槍稽古、続き
さてナンブ・リュウゾウ。槍の稽古を通して随分と殺気を隠すことができるようになった。本来ならばこれでよし、というところなのだが、この男。私の目の前で三軸の動きなんぞを見せてくれた。そうなれば俄然、モノを教えたくなるのが『先生』と呼ばれる立場の者である。
「どれリュウゾウ、構えてみろ」
私も手槍。切っ先を合わせて構え合う。しかしナンブ・リュウゾウの槍は、構えた時点でよろしくない場所を狙っていた。小兵のリュウゾウに比べれば、私の方が長身。故に腰を割って目の高さを合わせる。
「よいかリュウゾウ、穂先の延長線上に相手の目間あるように構えよ。仮想敵は自分と同じ背格好、同じ体格。有り体に言うならば自分自身を仮想敵としてみろ」
「はい、サカモト先生」
「もっと穂先を下げて……下げて……下げて、そこ。その位置が自分にとってどう見える場所か、よくよく記憶しておくように」
何故その場所、目間を狙うのか。最初に習う技こそ極意。という理由で、あえて明言は避けさせていただく。ただし。
「よいかリュウゾウ何故ここを狙うか? その理由は……こう…だからだ」
「ウヘッ、こいつぁヤバイ技だぜ」
「これでお前に脱力や殺気を消すことを教えた理由がわかるだろ?」
「バカだったから、今ようやく」
と、実践をもって伝えてはおいた。
「では今の技は忘れて、空突きを繰り返してみよう。殺気を消して、テレフォンモーションを消して、力みを消してだ……構えで狙った場所を、そのまま触れるまで槍をシゴく。ただそれだけの簡単なお仕事だ」
ナンブ・リュウゾウ、もう技を焦ることはしない。ゆっくりと丁寧に、なおかつ静かに槍をシゴき出す。なかなかに良い調子である。それでは次の段階だ。これは本来の殺気をけす、予備動作を消すといった稽古とは方針が違う。しかしこれだけ素直で優秀だと、もう一手を授けたくなってしまうのだ。
「ではもう一手。これは実戦技などではないのだが、柔や槍を知るには有効な技術であるので、じっくりと身体の中を通しておくといい」
まずは右手右足が前の構え。左足を前足に並べながら、左手一本で突き、左手を右手に接触させる。そのまま左手は右手を乗り越えて槍を取り、右手右足を後退させながら槍を引く。引き終わると、それは左構えという技だ。
やらせてみると、ナンブ・リュウゾウは「ん?」という顔をした。感じるところがあったようだ。読者のみなさまはお気づきになっているだろうか?
この一連の動作は三軸運動を身につけるための練習なのだ。ひとつひとつを文章で記すとなんのことやら?
となるだろうが、これを滑らかな動作でおこなうと、なるほど納得、というものである。そしていつものように、肝心要のポイントには触れていない。あるいはボカしてある。
ではこの三軸運動、できたところで何がうれしいのか?
ちょっと剣術試合で例えてみよう。私が右足を後ろに引いた脇構え、対戦相手は右足を後ろに引いた右の八相。彼は当然のように私の突き出された左袈裟、もしくは左の首筋を狙って斬ってくる。ここで私が左足を引いて右足を前に出す三軸運動をおこなったとしよう。すると敵が狙った私の左袈裟は後ろに引かれて届かない遠くにある。そして私の太刀は右手右足を前に出すことにより、敵の左袈裟に悠々と届くのである。攻撃をそのまま防御とし、防御をそのまま攻撃とできる。大変に便利な動きなのである。
これをそのまま柔道に用いれば……いや、柔道の動きそのものが三軸運動であるから、ナンブ・リュウゾウの投げ技はさらに磨きがかかるであろう。そしてケンカ四ツの左構えから三軸運動により右構えに変化すれば、敵は奥襟の目測を誤るだけでなく、ナンブ・リュウゾウは楽々敵の奥襟を取ることができるのだ。
「サカモト先生、俺は槍が上達してるんだろうか?」
不安ともとれる言葉を、ナンブ青年が発した。無理もない、いま彼が歩んでいるのは通常三年以上の剣術稽古を重ねてから授かる技なのだ。それを一足飛びで授かっている。技の内容が高級すぎて、どれほどの価値なのか計れないでいる。
「不安に思うのも無理はない。実はな、リュウゾウ。今授けている技は、当流儀で三年以上の稽古を積み、切紙を卒業して目録の段に入って初めて授かる技なのだ」
正直に教えてやる。
「サカモト先生、切紙って……どれくらいの技さ?」
「入門三年、そこで昇段の審査を受け、目録の段に入る。目録の次は免許技の取得、免許技をすべて受けて免許皆伝。そこからは流派の責任や指導方法、道場の経営学などをふくんだ印可、そして人格形成をも求められる総伝と続く。まあ、切紙は剣道の世界ならば初段から三段といったところかな?
