ナンブ・リュウゾウ 惨敗!!
「それではリュウ先生、お願いします!」
ナンブ青年は礼儀正しく頭をさげた。しかし少しだけ問題がある。
「私はリュウ、君はリュウゾウ。どうにも呼びにくくはないかね?」
私が訊くとナンブ青年は「へへ、実はちょっとね」と笑った。
「だから俺は先生のこと、まんまサカモト先生って呼ぼうかなって」
「まあこの容姿だからね。かまわんさ」
「ではサカモト先生、改めてよろしくお願いします!」
「おう、それじゃあ早速立ち合ってみるか」
そう言うとこの好戦的な若者は、驚いたような顔をした。
「どうした、意外そうな顔をして」
「いや、達人の先生ってのはあんまり立ち合いとかしたがらないんじゃないのかって……」
「技を晒すことになるからね、普通は嫌がるさ。しかし私は自分の流派がどれだけ世間に通じるか?
それを知りたくてこのゲームに参加しているからな。まあ、奥伝技をしょっちゅう使っている訳でも無し……」
「なるほど、そんじゃ遠慮なく!」
ナンブ青年は開手、柔道の構え。そしてトントンと軽く跳ねると、拳闘家のようなステップを踏み始めた。トヨムと言いナンブ青年と言い、どうしてこう柔道だけでは収まらないのか?
呆れるほどに動きは切れっ切れ。右へ動いたかと思えば左、左と思えば右へ動く。その速度にナンブ青年が二人三人と分身しているようにさえ見えた。
見えたが、しかし。私の世界に速度は無用。以前にもお話した通り、速い者は止まれぬ曲がれぬでしかない。故に動き出す前から、ナンブ青年は戦闘プランを決めておかなくてはならない。そのプランが、丸わかりなのだ。
プロボクサーは電光石火のジャブさえよける。プロボクサーのジャブというのは、人間の反応速度を遥かに越えた速度だ。それなのに彼らはジャブをよける。どうやって?
拳闘家諸君に叱られるのを承知で、断言してしまおう。拳闘家は電光石火のジャブを、勘でよけているのだ。
勘といっても当てずっぽうではない。ジャブをよけられるようになるまで、打たれて打たれて打たれることによって蓄積した情報に基づいて、ジャブが来ることを確信できるのである。
初心者の頃は漠然と突かれていたジャブ。じゃあどうやってよけようか、と考えながら突かれるジャブ。全視線は相手を見ている。そう、見ているのだ。ジャブを突いてくる直前に盛り上がる筋肉。ズレる拳の位置。変わる重心。そういった情報がすべて目に入っているのだが、気づくことができない。しかしある日、ジャブを突いてくる直前の変化に、言語ではなく勘で気づくのだ。その根拠が情報の蓄積なのである。
突かれて突かれて、その間にも必死にまぶたを開いて見ようとした努力の蓄積。それこそが電光石火の一撃をかわさせてくれるのである。
私の本業は剣術。目の前のナンブ青年は柔道。生業は違えども、その狙うところは自ずと知れてしまう。彼が最初からチラチラと見ているのは、私の奥襟。おそらく右を伸ばしてこれを取り、私の頭を下げさせたいのだろう。そして徐々に右ヒジにバネが入り始めた。それが私の蓄積で見て取れる。
一気に来るのだろう。しかしその手は食わない。
もう一度言おう。速いものは曲がれない止まれない。故に待っていれば必ず罠にかかる。私は木刀の切っ先をナンブ青年の右手が通過するラインのほど近い場所に置いた。そのうえでタイミングを図り、ポンとだけ打つ。クリティカル。ナンブ青年、右手を失う。
「もう一度だ、リュウゾウ。稽古用の回復ポーションを使え」
「いや、先生。俺まだできますよ!」
「素人相手には仕事もできようが、お前が対しているのは私だぞ? 片手一本で勝つつもりかい」
そう言うとリュウゾウは、素直に回復ポーションを使った。
「よし先生! もう一丁だ!」
「おう、かかってこい!」
だが次もあっさり手をいただいた。その次も、またその次も。何度も何度もナンブ青年の小手を打ち据えて、終いには小手から面。小手から胴をしたたかに打ち抜いてやった。
「なんでだよ! 俺の動き、絶対ぇ先生はついて来れないはずなのによ!」
「仕方ないだろ、お前は正直すぎるんだ。次にいつ、何処へ手を伸ばすかが丸わかりなんだよ」
「なんだよ先生それ! わっかんねーよ!」
