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今度こそ本当に開戦前夜

茶房『葵』。西洋風騎士甲冑ブン殴り合いゲームであるこの『王国の刃』世界において、その世界観をブチ壊すかのように純和風な造りの茶店。プレイヤーたちはここに集い、交流を計ったり情報交換をおこなったり、あるいは各自の拠点では話し合えないことなどを打ち明けたりと、様々な利用方法でこの店を活用していた。

その奥には座敷部屋がある。そこは主に、店主三条葵が認めた者のみが使用することになっている。

そしてその寄るは、陸奥屋一党総裁の鬼将軍と、まほろば軍総指揮官の天宮緋影が差し向かいで茶を喫していた。

「いよいよだな、ひ〜ちゃん……」

鬼将軍は天宮緋影のことをそのように呼んだ。

「不正者退治から半年、また初期の頃のように、私たちが相対することになりましたね」

わずか半年。しかし凡庸なプレイヤーが一端の戦士となるには、十分な時間であった。それは両軍の新人たちを見れば知れた。普段の稽古、あるいは講習会において、彼らはイベントを意識した練習ができるようになっていたのだ。


「とはいえ、昨日今日参加してきたプレイヤーも数多い」

「彼らはこれからの時代を担う者たちです。どうか存分にイベントを楽しんでもらいたいのですが……」

「その辺りは、『まほろば』では問題無かろう。同志カエデを始めとした『トヨム小隊』がいる」

なにもかも見透かしたような目で、鬼将軍は言った。

「そちらこそ、ヤハラさんという参謀を迎えたではありませんか。というか、貴方ひとりがいれば、どのような世界でもエンターテイメントの場になるのでは?」

「昔はそう思っていた時期もあった。……しかし、インターネットという世界を知り、その世界が広がるにつれ、そして時間も流れてゆくのだろう。いささか自信の揺らいでいる自分がいるよ」

「時間は流れてゆく、ですか……」

天宮緋影は、湯のみ茶碗から桜貝のような唇を離した。

「私たちがいま取り組んでいる努力も、過去の物となるのでしょうか……」

「みなが楽しめる世界の構築か……努力は積み重ねなければならないのだが、積み重ねた努力は一瞬で崩壊する。そう、たった一人のならず者の手によって」


「人というのは一体どこから来て、今どこにいて、そしてこれからどこへ向かうのでしょうか?」

齢を重ねればそれが見えると思っていた。と、鬼将軍がこぼす。

「しかし齢を重ねれば重ねるほど、見えてくるのは闇のような未来だったよ」

「おもしろき こともなき世を おもしろく」

幕末の志士、長州の高杉晋作が詠んだ上の句である。これに続く説教くさい下の句を、鬼将軍は詠まない。ただ、映画監督鈴木清順が俳優松田優作に贈った言葉を。

「化転は夢ぞ、ただ狂え」

「たとえ世の中が面白おかしくなくとも、己が目一杯生きていれば、それで良いのではありませんか?」

「子供の頃にね」

何かを思いつたように、鬼将軍の目が輝く。


「子供の頃に出会った言葉なんだけど、今となっては重い言葉があるんだ」

まるで少年のような口調だ。天宮緋影は、「まあ、どんな?」と訊いてくる。

「笑って死ねる人生。なに、ごく単純な言葉さ。だけど今の子供たち、若者たちをみていると、その言葉も通じるのかどうか」

「人生を目一杯に生きる。……少しも恥ずかしい生き方ではないのに……」

天宮緋影もため息をつく。

「時間は無限にあるものではない。やがて人は土へと還るものなのだ。それが明日かもしれない。一年後なのかもしれない」

「それは極端な考え方なのでは?」

「現実世界でもいつ、どのような理不尽が襲いかかってくるかわからん世界情勢なんだよ?

