女の子談義と重責
さて、復活してきたシャルローネはすぐにフジオカ先生に捕まり、その場で大鎌を使った模擬戦へと突入。「にょへーっ!」とか「シェケナベイベー!」とか愉快な悲鳴をあげながら打たれまくっていた。
そんな蹂躙劇を眺めていたら、背後に忍び寄る気配が。何者っ!? 鋭く振り向くとそこには、『まほろば』の美貌剣士、銀髪鮮やかな白銀輝夜さんがおりました。
「カエデどの、よろしいか?」
私を驚かせたと思ったのか、輝夜さんは申し訳なさそうに言う。
「はい、構いませんよ」
私も笑顔を返す。
「それとなくは聞いていたのだが、あのシャルローネ。カエデどのの御学友とか……」
「はい、リアルでも付き合いがあります」
「剣は陸奥屋一党の緑柳翁に学んでいるとか」
「はい、緑柳師範のことは『近所のおじいちゃん』くらいにしか考えていないみたいですけど」
「いや、立ち入ったことを訊いてすまない。……私はあの手の人物は初めて遭うのでな」
シャルローネのこと? それとも緑柳師範のこと? 輝夜さんも剣の修業に励んでいるみたいだから、緑柳師範のような方は初見じゃないよね?
だとしたら、シャルローネ?
「……天才というものは、いるものだな」
やっぱりシャルローネのことだ。
「輝夜さんの目から見て、シャルローネの才能ってどんな風に見えるんですか?」
「そうだな……柔らかい。そのように映る。そして柔らかいから速い、速いから強い。そして童のように素直だ。カエデどのにはあのシャルローネ、どのように映る?」
逆に訊かれてしまった。
「そうですねぇ……発想やひらめきが変人かな? 今も大鎌なんて持ち出して、これが気に入ったなんて、子供じみているというかなんというか……」
「その辺りが凡人にできぬ発想なのだろうな。リュウ先生や士郎先生などもそう、こうしたゲームに参加していながら、真剣を帯びず甲冑を身に着けず。これもまた、天才的発想なのだろう」
そうだ、私たちも初めの頃は鉄製の甲冑を着込んでいた。それが革防具のトヨム組……今のトヨム小隊の前身ね……に出会って、現在の装備に至っているのだ。
甲冑は視界が悪い。甲冑は動きが鈍い。そんな弱点を発見できたのは、革防具を使ってからだった。
「カエデどの、私ではシャルローネどのには勝てないな」
何を言い出すのか、輝夜さんってば。確かにシャルローネは、なんでもこなす上に性格も良く、見た目も美少女を絵に描いたような完璧超人。だけどさすがに剣一筋、まさしく専門家の輝夜さんには敵わないだろう。
「いや、私ではシャルローネという人間には敵わないだろうな。追えばツルリと逃げられ、逃げれば無邪気に追いかけてくる。まさに先ほど申した、童そのもののあどけなさだ」
ん〜〜……確かに。じゃりン子じみてると言えばじゃりン子そのものというか……。大体にして学年全女子憧れの先輩から誘われて、ゴメンナサイする人間がどこの世界にいるって言うのよ。おバカさんというなら、シャルローネはものの価値すら分からないおバカさんであるかもしれない。
それこそ道端の石っころを拾って「キレイでしょ〜〜♪」とか言って宝箱にしまい込むような、そんなところが彼女にはある。でもって性質が悪いことに、金貨や財宝が転がっていても、興味が無いモノなら見向きもしないのである。
そんなことを言うと、輝夜さんは苦笑いするしかなかったようだ。
「宝石や金貨には目もくれない、か。なるほどシャルローネどのをよく言い表している」
「ところで輝夜さん。輝夜さんは男性からお誘いを受けたことは無いんですか?」
銀髪の美貌が、一瞬崩れた。ブッと吹き出してムセている。
「輝夜さんもスタイルが良いし、美人だし……現実世界でもすごくキレイなんだろーなー」
彼女のアバターも、少額課金のカスタム仕様だ。つまり逆に言えば、現実の輝夜さんにとても近い仕上がりのはず。
「で、輝夜さん? ホントのところ、どうなんですか?」
「わ、私はっ……!」
顔を真っ赤にして照れている。美人の狼狽というのも、なかなか乙なものだと初めてわかった。
「そうした話はウチの……」
と金髪碧眼お人形さん顔の近衛咲夜さんを指差す。
「ウチの咲夜としてください。あれもなかなかに男子の評判がよろしい」
「ですがまほろばのみなさんって、みんな可愛らしい方ばかりだから。他にもモテる娘がいるんですよね?」
「私も浮いた話には疎いのだが、茶房店主の三条葵どの。彼女は物腰も柔らかいので、懸想されていると思い違いする輩が多いと聞く。この場にはおらぬが、鏡花どのなど大財閥の御曹司との婚約が決まっているとかいないとか」
おぉ〜〜婚約者ですか〜〜。おそらくは学生のご身分で、なにやら雲の上のお話ですね〜〜。これで悪役令嬢を演じて婚約破棄などされようものなら、なにかこう大爆笑してしまいそうなんですが……。
「そういうカエデどのは、男子に懸想されることは?」
「まったくありません」
悲しいくらいにキッパリと答えることができました。
「だって輝夜さん、聞いてくださいよ。おっとり巨乳のマミと完璧超人シャルローネに挟まれているんですよ?
