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春のストリートファイト 開幕!

酷いありさまだった。街の様子が、である。瓦礫のようになってしまった建物。そこら中に書き殴られたペイントアートのような品の無い落書き。くすぶり続ける街。まるで『〇シア軍』に攻め込まれた『浮く来奈国』である。どうやら運営もノリノリのようで、街のグラフィックをこのように変更したものらしい。なるほど、これならばプレイヤーたちを無法のストリートファイトへ掻き立てることができるかもしれない。

演出というヤツだ。

「酷い背景グラだなぁ、こりゃ。アタイの心まで荒んじゃいそうだよ」

早速トヨムの心理に影響したようだ。

「そーですねー小隊長、マミさんもなんだか悲しくなっちゃいますよー」

というマミさんは、まったく動じていない様子。いつものようにフワッとした表情のままだ。

「ですが気をつけてくださいね。こういう状況だと秘境バンザイみたいな不意打ち闇討ちが横行しやすいですから」

カエデさんはしきりと周囲を警戒している。

「しかしリュウ先生、鬼神館柔道の連中は遅いですのう? 競技場前に集合じゃけんど、ボタンひとつで移動して来りゃいいものなのに」

「案外あの連中、歩いてここまで来るつもりかもよ? ね、旦那」

トヨムはケラケラ笑っていた。


競技場前、この場所この時間に、鬼神館柔道の面々と待ちあわせを約束していた。そしてセキトリの言う通り、移動などはボタンタップひとつで簡単にできるはずなのだ。それを遅れているとは……。フジオカ先生、なにを企んでいるのか?

「ん? 人間の悲鳴かな?」

聴力の鋭いトヨムが、通りの彼方に顔を向けた。みんなで耳をすましてみる。なるほど、トヨムの言う通り、人間の悲鳴のようなものが聞こえてきた。そして、大勢の足音。

「リュウ先生、あれは?」

シャルローネさんが指さした。私は坂本龍馬顔で目を細める。群衆だった……こちらへ向かってくる? いや、逃げ惑っているというのが正しいか……。

「ん〜〜……人が逃げてくるようじゃが、様子がおかしいのう?」

「小隊長、人間が発射されてますよー? ロケットかミサイルみたいに……」

「あぁ、ロケットかミサイルか『どおくまん先生』のマンガみたいに発射されて、建物の壁に突き刺さってるな……」

トヨムは『どおくまん先生』のマンガと例えたが、それは非常に的を射ている。本当に一直線に、なんの抵抗もできない状態の人間がシュバッと発射されて破片を撒き散らしながら石造りや土塗りの壁に突き刺さっているのだ。

「まさか小隊長……あれ……」

シャルローネさんが認めたくない事実を口にするように言う。

「あぁ……鬼神館柔道の連中だ……」


逃げ惑う人々の向こうに、羊を追い立てる牧羊犬よろしく、白い柔道着黒い帯の男たちがいる。

まるで背中に『ワッショイ!

ワッショイ!』の書き文字を背負っているかのようなマンガじみた六人の男たち。間違いない、手が届くのを幸い、ほかチームのプレイヤーたちをちぎっては投げちぎっては投げの無双状態。鬼神館柔道の男どもであった。

「……いいな、あれ」

私は思わずもらしてしまう。

「え!? いいの? あれが、旦那!!??」

そう、あの鬼神館柔道が派手に相手を投げ飛ばす。現実ではなかなかあり得ない現象であろうが、現実でできることなすべてできるというのが『王国の刃』の売り。実際に彼らは人間を発射できるのだろう、と私は思う。そして剣術というものは人を斬るしかできない。

だが彼らは投げ飛ばすことができる。新たな剣術の針路を模索するには、なかなかおもしろい存在ではないかと私は感じ取っていた。

殺さない剣術、斬らない剣術。懲らしめて終える剣術、殺さない剣術。

抜かば斬れ、抜かずんば斬るな。師より授かった教えに背くことにはなろうが、教伝には守破離がある。慢じたことを申すかもしれないが、私もそろそろ師を卒業する段階なのか?

