剣道家とは道を目指す者なり
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素晴らしい剣道家との対戦を含めて、個人戦で私は五戦五勝。相手は新兵の階級だったので、まあこんなところか、といった成績。
あの剣道家にはそうはいかなかったものの、他の対戦相手は防具をことごとくいただいて、それからの勝利だったので、観客席からはブーイングが起こるほどの圧勝であった。
「ひでぇぞ、坂本龍馬! それでも日本のヒーローかよ!」
「ロクでなしーーっ! でも強〜〜いっ!」
「キャーーッ! 先生ーーっ! 素敵ーーっ!」
「坂本っさぁ! 抱いてくれーーっ!」
「ひっこめ西郷どん! ワシが先じゃーーっ!」
なにやらおかしなことを叫んでいる者もいる。まあ、趣味は人それぞれ。文句を言うではないが、しかし私はそういう趣味は無い。
「ということがありましてね……」
私はその日、陸奥屋一党鬼将軍組の拠点をたずね、筆頭の士郎先生に会っていた。
「個人戦では剣道の使い手に会いました。なかなかどうして、層が厚いというのはそれだけで素晴らしい」
「ですがリュウ先生、剣道家というか……剣道連盟には大きな弱点があるんですよ」
「弱点?」
剣道家、ではない。士郎先生は剣道連盟と言った。剣道連盟というからには剣道、居合道、杖道といういわゆる三道に共通する弱点だろうか?
士郎先生は含むように笑う。
「リュウ先生でしたらもうお気づきでしょう。剣道の打ちはすべて得物を振りかぶって打ちます」
「確かに、剣道でしたら」
杖道は違う。まるで根本理念が違うかのような打ち方である。だが士郎先生は「剣道の打ち」と限定した。ここはしっかりと話を聞くべきだろう。
「しかしこのゲーム世界での鎧、鎖帷子を着込むと、それは少々厄介になってしまう」
「故に長得物、短い得物を問わず、みな八相に近い構えをとる」
「そうそう、なのに剣道家たちは困難を承知で正面打ちにこだわるんですよ」
「……………………」
「困難に挑む、困難を乗り越える克己の精神。それが剣道だからです」
単なる武器での叩き合いではない。そこに何を求めるか?
それこそが剣道であり現代社会での存在価値なのだ。しかし私は古流。こう言ってはなんだが、勝ってなんぼの稼業である。
精神性も道場では説くのだが、しかし如何せん技が血生臭さすぎるのである。
私個人の稽古ではすべて解禁してこっそり一人振りをしているのだが、門下生たちには少しオブラートに包んだ物言いをしながら指導している。
ただし、動画サイトを始めとしたインターネットなどでの公開は一切禁じている。技の流出を防ぐためだ。では私がゲーム世界で技を使っているのは?
初伝中伝程度の、いわゆる公開技でしかない。そして奥伝レベルになると、もうゲームでも使えないような技も出てくる。
そして剣道、彼らはやはり稽古を続ければ続けるほど、精神性を重視するようになってくる。やれ段位がどうの、ほれ大会成績がこうの、と言っているうちはまだまだヒヨッコ。
脚が衰え目もかすみ、顔に皺が出てくるような年にもなれば、やはり剣は道なのだ、と気づくものなのである。
それでこそ剣道。世界に誇れる国技なのである。まかり間違っても、オリンピック競技なんぞにしてはいけないのだ。
「だから剣道連盟は、このゲームに向いていません。あれだけの重厚な層を持ちながら」
その通り。私たち古流が現代社会において居場所を失っているように、こっちの世界では剣道連盟に居場所は無いのだ。何故ならここは『道を求める場所』では無いのだから。
「その流れでゆくのでしたら、士郎先生は桜田門外の変をご存知ですかな?」
「桜田門外の変の、何を?」
「あの事件においては襲撃側も護衛側も、抜いた刀を八相に構えて、ひたすら袈裟斬りばかりだったそうです。剣を振りかぶっての面打ち、小手打ちという者は皆無だったそうで」
「刀を振りかぶっての打ちは、それだけ困難ということですね。剣道家というのは、困難に挑むのが本当に好きなんですね」
「まったく……」
平気の平左で八相を取り、袈裟斬りでもなんでもやってしまう古流の我が身を、苦笑するしかなかった。士郎先生も同じく苦笑いだ。
「しかしリュウ先生、ここまでいらして茶飲み話だけでは面白くない。若い連中に一手授けてはもらえませんかな?」
「私でよろしければ」
ということで、練習場で稽古着姿の「キョウ」くんの前に立つ。
「しかしキョウくんというのも呼びづらいね」
「お好きにお呼びください」
所詮プレイヤーネーム、とでも言いたげだ。
「じゃあキョウちゃん♪ って呼んでもいいかな?」
私なりのお茶目心だ。しかしジャニーズ顔のくせして四角四面の性格なのだろう。仏頂面で、「どうぞ……」と答えた。ついでに言うなら、「その呼び方を通すつもりなら、それなりのお覚悟を」とも言いたそうである。
「ではキョウちゃん、柳心無双流皆伝。和田龍兵、まいる」
ついもらしてしまうリアルネーム。
「草薙神党流剣術目録、草薙恭也。いざ!」
私は中段。キョウちゃんは八相。お互いに木刀だが……太刀を跳ね飛ばしに来るかな?
