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トヨムの選択 アキラの選択

フジオカ先生の薦めで、アキラくんとトヨムは得物を所持することとなった。試合で使う使わないは本人の自由。しかし自分の技の幅を広げるためにも、得物くらいは研究してみろ、という言い方であった。そう、試合での使用など特に必要ではない。ここが肝なのだ。

自分の拳闘術、あるいは柔拳術に深みや幅を持てというのである。その提案にトヨムは乗り気であった。

「ウチの旦那みたいに上手くはいかないだろうけどさ、新しい体験や考え方って楽しそうじゃん♪」

大変にトヨムらしく、わかりやすい言葉だ。逆にアキラくんは戸惑っている。

「ボクシングに向いた武器術って言われてもなぁ〜〜……」

ピンと来ない様子だ。

「ボクシングのフェイントやインサイドワークに、フェンシングの技術が取り入れられてるってのは聞いたことあるけど……それじゃあ面白くないし……」

「なんだよアキラ、アタイとのナイフ対決、面白くなかったかい?」

「そんなことはありませんでしたよ、小隊長。あんな経験、リングの上では無かったです!」

「それが新しい体験、新しい考え方の出発点さ!」

トヨムが言い切っても、アキラくんは煮えきらない。


「じゃあさ、フジオカ先生! アキラに向いてる武器を教えてあげてよ!」

フジオカ先生の教伝に、トヨムは俄然イケイケムード。それに対してフジオカ先生の返答は。

「もちろん二丁ナイフはオススメした通り。フェンシングはアキラくんが知っていた通り。では小隊長、他に何か無いかな?」

逆に質問してきた。それにトヨムは腕を組んで、ウンウンと唸って考える。

「ん〜〜と、ん〜〜と……アキラの拳は兇器だよな? ヒュンって飛んで来てバチンと弾いてくれる……。そんな武器ってなんかあったかなぁ? ね、旦那!

なんかイイ武器無い!?」

いきなり私に振ってくる。

しかしそこは私もリュウ先生と上座を勧められる男。

「答えを出してもよろしいかな、フジオカ先生?」

一応断りを入れると、フジオカ先生は鷹揚にうなずいた。

「まずこんなのはどうだ? トィックタバック……いわゆるヌンチャクだ。私はあまり上手じゃないが……」


まずはキューバスタイル……いわゆるデトロイトスタイルとも呼ばれるトーマス・ヒットマン・ハーンズの構えをとる。私は剣士特有の右手右足が前のサウスポースタイル。右手で取ったヌンチャクをゆらりゆらりと揺らして……ピン!

とヌンチャクを跳ね上げた。フリッカージャブの軌跡の通り、ヌンチャクの片棍が伸びる。伸ばした右手を引いたのに呼吸を合わせて、リストを柔らかく使い片棍をクルクル回す。そこからさらにヌンチャクのジャブ!

ジャブ! ジャブ!!

戻ってきた棍を左手で取って、チョッピングレフトを思わせる上からの打ち下ろし。打ち下ろした棍をクルリと回して右手リードで取り、右フックから左アッパー。あとは右から左から滅多打ちの型を演じ、右ジャブを三つ放ってからヌンチャクを納めた。

「……ということで、どうかな。アキラくん?」

問うまでもなかった、すでにアキラくんの瞳はキラキラと輝いている。

「是非!」

よし、これでアキラくんの得物は決定。次はトヨムだ。

「アタイはアキラと違って得物を手にすると相手を掴めなくなっちゃうからなぁ……」

それまでの打拳スタイルを忘れて、完全に柔道へ戻ったような言い方だ。「これにするよ」と言って決めたのが脇差であった。それを敵から隠すかのように、帯の腰へ差す。

「ん、これで両手は自由だ」

得物を取れども柔は捨てず。ということは、柔を取れども拳を捨てず、とも取れる。あくまでもこれまでのスタイルを崩すという気は毛頭無いようだ。


「じゃあ改めて、得物を手にした徒手家同士のスパーだ」

フジオカ先生が宣言する。ふたたび向かい合うトヨムとアキラくん。まずトヨムはいつものようにピーカーブー。アゴ先を拳で隠したインファイタースタイル。アキラくんに付き合ってか、左足を前に出している。トトトッと間を詰めるのはトヨムの方、アキラくんはヌンチャクのジャブでこれを牽制。トヨムは頭を揺すりながら、アキラくんの左へ左へと回り込む。そうはさせまいと、アキラくんはヌンチャクの左ジャブから左フックを回してきた。これをかいくぐるトヨムだが、アキラくんはさらにヌンチャクの左アッパー。左一本でトヨムの動きに対応している。

しかしトヨムの回避運動も鋭い。

頭を振って振って、ヒザを柔らかく使って使って、立ち位置も変えて変えてヌンチャクをかわしていた。そしてついに、トヨムはアキラくんの小手を取れそうなくらいに間を詰めてきた。

しかし待ってましたとばかり、アキラくんは右を使ってくる。トヨム、後退。やはり先ほどまでのように、上手いポジションは取れない。さあ、どうするトヨム?

