忍者、鬼神館柔道を見るのこと
さて、具体的な方針。鬼神館柔道を陸奥屋へ移籍させるという方向性が決まった。この際成功率がどれだけあるか?
とか失敗に終わった際、忍者の目的が『まほろば』にバレるといったリスクは考えない。考えている暇が無い。ノルマに追い詰められた者の思考は停止するのである。ということで、さっそく接触だ。そのためには鬼神館柔道の面々がどこにいるのか?
を探らなくてはいけない。
忍者はウィンドウを開いた。王国の全体マップを開いて検索をかける。鬼神館柔道と入力。すると競技場へと向かう赤いマークが浮かび上がった。
便利なものだ、と忍者は思う。鬼神館柔道を探してマップ全体を駆けずり回らなくて済むのだから。……ただしこの検索機能、チームやプレイヤーのレベルなどでも検索が可能なのである。
すなわち熟練格、豪傑格などのプレイヤーたちが、こうしたイベント期間中に『初心者狩り』に用いるといった、嘆かわしい一面も存在するのだ。
初心者に優しくないのは、どこの対人ゲームでも同じである。そのように割り切るには、忍者はまだまだ若かった。
そして便利な機能というものには、落とし穴が付きものである。そのことを忍者は痛感することとなる。
群がる敵をちぎっては投げちぎっては投げする、ちょっと可笑しなくらい強い柔道集団、鬼神館柔道はすぐに発見できた。しかし彼らに接触するのは忍者だけではなかったのだ。
チーム『まほろば』。ポニーテールの陽気なお姉ちゃん、御門芙蓉を筆頭とした六人の娘たちが、鬼神館柔道に接近していたのだ。
思わず物陰に身を隠す。そして彼らの動きを観察することにした。
「やーやー鬼神館柔道のみなさま、はじめまして……でもないかな? でもまともに会話するのは初めてじゃないかなー?
チーム『まほろば』の芙蓉お姉さんだよー♪」
「……芙蓉……心の距離が近すぎ……」
うつむきがちなボブカットの比良坂瑠璃がそっとたしなめていた。
そこへ銀髪をなびかせる長身の美形、白銀輝夜が木刀を携え頭をさげる。
「私の方は初めてですね、天神一流剣術目録、白銀輝夜です」
緊張感あふれる、武人としての礼であった。つまり白銀輝夜ほどの者が鬼神館柔道を、武人と認めているということになる。となれば、やはり「単なる柔道」と評価した忍者の見立て違いということだ。ここは軌道修正。鬼神館柔道は使い手である、という色眼鏡で彼らを見なくてはならない。
「おうおう、こりゃまたキレイどころが揃いも揃って。チーム『まほろば』に加盟した甲斐があるってもんだぜ!」
背の低い、サルと呼びたくなる若者が喜んでいる。忍者の強力な視力は、ナンブ・リュウゾウというプレイヤーネームを読み取っていた。
「キレイどころだなんて、そんなぁ……」
茶房『葵』店主、三条葵がテレテレと頬をおさえる。ちなみにナンブ・リュウゾウの視線は白銀輝夜に向けられていたので、別に三条葵を指してキレイどころと言った訳ではない。とはいえ穏やかな顔立ちと、和装でも隠しきれない肉感的スタイルは、万人受けする逸材である、と忍者個人は評価していた。
「こちらこそ、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません、鬼神館柔道リーダーのフジオカと申します」
心ときめくことを抑えられないナンブ・リュウゾウをさがらせて、大男のフジオカ先生が頭をさげた。
「音に聞こえた鬼神館柔道、その技の冴えたるや正にうわさ以上の切れ味。眼福どころか神々しいまでに輝いておりました」
金髪、ちょっとくせっ毛、お人形さんのようなパッチリお目々の近衛咲夜が礼を返す。
「眼福というのでしたら、みなさんの可憐な姿にウチの連中がみな心を奪われております」
濃厚な情熱の炎を具現化したようなフジオカ先生は、豪快でありながら爽やかに笑った。
「可憐だなんて、そんなぁ……知ってますけど……」
やはりテレテレと、三条葵は頬をおさえていた。かなり図々しい行為ではあるが、納得できないかと訊かれれば納得できてしまうのが、忍者としては癪に障る。
「して、まほろばのお嬢さん方はどのようなご用向きで?」
「それがさあ、ウチの軍師の鏡花っていうのがね、『鬼神館柔道の技の冴えを確認して、こちらの技量の低からぬところを示して来てくださいな』って」
「あぁ、名刺交換ってやつだな? それじゃあ俺から一丁」
と張り切っているのは、件のナンブ・リュウゾウである。女の子の前でいい格好したいだけだろ、このスケベ。と忍者は心の中でだけ呟いた。
そのナンブ・リュウゾウが背負っていた手槍を抜き出した。まだまだ慣れていない、素人丸出しの構えである。というか、柔道に槍など相性が良いのだろうか?