お前は鬼神館柔道で何段なのだ?」
「四段をインキョされました」
允許の文字がカタカナに聞こえたのは気のせいか?
「ならば丁度いいだろう。目録のお前が目録技を授かる。順当に成長している証拠だよ」
「何か授かってるってのはわかるんだけどさ、それが何なのか。どう使えばいいのかがピンとこないんだよな……」
「それでいい、新たな知識や技術なのだから。困るのは生半可な稽古でわかった気になって、実際に使いこなせないものだから『あれはダメだ』『これは使えない』などと猪口才で断じること。これに陥らなければそれでよい」
バカでなければそれでよいなどとは、我ながらなんと無責任な先生であることか。
しかしインターネットの普及、動画サイトの普及により、コメント欄には達人先生がワンサカと雁首を並べる御時世となってしまった。かく言う私もネット初心者の頃にはこうした達人大先生と弁や論を交わし、辛い経験をしたこともある。
ここで断じてしまうが、読者諸兄もお気づきになっているかもしれないが私からそのお考えを後押しさせていただく。ネット上に達人はいない。それどころか経験者も希少だ。良くて初心者、悪くすればネット上の知識を集めただけの『自称達人』しかいない。
自ら汗を流し、稽古を積んでいるならば同流他流の区別なく他人が気にならなくなり、我が道を行くようになってしまう。
私の道場でもやはり、初心者ほど稽古の内容をアップしたがったり、他流派ではこんな技を使っている、などと言いたがるものだ。それが三ヶ月も稽古すれば、不思議と他者を気にしなくなる。自分のやっていることに打ち込んでいる証拠だ。
我を信じ、流派に打ち込んでいれば、他人のしていることなどどうでもいいのである。他者にめを向けるのであれば、最低三年の稽古は必要だろう。しっかりと自分を作り上げた上で他者を取り入れる。そうしなければいつまでたってもあっちフラフラ、こっちヨロヨロで何者にも成れなくなってしまう。
そんな感じでナンブ・リュウゾウに稽古をつけていたある日、またもや運営から小隊長のトヨムにお知らせが届く。
「お、みんな! またミニイベントがあるらしいぞ!」
どれどれ、と言ってメールを確認するのはやはりカエデさんのお仕事。
「あら♪ あらあら♪ リュウ先生、またあのイベントですよ♪」
なにやら『♪』が連発されている。
みんながトヨムのウィンドウを覗き込む。
『チョーシっくれてまたまたやります! 2022春のストリート王者決定戦!』
おうz秋にやってたあのミニイベントだな?
翁にでくわすわ、暗殺術を披露するわで、なかなか濃いイベントだったと記憶している。となると、今度はなにをしてくれようか?
「鬼神館柔道の実力を拝ませていただくってのはどうだい、旦那?」
実力を拝ませていただくという表現は、いかにも上から目線でいただけない。こうした場合は観戦モードに徹して、身にかかる火の粉だけは払うというのが正しかろう。
「ん〜〜ですが小隊長、せっかく秘密兵器とばかりに温存している鬼神館柔道。簡単にお披露目はしたくないんですが……」
「だけどカエデ、あの鬼神館柔道だぞ? 隠してたっていずれどこからか秘密は漏れる……っていうか、あの連中が大人しくしてるわけ無いだろ?」
「陸奥屋もそうでしたが、どうしてこう、問題児がおおいのかなぁ……」
カエデさんの懸念をよそに、事態は動き始める。




