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総合武術トヨム

トヨムは忍者を真似た構え。柔道のクセか、重心はほぼ中央。それを思い出したかのように、やや後ろへ寄せる。大剣の敵プレイヤーは中段。中段と青眼の違いは、剣を地面と水平にするか否か。当然切っ先で狙う位置も変わってくる。もちろん流派によって、定義は変わってくるかもしれない。とにかく、敵プレイヤーは中段。構えがなっていないので、素人と知れる。素人なりに剣道を真似て、切っ先を揺らし鶺鴒の尾としている。

つまりこれは、私からすれば真似っ子対決というところか。しかしそれでも、当の本人たちは大真面目。ここは試合に集中しなければなるまい。

まずは位置情報から。トヨムと相手プレイヤーは、剣の間合。しかしトヨムは正中を外すようにして、正面には立っていない。ボクシングで言えば、トヨムはオーソドックスな右拳を引いた構え、剣士は剣士故に右手右足が前に出た構え。これはトヨムにとって、あまりよろしくない状態と言える。剣の方が遠間であるから、なんの障害もなく攻撃をできるが、トヨムは間合が近い。拳の届く距離まで間を詰めたら、剣の右足が邪魔になってしまうのだ。

さてこれを、トヨムはどのように処理するのか?

見ているとトヨムは左へ左へ切っ先を逃れるように移動。剣士は不細工な動きでこれを追いかける。より長い距離を移動するトヨムの方が速い。剣士は身を捻るようにして、無理に切っ先でトヨムを追いかけた。


トヨムが後足の右足で思い切り地を蹴った。左足を飛ばす。同時に両手は剣士の右腕をとらえていた。薪の折れるような乾いた音。トヨム、左足の足刀蹴りで剣士の右ヒザを破壊。両手はすでに腕関節を捕らえ、極めながら押し潰しに入っている。柔道技、脇固めだ。これで肩とヒジの関節も破壊。上にのしかかったトヨムは足技で動けないように剣士を固定。腰の脇差しを抜くや、鎧の隙間に射し込んだ。

断末魔。剣士は撤退。柔道着のすそで脇差しを拭い、トヨムは腰の鞘に納める。

「さ、次は誰だい?」

「む!! ならば副リーダーの俺が!」

やりの男が出てきた。大型アバターである。トヨムの関節蹴りを警戒してか、左前に槍を構える。そして遠間の利を活かすように、突きを次々と繰り出した。

うん、間違えではない。悪くない選択だ、槍のプレイヤーよ。しかし君は、ひとつだけ選択を誤っている。それは……。

槍の引き際、トヨムが飛び込んだ。次の突き技を右手でとらえる。そして左ヒジをカギにして下から槍に宛てがった。

「てりゃっ!」

左の一本背負い。プレイヤーの手を離れて、槍が宙を舞った。そう、彼の誤った選択とは、トヨムを対戦相手に選んだことである。そして彼は、またもや選択を誤っていた。

サイドアームに、短剣ダガーを選んでいたことだ。


トヨムの腰はさらに落ちる。そして後足により体重を乗せて、それでも自然に構えている。大型アバターのプレイヤーは、短剣を持つ右手を前に腰だめで構えていた。間合の利は、槍のときほど無い。故に映画やドラマのチンピラのように、闇雲に短剣を突き出すようなことはしない。

その判断は正しい。彼はすでにトヨムの関節蹴りや脇固め、あるいは脇差しによるトドメの場面を目にしている。後の先を取りたいのだろう。しかし戦力差を考えると、先の先を取られて逆転が可能かどうか……。断じてしまうならば、トヨムに先手を取られて逆転できるプレイヤーなど、私はほとんどお目にかかったことが無い。

トヨム、踏み込む。後足の右足を送り出す、サウスポーへ変化しながらの踏み込みだ。当然、間合はグンと近くなる。突き出された右拳を狙って、対戦相手は小さく短剣を振った。しかしトヨムが後退したため空振り。

トヨム、今一度右足拳を突き出して踏み込む。その拳を狙って、大型アバターの兵は再度攻撃。しかしトヨムは襟元へ拳を戻して空振りさせた。右拳を襟元へ……つまりトヨムはすでに、オーソドックススタイルの構え、左足左手が前の構えになっていたのだ。

そして相手の右肩越しに左を突き込む。これが三軸運動の利点である。そして軽く小さく突いただけなのだが、クリティカルヒット。相手の兜が弾け飛んだ。


さらに右を胴へ、こちらもクリティカル判定。防具が破壊された。そのままトヨムは間合の外まで後退。短剣の危険からスルリと逃れる。

一連の攻撃と後退、トヨムは前後左右いずれにも軸をブラすことなく、地面から土埃を立てるようなすり足で行っていた。これをされると対戦相手視点では、距離感が狂って無造作に打たれてしまうのだ。そして防具を破壊されたことで、対戦相手は警戒心を強くしたようだ。腰だめほ構えから見様見真似のボクシング、アップライトに構えを変えた。

