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私か士郎先生くらいしか知らないクリティカルのコツをメンバーに伝える件

 まずは王国の刃というゲームに参加して、間もない頃の私のエピソードを。トヨムがログアウト、セキトリもログアウトしたのを確認して、私は拠点の練習場に立った。打撃斬撃練習用のカカシの前である。ゲーム登録から数日、すでに十戦ほどの戦いを、そのときの私は経験していた。

 そこである疑問が湧いたのだ。


「何気なく取っているクリティカルだが、どのような条件でクリティカルとなるのか?」


 セキトリが着用しているのと同じ、鉄の鎧をカカシに着せる。カカシは剣を手に、中段に構えている。その小手に一発。小手部分の防具が消失する。いつものようにクリティカルの文字を浮かべてだ。これにより、「一本が取れる攻撃がクリティカルにつながる」とわかる。



 今の一発は、木刀の刃筋を立てて物打ち部分を走らせた、「斬り落とすことを前提にした一撃」つまり剣士としては上の部類に入る一発である。

 では……木刀を腰の角帯に落とした。帯刀という状態である。そこから静かに木刀へ手を掛け、全剣連居合道のように静かに、ゆっくりと抜き出す。


剣道連盟居合道では序破急を重視しているようだが、私は序序序でゆっくりと抜いた。そして鯉口に見立てた左手から、切っ先が離れてもまだゆっくり。

 そして物打ちが小手に触れる寸前、小指を締めて物打ちを走らせた。



 ピシリ!



 カカシの小手が真っ黒になる。これが対戦相手なら、ヴァイブレーションが走って前腕を喪失したことが知れるだろう。もちろんクリティカル判定だ。


「いまのも一本の判定か……」


 私個人の考えでは、例え命中寸前での加速であっても、いまの打ちを一本としてもらえなければ不服を申し立てるところではあるが。幸いにして一本の判定である。

 カカシをリセット。鎧も元に戻る。


 今度は小手に対して、垂直に刃筋を立てて触れてみた。クリティカルは出ない。というか、カスダメだ。やはり触れた程度ではクリティカルにならない。そこでさらに、小指を効かせぬ素人打ち。それでも刃筋は立てての一撃!

 これもクリティカルは出ない。



 ということは、野球のバッティングやゴルフのスイングで例えるなら、ヘッドスピードが一定の条件以上に上がっていなければクリティカルにならない、ということになる。

 もちろん物打ちを走らせ、刃筋を立てない打ち方も試した。こちらもクリティカル判定はくだらない。

 そしてもうひとつ。表面だけでパン! と鳴らして、斬り落とさない打ち方も試してみた。これもダメである。


 クリティカル判定というのは、物打ちからのしっかりとした打ちであり、刃筋が立っていて、十分に斬り落とすことのできるフォロースルー。これが大切なのだ、とわかった。簡単に言うならば、「当て剣道」ではダメ。しっかりとした「打ち」が必要なのである。








「ということだ、みんな。わかったか?」


 練習場に集めたトヨム組、そして白百合剣士団の面々。しかし五人のメンバーは、全員ポカンとしていた。


「あのぉ、専門用語が多すぎて、まるでわかりませんでしたぁ……」


 マミさんがおずおずと手を挙げる。


「そりゃそうだ、いまの説明を理解できるのは陸奥屋一党鬼組の士郎先生と、キョウちゃんとユキさん、あとは忍者くらいなものだからね」

「それでいいんですか? リュウ先生」


 カエデさんは容赦が無い。しかし私はシレッと答える。


「いいんだよ。これを理解するためには何年も真面目に稽古をしなきゃなんないんだから。そんな大真面目な技じゃなく、君たちには即席で『斬る』技術を仕込もうと思っている」

「できるんかい!? そんな高級な技が!!」

「もちろん稽古は必要だ。しかしなにも百メートルを十五秒で走れとか、寝刺しでバーベルを一〇〇キロ上げろとか、そういう訓練じゃない。むしろそっちの方が楽かもしれない」

「……どういう稽古なんだい、旦那?」


 トヨムは警戒心丸出しで訊いてきた。


「なに、簡単な稽古さ」



 私は腰の木刀を高々と抜き出した。そして頭上で上段に取り、左手小指一本の力で木刀を振り出す。あとは木刀の重さにまかせて、一刀両断。ただしインパクトの瞬間に手の内だけは決めておく。抜き出しからインパクトの瞬間まで、腕は一切の力みを捨て去る。

 当然の結果だが、カカシの兜はものすごい勢いと演出で消滅した。クリティカルを越えたオーバーキルだったかもしれない。


「こんな風にね、得物が当たる直前まで脱力。そして命中の瞬間に手首を返すのさ。これだけでみんなに、防具破壊をしてもらう」

「見えたかい、セキトリ?」


「トヨムに見えんモンが、なんでワシに見えるんじゃい?」

「すごくキレイに命中したのはわかるんですがぁ……」

「私の古武道の先生に似てるかも……」

「っていうか、どうせやらなくちゃ始まらないんですよね!?」


 カエデさんが立ち上がった。


「リュウ先生、手首を返すってどうやるんですか!?」


 さっそくカカシの前に立つ。


「カエデさんは片手剣だったね。もしかしたら、他のメンバーより覚えが早いかもしれないぞ?」

 そういうと、みんな我も我もとカカシの準備を始めた。



 その一人一人のまえで手首を小指側に返す実演をしてやった。得物は理解しやすいように、スパイクの付いた短い棍棒だ。


「ねぇ旦那、アタイは?」

 武器無しのトヨムだ。


「心配するな、トヨム。お前の稽古はもっとわかりやすいぞ」


 私は自分用にこっそりと武器屋で購入した、スパイクグローブを手にはめた。

 カカシの前に立って卵でも握るように緩く拳を構える。カカシまで三センチほどの距離だ。そこから拳を握り込み、小指を締めて人差し指側の拳頭を打ち込んだ。クリティカルである。