「お前が勉強苦手だってのがよくわかるって言ってんだ」
「なんだよそれー! 俺がまるでバカみたいな言い方じゃんかよー!」
「バカそのものだと言っている。いいかリュウゾウ、なにも身体能力まかせに突っ込むばかりが武じゃない。少しは引っ掛けるとか騙すとかをだな……いや、君の性格ではそれは向かないか」
「うわ、俺すっげーディスられ気分……」
「そうではない。殺気が強いからいつ来る、どこを狙っている、がもろバレなんだ。どうにかしてそれを消さないとな」
「殺気は闘う男のフォーマルドレスだぜ」
「お前のは着飾りすぎだ」
ならば、どのように鍛える? どのようにこの若者を導く? しばし、思案……。
「よし、ここはマミさんだ」
「ほえ? マミさんをお呼びですかー?」
「そう、キョウちゃん♡を導いた実績のある、マミさんだ」
「うへへへ〜〜♪ なんだかテレちゃいますね〜〜♪」
突如呼び出されて現れた、目の前のゆるゆるふわっふわの女の子。しかもバストは著しく発育している。おそらくは、彼の人生でほとんど関わることが無かったであろうタイプの女の子を目の当たりにして、ナンブ青年は明らかに動揺していた。
「サカモト先生、これからナニが始まるんですかい?」
「彼女に君の悪いところを治してもらうのさ」
「マミさんはお医者さんですよ〜〜♪」
などと言いつつ、マミさんはポンとお着替え。早変わりはいいのだけど……。
「マミさん、それは医者じゃなくてナース服だ……」
そう、いつもの革防具以上にボディーコンシャスで、身体のラインがより強調された……。
「……………………ゴクリ」
「ゴクリじゃなくて、ナンブくん。マミさんも元の服装に戻って」
若いナンブ青年にマミさんのナース服は刺激が強かったようだ。私にさえ刺激が強いくらいだから、仕方ないところではあるが。
それはさておき、元のピンクなウルト〇マン模様の革防具に戻ったマミさん。両手には双棍を装備。その切っ先に大きなスポンジクッションを装着させた。いわば稽古用、というところ。
「マミさんにはこちらのナンブ青年と手合わせしてもらうが、しかし。ルールがある。打ったり突いたりダメージを与えてはならない。このクッション部分で……」
ナンブ青年の頬にタッチ。
「……触るだけ」
袈裟にタッチ。
「……触るだけ」
股間にタッチ。
「触るだけ」
「おうっ♡」
ナンブ青年もノリがよろしい。ちょっと色っぽく、イイ声で鳴いた。
「決してナンブ青年をやっつけようとか、勝ってやろうとか考えずに、有効打突部位を触ってやるだけ。これがマミさんのルール」
「じゃあ俺は?」
「いつも通りに闘ってくれ。ただし、マミさんに触られたら一本ということで開始線に戻る」
かなり変則的な取り組みだ。しかしナンブ青年の誤りを正すにはこの方法が一番である。……はずだ。
「ポクポクポクだけ……ポクポクポクだけ……」
マミさんは念仏のように唱えている。そしてナンブ青年は……。
「これは試合……これは試合……お触りは不可抗力……」
こちらもまた念仏のように唱えていた。
両者見合って……いざ、ゴング!
グッと前へ出るナンブ青年は柔道の構え。そこへマミさんの双棍タッチ。
「やめ!」
私は即座に宣言。両者を分ける。もちろんナンブ青年は納得のいかない顔。
「リュウゾウ、小手有りだ。お前は手首を失った…さがれ……」
そして二本目。
さあ行くぞ! と意気込むナンブ青年。しかし今度は小手へのフェイントから胴へタッチ。ナンブ青年は動くことすらできない。
愕然とするナンブ青年。そうであろう、ウチのメンバーでもっとも女の子女の子したマミさんに、なにもできずに敗北したのだ。
「もう少しやるかい、リュウゾウ?」
「あ、当たりきよ! おう、マミさん! もう一番頼むぜ!」
「む〜〜……マミさんとしてはそんなにおっかない顔をされると、大変にやり難いんですが〜〜……」
その言葉を聞いて、ナンブ青年は俄然やる気を出す!
しかしマミさんはポクポク戦法で、軽いタッチ。リュウゾウの出鼻を押さえに押さえた。結果……十二戦してマミさんの全勝。ナンブ・リュウゾウは一度もマミさんに、触れることすらできなかった。