見様見真似、つまりビビリの構え。ただただ小さくなって構えとしているのだ。逆にトヨムはゆったりと、無駄な力みを捨てた悠々と構えをとっている。そして軸線をブラすことなく前後前後。ただし、これまでのようなつま先立ちのステップではない。引きずるような足さばきでポジションを変化させていた。対戦相手はトヨムの動きを目で追い、身体で追っていた。しかし対応が遅れている。

当然だ。効率よく対戦相手を自分の正面に置くための技術が、彼には無いのだ。『王国の刃』では豪傑格であっても、リアルでは戦闘未経験者という奴だ。


トヨムは軽い左を伸ばすと、コンパクトな右を敵の胴に入れた。小さい動作だが威力は十分。敵の胴が吹き飛んだ。

「いいですな、アレ……」

フジオカ先生が絞り出すように言う。

「トヨムの動きが、ですか?」

私が訊くとフジオカ先生は首を横に振った。

「当身ですよ。現実ではあり得ないことですが、この世界はやはりゲーム。当身を入れると鎧が弾け飛ぶ」

「ふむ?」

私はこの世界に慣れてしまっているせいか、フジオカ先生の言葉の意味がいまひとつピンと来ない。

「いえね、現実世界では鬼神館柔道無敵なり!

と随分幅を利かせたものではありますが、こちらの世界ではそうも簡単にはいかない。敵は甲冑を着込んでいる。和甲冑ならばナニクソ、鬼神館柔道通じぬものではないのだけれど、いかんせん西洋甲冑では掴みどころが無い」

「その割にはずいぶん派手に敵を投げ飛ばしていたようですが?」

「西郷のタコ足というのをご存知で?」


西郷のタコ足……たしか姿三四郎のモデルとなった、講道館の雄、山嵐の達人西郷四郎のことであったか? そう述べるとフジオカ先生は縦に首を振ってくれた。

「西郷四郎の足裏には吸盤がついていると言われたものです。実際にはそのようなことあるはずもなく、吸盤で吸い付いたかのように西郷の足裏は敵のスネにくっついていたそうです」

それと掴めぬ甲冑とどのような関係が?

「私なら西洋甲冑、掴むことができなくともわずかな凹凸に手の平を引っ掛けて敵を崩すこともできましょうが、若い連中はそこまで至っておりません。だからあの当身で鎧を脱がし、下服を掴ませてあげたい」

ちょっと話が走り過ぎだ。私も柔は嗜んではいるが、しかし解せないところがあった。そのことをフジオカ先生に告げて、許可を得てから素人問いで話の腰を折らせてもらう。

「まず最初の疑問なのですが、西洋甲冑は掴めないと申されましたね? 掴まないとなればそれは柔道とは呼べないのでは?」

「柔道ではないでしょう。ですが、崩せば柔です」

「すると相撲もレスリングも?」


「競技や種目は違いますが、すべて柔です。もちろん相撲スモーレスリングでしょうし、柔道もまたJUDOというレスリングの一種になるでしょうね。青い瞳を通して見るならば」

組討は競技、武道武術の枠を越えて、ひとつの理合で結ばれている。そう仮定するならばその理合はなんと呼ばれていようとも構わない。フジオカ先生からすれば、そのオンリーワンな理合を一言でまとめて『柔』と呼んでいるのだ。

「しかしこの考え方が若い者には理解できないようで。先生、それはレスリングの崩しだ。とか、それじゃ相撲じゃん。とか、若者の理解の浅さはすべて私の責任なのですが……なんとも……なんとも」

逆説的に言えば、掴まずとも崩し、結果としてなげることができればそれは柔。なるほど、これは考えの若い者には毒な極意である。間違いなく柔の道、柔の理合を外れてしまうだろう。


「例えばサカモト先生、柔道でこのように奥襟を掴みますね?」

私の奥襟を取るフジオカ先生。よく見る光景です、と私は答える。

「柔道着の無いレスリングではこのように……」

手刀の小指側を私の後頭部の付け根に宛てがう。それだけで頭を下げさせられてしまいそうだ。

「このように敵の頭を下げさせるのですが、効果結果は同じです。しかし若い者は、それはレスのテクニックだと言って柔ではないと来るのです。その先にある柔の理も見通せず」

「同じような悩みは剣術にもありました。陸奥屋一党鬼組のキョウという青年ですが、これが頑固者で『剣は一刀両断。それでこそ日本剣術』という考え方に凝り固まっていました」

「あぁ、剣にもあるのですか。こうした麻疹はしかが……」

「えぇ、ですから殺気を捨てて一刀のもとに斬り捨てる、という考え方を捨てさせるのに苦労しました」


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