やたらと熱い若者たち
ほえ?
とか言っている間に開始線上に立たされたシャルローネさん。ふた振りのモーニングスターを手にしたアキラくんと対峙することになる。シャルローネさんの表情は、何故私はこんなところにいるのでしょう?
という感じ。どこか現実味の無い、フワフワとしたものだった。
それはフジオカ先生の「始め!」という鋭い号令がかかっても同じ。ヤッと気負い立つところがまるで感じられない。ヒットマンスタイルで構えたアキラくんが近づいてくる。間もなく間合だ。
するとフワフワしたままのシャルローネさん、やおらメイスを床板に着けて目の前に片手で立ててしまった。
ふむ、と思わずもらしてしまった。
「ね、旦那。あれ何?」
トヨムが訊いてくる。
「まずは間合だ。アキラくんのモーニングスターが有効射程に入る直前に、シャルローネさんは反応した。そしてあのメイス、目の前に立てる事によって正中線を防御している。あれでもう、アキラくんはフリッカージャブを封じられてしまったのさ。ヒットマンスタイルなのにね」
「だけどアキラのジャブはおっそろしく威力を増してたよ? モーニングスターのおかげでね」
「ではアキラくん、強引にジャブで攻め込むかな?」
そのモーニングスターから、鉄球が放たれた。アキラくんの強引な攻めだ。
しかし撤退させられたのは攻め込んだアキラくんの側。すでにシャルローネさんのメイスが、アキラくんの脇腹に深々と食い込んでいたのだ。
今の攻防を分析してみよう。
まずシャルローネさん。繭玉のような打撃パーツの付いた側を上に、メイスを床板に立てる。このとき右手を添えて、メイスで正中線を防御していた。繭玉パーツは丁度シャルローネさんのアゴの高さ、アキラくんとしては大変に邪魔くさい場所にある。
これを強引に打ち抜こうとするアキラくん。モーニングスターの鉄球を鋭く放った。美しい航跡で鉄球はメイスの繭玉に命中。シャルローネさんの手の内で傾くメイス。石突部分が床板から離れる。同時にシャルローネさんは左手で繭玉を操作、メイスを水平に構えた。その石突部分に、勢い余ったアキラくんが飛び込んでくる。シャルローネさんとすれば、あとは簡単な突き技を入れるだけだった。
「ほえ〜〜、やるなシャルローネ!」
「得物の問題さ。シャルローネさんからすれば、脇差しひと振りでアキラくんと闘うトヨムの方がスゴイと言うだろうね。そして、初めて握るモーニングスターで、あれだけ成長したアキラくんのことも」
アキラくん、復活。
「すごいなぁ、シャルローネさん。あんな技を簡単に使うなんて……」
そう言って、モーニングスターを床に置いた。
「でもね、ボクもモーニングスターで、ちょっとひらめいちゃったんだ……」
得物は赤いオープンフィンガーグローブだけ。アキラくんの本来のスタイルである。
アキラくんのヒットマンスタイル。振り子のように左腕がユラユラと振られている。そして右はアゴの横にコメカミからアゴ先の急所をしっかりガード。
対するシャルローネさんはメイスの繭玉を突き出して、右手右足を前の剣術スタイル。八相に構えている。以前申したかと思うが、剣術の構えの中では八相からの斬りが一番速い。その事実をぶっちゃけてそのひと太刀にすべてを賭けているのが薩摩示現流である。ということで、シャルローネさんがこの最速の構えを取ったということは、アキラくんに何もさせないという意思表示と取れる。
ス……とシャルローネさんが前に出た。音もなく、影のように。アキラくんは後退すべき場面だろうが、決して退かない。ヒットマンスタイルの左をピタリと止めて、シャルローネさんを狙っていた。シャルローネさんもまた八相のまま動かない。いつ行くのか?
どちらが先なのか? そして、どちらが勝つのか……?
