若者たちのぐだトーク
忍者はリュウ先生が独身の理由について納得していた。しかしそれが油断であった。彼の声と同じく、聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。
「さすが旦那、あっという間に六人斬りだよ♪」
「木刀でも斬ったと言える技が、さすがですねー♪」
カラスが喋っているような声と、妙に間伸びしたのんびり屋の声。振り向かずともわかる。トヨムとマミの声だ。そして背後の気配、というか足音は五人分。明らかに『嗚呼!!花のトヨム小隊』勢ぞろいだ。
遺憾! 大変に遺憾である!!
なにが遺憾であるかというと、こんな男ウケを狙いに狙ったコスプレをしている自分の恥態を見られることが遺憾であった。この際、対『まほろば』勢力を募集している最中などという、本来の目的をトヨム小隊に知られる危機というのはどうでもいい。ハードボイルドな自分が、男に媚び媚びな格好をしていることを、コイツラに見られるという恥辱。そのことの方が忍者にとっては重要案件であった。
……よし、私の正体がバレたら、そのときはコイツラ全員皆殺しだ。学生鞄を持つ左手の小指と薬指に、力を込める。こっそりと鞄に仕込んだ小刀を抜く準備はオーケーだ。いつでもいける!
ト……と、鞄に抵抗が。目を落とすと、リュウ先生が腰に落とした木刀の切っ先で学生鞄を押さえていた。
「これこれお嬢さん、人の背後でそんなに殺気立っちゃイカンなぁ」
男性的な眉、細められた目。秀でた額のマグロ顔。剣豪というには、あまりにも強くなさそうな顔で、リュウ先生はのん気に言う。
そしていつの間にか、トヨムが目の前、キスの距離で忍者の目を覗き込んでいた。
「ようシャルローネ、このお姉ちゃんウチにいないタイプの女の子だぞ!」
「ん〜〜、確かにウチのメンバーにはいないタイプですね〜〜……」
「な、アンタ。いま野良かい?」
無邪気にトヨムが訊いてくる。
「い、いえ! わ、私はその……」
あくまで内気な少女を演じて、忍者は口ごもった。もしかしてリュウ先生だけでなく、トヨムもシャルローネも私の正体に気づいていないのか?
さすが私、優秀な忍者! 変装もカンペキじゃないか!
自画自賛して浮かれていると、情け容赦の無い女、カエデが呆れたように地獄行きの旅券を放ってよこした。
「なに言ってんですか、小隊長もシャルローネも。それ、陸奥屋の忍者ですよ?」
「えっ!? そうなの!?」
カエデの言葉に驚くふたり。いや、リュウ先生も入れて三人。そして三人とも、まるで自分の正体に気づいていなかったことに驚く忍者。
「も〜〜、みんな。その娘の頭の上に、簡易プロフが書いてあるじゃないですか」
カエデに呆れられるようじゃ、私もヤキが回ったな。と忍者は苦笑い。しかし世間ではそれを、「一人前になる前の半人前」というのである。
それはさておき。
「忍者、なんでそんな格好してるの?」
いまそれを一番訊かれたくない女、カエデに訊かれてしまう。
「訊くなカエデ、これには海よりもまだ深く山よりもさらに高い理由があるンさ」
地の言葉が出た。自分でも動揺しているのがわかる。
「もしかして、罰ゲーム?」
だから訊くなっつってんだろカエデ! 心の中では叫んでいたが、努めて冷静に振る舞う。
「ま、そんなところだ……」
「ふ〜〜〜〜ん…………」
イヤらしい! カエデの眼差しが大変にイヤらしい!
