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全勝

 トヨム、入場。凛々しい眉の下で光る眼差しは、今日は一段と鋭い。調整に成功したボクサーそのものではないか。ヒザと爪先で取るリズムも小刻みで、揺らす頭もキビキビとしている。



「リュウ先生、どうですか? トヨムさんの状態は?」



 カエデさんが訊いてくる。



「ん〜〜肌の色ツヤもいいですし、減量が上手くいったのではないでしょうか?」

「ゲーム世界に関係あるんですか、減量?」


「無いだろうね。ただし、『自分のできることはなんでも出来る』ゲームだ。身体能力が向上すれば、アバターの能力も上がるに違いない。まあ、見た目は変わらないだろうけどね」

「う〜〜ん……ダイエットに成功しても、アバターに変化は無いのかなぁ?」

「あるある、あるよカエデちゃん! 私たちのアバターはカスタムしてるんだから!」



 シャルローネさんが自慢気に言う。



「カスタム?」

「そ! カスタム♪ 公式設定のカスタムで自分のアバターをリアルのボディピッタリコに再現するんです! おかげでアバターの性能がグンと向上♪ お客さん……いかがですか?」

「ふむ……そうすると私の中年腹も再現されてしまうのか。遠慮しておこう」

「あらら……」



 しかし便利なカスタムとは言える。陸上選手がシューズを自分に合わせて作成するのと同じことだろう。

 まあ、試合に集中だ。……何故か隣に座るカエデさんが、真っ赤になってうつむいているけれど……。


 トヨムの相手は男子、小柄なアバター。男女差でアバターの性能はパワー、スピード、共に上か? しかしその性能をフルで発揮できるかどうか? である。得物は小太刀サイズのマシェットナイフを両手に。


 両者接近、やはり比べるとトヨムの方が足取りが軽い。間合いだ、敵が早速マシェットナイフを振ってくる。トヨムは停止、当たるか当たらないかという間合いで軽くかわしている。マシェットナイフによる攻撃、攻撃、攻撃。しかし得物の重さに負けているのか、マシェットナイフは流れている。


 流れた小手に、トヨムの軽いパンチ。革の小手に防具ダメージがチョコチョコとたまる。それまで小さくしか移動していなかったトヨムが、ここで大きく左へステップ。敵の右上腕部目掛けて左フック。クリティカルを奪い、敵は防具を失った。

 しかしこれ以上の深追いはしない。トヨムは間合いを取った。



「トヨムさん……攻め切ると思ったのに……」

「相手を動かしたいんだろう。動きの中で仕留めるのが、今回のトヨムのテーマみたいだ」



 相手に攻めさせる。それに合わせてトヨムは懐に入り込み、軽いパンチを試すかのように放って帰ってくる。



「一分経過! トヨムさん、ワンミニッツ! ワンミニッツ経過です!」



 タイムキーパーを買って出たのだろう。シャルローネさんが試合場に声をかける。トヨムの動きが急激に変わった。左へ、左へ。そして軽いパンチを右は胸部装甲へ、左は脇腹に集中した。

 さらにはちょんちょん、相手の右肩越しに左を伸ばして革の兜にカスダメをため込んでいる。


 つまりまとめて言うならば、トヨムが攻勢に転じたのである。逆に言うならば、相手選手はすっかり手数が減ってしまった。一生懸命マシェットナイフの刃を立てて楯にしているが、刃は楯というにはあまりに薄すぎる。トヨムはそれを避けて、楽々パンチを革防具に送り込むことができるのだ。


 もちろんトヨムの拳に合わせて刃で防御しようとするのだが、フェイントに引っかかって上手くいかない。 防具への仕上フィニッシュとして、強い一発を最後に放つ。クリティカルの文字を浮かべながら、胸と腹の防具。そして革の兜が消滅していった。いつものように、爆発するような派手な演出に則ってだ。



 そろそろヒットマン・トヨムの降臨だろうか?

 トヨムのフックがボディから顔面へ! 最初のボディでキル決定。しかし勢いのついた拳は止まらない。右のフックは顔面へ、さらには顔面に左フック!

 厳密に言うならばあまりお行儀のよろしくない行為だが、一度発射したコンビネーションは案外これが止まらないものである。


 トヨム、判定をするならばワンサイドなKO勝利である。しかも今回は相手を動かす、という新たなテーマをクリアしての勝利だ。私たちが主戦場としている六人制試合で、この技術が直接活きる場面は少ないかもしれない。しかし相手を動かす技術というのは、敵陣営を動かすことと理屈は同じだ。


 敵チームを右往左往させて、弱点である脇腹を私たちの前に晒させる。そんな戦い方ができるようになれば、どれほど楽になるだろうか? もっとも、そうなる頃には対戦相手のレベルが上がっていたり、不正者たちと嫌気が差すほど対戦することになったりだろうが……。




「さて、いかがでしょう……?」



 私はカエデさんに訊いた。



「う〜〜ん……やっぱり私もですよねぇ……?」

「無理強いはしないよ、カエデちゃん」



 シャルローネさんが言う。

 カエデさんの個人戦デビューに関する話だ。そもそもが今日の予定、セキトリとマミさんだけしか試合をしないはずだった。それが急遽、シャルローネさんとトヨムまでリングに上がってしまったのである。