しかしさまざまな情報を得ていながら、彼らにとってはどこか絵空事なんだ。あまり極端な話でもないさ」

「鬼将軍、そんな気分のときにこそ、お酒という友があるのでしょ?」


「そうだ、身体に悪いだの毒だのと言われていながら、酒はいつの時代。どこの世界にでもある。つまりそれだけ、人類の有史以来、人なんぞに未来は見えないものなのさ」

「どのようになるものか、この世界は」

「それが分からないならば、男の子は酒でも飲んでひっくり返っているしかないのだ」

天宮緋影は娘らしく、クスクスと笑う。萌え袖の袂で、薄紅の唇を隠しながら。

「そんな八方塞がりみたいな物言いをしても、現在過去未来、貴方が面白くなかったことなどありましょうか?」

「私とて万能ではない」

「嘘ばっかり、今度はどんな面白い言葉で民衆を導いてゆくやら」

フッと鬼将軍は片頬で笑う。

「語るに落ちたな、ひ〜ちゃんよ。人を導くのは言葉などではない、熱い心だ。それは燃えることをやめてくれぬ、魂の燃焼である!

その魂を燃やす原動力、それこそがほとばしるほどの『ときめき』だ、わかるだろう!」

「もちろんですよ、鬼将軍。貴方が熱苦しい男だということは、五〇〇年も昔から知られていることです」


「なにも私は、燃える男以外は認めない、などとは言わない。人の価値観も随分と多様化しているのだからな。座して黙して生きるもありだろう。だがそのように生きるというならば、座して黙して死ぬべきだ!

座して頭を垂れるのみとせよ! 文句も許さん! 醜く命乞いなどするな!」

「また極端な考え方ですねぇ」

「熱く生きる者を指さして笑ったならば、その責任から逃げようとするな!」

「随分と笑いを振り撒いた人生だったんですね、鬼将軍。私はそういう生き方が好きですよ? 自分でそれをしようとは思いませんが」

それがどうだ、と鬼将軍はさらに吠える。

「地位も名声もある者が、鐘と権力の限りを尽くしてバカをやる! だからこそ最高に楽しく面白くときめくのであろう!」

「あ、そろそろ黙ってくれますか鬼将軍」

「この私の英雄的大活躍! 『鬼将軍冒険譚』の数字が伸びんとは、なんたることか! この国に男子は存在せんのかーーっ!」

「陸奥屋総裁鬼将軍、天誅ーーっ!」

天宮緋影はジャンプ一番。そばに置いてあったハリセンで、男の後頭部を引っ叩いた。延髄に一撃を受けた鬼将軍は、ガクリとヒザを着く。

「数字が欲しければ世に迎合しなさいと、何年も前から口を酸っぱくして言っているでしょう!

どうして貴方は自分の好き勝手に生きて、その価値観を世間に押しつけるのですか!」

「男とは、己の信ずるもののために生きて、己の信ずるもののために死ぬるものなのだ」


「だから殉じているじゃないですか、満を持して公開しながら大敗を喫した『鬼将軍冒険譚』に」

「男子ならば征け! 万里の波濤をのりこえて!」

「ですからイマドキの子に、そんなの受けないって言ってるでしょ?」

「波を枕に高いびき、七つの海がふるさとだ!」

「スマホひとつで世界を見る時代ですよ、鬼将軍?」

「世界は無限だ! それで足りなければ空を見上げよ! 宇宙という名の大フロンティアが広がっているだろう!」

「あ〜〜、この動画はドリフのオープニングコントが終わったときに流れるメロディー、『盆回し』に合わせて地球滅亡の場面をながしていますねぇ」

段々会話文だけで進行している。それだけ鬼将軍は必死に訴えていたし、天宮緋影は相手にしないようにしていた。

「えぇい、聞かんかこのアホ娘がーーっ!」

「直接私に訴えかけないでください! なんとかして貴方の相手をしないようにしている、私の努力がわからないんですかっ!」




同じ世を生き、同じ憂い、嘆く者たち。

やっぱ世の中、踊ってナンボなのかもしれない。


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