開幕
リュウの独白
東西両軍、入場。
もう三度目のイベントだ。慣れたものといえば、慣れたもの。
こんばんは、貴方のリュウです。
慣れたものとはいえ、今回は少しばかり事情が違う。大量の新人、それを率いるのにカエデさんが取られてしまった。そして参謀長は出雲鏡花、この娘の指揮には慣れていない。さらには今回の仮想敵、というか本丸が陸奥屋一党。つまり、奴がいる。この大舞台での激突。まさかここで決着がつくかもしれないシチュエーション。
さて、どうなるものか。
「旦那?」
小隊長のトヨムが見上げてくる。
「顔、怖いよ? なんだか死にに行くみたいだ……」
「無理も無いさ、敵は陸奥屋一党で草薙士郎なんだ。それよりもトヨム、お前も決死の戦いに挑む新選組みたいだぞ? 死相が出ている」
そうだ、メンバーを見渡してみてもみな一様に「殺しの顔」をしていた。その原因は、アウェイという状況だろう。私たちは今まで陸奥屋に属していた。それが今は慣れ親しんだ宿を外れ、まほろばに下駄を預けている。
いや、ウソはよそう。私たちはなんだかんだと言って、鬼将軍の懐にあったのだ。アレがいれば何とかなる。もしかしたら、という意外性の一手で状況を巻き返してくれるかもしれない。そんな期待と希望がどこかにあったのだ。それは、奴を敵に回して初めてわかる感覚だ。
士郎視点
ふん、なにかこう戦さっ気に満ちていやがるな。
これまでのイベントとは、何かが違う。それは陸奥屋一党が放つ殺気が、これまでと違うことに起因しているのか。それとも強豪トヨム小隊が敵に回ったせいか。チーム『ジャスティス』の若者たちを見る。お前たちは特攻兵か、と訊きたくなるような顔だ。つまり、死にに行く者の顔である。
その空気を察したか、巨漢のダイスケくんがメイスを肩に担いだまま、朗々と謡う。
「天下の形勢〜♪ いまや塁卵のごとし〜♪ 君これを知るや否や〜♪」
確か新選組の松原忠司が、大薙刀を担いでこのように歌ったとかなんとか。こうした場面に、実に頼もしい男と言えた。剣術武術、ともに心得なし。されど我にとり、『戦強き男』と評することができる。
「夕べに釜をともにせし者〜♪」
鬼将軍が続く。同じ節で謡う。
「朝にはこれを討たん〜♪ 君これを嘆くなかれ〜♪」
翁が続いた。
「けふこそ勤王〜♪ 明日は佐幕〜♪ 国憂うるは〜同じなれども〜♪」
陸奥屋一党、新兵視点
若先生、総裁、大師範と朗々とした歌が継がれてゆく。歌の意味はよくは分からないけど、決死の覚悟や悲壮な決意が伝わってくる。敵は、講習会でともに学んだアイツ等である。そして「できるまで根気よく教えてくれた」先生方。指導員のみなさん。
いわば同じ釜の飯を食ったような連中。恩義のある面々。だけど「心を鬼にせよ!」という声が聞こえてくる。だれかがそう言った訳じゃない、周囲の空気がそう叫んでいるのだ。
「恩返しとは、これまで教えてくれた者を徹底的にうちのめすこと! たっぷりと苦しめてやること!」
だれかが言ってる訳じゃない。だけど周りの空気が教えてくれる。それが戦争なのだ、と。
僕は大恩ある彼らを討てるだろうか? いや、討つのだ。それが相棒のため、チームのため、陸奥屋軍のため、そして。軍勢のためなのだから。
父も、母も戦争は知らない。だけど今日、僕は戦争を体験する……。
カエデの視点
誰かが勇ましい歌を歌い始めた。私が率いる新兵のなかなかからだ。古文古語、難しい言葉を使っているから、意味はわからない。だけど昭和維新という単語だけは聞き取れた。
軍歌のように古くさい歌なんだけど、有名な歌なんだろうね。次々と一緒に歌う人たちが現れる。
みんな、初めてのイベントだけど元気出していこう♪
そう言って新兵たちを励まそうと思っていたときだった。神の怒りという単語も聞き取る。そう、我らまほろば軍は頭目の天宮緋影さまがやんごとなきお方。聞いた話だと、現実世界では皇室を支える家系の方だとか。
だとすればこの一戦、世を乱す鬼将軍を討つための、神の怒りともとれる。
……大事になっちゃったなぁ〜……。私、クラスの中でもあんまり目立たない存在だったはずなのに……。シャルローネのように社交的だったり、マミのように誰にでも優しくできる娘なんかじゃなかった。ちょっと歴史が好きで、当時の武将や武芸者なんかに憧れていて、ちょっとこじらせて自分もあんな風に!