 まったくの予定外だった。だからといって、カエデさんまで出場しなければならない訳ではない。

 とはいっても全体を見渡す娘、カエデさん。



「まだみんなにお披露目するような技術は、完成してないんだよね……」

「ですからぁ、無理することは無いんですよぉ?」



 マミさんの言うとおり。しかし全体を見渡す娘という以外に、カエデさんにはもうひとつの顔がある。

 頑固者という一面だ。

 そして私の見るところ、流れを重視するという一面が、すでに出場をきめているのである。



「じゃあ、行ってくるね」



 真っ白で、裏地をイメージカラーの青で染めたマントを翻して、カエデさんは観客席から降りてゆく。



「行っちゃいましたねぇ……」

「行っちゃったねぇ……」



 なすすべもなく、シャルローネさんとマミさんが背中を見送った。本当に、誰も出ろなんて言ってないのに……。まあ、カエデさんという娘はそういう娘なのだろう。

 そして……。



 青いウルト〇マン娘。リングに光臨。逆手に剣を握った右拳を突き上げ、楯の左手はガッツポーズという、大変にウルト〇マンっぽいポーズで登場した。


 対戦相手は男子中型。鎧で武装、得物は手槍。決して相性の良い相手ではない。そのように考えているか、手槍。男は「美味しい相手」とばかりニヤニヤしている。ただ、相性最悪というのではない。カエデさんには楯がある。これを上手く使えば、カエデさんにも勝機は十分にある。


 ということで、銅鑼である。

 両者リング中央へ、カエデさんはすでに楯に身を隠している。というか、足取りが軽い。足攻めに対する警戒か? だとすればカエデさん、大変によろしい。


 対戦相手はカエデさんの楯をコツコツと突く。懐には入れさせない、という意思表示だ。カエデさんも相手の出方をじっくりと見ている。コツコツ、コ……槍の小突きを、楯で受け流した。グンと大きく踏み込むカエデさん。



 片手剣が走った。敵の拳に命中!

しかし浅い、クリティカルにはいたらなかった。対戦相手は槍を押し付けてきて、カエデさんの邪魔をする。槍ごとのしかかってくる。間合いが無いので、どれだけカエデさんが片手剣を振っても、カスダメにしかならない。カエデさんの表情は……?


 大丈夫、冷静である。むしろおしくらまんじゅうの振りをして、相手をコントロールしようとしている。

 楯と槍で、互いに押し合う。と、カエデさんはいきなりしゃがみ込んだ。スネ、スネ! 片手剣を二度振るう。まだ敵は足を失っていない。敵が手槍を持ち直し、カエデさんを上から突こうとするが、カエデさんもスルリとバックに回る。


 背後からの袈裟斬り一閃! これはクリティカル、相手の胸部装甲が吹っ飛んだ。しかし、敵も石突で応戦。カエデさんは楯で防御。

 しかし、間合いを広げられてしまった。距離は手槍のもの。またイチからやり直しだ。



 楯に隠れ、片手剣の切っ先を突き出すカエデさん。小刻みに手槍を繰り出す対戦相手。もうニヤニヤ笑いは消えている。その代わり憎悪の眼差しでカエデさんを睨んでいる。



「突くしか能が無いようだな、対戦相手は……」

「槍って突く以外に使い方あるの、旦那?」



 カエデさんが試合に出ているので、私のとなりはトヨムの席になっていた。



「槍は突くだけでなく、叩くこともできる。ただ手槍では少々間合いが近いかな?」



 何故ならカエデさんが楯を持っているからだ。楯越しにカエデさんを叩くならば、頭部。頭部を狙うならば手槍の間合いを捨てなければならない。


 しかし近間の戦闘で対戦相手は、カエデさんを叩いていない。

 つまり叩くという発想が彼には無いのである。


 先手、カエデさん。突きがワンパターンだから、簡単に間合いを潰せる。まったく同じ手口に引っかかり、手槍の男はカエデさんの侵入を許す。今度はカエデさんに明確な軍配。対戦相手は拳の防具を失った。クリティカルである。



 手槍の男は慌てて後退、ニ歩三歩。またも手槍の間合い。しかし今度は手槍を繰り出してきた。ジリ貧なのだ、仕方ない。しかしカエデさんにとっては注文相撲。楯で受け流しよろけた相手の足元にかがみ込む。今一度の、スネ! 今度こそ敵は左下腿を失った。


 背後に回ったカエデさん、剥き出しの背中に長ドス殺法のごとく、身体ごと剣を滑り込ませる。

 試合時間一分五十秒、カエデさんの勝利であった。


 実力差を考えれば一分以内でカタが付いたのではとも思うが、そこがカエデさん。決して無理することなく、自分はノーダメージ。時間をかけて勝者ウィナー・テイクスてを獲得・オールする、を達成したのだ。

 決して派手な技術ではなかった。しかし判断力、そして手数が光った試合である。



「みんな成長してるなぁ……」



 一応ではあるが、到達してしまった自分が、少しさびしい。オッサンである私に比べれば、若い人材の伸びシロの、なんと豊かなことか。



「ただいまー……」



 カエデさんが帰ってきた。完封勝利であるにも関わらず、表情が浮かない。



「だって私、あんまり華麗じゃないんだもん」


「それは実力者だからさ。本当に強い奴は、あまり勝ち方が華やかじゃないものさ」



 ホエ? という顔で見上げてくる。



「見る者が見れば、カエデさんの実力は折り紙付きさ」

「そ、そうかな……?」



 エヘヘとカエデさんは髪をかく。


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