無題です
「ほう、それはまた興味深い話ですな」
しまった、もう一人の変な人。フジオカ先生がこの話に食いついちゃった。
「いえ、フジオカ先生。詳しい話は伝わっていないのですが。極真空手総本部道場では、定期的にその手の輩が現れては、みんな階段から一階玄関まで転げ落ちていたそうですよ」
「……むう、カラテか……世間では組めば極真なんてなにもできないとか言ってくれますが。組むまでにどれだけ痛めつけられるやら……」
「カラテの打撃を耐え抜いてキャッチする、など虚構でしかありませんからね……」
「リュウ先生は極真の顔面パンチをどのように考えますか?」
「門外漢ですので多くは語れませんが、極真は鍛え過ぎですね」
「鍛え過ぎ?」
「まともに当たれば間違いなく死にます。そんな拳を振るうことなど、誰ができますか?
極真空手の顔面パンチは手枷足枷をつけていなければ、現代社会では生きていけません」
「それは自らセーブしてしまうと?」
「のみならず、鍛え過ぎて無駄な筋肉がついてしまい、結果、パンチが遅くなる」
「しかしそれは競技で頂点を目指す以上仕方ないことでは?」
「顔面無しが前提ですからね。故に顔面ありでは後塵を拝すこともある」
「ですが最近では顔面有りの大会も開かれていますが?」
「それこそ門外漢です。私には語るべきところがありません」
ここまで二人のオジサンは会話文だけで進行。私たちのような若輩では入り込む隙間がありません。そもそも先生方の話題は一体いつの時代のお話なものやら。
そして聞き耳を立てているとフジオカ先生、やはり柔道の人。素手の格闘技には興味を持っているご様子。
「最近では様々な武道格闘技の動画が上げられていますが、リュウ先生はなにかコレ、というものはありますか?」
「まずはボクシング。これは試合報酬がゴキゲンなせいか、やはり資質が高い。もしかしたら世界中の武道格闘技の仲でも群を抜いているかもしれません。次にオリンピック競技。こちらも国家の威信がかかってますので、柔道レスリングの身体能力はすさまじく高い。さらには大相撲やプロレス。これは持って生まれたガタイの良さがモノをいいます。基本は体重、次に筋力。ここは間違いありません」
意外です。古流のリュウ先生が、体重と筋力を良しとしている。私の知る範囲では、「そこは我が術理を持ってすれば……」とか「筋力ごときを越えられないで、なんの武術か」と言うところなのに。
それだけに私たちの先生は、真剣に忖度や贔屓目抜きで流派を見詰め、他流試合や道場破りのことを考えているのだろう。この令和の御世に……。
「ですが術理というものも負けてはいません。合気道の完成度は眼を見張るものがありますし、会員人口もあなどれません」
「会員人口は柔道も剣道もかなりの数がありますが?」
「その層の厚さが怖い。人数の中にこそ才能はあり、いまでは幼少期からの稽古もありますので、個人道場では歯が立ちません」
才能まで言っちゃった。道場主や先生という立場なら、「努力次第では誰でも極められます」と言うべきところを、才能まで持ち出しちゃった。
じゃあ、才能って何?
リュウ先生が答えます。
「競技においてはどれだけ『動物』に近いか?
簡単に理性を外せる、あるいは生まれつき骨格や筋力が桁外れであること。いや、骨格や筋力は資質に分類されるでしょうか?
そして動物じみた身体能力を自覚し、現在行っている練習や稽古が何を目的としているかを自覚すること。それだけで結果は違ってきます。動物的な反応速度、機敏さ、それだけでもかなり厄介だというのに、動物のような攻撃能力や狡猾さが加われば、さらに厄介です」
「しかしサカモト先生、それでは人間社会で生存できないのでは?」
「だから海外ではストリートボーイのような若者が、ボクシングの世界チャンピオンになったりするのです。日本でもひと昔前には、そうした世界チャンピオンがいたはずですよ?」
ん〜〜納得いかないなぁ。いまじゃあボクシングの世界チャンピオンに、不良少年や番長の経歴を持つ選手なんていないんじゃないのかな?
私の疑問には、フジオカ先生が答えてくれました。
「なるほど、ということは日本人世界チャンピオンは、チャンピオンという獣を狩るハンターになったという訳ですか」
ほう! 動物を知り尽くしたハンター。 だから日本人の世界チャンピオンは強いんですね?
