとキルを重ねてはいるのだけれど、それはモブのような一般プレイヤー相手。陸奥屋一党の実力者で撤退させることができたのは、キョウさんだけ。本格的に敵陣を食い破ることは、いまだ叶っていない。
そしてあまり嬉しくないことなんだけど、私たちまほろば軍は狼牙棒部隊から鬼神館柔道まで繰り出して、これ以上の在庫が無い状態。鬼将軍の持つ奇手奇っ怪な一手が放たれたら、私たちにはもう余力が無いのだ。
「う〜〜ん、どうしようかなぁ〜〜」
「戦闘中に考え事か、ホロホロ?」
大型アバター、同性でありながら私の恋人ベルキラが訊いてくる。もちろん戦斧を振り回し、敵兵を駆逐しながらだ。
「そうですよホロホロさん、この敵が片付いたらその向こう側には陸奥屋吶喊組。殴り合いのプロが控えてるんですから」
これはマヨウンジャーの拳闘娘、アキラくん。白い体操服に赤いブルマーが眩しい。そ、女の子だけどアキラくん。
「でもね、二人とも。陸奥屋一党がなんだかこうモゾモゾしてるっていうか……本気で攻め込んで来てないよね?」
「そう言われてみれば」
「確かに。鬼将軍さんなら『突撃! 突撃! なお突撃!!』とか言いそうなのに。無理押しが無いというか、勢いに欠けるというか……」
「そうでもありませんわ、みなさま方」
参謀長。鏡花さんの声。
「陸奥屋一党のキョウさんが、新人一個中隊を率いてカエデさんに向かっておりますわ。カエデさん方が足止めされたら、一気に出てきますわよ」
「あぁ、なるほど♪」
「なにか分かったのか、ホロホロ?」
「あのねベルキラ、陸奥屋一党はカエデさんがネックになって、思い切った手に出られなかったの。だから戦場全体がダルだったってこと」
「なるほどね、じゃあ陸奥屋が一気に出て来るってことは……」
「こちらもカウンターパンチを浴びせられるってこと♪」
「それまで死人部屋には行けないな」
「いま少しの間だけは、命を大事に、ね♪」
キョウ中隊 新人一兵卒
「新人集合!」
本陣から駆けてきた陸奥屋一党鬼組のキョウさんが、僕たち新兵熟練格を呼び集めた。
「人数は……揃ってますね。これよりヤハラ軍師の指示により、新兵熟練格中隊の指揮を俺が取ります」
キョウさんは陸奥屋一党にあっても実力者。これは僕たち初心者組にとっては大変に頼もしいことだった。
「目標は向かって左側、まほろば軍を守る新兵中隊。カエデさんたちを襲撃します。ただし、キルを取ってしまうと復活後にどこへ行くかわからなくなってしまうので、可能な限り戦闘を長引かせ足止めをして欲しいとのことです」
「戦闘を長引かるって、具体的にはどのくらいですか?」
「このイベント期間の三日間。できればそれだけ足止めして欲しいと。そのためには、三日間キルを取られないことが肝心です」
「そんなに長い期間……できるかな、俺たち……」
別なプレイヤーがもらす。だけど本音を言えば、僕も同じ思いだった。するとキョウさんは、ジャニ顔で微笑んだ。普段は仏頂面の無愛想なくせに、こんな時だけ。
「できるかできないかで言えば、そんな無茶いうなってレベルです。だけどみなさんにはもう、ツーマンセルの技術とヒット&ランの技術があります。できなくって当たり前、それくらいの気持ちでいきましょう。ほら、対人ゲームなんて敵も必死なんだから。思い通りに行かなくても当然なんですから」
「よし、やってみるか!」
「敵は曲者カエデさんだ! 気合入れていくぞ!」
「僕も、キョウさんについていきます!」
「いや、俺はのことを追い越してもいいんですよ?」
そう言って、キョウさんはまた笑う。
「そんなことしたら、敵に囲まれて即死じゃないですか」
ここでみんな声を出して笑った。
「よし、それじゃあカエデさんに一発お見舞いしてやりますか!」
キョウさんの号令で、僕たち新兵はひとつにまとまった。
カエデ中隊 新兵
俺たちが新兵格だとわかってか、東軍の前線兵士たちはしつこく襲いかかってきた。その度に俺たちは、二人一組の戦法とヒット&ランの技術で敵を退かせた。我ら新兵格、熟練格の下手くそ中隊。だけど敵も新兵熟練ばかり。ちょっと二人がかりで連打を入れてやると、すぐに人垣の向こうへと逃げてゆく。俺たちは俺たちなりに上手くやり、まほろば軍の右翼を守備していた。守備していた、はずなのだが……。
「聞こえまして、カエデさん! 陸奥屋キョウさんが新兵たちをまとめて、中隊を狙ってますわよ!」
参謀長、出雲鏡花さんの声。それも、事態にかなりヒリついた声だ。
「聞いたね、みんな。いよいよこれからがイベント本番! 同格の集団が同じ戦法を使ってくるよ!」
陸奥屋のキョウさんと言えば、講習会でも非凡な能力を見せつけてくれた、いわゆる猛者だ。それに比べると失礼ながら、我らが中隊長は……。原理のよくわからない『必殺