なんて剣術を習いたかったけど、日本古武道の道場を近所に見つけられなかったものだから、西洋剣術を学んだだけ。つまりこじらせただけのウルサイ女。それが私の正体なのに。いつの間にか最難関、新兵を率いて合戦場に赴く、なんて大役を担ってしまっている。
ああ、震えるな、私のヒザ! 馬鹿、私の意気地なし! 新兵たちは勇気をふるって軍歌を歌ってるじゃない!
ものすごく吹かした、大者ぶった歌に変わる。僕は日本なんかにとどまっていられない! だから君も日本を飛び出してみろ! とかなんとか。
男っていいよね、夢みたいな勘違いひとつで、どこにだって飛び出していけるんだから。
陸奥屋一党、ユキの視点
……配置したね。陸奥屋一党は東軍、まほろばは西軍。マップで確認すると、豪傑格の私たちは中堅ポジションにいた。
「私たちはマップの右側、まほろば軍はちょうど対角線上同じ位置」
となりでフィー先生がマップを開いている。
「どんな指示がくだるかな、ユキちゃん」
小柄だけど薙刀の名手は、無理に微笑みかけてきた。
「総裁のことだから、味方を蹴散らしてでもまほろば軍に突撃、って言うのに百ジンバブエドル」
「でもユキちゃん、今回はヤハラ軍師がいるんだよ?」
「総裁の暴挙をとめられるのは、かなめさんだけ。ヤハラ軍師では無理だと思います」
「そのヤハラ軍師の必殺技が『かなめさん』じゃないのかな?」
「私、私生活でも総裁を知ってるんだけど……かなめさんはいわゆる伝家の宝刀。ここ一番までは発動しないんです。だから総裁の熱に浮かされて、ヤハラ軍師も眼鏡が曇るんじゃないかと……」
「お互い、死なないようにしようね、ユキちゃん」
フィー先生、その訴えは切実過ぎます。
ナンブ・リュウゾウ視点
「まほろば軍総員、我が軍は開幕銅鑼と同時に陸奥屋一党目掛けて突撃します」
開幕直前、いけ好かない女、出雲鏡花から指示が入った。
「陸奥屋一党は間違いなく、開戦劈頭こちらへ突っ込んで来るでしょう。それに対してカウンター攻撃を敢行、大打撃を与えます」
なるほど、そういうことか。ってこたぁ陸奥屋の連中、こっちが出て来るとは思ってないってことだな?
