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柳心無双流槍術

「さて、どうかなナンブ・リュウゾウくん」

「げしょ……」

かなりヘコんでいるようだ。しかしそうでなければ、正反対の方向の技術は得られないものだ。

正反対の方向の技術。それはナンブ・リュウゾウ最大の長所である殺気を消すことだ。そうすることで出所を察知される弊害を消すのである。

「じゃあおなじことを私とやってみようか?」

「よし! 今度こそ!」

女の子相手ではない。そして実力者相手なので遠慮の必要も無い。ナンブ・リュウゾウは俄然燃えた。燃えに燃えた。だがそのやる気がテレフォンパンチのように、次の一手を私に知らせてくれる。

故に木刀でペタリ。

「一本」

木刀でまたペタリ。

「これも一本!」

さらに木刀でペタリ。

「おうっ♡」

またもやイイ声で鳴いてくれた。コイツ、ノリが良いのではなくて、本当に感度がイイだけではないのか?

まあ、野郎の感度がどうあろうと、私はノンケである。そして知人にもその筋の趣味を持つ方々はいらっしゃらない。

「とまあこのように、女の子であってもなくても、ナンブくん。君の動きは読みやすいんだ」

「むぅ〜〜……じゃあどうすりゃいいんだよ、サカモト先生!?」

「そうだな、一度柔から離れてみんか?」

「柔から離れる!? そんな馬鹿な!!」


これは面白半分で言っている訳にはではない。ちょうどいい武器に、心当たりがあるのだ。

「そうは言うがナンブくん、あの嘉納治五郎先生だって武器術はいろいろと研究していたんだぞ?」

「とはいえなぁ……」

「フジオカ先生とて、柔のみならず。はっきり言って剣を腕前も相当なものだ」

「俺、剣術やるのかい?」

「いや、槍を握ってもらおうか」

「や、槍!?」

まあ、フジオカ先生の剣の腕前をほめていながら、槍を持ち出すのだから驚くのも無理はない。

リュウ先生の『みんなにはナイショ

秘蔵の武器コレクション庫』から手槍を一筋引きずり出す。とはいえ本身の槍ではない。先端にクッションをつけた稽古用のたんぽ槍というヤツだ。私の分も取り出して、相対するように構える。以下、ウチの流派『柳心無双流槍術』であるので、本物の槍はそうじゃねぇ!

という批判は御容赦を。

「まずは両足の中指が真正面を向く。左右の足の幅は握り拳ひとつ分」

「……うわ、なんだか内股のオカマちゃんになった気分だ」

この足構えを初めてとった現代人は、みな同じことを言う。


「そして大変に重要なことだが、体重はここで受け止めろ」

槍の尻で突いたのは、中足部と呼ばれる部分。それも足の親指の中足部だ。そこを刺激すると、ナンブ青年の足は小指まで開いた。すべての指で床板を掴んでいる。

「では、両足の幅はそのまま。左足を後ろに」

剣術ならば右足のかかとの位置と左足の爪先が並ぶくらい。しかしこれは槍。もうひとつ分、足をさげさせた。

「ひいた左足、親指の中足部を中心に外へ直角まで開け」

いわゆる撞木という立ち方だ。柳心無双流の槍を学んでいる者ならば、本来これだけで構えに入ることができる。しかしそこは初心者、あれこれがチグハグな形になっている。

「よし、もう一度正面の構えから。爪先と中足部を意識しながら、左足を後ろにひくんだが……自然と体の向きも変えるんだ。鼻は私に向けたまま……」

この辺りはさすが柔道。すぐに対応している。自然と左の肩を引いていった。三軸の動きである。

ど真ん中、正中線とも言える軸。右の肩、腰、足の右足軸と左軸。これで三軸。

合気道などはこの三軸を大事にすると言うが、実は柔道でもこの三軸の動きが基本なのである。右手と右足が前、左手と左足が後ろ。右で押せば左で引く。逆もまた然り。そして聞いた話なのだが、これはかの太極拳でも同じらしい。投げ技の極意というものは、結局どの流派どの格闘技なろでも同じ場所へ行き着くのではないか?

というくらいに共通点が多い。


ただし、今回は投げ技の極意という話ではない。ナンブ・リュウゾウの弱点であるテレフォンアクション。そしてその原因となっている殺気を抑えること。これが目標なのだ。

身体の構えができたなら、次に槍を持たせる。この時私は剣術の手の内を授けて取らせた。剣術の手の内に関しては、以前申し上げた通りさまざまな流派で考え方が違うであろうから、これこそ割愛。明記は控えさせていただく。さらに身体は居合腰。こちらも詳細は省かせていただく。

