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剣道家

 トヨムとセキトリに稽古をつけ、白百合剣士団の成長を待つ間。実験的三人制に出場し正規の六人制に出場し、私たちは白星を重ねキルの数を重ね、そして防具破壊の数を重ねた。

 そんなある日、私は単独試合に出ていないことに気がついた。



「古流武術が単独試合よりも複数戦に向いているとは思うのだが、それでも新たな強豪に出会うのも面白いだろう」

「ってこたぁ旦那、単独シングルに出るんだね?」


「まだ見ぬ剣豪を求めて、か。儂も早くそうなりたいモンじゃのう」

「うむ、やはり『王国の刃』を楽しむには、やはり強豪との出会いが一番だからな」

「で、旦那。やっぱりいつもの装備かい?」



 いつもの装備というのは和服に袴。タスキに木刀である。もちろん足元は厳しく固めてある。

 甲冑はおろか、革防具も身に着けず、鎖帷子も着込まない。

 まったくと言っていいほどの素肌剣術である。これで「複数戦に向いている」も何もない。古流武術がどうのこうのと語るのであれば、せめて甲冑くらいは着ておけと、自分を笑いたくなる。


 しかし剣術という奴は、江戸後期から幕末にかけて劇的な変化を遂げるのである。

 竹刀稽古が型稽古に取って代わられたのである。


 つまり甲冑武術として生まれた剣術流派であっても、長い時の流れの中で素肌剣術に変貌していった流派も存在したのだ。そのひとつが我が柳心無双流なのである。ただ、江戸後期の宗家が頑固者だったのか、竹刀稽古を取り入れることなく、令和の現在に至るまでその姿をまったく変えずに残ったのだが。


 だから剣術流派華やかなりし幕末において、勤王佐幕どちらを調べても我が流派の名は出てこないのである。我らが無双流、その実力が試されるのは今この時、VRMMOゲーム王国の刃が初めてなのだ。


 もちろん私が流派の実力を疑うことは無い。しかし講武所に取り上げられた剣豪を輩出した訳で無し。新選組や見廻組で闘った記録があるで無し。その実力の証明はされていないのである。



 人の数多集いし闘技場。それはもう日本中の腕自慢、いや世界中の腕自慢がインターネットを介して技術を競い合っているのだ。ここで流派の実力を試すことは、真に意義あることかと私は思う。

 ただ、私が受け継いだ無双流は甲冑を着込んで勝ちを得るには新し過ぎる。あのような重たいものを着込んでいては、実力を半分も出せないと考えただけである。


 トヨムとセキトリの立ち合い稽古で、私は結果重視、セキトリに上手の軍配を上げた。だから私の試合も結果重視だ。勝てば私の上手、負ければ未だ至らぬのみ。


 そして嬉しいことにここはゲーム世界。敗れたれども命を失うことはなく、また稽古を積んで次回に挑むことができるのだ。

 とはいえ流派の看板を背負っている以上、私も簡単に負ける積もりは無い。むしろ対戦相手は『無双流に刃を向ける者』として極上のもてなしをする積もりである。




ということで、競技場。チュートリアルのちゆちゃんからは、単独試合は六メートル四方のリングで闘うと聞いていたが、直径六メートルの円形試合場。コロシアムスタイルに仕様変更されていた。



「旦那ーーっ! ガンバれーーっ!」

「リュウ先生、気合ぞ、気合ーーっ!」



 トヨムとセキトリの声が観客席から。

 その他にも……。



「木刀の坂本龍馬キターーッ!」

「お前俺からキル取ってんだから負けんじゃねーぞーーっ!」


「フザケんな、俺なんか三人制で六回殺されてんだ!」

「ちょ、オマイ弱すぎ!」


「バカヤロー、坂本龍馬マジ強えぇんだぞ!」

「坂本龍馬なんて史実じゃ雑魚剣士だべや!」

「令和の坂本龍馬はマジ強いんだって! 一度闘ってみろってよ!」


 などとなかなかに賑やかだ。というか私、変な形で目立っている。その方に戸惑いを感じてしまう。


 対戦相手、入場。現代風な容貌、というか髪型。色は染めていない黒い髪である。そして軽量な革防具に革の兜。何よりも目を引いたのは、剣道の稽古着に稽古袴なところであった。

 この初老の男もまた、古流の人間だろうか?