なんでもあのヤハラが、軍師として陸奥屋に雇われたらしいじゃねーか。あのインテリ野郎に、一泡吹かせてやるってんなら大賛成だ。
手には寸鉄、腰には鎖鎌。そして甲冑なんぞ着込んじゃいない。いつもの黒帯、柔道着ひとつ。
なんだか、笑いがこみ上げて来やがる。今日、この場に立つまでは「マミさんの前のでいいカッコしたい」、「マミさんに自慢できる男でありたい」ってマミさんマミさんだったのによ。
それがどうだい、今はもう合戦のことしか頭に無い。鬼神館柔道のメンバーを見回す。どいつもこいつも仕上がった顔をしていた。
殺しの顔、戦さの顔だ。
「良いか、みんな」
師匠、フジオカ先生の頼もしい声。
「二人一組を忘れるな」
基本を思い出させてくれる。
「キルを取るより生存こそが誉れだ」
突っ込むよりも回避、倒すより倒されないこと。そして最後の最後、ライフゲージが少しでも残っていたなら、絶対に勝負を捨てないこと。そして何よりも大切なことは、俺たちが鬼神館柔道だということだ。
そして銅鑼が鳴り響く。
カエデ、指揮をとる
カウントダウンが進み、遂に銅鑼が鳴った。夏イベント2022の開幕。すでに鏡花さんから指示は受けている。本隊はまず前進、というか突撃の勢い。もちろん豪傑格陣営で、そんな無謀なことをしているのは、まほろば軍だけ。そして私に下った指示というのは。
「新兵中隊、迂回! 迂回! 陸奥屋一党の脇腹を襲いますよ!」
なるほど、それが良い。まず普段からチーム内で道化師役を務める私に、横合いの一発を入れる仕事をまかせている。そこが良い。そしてそこに新兵中隊を充てがう。これも正解だと私は考えた。押し合いへし合い、力押しのもみくちゃな戦場で、新兵の数を擦り減らすなど愚策だろう。さすが鏡花さん、わかってらっしゃる。そして本隊を左手に見ながら、私たちは少し遅れて前線へ出た。そこはすでに、東西入り乱れての新兵格、熟練格同士のおしくらまんじゅう。
本来の目的、櫓の立つ陣地を占領するという目的は、まだ達成できていないようだった。
「どうしますか、中隊長? このままゴリ押しで最前線に出ますか?」
「本隊も足止めされてるから、少し待ちましょう。でもいつ陸奥屋一党が前線を食い破ってくるかわからないから、戦闘態勢は崩さないで」
私の言葉が当たっていたかハズレていたか、先にまほろば軍が動き出した。そう、この膠着状態を打破する秘密兵器、狼牙棒部隊が前に出てきたのである。
ナンブ・リュウゾウの目
俺たち本隊に、指示が下った。味方を引っ込めて、狼牙棒部隊が敵の壁を食い破ると。道場で俺をブン投げてくれた大男、セキトリが前に出る。
「一度おさがりくだされ、西軍の衆! ここはまほろば狼牙棒部隊が、敵の壁を叩いてくれますわい!」
鬼のように頑丈そうな男どもが、十三人。肩に巨大な武器を担いで壁を作る。それでも西軍の新兵たちは、興奮しきっているのか、なかなか避けようとしない。業を煮やした大男どもは、西軍連中をかき分けて前に出た。最前線だ。
「それじゃあ西軍のために、まずはイッパーーツ!」
色んな意味で超お荷物兵器、狼牙棒を振りかぶる。ズドーーン!! 大砲を撃ったか、大砲。弾が爆発したか、物凄い音が地面を揺らす。
敵の大型アバター、壁役として立ちはだかっていた新兵の甲冑武者どもが、キレイさっぱりいなくなる。
「いまだ、まほろば護衛隊っ突撃ーーっ!」
コゲチャ肌のガキ……じゃなくって、アイツぁ女だっけか。トヨム隊長が先頭で飛び込んで敵の進軍をはばんでいた。
まほろば本陣、リュウ
我がまほろば軍司令部、わざわざ幕で周囲を囲って、ここが陣地でございますわ♪
と教えている。おまけに幟を立てて、「まほろば軍指揮所」などとやっているのだから、出雲鏡花という娘は本当にどうかしている。
「急所はここだと敵に知らせるようなものだから、やめませんか?」
私はそう進言したのだが、
「あら? いざというときはリュウ先生がなんとかしてくれるのではありませんこと?」
などとシレッと返された。
しかし私が個人的に物申したいのは……。悪趣味なまでに豪華なローブと孔雀羽根の扇。孔明気取りの帽子までは良いとして、ドジョウ髭までつけているところだ。
「どうにかなりませんか、それ?」
「これはわたくしの半年に一度の楽しみなのですわ」
そう言ってデジタル万能の空間で机を引っ張り出し、図面上の駒を動かして喜々としているのだ。その姿は私をして「軍師として生まれるものではないな、悪趣味すぎる」と心底思わせるものであった。