ジェラシー
フジオカ先生が木刀を抜き出すと同時、廃墟同然の建物の陰から新手がワラワラと現れた。その数三〇ほど、手に手に長得物、あるいは剣を携えている。
「丁度いい、リュウ先生。私に至らぬところあらば、ご指導いただければと」
そう言って、太い男は三〇に敵に対した。私はその三〇の敵を見た。細かいところにダメはいくらでもあるが、ところどころ教伝を授かった節が見受けられた。
陸奥屋一党で公開した技術、クリティカルアタック。あるいはワンショットワンキルの存在を知る者たちが随分といるようだった。
そうなるように私や士郎先生で頑張ったのだ。ゲーム『王国の刃』で通じる技術をずいぶんと流出したのである。一般プレイヤーの中にも技術の芽吹きが無くては、講習会をやった甲斐が無いというものだ。
……逆に言うと、これからフジオカ先生が対する敵は、秋のストリートファイトとは格段にレベルが上がっているということだ。
「テキは木刀の柔道ひとりだ! 囲んじまえーーっ!」
しかし一人を囲みたがるのは相変わらず。もっとも、一対多数というのは、私たちも用いる有効な戦術である。……あるのだが、六人十二人全員で斬り込むのはよろしくない。ゴチャゴチャとしすぎて誰がクリティカルを入れる役割なのか? まったく理解できない。というかお互いを邪魔し合っていて、誰ひとりとしてフジオカ先生に刃を届かせられないのだ。
こんがらがった敵の戦線、その中から一人をチョイスしたフジオカ先生。まずは八相から袈裟斬りに木刀を打ち込んでワンキル。囲みを悠々と脱出した。そして振り向き中段に構えるが、敵はまだからまり合っている。困ったなぁ、という顔をしてフジオカ先生。一度木刀を腰に控えて蹲踞。敵の態勢が立ち直るのを待った。
余裕だな、フジオカ先生。それでいて危機感がまったく無い。安心して見ていられる。フジオカ先生自身は「至らぬところあらば……」などと言っていたが、完成された者だから安心して見ていられるのだ。鬼神館柔道家フジオカに死角なし。そのように太鼓判を押してもよろしい出来である。右に左に木刀を振るい、寄るを幸い次々と討ち取ってゆく。もちろん剣道のように上段へと振りかぶってからの打ちではない。八相、脇構えが多い。さらには打った後の上段。右の霞左の霞と変幻自在。まったく体軸をブラさない剣というのは、見ていて惚れ惚れとしてしまう。
「うっひょ〜〜っ! さっすがフジオカ先生! 剣を取ってもヤルじゃーーん!」
飛び上がって喜ぶのはナンブ・リュウゾウ。あまり品のいい喜び方ではないが、本物の剣術を拝む機会などそうあるものではない。気持ちはよくわかる。
そして三〇もの敵を軽く蹴散らして、息ひとつ乱さずフジオカ先生は戻ってきた。
「いかがでしたかな、サカモト先生。点数などはつきましょうか?」
この人まで私をサカモト先生と呼ぶ。
「点数がつくどころか、満点でしょう。よくそんなことが言えるものだ」
ちょっと苦い顔を作って見せて、それから私は木刀を抜いた。
「参考になるかどうかわかりませんが……」
私は新手の集団に向かって中段に構えた。人数は二〇人ほどいる。
これを私は敵の得物に木刀をからめて、巻いて投げる受けて投げるを中心に技を組み立て、サッササッサと掃除した。
「お〜〜……さすがに剣のサカモト先生。投げ技までこなすなんて、天下無双じゃん!」
ナンブ・リュウゾウの言葉に、ピキッという音がした。音のした方向に目をやると、カエデさんがこめかみに怒りの血管マークを浮かべている。
「あ、あ〜ら……そんな天下無双のリュウ先生を独り占めになさってるナンブさんなら、最近習っている手槍ひとつで成果を出せるんじゃなくって?」
えらく言葉にトゲがある。考えてもみれば、確かに最近はナンブ・リュウゾウにかまけてみんなの稽古を見てやれていない。
「え? そうかなぁ……俺まだ初心者みたいなモンだけど、できそうかい?」
