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プロ

「ん〜〜……」

私たち『嗚呼!!花のトヨム小隊』拠点にて、今や堂々たる当作品のヒロインに登り詰めたカエデさんがなにやら悩んでいた。

「ぬぅ……むう〜〜……」

あからさまだ、あからさまに声をかけてもらいたがっている。私の大人としての経験がそう訴えていた。しかし一歩遅かった。先に我らが小隊長、トヨムがカエデさんに声をかける。

「どうしたんだ、カエデ? 便秘か? だったらごぼう茶が良いらしいぞ?」

「ありがとうございます、小隊長。実は三日目で……じゃなくって! ちょっとどう言えばいいのか困っていて……」

「そういうときはひとつひとつ、問題を整理してみるといいよ、カエデさん」

ようやく私の登場。もちろん三日目ということは聞こえていなかった素振りだ。

「そうですね、ではリュウ先生、小隊長。お二人はプロゲーマーってご存知ですか?」

「アタイはあんまり興味が無いから詳しくはわからないけど、スポンサーのついたゲームプレイヤーらしいな」

私の知識もその程度。そしてそのプロゲーマーが配信で失言をして、スポンサーが契約解除した、という話題も聞き及んでいる。


「で、そのプロゲーマーとやらに、この『王国の刃』で目指すとしたら……」

「まあ、技量で言うなら旦那や士郎先生レベルは欲しいだろうな。あれくらいバチバチと対戦相手をぶっ飛ばさないと、人気は出ないだろ?」

「そして私はそのプロゲーマーとやらに、この『王国の刃』でなろうとは思わない」

「そうなんですか、リュウ先生!? なんでなんで? 年収激増ですよ?」

その辺りは台詞文ではなく、地の文で説明させていただく。まず第一に、私はプロスポーツ選手たちをくさすものではなく、大変に尊敬している。中でも格闘競技、とりわけプロボクシングにはちょっとウルサイつもりだ。そのことは最初にお断りさせていただく。

では本題。ゲーム世界というものは公式のライセンスというものが存在しない、有象無象の集団としか思っていない。いや、少し調べるとプロライセンスというものがあるらしく、それを取得しておかないと受領できる賞金の限度額というものが引っかかるらしい。

しかしそのライセンスを発行する組織、どういうものなのだ? 誰が審査をして、何を基準に発行するライセンスなのだ?

そしてそのプロ選手の責任は、誰が取るのか?

例に出したプロボクシングで、例えてみよう。まずボクシングジムがある。そこではアマチュア指導しかしないジム、プロ育成をするジムがある。プロボクサーになりたいなら、プロ育成をするジムに入門するべきだ。そしてそのボクシングジムは、まず日本ボクシングコミッションに認定されたジムである。そのジムはコミッションという公的機関により保証されているのだ。

そのジムはコミッションという金看板を背負っているので、プロテストには『ちゃんと指導した選手』を送り込まなければならない。チンピラまがい、腕っぷしだけが取り柄のヤカラ者などをテストに出す訳には行かない。そんなことをすれば、ジムはコミッションから省かれてしまう。

昭和ボクシングマンガの金字塔で、主人公がプロテストの筆記試験で落第したエピソードは、笑い話では済まないのが現実だ。


そしてテストというからには試験官がいる。その面々も、コミッションが保証する人選だ。プロとしてリングに上げるに相応しい技術、体力を備えているか?

そしてプロ選手として恥ずかしくない人格であるか?

そうした点が審査対象となる。チンピラやヤカラ者が相手にされないのは当然だろう。そしてボクシングのプロライセンスは、取得するにはそれほど難しくは無いと聞く。だがプロテストでもっとも難しいのは、実はプロテストに至るまでの、毎日のジムでの稽古である。トレーナーの指示をキチンと聞くか?

何物よりもボクシングを愛してくれるか? 粗暴な言動は無いか?

日々の稽古で、会長、トレーナー、先輩ボクサーたちが、プロ志望者を見ているのだ。そうした厳しい眼差しに晒されても、なおプロボクサーになりたい者だけがプロテストのリングに上がれるのである。だからボクサーはプロともなればそれだけで尊敬されるのである。

では私の本業、古流武術においてはどうか?

長年師匠の理不尽とも言える稽古に耐え、その中味を理解し、稽古する。稽古がすすむに及んで、その思慮は深くなり粗暴の振る舞いは慎んでゆく。大言壮語を嫌い質素を好み、ただ一途に流派を追い求める。その姿が確認されて、はじめて秘中の一手を授かることができるのだ。


以前に言ったであろうか?

