これから
チームを編成したての新兵格。しかしそれでありながら達人フジオカに挑もうとは。それを読者諸兄は無謀と考えるだろうか? 無駄努力と笑うだろうか?
笑ってはいけない。もっと下調べをしておけ、という意見もごもっとも。しかし、人生は何事も経験なのだ。そしてこの『王国!刃』という空間は、ときとしてこのような達人との出合いがあったりするのだ。
だから退いてはいけない。不正に逃げても良くない。正々堂々とぶち当たり、達人の達人たるは何たるか? を経験すべきなのだ。
そしてこれは読者諸兄に伝えておかなくてはならない。
例えば勝ち抜き戦。いわゆるトーナメントという試合形式。これを勝ち残るための秘訣である。それは、『自分よりも強い者を倒すこと』に他ならない。これはトーナメントの規模が大きければ大きいほど、言えることである。各都道府県のトーナメントならば各都道府県のレベルで、全国大会ならば全国規模で。自分よりも強い相手というものは必ずいる。いや、むしろゴロゴロしている。それらの猛者を挫かなければz勝ち残ることはできないのである。
だから、相手が猛者であろうとなんだろうと気後れしている暇などない。前進、突撃、勝負。相手を屈服させなければ、トーナメントの山を登りつめることなろできないのである。
だからこの優等生たち、なかなかに骨がある。達人フジオカにかかっていくとは、見所があるではないか。
ただその結果は、鍛えに鍛え抜いた鬼神館柔道の前に、露となって消えることになったのだが。
しかし復活してきた大型アバターたち。これらも果敢に挑んでくる。前進を止めようとはしない。圧倒的な戦力差とわかっていても、勝負を捨てるところが無い。時には円陣を組んで、試合中に作戦会議もした。そして全員揃ってナンブ・リュウゾウひとりに襲いかかった場面もあった。だが結果は、鬼神館柔道は一打も許すことなく完封勝利となった。
試合終了のゴング。同時に私は立ち上がった。惜しみない拍手でその敢闘を讃える。勝者である鬼神館柔道を、ではない。敗者である優等生チームをだ。トヨム小隊の面々も立ち上がり拍手を送る。
「最後までよく頑張った! 負けても偉いぞ!」
トヨムが言葉にする。
「鬼神館柔道は実力者揃いなのに、よく闘いましたーー!」
マミさんだ。
すでに『まほろば』メンバーも情熱の嵐も、マヨウンジャーも、まほろば配下の面々はすべて立ち上がり、拍手を送っている。それが会場全体に波及し、すべての観客が敗者を讃える。
「次は頑張れよ!」
「早く昇格して、俺たちと闘おうぜ!」
「待ってるからな、途中でアンインストールなんてするんじゃねーぞ!」
敗者でありながら讃えられる。負けたものだとなどクソだの雑魚だのと罵られるのが恒のネットゲーム。しかしそんな荒んだ心のネットゲーム世界で、敗者の敢闘精神が讃えられる。つまりはそれほどまでに鬼神館柔道の実力が見て取れたのだ。
敗者は整列して、四方の観客に丁寧に頭を下げた。そして退場、万雷の拍手が降り注ぐ。
そして勝者、鬼神館柔道。これはさらなる拍手で讃えられた。
「すげぇぞ、柔道!」
「嘉納治五郎先生や三船久蔵先生に謝るレベルの柔道っぷりだ!」
「っつーかほとんど柔道使ってねーじゃんかよ!」
「だけど強ーーい! すっごーい!」
そして勝者と敗者を讃える観客の中に、奴らがいた。
ちょうど私たちと対面。真っ白な詰襟軍服に漆黒のマント。その両脇を固めるのは、裸電球のように枯れた老人と栗塚旭顔のサムライ。そう、陸奥屋一党であり、総裁鬼将軍である。
奴は誰よりも通る声で、まずは敗者を讃えた。
「困難であること函谷関すらモノならず! されど心挫けることなく、よく挑みよく闘った! その敢闘精神たるやこの鬼将軍、口惜しいほどに立派であった!
よく闘った! 観客諸君、惜しみなく敗者を讃えようではないか!」
その言葉に、万雷の拍手はいま一度勢いを増す。
「そしてチーム『まほろば』の秘密兵器、鬼神館柔道諸君! それのどこが柔道だ! 治五郎先生に謝れ!
となじられても仕方ないほどの対応能力。この鬼将軍、スポーツJUDOならぬ武術柔道に初めて畏怖を覚えた! スカウトしたい欲望に駆られるほど強かった!
しかし悲しいかな、君たちは巨乳好き、陸奥屋一党はロリコンの集団! ここは涙を飲んで袂を分かとう!」
よかった……。陸奥屋一党は正式に鬼神館柔道とは縁を切るようだ。
……というかフジオカ先生、あんたらは巨乳好きなのか?
「そして観戦されたプレイヤー諸君! 今宵は挫けぬ男たちと、屈強な猛者が生まれた夜だ! 夏イベントまで残すところあと三〇日!