刃筋で知れる。間合いも小手を狙うには浅すぎだ。そうなると……キョウちゃんの気力を肌で感じる。
まだこない……まだ様子をうかがっている。……これは誘った方がいいかな?
殺気を少し弱めてやる。それを機として、キョウちゃんは和田の木刀を弾き飛ばしにきた。打ち下ろしてきたのである。
私は八相に取って、初太刀をかわす。下まで存分に斬り下ろしたキョウちゃんだが、切っ先は死んでいない。バネ仕掛けかコブラの跳躍かのように、切っ先がはねあがってくる。
ただ、その時にはそこに私はいなかっただけだ。
ポン。キョウちゃんの左の脇腹に、おひとつ。もらってから初めて、キョウちゃんはこちらに顔を向けた。向けたときにはすでに一刀一足の間合いを、私はとっている。
「ではもう一本」
「はい!」
元気がよろしい。しかし固い。構えが、頭が。ガチガチに凝り固まった、若いクセにガンコ親父。
いなし技には脆そうだ。というか、つい最近こんな女の子に指導をした気がする。
私は下段にとる。「ナメるな!」と言わんばかり、キョウちゃんは打ち込んでくる。しかし下段というのは、足で太刀をかわすには便利な構えである。スイスイとよけさせていただいた。
町中の剣道家相手ならば、四段クラスか。若いのに悪くない。しかし硬い。……若いからね。おじさんなんてもう、フニャフニャですから……。
伸び切った小手に、ポン。反対側の胴に、ポン。いくつ打っただろうか? というところで「止め」の号令がかかった。
互いに剣を納めて一礼。さがらせていただく。士郎先生の傍らで、一本おさげに真ん丸メガネのユキさんが、口をポカンと開けていた。
「すごい……父さん以外でキョウちゃんを子供扱いだなんて……初めて見たよ……」
「どうだ、ユキ。父さんがどれだけ達人か、よく分かっただろ?」
いや、士郎先生。リアル情報ダダ漏れですがな。
「リュウ先生、いかがでしたかな、倅の剣は?」
だから情報!
「若い。若いので勢いも伸びもある。そして若いが故に硬い」
「だそうだ恭也、お前も父さんみたいに少し柔らかくなれ!」
「士郎先生、この際イッパツ、18禁サービスでも受けさせては?」
「それはいいですなぁ、ダイスケくん。一丁キョウと遊びに行ってやってくれ」
ふむ、あの巨漢のタレ目が兄貴分か。彼の方がこなれている。そんな雰囲気がある。
「朴念仁はダイスケくんにまかせて、ユキ。お前も一丁揉んでもらえ」
「えっ!? えぇっ!? わ、わたしっ!? ……いいんですか?」
いいもなにもユキさん。アンタもう、腰に木刀落としてますやん。陸奥屋一党鬼組。なかなかキャラクターが揃っているな……。
そして私はユキさんにも稽古をつけるが、こちらの方がキョウちゃんよりも柔らかい。というか、水が流れるかのように滑らかである。故にその動きは読みにくい。
技の出どころを見極めるのも見えづらい。これは女性の方が素直だからと言える。素直に技を振り、私の動きに対し素直に反応する。だから上手になるのである。
その点男はダメな部分がある。斬る、殺気を帯びる。そんな思いで剣をとるものだから技に素直ではないのだ。確かに、最終的には男子が女子を抜き去るかもしれない。しかしそれでも女性剣士というものは侮れない存在になっているのである。
まあ、いやしくも男子たる者、銃器刀剣の類いを手にすれば、いやがうえにも血湧き肉躍るものであるので、仕方ないことなのだが……。