実は私も師匠に言葉による質問をしたことが無い。稽古で授かった技を自分ひとりのときに自分なりに解釈しながら単独稽古。その成果を次の稽古で技を披露することにより、師に問うのだ。……いかがでしょう、師匠?

それで師匠の言葉を聞く。

「ん〜〜間違っているが、稽古はしてるようだな」

また、ダメ出しをいただく。しかしダメ出しも授かり物なのだ。ダメを出されただけでふくれっ面するようでは、何も成せないのである。それが闘いの技を授かるというものなのだ。

これもまた、以前言っただろうか? 剣術などはいかに効率よく人を殺すか?

という技術の集大成でしかない。しかし指導の側に回った現在の私は、「それは一面でしかなかろう」と笑う。

人を殺す道というのは転じて人を活かす道でもあるのだ。剣術をコロシの技としか考えない、「勝てば良い」としか考えない者には技など授けない。破門状をくれてやるだろう。


そうした責任者という者が、プロゲーマーという世界にいるのかどうか? その責任者という奴が、どれだけの徳操を養っているのか?

その世界のコミッションが、利益優先という体制には無いか? 私には何もわからない。だから私はプロゲーマーにはなりたいとは思わないのだ。

そして私がプロゲーマーにはならない理由をさらに。

私は公務員である。公務員の務めを果たしているからこそ、道楽のように剣士をしていられるのだ。それがノルマ同然の責務を課されて、日に何戦しなさいとか、もっと動画映えする戦い方をしてくださいとか、いちいちスポンサーの顔色をうかがうような真似をしてバトルをしなくてはならなくなる。

できないことはない。しかし先に述べたように、私は剣士であり芸人ではないのだ。そして至高のカードとはいえ、そんな場で草薙士郎と決着をつけたいなどとは微塵も思わないのである。だから私が剣士であり続けるためには、プロゲーマーなどにはなれないのである。

もっと言ってやろう。私は『王国の刃』だからこそリュウ先生と崇められるのであって、このゲームがサービスを終了すれば、プレイヤーリュウという存在は消滅するのである。


という様々な理由で、私はプロゲーマーにはならないと断言できる。おそらくは草薙士郎も同じ思いであろう。奴もまた、プロゲーマーにはなれない男だ。そう、私も奴も、いのちの賭け所を知っている。

では次にこの王国の刃において、プロゲーマーは存在し得るかどうか? その解答はカエデさんがすでに語っている。

肉体上等なこの世界で、ちょっとばっかりコントローラーの扱いが器用なだけの少年など、プロになれる訳が無い。少しばかり傲慢な言い方になるが、このゲーム世界でプロゲーマーを目指すくらいなら、オリンピックで金メダルを狙うかプロ格闘技で世界チャンピオンを目指す方が確実だろう。実際、世界レベルの実力を備えている『鬼神館柔道』が、存在しているではないか。あれだけの強さならば、なるほどスポンサーがついてもおかしくは無い。

改めて思うのは、『王国の刃』というゲーム。つくづく忌み子鬼子に向いたゲームである。表で闘う訳にいかない、隠れた者たち向けのゲームである。


「で、カエデさん。なんで王国の刃のプロゲーマーの話になったんだい?」

「……はい、実は知人がこのゲームでプロを目指すとか吹聴しているようでして」

「先日の万里ってヤツだろ?」

トヨムが決めつける。だがその決め打ちは、命中したようだ。カエデさんはコクリとうなずく。そしてカエデさんもトヨムも、さらには話題も、不快を平等に共有してゲンナリとした気分になってしまった。

いや、いけないいけない。プロを目指すのは個人の自由であり権利である。いま現在その実力や才覚、あるいは資質が無いからといって、自由と権利を批判するような振る舞いはお上品とは言えないではないか。

「その万里と幸♡兼定のチームですが、リュウ先生はプロになれるようなひかるモノがあると思いますか?」

「思わない」

「アタイも無理に一票」

カエデさんも私が答えやすいように、気遣いある質問の仕方をしてくれた。これが「プロになれるかなれないか?」という質問ならば、やり方次第だと、曖昧な返事になるところであった。

やり方次第。

「面白そうだな、カエデプロの『王国の刃』攻略解説。番組名は『カエデちゃんに訊け!』ということで、プロ軍師デビューというのは?」

「しまった、アタイその発想はなかった」

「というか万幸話で私をオチに使うのはやめてください」



まあ、このゲームにもそのうち『プロ志望』なんて子が現れるかもしれないね、という一節。


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