雲龍剣』はあるものの、格を比べればただの凡人。戦況の不利は否めなかった。
その心根を察したか、カエデ中隊長は俺たちに振り向いて微笑んだ。
「大丈夫大丈夫、キョウさんだって人間なんだから。斬られればケガするし、叩かれれば痛いんだ。そんなことより、死なない殺さない。とにかくみんな生き延びてね♪」
俺たちをリラックスさせるためか、人差し指をピンと立てて片目をつぶる。
「だとよ、みんな! 中隊長のお願いだ、一丁生き延びてやろうぜ!」
どこかの小隊長の言葉に、俺たちは異存が無かった。
陸奥屋一党新兵中隊
闘う者、退く者。死人部屋へと送られた者。開幕序盤のおしくらまんじゅうは徐々に解消され、お互いに顔を見合わせる空間くらいはできるようになった。そうだね、広告動画なんかでよく見る、『王国の刃』の場面とでも言おうか。ようやく戦闘らしい場面になってきた、とも言えるだろう。
「さあ、一丁やってやろうぜ!」
ウチの小隊長が言う。そして小隊長はキョウさんに付き従う。前方に、青と白の革鎧。ウルト〇マンのようなデザインだ。片手剣に丸楯の女の子が、中隊の指揮をしながら右に左に動き回っている。
「中隊長、前方にカエデさん発見!」
「なるほど、カエデ中隊はみごとな二人一組。それにヒット&ランだな。おかげで人数以上の仕事ができている」
見れば中隊メンバーは僕たちと同じ、新兵か熟練。の下っ端揃い。それが入れ代わり立ち代わり、四〇人〜五〇人のプレイヤーを足止めしている。
というか足止めされている東軍部隊、こちらの動きが悪すぎる。数的有利を活かせず自分たちだけでおしくらまんじゅう。つまり、遊んでいる人間が多過ぎるのだ。
阿呆な話で申し訳ないのだけれど、三〇人ほどしかいないカエデ中隊に、東軍兵が囲まれているのだ。
「だ……」
「だ?」
「ダッセー……」
仲間の言葉に僕も一票。これはあまりにダサ過ぎる。
我らがヒーロー、そしてヒロインの登場! (笑)
「カエデのとこの新人、全然駄目じゃん」
「そうね、キルがひとつも取れてないわ」
「どれ、そんじゃあ俺さまがキルの取り方ってやつを見せてやるうぼわ……」
「あっ、万里くぷめろっ!」
プレイヤー万里、プレイヤー幸♡兼定。キョウちゃんの手にかかり、死亡。
カエデ中隊長
あら? キョウさんがどこかの新兵からキルを取ったのかしら? ノーキルバトルは、キョウさんまだ慣れてないのかな? そんなことよりも、指揮を取らなくちゃね。
「アルファ小隊、ブラボー小隊、いよいよキョウさんが出て来たよ。気をつけてね」
そう声掛けしただけで、包囲の陣形が変わる。チャーリー小隊がキョウさんたちの背後に回り、包囲の仲に取り込もうとしている。
だけど人数から言って、これはちょっと無理がありそう。なにしろ私たちは、数の減らない四〇人を相手にしているのだ。この上キョウさんたち三〇人を相手にするなんて、さすがにキビシーよね。
「鏡花さん、応援を頼みます! ちょっと人数が増えすぎちゃって……」
「あらあら、カエデさんは人気者ですわね。それでは穀潰し、幼稚園児が落書きしたチラシの裏程度には役に立つところをお見せなさいな」
誰だろ、穀潰しって?
「なぁ出雲鏡花、ゲーム内でそれ言うのやめてもらえないかなぁ?」
あ、情熱の嵐リーダー。ヒナ雄さんが返事したわ。……穀潰しの自覚でもあるのかしら?
「お黙りなさい、このブタ」
「ぶー」
なんだろ、この鮮やかなやり取り。ここまでが一連なのかな?
「さてカエデさん?
これより幼稚園児の落書きしたチラシの裏以下のブタが応援に駆けつけますが、これには一般兵を撤退させようと思いますの。ですからカエデ中隊のみなさまには、これまで同様、キョウさん中隊の足止めをお願いいたしますわ」
チーム『情熱の嵐』リーダー、ヒナ雄くん
僕たちにキルを取れと。出雲鏡花も簡単に言ってくれる。僕たち増援は六人、片付けなければならない敵兵は四〜五〇人。つまり一人で七〜八人葬らなければならない計算だ。それも、キョウさんのいる中隊を意識しながらだ。
「みんな、あまり張り切りすぎてキョウさんにキルを取られないように。彼は一撃キルを取ってもおかしくないプレイヤーだからね」
「常にキョウどのの位置を把握しておきましょう」
「俺は一戦交えてみたいんだけどな」
「爆炎さん、アレは相手にしても良いことが無いですよ?」
「そうそう、僕たちでは少々荷が重いでしょうね」
冷静な大矢健三郎くんと、ダインくんだ。
「むしろああいった手合いはみんなで囲んでジリジリライフを削ってやるのが得策です」
いや、ダインくん。言い方……。
「ということでリーダー、まずはキョウさんと対面の場所からキルを上げていきませんか?」
「そうだね、安全第一。爆炎には悪いけど、キョウさんとの対決はまた今度ってことで」