その予測は私にもつかない。しかしひとつだけ言えることは、アキラくんが『自信を持ってシャルローネさんを待っている』ということだ。
肩の力みの抜けた、大変に良い構えのアキラくん。そして、パンッ! という音が響いた。
シャルローネさんのブロンドが弾けたように乱れる。シャルローネさん、撤退。決まり手はアキラくんの左ジャブ一発であった。
「あらあらあら〜〜? リュウ先生、確かにアキラくんのジャブは良かったけど、一発撤退は無いんじゃないんですか?」
マミさんが目を丸くしている。確かに、並のジャブならばジャブくらいでワンショットワンキルは無いと思う。しかしアキラくんのジャブは、モーニングスターという武器から学んだのだろう。左拳の動きは鎖のついた鉄球そのものに見えた。
「おっし、アキラくん! 今度はワシが相手じゃい!」
我らがセキトリが立ち上がる。
「待て待て相撲の大将。さっきからアンタの小隊メンバーばかりじゃないか。次は俺が出るぜ」
手槍を仲間に預けて、鬼神館柔道のナンブ・リュウゾウが前に出た。
「む、それもそうじゃのう。御馳走の独り占めはイカンわい」
こうしたところが好漢なのだ。セキトリは柔道青年に席を譲った。
するとアキラくんは獰猛なナンブ・リュウゾウの問う。
「どうします、ボク、柔道着を着ましょうか?」
「無用、そのままでいい。対戦相手がすべて柔道着を着てくれる訳が無いからな」
好きモノは好きモノを呼ぶ、とでも言おうか。誰かが勝てば誰かが挑んでくる。いや、「アイツは強いから闘っても負けるだけさ」などとイジケて尻込みするよりか、よっぽどよろしい。そして強者を見れば挑みたくなるのが若者というものだ。
しかしアキラくん。君はつい先ほどまで、鬼神館柔道に投げられてヘコんでいたのではないのか?
そこもまた、若者の良いところだ。例え負けてもまた立ち上がれば良い。そのときなにかを掴んで立ち上がるのであれば、なお良しである。
「今度は投げられませんよ、ナンブさん」
「俺だってそう簡単には打たせたりしねえぜ、アキラ坊」
拳闘、柔道。どちらも世界中に競技者があふれていて、公開性の強い格闘技である。故に今日の勝者が明日の敗者となり、栄光の玉座から陥落することも当たり前な世界。そして今日の勝者が明日もまた勝者たるには、今日の努力を十とするなら明日は十二も三も努力しなければならないのである。
片や天才的な身体能力を持つ少女。片や世界王者や金メダリストをシメにゆく猛者。
少女は一撃の毒牙を蓄えた蛇のように、柔道青年を待っていた。柔道青年は左の手足を前に構えていた。左足を出して右足をつける。いわゆる継ぎ足でアキラくんに詰めてゆく。しかし、その足が止まった。拳ひとつだけ遠い間合。そこでナンブ・リュウゾウは足を止めていた。
さあ、おいでアキラ坊。とでも言っているかのように。
ナンブ・リュウゾウ、まるでフルコンタクト空手のように、両手を顔の高さで開いて構えた。
しかしあくまでも静かに、感覚を研ぎ澄ませてアキラくんを見ている。両者が決戦の間合にジワリと入り込んだ。もう拳を伸ばせば手を伸ばせば、確実に相手に触れられる間合。しかし、二人とも実に良く辛抱している。が、ついにアキラくんが動いた。電光石火にしていまや一撃必殺となった左腕ジャブ。これがナンブ・リュウゾウのアゴの急所を、捕らえ……る刹那、ナンブ・リュウゾウが変わった。右軸と左軸の入れ替え。わずかに間合が変化する。毒蛇の左をスカさせることに成功。同時に前手となったナンブ青年の右が……ゴスッ……クロスカウンターになってアキラくんのコメカミにヒット。一瞬動きの止まったアキラくん、そのアゴに追撃の左。
この一戦は、ナンブ・リュウゾウに軍配が返った。
よもやの打撃。柔道家による打撃。これはアキラくんも予測していなかっただろう。ワンツーという簡単なコンビネーションの前に、アキラくんは撤退していった。
柔道競技に打突は許されていない。しかしご存知の方も多かろうが、講道館柔道型には当身が存在している。柔道という巨大な肉体学問のなかでは、打撃も研究対象として取り入れられてるのだ。とはいえこの場面この相手に、見事それを成功させるとは。ナンブ・リュウゾウ、鍛え開戦のあるセンスの持ち主だ。
ヨシ、と小さくガッツポーズを決めるナンブ・リュウゾウに歩み寄り、声をかける。
「よくやったなと言いたいところだが、リュウゾウ。槍の稽古はどうした?」
「ゲショ……」
今日の勝者、また稽古漬けに逆戻り。突くことすらままならない、本当にこれで強くなってるの?
と疑問に思う繰り返し。ナンブ・リュウゾウはたんぽ槍を手に、エンヤートットエンヤートットを一人で再開する。
しかしリュウゾウよ、お前さんが右のクロスを成功させたのは、殺気を隠したその反復練習のおかげなのだぞ?
若々しい背中に、心の中でだけ教えてあげる。この短期間で、ナンブ・リュウゾウは格段に良くなった。見違えるほどである。しかも三軸運動まで身につけやがって。あれはまだ私は授けていないぞ?
とは言うものの、柔道自体が三軸運動なのだ。今この場所で、アキラくん相手に三軸運動のパンチを振るったところで、何の不思議も無いか……。