乙女のトゲなぞなんのその、ナンブ・リュウゾウはすっかりその気になっている。おいおい、お前さんにゃまだ早いよ。そう言って止めようとしたが敵は待ってくれない。すでに三〇人ほど押し寄せてきている。
手槍を構えたナンブ・リュウゾウ。真正面からこれを受けるではなく、まずは右へ回り込んだ。
まずはモーション無しでポンとひと突き。クリティカルを入れて胴の防具を破壊。それから敵の攻撃をいなして、また回り込んで同じく胴。これでキルひとつ。
ナンブ・リュウゾウはとにかく動いた。攻撃するよりも攻撃させない、という点を重視しているように見える。それは彼にとって大きな成長、大きな変化だったのだろう。師匠であるフジオカ先生も、「ほほぅ……」と目を細めている。
敵が剣ならば近づけないように先手の突き、槍や薙刀ならばまずは動いて的を絞らせない工夫。どちらの場合にも、決して無理はしない。常に余裕を持った動きである。
「ん〜〜……セキトリ? ナンブのあんちゃんをちょっぴり援護してやろっか? 次々と新手が出てきてるよ」
トヨムが言う。
「そうじゃのう、あぁも新手に出て来られては、いくら強者でも荷が重いじゃろ」
ということで、続々と現れる敵には、トヨムとセキトリが当たった。
その甲斐あってナンブ・リュウゾウ、時間をかけた三〇人抜きを完遂成功。技の理というよりも身体能力を駆使した戦闘であったが、理が無い訳ではない。『無理をしない』というのが、今回彼の最大の理といえた。
無理はないという理は、彼のファイトを武骨なものではなく、大変に洗練されたスマートなものに見せてくれる。その効果は、ちょっと意地悪を提案したカエデさんの「チッ!」という舌打ちにも現れている。というかカエデさん、女の子が舌打ちはやめなさい、舌打ちは……。
「どうだい、カエデさん? ナンブ・リュウゾウ、なかなかヤルだろ?」
私が訊くと、カエデさんは可愛らしく頬を膨らませた。
「あーーっ、もう! なんであんなに強いのよ! オマケにセンスも抜群だし! そんなに強いんなら、リュウ先生の指導なんか受けなくてもいいじゃない!」
「いや、カエデさん。ちょっとだけ違うと言わせてもらうよ? アイツは日本柔道のために命を捧げてるんだ。だから強いしセンスもいい。だけどフジオカ先生からすれば、まだまだ看板を預けるには不安な未熟者なんだよ。だから私に預けたのさ」
「でもでも〜〜……アイツ充分に強いじゃないですか〜〜……。それなのにリュウ先生、まだアイツに構うんですかーー?」
「元からの仲間、トヨム小隊のみんなには寂しい思いをさせているのはわかっている。だけど君たちは……特にカエデさんなんかは私から一本取るだけの策を持ってるじゃないか。王国の刃じゃ、堂々の一枚看板だよ?」
「ですけどリュウ先生〜〜……」
これ、上目遣いはやめなさい。脇腹を指先でツンツンするのはやめなさい。
「私はシャルローネともマミとも違って凡人なんですよ? その凡人が考えた達人殺しなんて、誰でも考えつくじゃないですかーー?」
いや、そうとも限らないぞ。と言いたかった。そう言うのが真実だというのもわかっている。しかし今のカエデさんは真実を欲している訳じゃない、というのはここ数ヶ月の女の子たちとの付き合いで、なんとなく察している。
「私が考えた達人殺しを他のチームの策士が気付いたら、私なんてイラナイ娘になっちゃうじゃないですかーー?」
「そこは絶対に違う! と胸を張っていわせてもらう、カエデさん! たとえばもっと優れた軍師がまほろばに入って来たとしよう、だけど私たちはその策士をチームに入れたりはしない! カエデさんのことを忘れて、その者をチームメイトとすることは無い! シャルローネさんが許さない、マミさんが許さない。セキトリが許さないトヨムも許さないそして、私が許さない! 出向というような形はあるかもしれないが、私たちにはカエデさんが必要なんだ! なぜなら……」
ここで息を継いだ。
「カエデさんは私たちの仲間だからだ!」