この時間を諸君はどう過ごすのか!? どのような準備をするのか!!」
そうだ、今年の夏イベントは六月末。年末年始のイベントに合わせた開催日となっている。
そして夏イベントという合戦は、もう眼の前と言えた。
ふゆイベントからはや半年。神と悪魔が手を結んだかのような、陸奥屋一党とまほろば連合の分離。カエデさんによる新武器の投入。さらには鬼神館柔道の編入。半年という時間は、あまりにも短すぎる。短すぎるくせに盛り沢山とも言えた。
君よ、いま一度問おう。君はこの半年間をどのように生きてきた。何を磨いて過ごしてきた。イベントという機会は、それが問われる場であるのだ。
しかし、ここからが問題だ。この半年を空振りに過ごそうとも、この陸奥屋一党総裁は一発逆転。何をしでかすかわからないところが問題だ。そう、もしかしたら次のイベントはこれまでに無かった闘いになるかもしれない。私と士郎さんの腕比べ。そんなチャチな話ではなく、もっと大規模な何か。カエデさんの工夫も出雲鏡花の策略も通じないような、なにか恐ろしいことが起きそうな、そんな恐ろしさが胸を占めていた。
まさかな……。
ありもしないこと、と忘れることにした。しかし試合観戦の帰り道、カエデさんからお茶に誘われる。いつもの茶房『葵』であった。
入店すると出雲鏡花がすでにいる。どうやら葵さんが先に試合観戦を中座して、店を開けていたようだ。続々と人が集まってくる。我らがトヨム小隊長、迷走戦隊マヨウンジャーのリーダー、マミヤさんと参謀の女の子ホロホロさん。チーム『情熱の嵐』からも、リーダーのヒナ雄くんと副官だろうか、蒼魔くんが付き添いだ。私たちは奥の間へ、残りのメンバーたちはテーブル席で。そして奥の間にはすでに天宮緋影が座していて、あとからお姉さん格の御門芙蓉も入ってきた。
御門芙蓉が席についたところで、出雲鏡花は会議の口火を切る。
「試合会場で『あの』鬼将軍さんも申しておりました通り、いよいよイベントまで残りひと月となりましたわ。そこでまず、新メンバーとして加盟してくださった『鬼神館柔道』のみなさま方、こちらの評価をしていただけましたらと」
「ウチの評価は変わらないよ。もうカエデから聞いて知ってんだろ? ただ、まさか鎖鎌を持ってくるとは思わなかったけどな」
「そう、鎖鎌。柔術家が鎖鎌……というか六人制試合の狭い会場で鎖鎌。……失礼ながら試合前には、他の観客など笑っておりましたが……ついでに私も『どうするつもりか?』と疑問に思っていたのですが……。まさかあのように短く使うとは…」
チーム『情熱の嵐』副官、蒼魔くんは素直に驚きを見せている。
「リーダーを差し置いての評価をお許しいただきたいのですが、私、蒼魔個人の感想としては恐るべき柔軟性と適応能力。ここに一票投じたい」
「僕としては柔道の得物対策。これをもっと見たかったけど、むしろそれは今後のお楽しみなのかな?」
リーダーヒナ雄くんが続ける。
「実際のところどうだったのでしょう、リュウ先生。先生は見ていますよね、鬼神館の柔道を。リュウ先生は以前、剣道は剣道であるからして王国の刃には向かない、ということを述べてましたが、オリンピック競技が王国の刃に通じるのでしょうか?」
「まずは結論から申し上げよう。君たちも本宮道場で投げられ、本日の試合で鎖鎌を用いた器用さを見て、評価は結果の通り。まだシックリ来ないというのであれば、鬼神館柔道は柔道にして柔道に非ず。柔道に非ずして柔道であるが故に、王国の刃で十分通用する柔道である。と教えておきます」
「それはつまり、競技を超えた柔道……。ではこれから先、どのように鬼神館柔道の位置としますか?」
ホロホロさんが先を見据えている。
「そこに関しましては、参謀本部で準備を進めておりましたわ」
出雲鏡花がウィンドウを開く。先日の辻斬りイベントにおいて、狼牙棒の稽古をしていた動画を参謀たちに示した。
「このようにして畑を耕すがごとく敵を蹂躪して、陣地を壊滅させますわ」
「だけど隙が多くない?」
ヒナ雄リーダーが指摘。
「ご心配なく、大艦巨砲主義には護衛の戦闘機がついているものでしてよ。わたくしどもには、リュウ先生やまほろばメンバー。もちろんトヨム小隊という心強い戦闘機が多数御座いましてよ」
「うん、確かに心強いね」
マヨウンジャーのリーダーマミヤ氏は、どこか引っかかる言い方であった。いや、マミヤ氏が不快を与えるような物言いをした、というのではない。いま現在の策に満足していては、足元をすくわれるかもしれんぞ、という警告のような意味合いである。その証拠にマミヤプレスは続ける。
「次のイベントが、これまでと同じような流れで進行するのであれば、間違いなくこの狼牙棒と護衛の軽装部隊は効果を発揮するだろうね。だけどもし、もしも、私たちの誰も考えないようなことを仕出かす輩がいたら、どうなるだろう?」
「事実、この狼牙棒という武器はイベントの意義を変えるものとなるでしょう」
マミヤ氏の片腕、ホロホロさんだ。
「もうお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、この狼牙棒による敵陣崩壊という作戦は、これまでの作戦や戦法とは一線を画しています。これまでのイベントは、個人個人が集まってこれまでの鍛錬を試したりさまざまな工夫を凝らして挑むものでした。ですが今回の狼牙棒投入は、とにかく人減らしをする戦法……イヤな言い方をすればとにかく殺さなければならない、とにかく殺すんだということが目的の『戦争』に限りなく近いと思うんです。そうなるとなにを仕掛けてくるかわからない輩というのが、イベントの鍵を握ることになるでしょう」
そう、出雲鏡花がこんなことを仕掛けてきたかのように……。私の危惧はホロホロさん、あるいはマミヤ氏も共有しているものであった。
だがあえて確認しよう、勇気をもって。見たくもない現実だからといって、目を逸らしてはいられないのだから。
「で、ホロホロ。ンなこと言い出すってことは、そういうとんでもない輩に心当たりがあんだろ?」
しまった、トヨムに先を越された。
ホロホロさんは無言でうなずき、卓を指でなぞった。
ただ一文字、『鬼』とだけ。