私に声をかける男子が現れたら、逆に『何かつらいことでもあったの?』って訊いちゃいますよ」
「いや、私の見立てではカエデどのも捨てたものではないと思うのだが」
「なんのっ! このシャルローネ倒れるとも第二第三のシャルローネがうぼぁ……」
そうこう言っているウチに、シャルローネはフジオカ先生の一本背負いを食らい、地面に脳天から打ち込まれてしまった。シャルローネ、またも撤退。
「どれ、先生方が空いたようなにで私も稽古をつけてもらうか……」
腰の大小は武器庫にでもしまったのだろう、木刀を片手に輝夜さんは行ってしまった。
「あ、どうも……」
自然と隣り合わせになったのは、茶房店主の三条葵さん。この娘は私たちと同い年くらい。輝夜さんも言っていた通り物腰の柔らかい女性なんだけど、去年のナツイベントではウチの小隊長の目を抉っている。それでいてこの『王国の刃』世界において、無手を貫くというとんでもない娘。いまは茶店の看板娘という服装だけど、レスリングのレオタードを着込んだときの膨らみとくびれと丸みときたら……。同じ女子としては『ねた美ひが美』なんていうお笑いユニットを、一人で結成したいくらい。私がもしも男子だったら、玉砕覚悟でアタックしちゃうわね、ウン。
そしてその葵さん。
「輝夜さまとお話が弾んでいたようですね」
さすが社交家の茶房店主。あちらから話題を持ちかけてくれました。
「えぇ、輝夜さんってモテるんですよね? って……」
すると葵さん、「まあ」という具合に口を丸く開けて楽しそうに。
「それは輝夜さまも返答に困ってらしたでしょう?」
「うやむやにされちゃいました」
「お聞きになってるかと思いますけど、私たち『まほろば』のメンバーは、いわゆる普通の女の子とは違うところがありまして」
そう、リーダーを名乗っていながらまともに機能していないあの天宮緋影さん。彼女自身が、もうすでに『ただの女の子ではない』という話だから、そこに集うメンバーもただ者ではないのだろう、とは察している。
我が国に中枢に影響を与える、もっと有り体に言うならば皇室にとても近い場所にある存在。天宮緋影さんのことを、鬼将軍はそう言っていた。そんな娘がなんで庶民と一緒に『王国の刃』というゲームをプレイしているのか?
それは私にも分からないこと。だけど彼女の身分とメンバーたちのただならぬ忠誠心は、陸奥屋一党の『男の結束』に勝るとも劣らないものだと理解できる。
そんな愚直なまでに剣一筋な輝夜さんに、普通の女の子の質問をしたのだから彼女も困ってしまうのは当然。
でもだからこそ、まほろばのメンバーたちには訊いてみたい。
「普通とは違う葵さんもモテるんでしょう?」
「海外からのお客さまからは、ずいぶんと評判が良いみたいですね。かなり熱烈なプロポーズを受けたこともあるんですよ? 石油王とかいう方から」
「せせせ石油王っっっ!!!??? そそそそれでどうしたんですかっ!?」
「お断りさせていただきました」
「なんでなんでもったいないっ!! せっかくの玉の輿じゃありませんかっ!!」
私だったら乗る話、なぜに葵さんはそれを断るのか?
「だって、私を第十八夫人に迎えたいって言うから……」
は? 第十八夫人? なにそれ?
「石油王さまの国の習慣では一夫多妻制でしたから。もしそんなところに嫁いでも、私を一番には見てもらえないでしょ?
やっぱり女の子は、自分を一番に見てもらいたいですよね?」
女の子の質問をした、私を満足させるための返答、というつもりなのかな?
だから私のレスポンス。
「石油王が亡くなった後の遺産相続も大変そうですしね」
ピュアな返答に生臭いレスポンス。それでも葵さんは嫌な顔ひとつせず、まほろばメンバーとしての役割を一言で。
「それに、私が日本からいなくなったら、国賓にお茶をお出しする者がいなくなりますから」
うぉうっ! 国賓と来ましたか! そうですよね、海外のお客さまなんだもん!
というか日本を代表するスーパーヒーローを演じた役者さんが、なぜコーヒー好きなのかを娘さんに問われる動画を見たことがある。
「世界中旅をしていて、来訪先ではまずコーヒーを出してもてなしてくれた。だからコーヒー好きになったんだよ」
そう、お茶はおもてなしの第一歩。最初の扉なんだ。その一杯で日本という国がどのようなくになのかを計られてしまう。どうやら葵さんは、その重責を担っていることをほのめかしてくれた。
つまりは、あまり立ち入るな、ということか? それともここまで話したのだから、わかってるよね?
ということか。国賓を迎える娘の正体は、ウチの小隊長の目を平気でえぐる娘。
う〜〜ん、私ひとりの手には負えなくなってきたなぁ……。
リュウ先生、へるぷみーなのですよ。