「しかもですねフジオカ先生、現在のボクシングジムの会長やトレーナーは世代交代を果たして、世界挑戦経験者や元世界チャンピオンが多いんです」
「そうでしたそうでした、会長やトレーナーが世代交代を果たしたんですね」
「彼らは言わばベルトという獲物を狙うハンターチームの隊長あるいはプロのハンターガイドです。獲物をしっかり分析してファイトプランを練り、確実に獲物を仕留めさせるのです」
なるほど……日本人世界王者のワンパンチノックアウトの陰には、名伯楽が存在するんですね……。
……天才シャルローネ、野生のファイタートヨム小隊長。巨漢のセキトリさんに、柔道経験者のマミ。そして巨人リュウ先生……。これらのメンバー、粒ぞろいの才能を活かすも殺すも……ええ〜〜っ!?
私次第なのーーっ!? 責任スーパーヘヴィーウェイトじゃないですか、ヤダー。
そこへのこのこと帰って来たのが、普段は昼行灯、戦えば天才のシャルローネだ。
「どうだった、シャルローネ?」
名伯楽気取りで、さっそく訊いてみる。
「う〜〜ん……やっぱりバトルは練度。プレイヤーの強さがモノを言いますな〜〜」
そこを小智慧を使って強豪プレイヤーをヘコませてこその名伯楽、という場面を期待している読者のみなさま、ゴメンなさい。それを果たせない原因のひとつとして、まずシャルローネの大鎌練度が低いと言わせてもらいます。少なくともシャルローネ、私の知る限りでは大鎌を実戦に使ったことがありません。そんなシャルローネの大鎌が、歴戦にして私たちが生まれる前から剣を振っているリュウ先生に勝てる訳がありません。
そして第二に、軍師や名伯楽の策略は魔法ではありません。軍師の策が通じるのは、勝てる勝負を勝つべくして勝つか、百戦して得られる勝ちひとつをここで取る、という形でしかありません。そして世に軍師が百人いるならば、全員が前者の策を取るでしょう。
何故なら後者は博打でしかありません。こんな策を取る軍師は、その瞬間から軍師の看板をおろして博打打ち、ギャンブラーの看板を掲げなければなりません。
そして第三に、一対一において、私が策はあまり通用しない。私の策は集団戦闘においてこそ光り輝く、という性質があるからです。
「で、シャルローネとしてはそんなあたりきしゃりきな現実を、黙って受け入れるの?」
「ん〜〜……受け入れる半分、それじゃあ面白くないってのが半分」
「じゃあ、あがいてみる?」
「だけどカエデちゃんみたいな達人殺しは期待しないでね? 私、カエデちゃんみたいにデキル子じゃないから……」
んをっ!? んんんっ!? ちょっとシャルローネ、貴女ナニ言ってんの!?
完璧超人シャルローネが、訳みたいなひと山いくらのモブ相手に、ナニ言ってくれちゃってんの!!!!
「私ってほら、気分屋っていうかちゃらんぽらんっていうか。根を張ってひとつ事に『取り組む』ってことがあんまり無いからさ。地力のある人には勝てないんだよね……」
え? 私はその地力をめいっぱい練って、それでいて貴女さまにことごとく打ちのめされているんですけど……。
「ただ、私の目標はリュウ先生を倒すことじゃないから、こんなこと言うのは可笑しいよね?」
いや……そうかな?
そうじゃないと思うんだけど。常識で言えばシャルローネは、リュウ先生が不治の病で床に伏せない限り勝つことはできないだろう。だけどそれを座して受け入れて、お気に入り武器に屈辱の歴史を刻むだなんて、そんなの私の知ってるシャルローネじゃない!
「それでいいの、シャルローネ? せっかく見つけた大鎌。これに勝てない相手っていう歴史を刻んで満足なの?
シャルローネって、そんなに物分りのいい女の子なの?」
問い詰めると、うつむいてしまう。そしてシャルローネの唇は、不満そうに尖っていた。
「違う、そうじゃない……。私の大好きな武器が通じない相手がいるなんて、私には納得できないよ!」
そう、そうでなきゃシャルローネじゃないよね! だからさ……。
「よく言ったね、シャルローネ。じゃああっちで木刀を振り回してるオジさまがシャルローネのこと待ちかねてるよ?」
木刀を振り回してるオジさま。それは鬼神館柔道トップ、剣もこなすフジオカ先生であった。
……合掌……。