アキラくんはまたもやジャブを飛ばしてくる……が、ヌンチャクを落としてしまった。トヨムが脇差を抜いたのだ。そしてすでに間合を詰めている。今度は左腕を斬った。完全な左殺しである。

さらに間を詰めて超近距離クロスレンジでの接近戦。アキラくんの脇腹へクリティカルを入れて、最後は脇差を鞘に納めて柔道技。アキラくんを転がして寝技に移ったかと思ったら、すでに抜いていた脇差でアキラくんの首を刈り、一本勝ち。


確かに、押さえ込みが三〇秒で一本となるルールは、押さえ込んでから相手の首をかくまでの時間を模しているときいたことがある。その理論をそのまま実行するとは、小隊長トヨム。なかなかワイルドにやる奴だ。

「だけどさ旦那、『まずは』って前置きしてヌンチャクをアキラに薦めたけど、他にオススメ武器ってあったの?」

「うむ、いい質問だなトヨム。実はこんな武器も用意してたんだ」

私がその武器を見せると、トヨムは名作格闘技映画の名台詞を口にした。

「『空手の突きは鉄の棒の一撃。功夫の突きは鎖のついた鉄球の一撃』……」

そう、トヨムの言葉は何故私がこの武器とヌンチャクをアキラくんに薦めたか? を如実に表していた。つまりトヨムは私の意図を理解しているということになる。

私の手にした武器、それはモーニングスター。握りの柄から鎖が伸びて、その先には鉄球が繋がっている。打たれれば内臓に響く兵器である。しかもトゲトゲ、スパイクの付いていない、ただの鉄球が繋げられたモデルである。


「うわ、それアタイが使いたくなっちゃうけど……アタイ両手をふさぎたくないしなぁ……やっぱり脇差しにしとくよ……」

モーニングスターに対する未練たらたら。やはり自分の柔拳術には脇差しが適していると、腰の得物を撫していた。

フジオカ先生は微笑みながらアキラに訊く。

「ヌンチャクとモーニングスター、どっちを選ぶ? アキラくん……」

「使ってしっくり来る方を選びます。トヨム小隊長、もう一番お願いできますか?」

「おう! いよいよアキラの得物が決まるんだな!? ……よし、かかってこい」

ズン……とトヨムの放つ殺気が重たくなった。脇差しとはいえ真剣白刃、それを帯びる者の決意と責任をトヨムは全身から放っている。対するアキラくんは、刃を帯びてはいない。そこまでの重苦しい雰囲気は帯びていない。しかし必勝必殺の得物であることに変わりは無い。はやり良い戦気を放ってはいた。

さて、どう出る?

トヨム小隊長。私は心の中で問いかけたが、トヨムはまったくの平常運転。クンッと腰を落とすとトトトと歩み寄る。しかしモーニングスターによって伸びたアキラくんのリーチは約三〇センチ。それを計ったかのように絶妙な間をおいて止まった。


アキラくんは左を垂らしたデトロイトスタイル。トヨムは……こちらも短いリーチながらデトロイトスタイルに構えた。

どういうことか?

同じデトロイトスタイルであっても、トヨムはサウスポーの構え。アキラくんは右を中心に組み立てる、トヨムは左からの組み立てを中心に攻めるスタイル。しかも互いにカウンターを狙うのが定石、という状態。

なのにアキラくんは左のモーニングスターをジャブのように打って出た。トヨムの正中線を狙った、大変に素晴らしいジャブだ。しかしトヨムは横移動でこれを回避。すぐさま踏み込んで右を打って出た。しかしこの攻めはリーチ足らず。アキラくんの鼻先をかすめることすらできていない。そして間を読んでいたアキラくんは、スウェイすらせずトヨムの右を処理する。

「おいおい、名人戦かよ……」

フジオカ先生は呆れたように二人を評する。それに対して私は言った。

「いや、フジオカ先生。これはヤングライオン杯。あくまで若手の闘いです。それくらいにチーム『まほろば』のレベルを上げていかないと、陸奥屋一党……ひいてはあの草薙士郎には勝てません」


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