 ならばなおさら負けることはできない。しかし戦気汪溢。堂々とした立ち姿であった。つまり、「……デキる、この男!」。それが私の判断である。


 得物は私と同じく木刀。中段に構えて蹲踞。私は木刀を腰に落として蹲踞。ただし、剣を交えた間合いは正確に両者拳ひと握り分あまるだけの距離。両手の指先を地面に着けて一礼。このような動作を、これまでの試合ではしたことがない。しかしこの男はそれをするべき相手であると読んでいた。




 これほどの相手、今までには無かったな。そう思うだけで、流派の看板やら勝たなければ、という思いはすでに消えていた。勝ちたい……そうした願いすら邪まとなるほど勝負に集中しなければならない強敵。立ち合い前から殺気によって、相手を押さえておかなければならなかった。


 いざ、勝負! 銅鑼が響き互いに立ち合う。しかしゆっくりとした所作で。無風の寒気の中、湯気の立ち上るがごとく、静かに。

 うるさいのは相手の木刀の切っ先のみ。



鶺鴒の尾の如く小刻みに動かし、しきりと私を誘う。……北辰一刀流だろうか?

 だとすれば、突きを警戒だ。一刀流の名がつく流派はどこも突き技を得意としている。中でも北辰一刀流は特に、である。だが、後足の爪先は私を向いている。


 爪先に目を落とさずとも、骨盤の向きで知れた。ならば剣道か。さすが国民的武道、これほどまでの使い手がいる訳だ。私はゆっくりと、隙なく抜刀。中段に構えて相対す。


 鶺鴒の尾がうるさい。しかし惑わされはしない。いま行くぞ、ここで行くぞという気勢を見せながら出てこない。むしろこちらを観察している。だから私も見た。いまにも弾けそうな気迫をそのまま、冷静に観察した。



 できている。……手の内が。



 剣道では小手という防具を使う。剣道では円柱形の柄の竹刀を使う。故に『剣道の手の内』はできるだろうが、『剣で斬るための手の内』はできにくい、と私は見ていた。


 しかしこの初老の剣士は、木刀を我が物とし、斬る手の内をしていた。竹刀稽古だけを大人しくやっていた人間ではなさそうだ。この剣士は、『剣道の修行』を積んできた男なのだ。


 ただ惜しむらくは、この剣士がどれだけ『剣道の修行』を積んでいたとしても、稽古相手が『竹刀の稽古』しか積んでいなかったのである。ズ……と出る。


 さすがに剣士も引いた。もうひとつ出れば、ジリ貧を察して打ちかかってくるだろう。

 ズ……圧力をかけた、しかし誘いだけである。だが男は前に出てきた。木刀をこれまで稽古を積み重ねてきたと同じく、振りかぶった。革の防具が邪魔をしたのだろう。剣士らしからぬ振りかぶりでしかなかった。防具で守られていない喉元に、私の突きがグサリと刺さる。男の木刀はかろうじてかわし、袈裟で受ける。



勝負あり。



 男は撤退した。その消滅を見届けて、私はフッと息をつく。しかし、まだ目に険が残っているのが知れた。残心である。もし今また彼の者が姿を現し、我に襲いかかってこようとも、即座に対応できる準備。それが私にはのこっていた。



 それだけのツワモノである。

 名は……なんと言ったかな……? 覚えていないのが悔やまれる。いや、それを覚えておかせないくらいに、剣士の気迫は重たいものであった。


 剣道、恐るべし。ただ残念は、このゲーム世界のルールや防具などの装備品が、剣道には向いていないのである。もしもこの世界で剣道の防具が採用されたなら、竹刀が木刀レベルの破壊力で採用されたなら、上位ランカーは剣道家で埋め尽くされるだろう。

 打ち合い稽古の、竹刀稽古の恐ろしさを改めて思い知らされる。




 ちなみに余談ではあるが、竹刀稽古で有名な件の北辰一刀流は、初心者のうちに居合を学び手の内を作り、真剣の扱いを教えるそうだ。そして一定期間稽古を積んだら、こんどは木刀による組み太刀……つまり型稽古。そこで手の内を物にして対人訓練を行う。そこで許可がおりて、初めて面をかぶるのだそうだ。





 だから北辰一刀流は竹刀稽古中心でも斬れるのである。


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