「トヨムには完全な脱力から、この距離で鎧を破壊してもらう。わかったか?」

「あ、なんとなくわかった。ゼロから百を出すんだな?」



 トヨムがカカシの前に立った。卵の拳を、ほぼゼロ距離でカカシにあてがう。

 ピシッ!

 そんな音がした、ような気がする。鎧の胸当てが爆発して消えた。クリティカルである。


「どうだい、旦那?」

「あ、あぁ……悪くない。しかし短い距離なら誰でもできる。ロングレンジ、ミドルレンジ、ショートレンジ。どの距離でもスパスパと斬れるパンチにしなければ意味が無い」

「そだね、プエルトリカンとか中南米ボクサーのイメージだな……」


 右拳はアゴの横に、左腕はゆるりとぶら下げて、その左をユラユラと揺らし。トヨムはヒットマンスタイル。あるいはデトロイトスタイル、またはキューバスタイルと呼ばれる構え。そこからシャドーボクシングでヒュンヒュンと拳を繰り出す。カミソリのような切れ味の拳だった。


「どうかな、旦那。キレてる?」

「うむ、キレキレだ」

「んじゃ……」


 まずは左を胸当てに、クリティカル! さらに左のフックを脇腹へ。もちろんクリティカル!

 そしてシュルッと出した右は顔面に。カカシの兜はクリティカルの文字とともに爆発して消えた。


「ん、当たる瞬間にだけ、ピン! と撃ち込むんだね?」

「大変によろしい! トヨム、その脱力を忘れるな! さあみんなも、当たる瞬間だけピン! とだ!」



 しかしピン! を意識するあまり、みんないらない力がはいっている。


「ほら、マミさん。ゆる〜く打ち始めて、最後にピシッと」

「シャルローネさん、長得物だから仕方ないけど、メイスの先端がどのコースを辿るか点線を描いて、それをなぞるんだ」

「セキトリ、打った瞬間にスパイクがブレてるぞ。小指が締まってない証拠だ。力じゃない、正確さで打つんだ」


 そしてカエデさん。


「腕の動きを止めないで止めないで止めないで……最後に手の内を締めて切っ先だけで斬り落とすように、ピン! だよ」


 するとマミさん、向こうで「木魚を叩くお坊さんですね」とか言い出してペチペチとカカシの小手を叩き出す。

 そして。「チーン♪」とか言いながら打った一発がクリティカル。


「そうだ、そんな調子だ! みんなも武道剣術なんて考えは捨てて、木魚でも叩いてる気分で行こう!」



 誓って言おう。私は古武道の指導で、こんなフザけたことは言わない。真摯に、ただ真面目に『人を殺めることのできる技術』と門人たちを向き合わせている。試合結果などという父兄父母の方々からのノルマというものが存在しないだけ、その指導はより純粋だと自負している。



 しかしここはゲームの世界だ。楽しむために子供たちは集まっている。人間の命に対する責任は負わせる必要など無い。むしろ疑似体験の世界だからこそ、現実世界では役に立たないと、彼女たちには教えておこう。


「いいか? こんなこと実際に稽古の場でやったら、先生に怒られるどころじゃないぞ?」

「わかっちょりますわい、リュウ先生。やらんやらん、ポクポクポクチーン! おりょ? クリティカルにならんぞい?」

「セキトリ、お前の打ち方は大雑把すぎだ」


 自然と笑みがこぼれてしまう。なんと、真面目になればなるほど天然の可笑し味のあふれる男か。好漢というのは、こういう男を言うのだろう。

 手取り足取り、セキトリに入念な指導をする。するとあちらで鎧がボン! と弾けた。シャルローネさんである。子供以上大人未満、それでいて美少女というシャルローネさんが、ポカンとしている。


「よし、シャルローネさん。その要領で『極楽浄土』を使ってみろ! それができてこそのクリティカルテクニックだ!」



 そしてセキトリにも耳打ちする。


「空手チョップの要領で打ってみな」

「お、押忍」


 セキトリもクリティカル。もちろん今後は『昇り龍』で稽古することを許可した。

 残るはカエデさんだ。


「気楽に気楽に、カエデさん。一休さんが木魚をいたずらしてる気分で」

「は、はい! ポクポクポクチーン!」



 明らかに力みすぎだ。いくら試してもカスダメしか入らない。まあ、頑固者なカエデさんだ。まだ自分が習っている西洋剣術に、こだわりがあるのだろう。

 そうでなければ幕末好きとか言っていた。丁々発止の剣術活劇に、思い入れがありすぎるのかもしれない。素養で言えば一番のはずなのだが。


 これは指導する私が悪いに違いない。


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