少なくともこのナンブ・リュウゾウには向いていない気がする。
そうしてる間にも、敵は接近してきていた。忍者のウィンドウが警報を鳴らしている。
豪傑格、豪傑格、豪傑格。マップを開いたウィンドウは、接近してくる敵をそのように識別する。ただしこれは、忍者を襲うための集団ではない。豪傑格の『まほろば』に接触している、新兵格の『鬼神館柔道』を狙った集団である。
その証明は、敵陣の開口一番で知れた。
「おらおら! 俺たちぁ英雄格のチームだ! どうせ勝てっこねぇんだから、その素っ首ここに置いて行きやがれ! ヒャッハー!」
どこのならず者だよ、お前ら。しかもモブ感というか、やられ役の雑魚感丸出しじゃねーか……。
「どうやら我々、鬼神館柔道をご指名のようですな」
涼しく語って、フジオカ先生は数を数えた。
「ふむ、十八か……どれ、ひとつ我らが柔道。改めて披露しましょう」
ナンブ・リュウゾウも槍を置いた。その間にもヤラレ軍団は新兵格『鬼神館柔道』だけでなく、豪傑格『まほろば』も発見していたようだ。
「どうします!? 豪傑格も一緒ですよ!!」
「数ではこっちが上にだ、突っ込めーーっ!」
などとあまりお勉強が得意でなさそうな会話をしていた。
そし鬼神館柔道の面々が『まほろば』をかばうように前に出ると、チーム雑魚の面々は「カモが前に出てきてくれた」と大喜び。一層加速して突っ込んでいった。雑魚チームの前衛は間合に入ると初手から必殺技を放ってきた。しかしそれをいただく鬼神館柔道ではない。さっと横移動、懐から取り出した鎖分銅を相手に巻きつけて引き手釣り手とし、一気に柔道技で投げつけた。
全員が一本の投げ技。切れている技だと、忍者には見えた。
しかし、ここからが鬼神館柔道の本領。投げて終わりの柔道ではない。投げ終えた姿勢のままヨコ移動。敵の二撃目をスルリと外した。敵を見ていないのに、まるで見えているかのように。
「気配を見ているのか? それとも全体を見ておいて、二撃目を予測していたのか?」
いずれにしても、並々ならぬ腕前である。鬼神館柔道はただの柔道ではない、という色眼鏡をかけて見てみれば、なるほど豪快な技の中にも冴えがある。忍者は手の平を返すように、評価を改めた。
スルリと抜いた鎖分銅を振り回し、敵を一度足止め。それから敵に鎖を巻きつけ、ふたたび投げ技。あっという間に、十二人の豪傑格が撤退した。残る六人もこれはカモにできぬと諦めたか、我先にと逃亡をはかる。
それを追う鬼神館柔道ではない。
「なんでぇ、もう終わりかよ」
などとこぼして、あっけない幕切れに不敵な笑みを浮かべている。
「すばらしい! 大変な腕前だねー♪」
パチパチと拍手しているのはポニーテールの御門芙蓉。そして茶房『葵』の看板娘、三条歩である。三条歩はいわゆるロリ枠、無邪気に手を叩いて喜んでいた。
「特に投げたあと、わからないように関節をキメていたり、ヒジを入れてたり。単なる柔道じゃなくって、もう武術柔道だよね♪」
しまった、そこまでは見えてなかった。スペシャルリングサイドのチケットを購入していなかったことを、忍者はこっそり悔やんだ。それを見て止めるには、いささか距離がありすぎたのだ。