だから私は言った。


「あぁ、そうだトヨム。今の私だからアレがいいのさ……」

ありがとうございました師匠。私は私の道を、これから歩むでしょう。齢四十、これでようやく師匠を卒業などとは、読者諸兄にお笑いいただきたい。だが誤解なきよう、改めて言わせていただく。弟子は師を越えることはできない。

真面目くさったことを真顔で語ってしまったが、そろそろ敵の群れが私たちの手に届く距離となる。

「トヨム、鬼神館柔道を見た私の返答は……これだっ!」

木刀を抜いて前に出た。私の気配を察したプレイヤーが剣を振り下ろしてくる。片ヒザを着き、木刀の棟で受けた、しっかりと。それこそ彼の足場となるくらいに。だがしかし、この足場は地面ではなくコロの付いた台車でしかなかった。コロの付いた台車同様、私はプレイヤーの体重を乗せた木刀を水平に滑らせる。

「ああぁあぁ〜〜っ!」

情けない声をあげてプレイヤーは身体を伸ばし切る。死に体というやつだ。プレイヤーを乗せた木刀の物打ちで、地面と水平に斬ってやる。すると敵プレイヤーもまた、地面と水平飛んでいった。

「一本足打法っ! シャルローネ・ホームラン!!」

私のドリームボールは、シャルローネさんによってスタンドまで運ばれてしまった。


しかしこの調子だ。今度は棟に乗せた敵プレイヤーの体重を、水平に投げ飛ばすのではなく私の周囲で旋回させる。最初は大きく大きく、しかしその旋回の半径をどんどん短くしてゆき、私の頭上へ放り投げる。敵プレイヤーはタツマキに巻かれたように、キリモミしながら上昇。壮絶な最期を遂げた。

死に体、つまり宙に浮いた物体は重くない。重さが無いから浮いているとでも言おうか。だからこのような真似ができるのだ。

槍で突いてきた者は槍の勢いを殺すことなく、というかむしろ加速させて足がついてこない状態を作り、水平飛行の態勢……では芸が無い。襟首を引いて頭を下げさせ、地獄車のごとくゴロゴロとセキトリの前まで転がしてやる。それを見逃すセキトリではない。カウンターのタイミングもドンピシャで、強烈な張り手をお見舞いして撃墜した。

薙刀が薙いできた。木刀で受ける、いなす。そして私の目の前で円を描くようにグルグルと回す。最初は薙刀だけを、やがて敵プレイヤーの腕が旋回速度に追いつかなくなり、体が独楽のように回り始める。ほんの少しだけ持ち上げる力を加えると、敵の足が地面から離れる。さらに旋回速度を上げる。そして頭から真っ逆さま。敵は地面を抉りながら独楽のように回っている。それから先のことは、どうぞお察しいただきたい。


「お〜〜、旦那派手だな! こりゃ負けられないぞ、セキトリ!」

「お、やる気じゃな小隊長!」

トヨム組タッグ、久しぶりの結成。まずは剣士を捕まえたトヨムが巴投げで投げっぱなし、水平に飛んだ敵プレイヤーを、まずはセキトリがさらに上手投げで加速、地面に叩きつける。明らかにオーバーキルだが、水平投げのコツは掴んでいるようだ。

「おう、小隊長! 今度はワシからじゃい!」

豪快な上手投げで水平飛行する敵プレイヤー。それを捕まえたトヨムがさらに加速させる体落とし……で地面に叩きつけたりはしない。叩きつけるとみせかけて二段投げ、下から上へと豪快に打ち上げた。敵プレイヤーは一直線、建物の軒を粉微塵に吹き飛ばして流れ星になった。

「お〜〜……小隊長もセキトリさんもさすがですねぇ〜〜。それではマミさんは……」

私の真似をしてみるようだ。突いてきた剣を双棍で受け流し、敵を独楽のように回す。一人、二人、三人。そこで最初に回した敵をさらに加速。二人目も三人目も加速。それから一人ひとりを背負い投げで脳天から地面に突き刺した。


「……私だけ、凡人技しか使えないわ」

そう呟くのはカエデさん。そう言いながら彼女は、いまだに謎の必殺技『雲龍剣』でキルの山を築いていた。

「おまたせしました、トヨム小隊のみなさん。……少しばかり遅参してしまいましたか」

「やややフジオカセンセー、アタイたちもいま来たところだよ」

「それにしてもさすが実力派のチーム、派手な闘いっぷりですなぁ」

「ってゆーか、フジオカ先生たちの豪快な立ち回りに、ちょびっと感化されたんだけどね」

隊長同士のご挨拶。そう、私たちは鬼神館柔道に影響を受けていた。本来の柔道ルールならば、相手の柔道着を手放すのは反則行為である。しかしここはゲーム『王国の刃』の世界。四角四面のルールを守るよりも、まずは楽しんでみようというフリーな思考、フリーな精神を取り入れてみたところだ。

それだというのに……。

「しかし」

とフジオカ先生はキビシイ眼差しを向けてくる。

「得物を手にしていながら投げ技とは……」

投げ技に感心しとるんかい。とツッコミをいれたくなったが、すでにヌラリと木刀を抜いていた。


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