「私はまた、忍者がどこかに潜入調査にいくかと思ったわ」
まあ、そう思ってくれるとありがたい。本当の理由を知られたら、かなめ姉ぇにヤキを入れられてしまう。そう思っていると、毒蛇カエデはさらに睨みを効かせる。
「あ、今のはハズレか。忍者、ホッとしたもんね」
「待てやカエデ、お前私の恥態の理由を知って、どうするつもりだ!」
「いや、『まほろば』には忍者がいないから、情報収集の面では不利でしょ? だから少しでも優位性が欲しいから、ね☆」
ね☆ じゃないだろバカ野郎。それが私の寿命をどれだけ縮めると思ってんだ。
「とりあえず詮索はするな。私には私の理由があり、それは決して逃れることのできない宿命なんだ」
「あ、かなめさんの要件か。なるほどね♪」
「だから詮索すんなっつってんだろ!」
「しかし忍者もよく化けたもんじゃのう。まるでクラスにひとりはいる目立たん同級生じゃい」
ありがたいことに、セキトリが話を逸してくれた。
「まあな、こういう格好が必要な任務もあるんだ」
返答しながら、忍者はとっととこの場を去りたい気持ちで一杯だった。
「でもって、それとなく男心を鷲掴みにしそうな、清潔な色気まであるわい。のう、リュウ先生?」
ありがたいセキトリではあったが、今の一言はいただけない。変な方向に話が引き伸ばされてしまう。事実、男性であるリュウ先生までこの話題に食いついてきた。
「そうだな、女の子はそうは思わないだろうが、男子ってのは案外こういう文学少女を好んだりするんだよな」
「え〜〜っ!? それじゃあ忍者、男のコにナンパされに行くの〜っっ!?」
シャルローネがトンチキな方向に話をひん曲げた。
「ん〜〜……忍者が美人秘書の密命を受けて、男をたぶらかしに行くとなると……敵対組織まほろばの男を騙しに行くんだよな?」
トヨムがヘンテコな推理を働かせ始めた。これでどうにか密命の内容はごまかせそうだ。
「となると〜〜リュウ先生を騙くらかしに来たんでしょーかー?」
「鋭いな、マミ! きっと忍者は旦那を骨抜きにするためにアタイたちを待ち伏せしてたんだ!」
「忍者が……リュウ先生をねぇ……」
カエデの眼差しは、忍者を下から上まで舐めるようにイヤらしく這い上がっていった。
「まあ、リュウ先生もセキトリさんも文学少女タイプを悪くないって言ってるから、成功といえば成功なんだろうけど……ねぇ忍者。ここから先、どうやってリュウ先生を骨抜きにするの?
忍者も未成年だろうから、十八禁な展開はできないでしょ?」
「そ、そりゃまあお茶を飲んだり遊びに出かけたり……」
「どこのプロ彼女よ、それ……」
「アタイなら一緒に美味しいモノ、主に肉! でも食べに行きたいけど、ゲーム世界じゃそれもできないからなー……」
トヨムはトヨムで自分の欲望をダダ漏れにしている。事態は混迷の方角へと、勇敢なくらい無謀に舵を切っていた。
「あのね忍者。機能が低下する年頃だからって、リュウ先生もそれなりにオトコなんだから、あんまり刺激しちゃ駄目だよ?」
「こらこらカエデさん、君ナニ言っちゃってくれちゃってんの?」
「おやおや〜〜? そのように否定するということはー、リュウ先生はいまだに現役で衰え知らずとかー? マミさんも貞操の危機ですねー♪」
「これこれマミさん、私はもちろん現役バリバリではあるがしかし、未成年に卑劣な欲情をおぼえたりはしないから、心配しないでくれたまえ」
「でもでもリュウ先生? 忍者の制服姿には、不覚にも胸の高鳴りをおさえられない、と先程……」
「シャルローネさん、それは二度と戻らない青春への憧れであって、劣情などとは一緒ではない。よって忍者の姿に思わず青春のときめきを思い出すことはあっても、スケベ心をもよおすものではないのだよ」
「というかのう、お嬢さん方」
ゲフンとセキトリが咳払い。
「花の乙女が男の性欲をあれこれ語っちゃならんぞね」
さすが相撲一代、土俵の鬼。つまりは見かけによらず純情一直線のセキトリだ。女の子に少なからず幻想を抱いている様子。これは忍者にとっても好都合、完全に話題が逸れまくっている。逃げるなら、いましか無いだろう。
誰にも気付かれないように後ずさり。そしてよせばいいのに、「ハッハッハッ! それでは諸君、また会おーーっ!」などと高笑いをして逃げ出した。
「あーーっ!! 忍者が逃げたーーっ!」
「あの高笑い、鬼将軍そっくりだよね……」
などという非常に不名誉な評価を受けながら。
しかしこれからどうするべきか? 忍者は考える。アンチ『まほろば』勢力のスカウトなのだが、それだけの猛者は早々居やしない。いたとしても不正者確定だろう。そんな連中をスカウトする訳にはいかない。それは陸奥屋の美学に反する。
ならば……。
忍者は一計を案じた。あの鬼神館柔道、かなめ姉ぇが評価していた柔道連中。あいつらに接触してみるのも面白いかもしれない。
テキの戦力を削減して、自分たちの戦力を肥やす。これは兵法としては上の部類であろう。
忍者は自分の策にほくそ笑んだ。