まだ力みはあるものの、初めて執る槍に戸惑う初心者なのだから仕方ないところだ。

「どうだい、まだシックリとは来ないだろ?」

「はい、これで柔道の役に立つのかどうか、全然わかりません」

「そりゃそうだ。これを柔道に応用するには年季が要る。だが……そうだな、柔道はお前にとっては宝だろ?」

「もちろん! 世界最高の宝です!」

「ならば普段の戦闘では手槍を用いよ。大切な宝物、そう安々と素人に見せびらかすな」

「……………………」

面白くはなさそうだが、私の言っていることは理解できたようだ。不承不承ながらも、槍を学んでみる気にはなったようだ。

私も槍を構えて相対する。


「よし、リュウゾウ。まずは私の眉間を突いてみろ」

そう言うと、ナンブ青年の肩に力が入った。私は軽く槍を逸らす。

「言い方が悪かった。私の眉間に触れてみろ。触れるだけで良い、力を入れるな」

右手左手、両方が動いて槍を脇の下に抱え込むようにして突いてきた。まるで帝国陸軍歩兵部隊の銃剣突撃だ。もちろんこれも逸らしてやる。

「闘魂あふれた素晴らしい突き技だったが、やはり闘志を燃やすとテレフォンアクションが発生する。この場合、君が学ぶべき突き技を見せてやろう」

私、横向き。ナンブ青年にすべてを見せる。

「まず右手は動かさず、その手の内で槍をしごく。で、右手を動かさないからには左手一本で突く」

このとき左手の手首を柔らかく使うことを強調した。

「どれくらい柔らかく使うかというとだ、こう……エンヤートットエンヤートット、松島〜〜の……」

以下略。著作権に引っかかることはできない。だが読者諸兄にも雰囲気は伝わっただろう。鼻歌まじり、いつもの仕事をこなすかのように、当たり前の往復運動をするだけだ。

まずは標的無し、ナンブ青年に素振りではなく、空突きをさせてみた。

「エンヤートットエンヤートット〜♪」

「悪くない悪くない、その調子その調子」

しかし私が標的として前に立った途端、こちらがズッコケルほど力み返ってしまうのだ。この闘争心は天然の生まれつきなのか?

だとしてもその闘争心が彼の成長を阻んでしまう。


では、ボクシング用のパンチングミット。これを右手にはめてナンブ青年の突き技を受けてみる。

「いいかい、たんぽ槍のクッション部分で触れるだけ触れるだけ」

「触れるだけ触れるだけ……」

元手を軽く、手の内を軽く。それを意識するだけでピストン運動は軽くなる。

ズビッ! ……強い。パスッ! ……まだ強い。ペタン! ……もっと軽く、もっと軽く。

ポフッ……。

「いまの突き、ヨシ!」

「へ? 全然突いてないぜ、俺」

「突かなくていいと言ってるだろ? 触るだけでいいのさ」

「ほんじゃまもう一度」

ポフッ……ポフ……ポ……。うん、どんどん良くなっていく。

「それでいいんだ、リュウゾウ。闘志も消えて無駄な予備動作も無くなっているぞ」

そこでいま一度、私が槍を構えて正面に立つ。

「いいか、リュウゾウ。触れるだけ触れるだけ」

「触れるだけ触れるだけ……」

「私の顔をパンチングミットだと思って」

シュ……とだけ、音が。彼の槍が私の槍をこする音だ。そして、ポン! ……まだ力を抜け。ポフッ!

……その調子その調子。さっきまであった予備動作が小さくなっている。

そして遂に……。ポが入った。ヨシ! 大変にヨシ!


「なんだ、ナンブくん。こんなに短時間で強さに磨きがかかったぞ!」

「え? これで俺、強くなったのかい?」

「じゃあ試してみるか? ヘイ! マミさんカマン!」

「へいお待ち、マミさん一丁♪」

「ルールはさっきと同じだ、マミさん。そしてナンブくん……君はマミさんを取るだけ。投げてはいけない」

「袖や襟を取るだけッスね? わかりました」

そうだ、これは勝負じゃない。仮想空間で競技するゲームでしかないのだ。きみの宝物、柔道を披露するほどの場所じゃない。

「始め!」

号令をかけると、両者パッと距離をとる。それからジリジリとお互いの間を作り始めた。と思ったら?

ス……と音もなくナンブ青年はマミさんの袖を取っていた。下からだ。袖を取って押したり引いたりするのではないから、マミさんは袖を取られていることに気づいていない。


それからお互いにフェイントをかけ合うことニ〜三ターン。またもや下から、ナンブ青年が襟を取ってしまった。

私はすみやかに「止め」の号令をかける。

「あれあれ、リュウ先生? マミさんまだ襟しか取られてませんよ?」

やはり、マミさんは袖を取られたことに気づいていなかった。私はマミさんに右袖を見るように言う。

「あらあら、いつの間に?」

やはりマミさんは袖を取られたことに気づいていなかった。これはマミさんがぽやんとした性格だからではない。なかなか気づかれ難い取りをナンブ青年が取得した、ということに相違ないのだ。

だが、せっかく身につけた技術もしばし封印。また槍に戻っていただく。

今度は左前の構えだ。両足を拳幅から、ひとつひとつ確実に行ってゆく。ゆっくりとだ。何故パッパッパッと構えを取らないのか?

それは骨の位置、重心の取り方を丁寧に丁寧に身体に染み込ませるためだ。

もしも君が型武道の稽古に取り組んでいたとしよう。ならば師匠から姿勢の矯正を教えられたとき、ピョコンと直してはいけない。じっくりと、粘つくような時間をかけて身体に覚え込ませるべきだ。そうでなくては姿勢は実用的なものではなく、単なる点数稼ぎの見世物になってしまうだろう。


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