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鬼神館柔道

私、リュウは膝行。決して頭を高くすることなく、チーム『まほろば』の重鎮であるポニーテール、御門芙蓉ににじり寄った。

「ややや、リュウ先生。その接近コンタクトの仕方はどうかなぁって、お姉さんは思うんだけどなぁ」

「この接近を選択するだけの重要事だ。御門芙蓉さん、会合が終わったらまほろば一党メンバーを全員集めてはもらえないか?」

「新軍の結成を祝っての宴会なら嬉しいんだけど、そうじゃなさそうだねぇ……」

「いや、ある意味宴さ。特訓という名の宴さ。武の宴の開催だ」

「う〜〜ん……お姉さんとしては、汗臭いのはちょっと……」

「そのお姉さんたち、『まほろば』を中心に目一杯鍛え上げる。もちろんウチの小隊、マヨウンジャーも情熱の嵐、移籍してきた抜刀組や力士組も徹底的に鍛え上げる。泣いてもダメ、叫んでもダメ」

「う〜〜ん……それじゃあお姉さん、壊れちゃいそう♪」

「心配いらない。稽古の後はストレッチをたっぷりと馳走してくれよう」

「と、このように早くも意欲的なリュウ先生ですが、わたくしの方から素敵な出会いをプレゼントとして用意してみましたの♪」

悪趣味なドジョウ髭は無い。オデコもキュートなセーラー服、出雲鏡花である。


「ほう、素敵な出会いとな?」

出雲鏡花の言うことだ。ウカウカと信じ込む訳にはいかない。しかし今の私は彼女の言う通り意欲的だ。ひとつこの話に乗ってみようではないか。

「その素敵な出会い、私ひとりで馳走になっても良いのかな?」

「ひとり占めはお行儀がよろしくありませんわ、リュウ先生。もちろん小隊のみなさま、そして『まほろば』一党のみなさまにもご賞味いただこうと思っておりますの」

「ほほう、してその者どもは? いかなる者か」

「気が早うございますわ、リュウ先生。明日の夜、本宮にてご紹介いたしますわ」

ということで、その日は出向手続きなどなどで暮れた。

そして翌日、小隊メンバーが揃ったところで、チーム『まほろば』拠点。『本宮』へおもむく。

まったく、茶房『葵』といいまほろばの連中は、どうしてこう和のテイストを中世西洋の世界観へ持ち込みたがるのか?

それはまったくの神社。紛うことなく神社。どこからどう見ても神社という敷地、世界、空間。鳥居をくぐって石段を登り、小隊メンバーたちとともに本殿を目指す。メンバー一同、いつもの装備。ただし、トヨムだけは柔道着に指無しグローブであった。

玉砂利を踏みしめて参道を歩くと、出雲鏡花が待っていた。今日はオデコ丸出シーノなポニーテール、そして巫女装束である。

「お待ちしておりましたわ、トヨム小隊のみなさま。どうぞこちらへ……」

まったく信用できない恭しさで、私たちを案内してくれた。

「小隊のみなさまが最後のみなさまですわ。みなさますでに本殿道場にお入りですの」


だが、本殿玄関への玉砂利の上にはおかしな光景が広がっていた。初心者チームのメンバーが座り込んでいたのだ。しかも、みんな消耗しきっている。ドヨンとした濁った眼差しで私たちをみあげてくる。なにがあったのか?

気にはなったが、なにも訊かないで足を進める。

次に座り込んでいたのは、情熱の嵐メンバーであった。消耗仕切った顔である。そして何かを訴えかけようとしていたが、その気力も削がれていたようだ。

玄関にはマヨウンジャーのメンバーが転がっていた。徹底的に打ちのめされたようだ。かつて浸透勁を伝授した元気者、アキラくんまでもがグッタリとしていた。

「どうしたんでしょうか? みなさん……」

マミさんが不安そうに訊いてきた。しかし私は答えない。その答えは道場にあるからだ。

そしてその、問題の道場に入る。……前に、裂帛の気合が響いてきた。

「キエェェイッ!」

「トリャァァアッ!」

そして乾いた木の板が割れる音がした。それも熱く激しく、熱く激しくだ。



いい。スッキリとした戦気、あるいは殺気が道場から漂ってくる。これは純粋な殺気であって、淀みや濁りが無い。一途に戦うこと、勝利を渇望する者の放つ気配だった。

いた。

若者たちだ。みな同じように白い柔道着を着込んで、荒稽古の証ともいえるくたびれ切った黒帯を締めていた。そしてこの『王国の刃』というゲームの根幹を覆すかのように、無手である。

その無手の若者たちが、刃をかいくぐり、袖と襟を取り柔道技で床板へ抜刀組の面々を叩きつけているではないか。陸奥屋一党抜刀組。決してヤワな連中ではない。その猛者どもが苦もなく捕らえられ、釣り上げられ、床板を破壊する勢いで叩きつけられ、あるいは水平に投げ飛ばされて壁板に頭から突っ込まれていた。

まるで昭和の柔道マンガだ。しかし、それを再現できるとは……なかなかやる!

「なぁ旦那、アイツら見た目は派手だけど、やってることは競技柔道じゃないぞ。……武闘派柔道だ」

そう、転がして終わり、背中が着けば一本という柔道ではない。あれは敵を頭から叩き落とし、『仕留めるため』の柔道。いやむしろ、古流の要素を多分に含んだ武闘派の戦闘術と言えた。


それをごく当たり前に、爽やかに使いこなしている辺り、いつもの稽古でこんな乱取りをしているのだろう。

「次! お願いします!」

小柄だが頑丈そうな若者が言う。まるで小型冷蔵庫に手足、とでもいうような体型。胸板が恐ろしいほどぶ厚い。タフネスを具現化したような若者だった。

その声に応じたのは、力士組の面々だ。体格差があり過ぎる。回し一本の男どもが立ち上がったが、ここで私は注文をつけた。

「ちょっと待った、力士組のみんな。これだけ体格差があるんだ、みんな柔道着を着込んで稽古してみんか? もちろん柔道の彼は柔道着のうえから回しを締めてだ」

これで対等だろう。ふと思い出したのだ。もうずいぶん前の話になるが、元大相撲横綱が総合格闘技の試合に出て敗北したことがあったが、あれはハンディキャップマッチであったと私は考えている。その理由は簡単、総合格闘技の選手が回しを締めていなかったからだ。もしも対戦相手が回しを締めていたならば、元横綱も自信たっぷり、試合の展開もまったく違ったものになっていただろう。

まあ、冗談はそこまで。とにかく小柄な若者に柔道着の上から回しを締め込み、両者万全でひと勝負。


若者も根が陽気なのか、相撲取り相手に回しを締めることの不利を知りながら、喜んで受けて立っていた。そして投げ飛ばされたのは、若者の方であった。豪快な上手投げ、土俵の外どころか水平に投げ飛ばされ、壁板に頭から突き刺さる。……生きているのか、アレ?

と思わせるほどの大惨事だ。しかしぶっ壊れた壁板を振り払いながら、若者は立ち上がった。

「へぇ〜〜……やっぱ力士って奴のパワーは人間じゃねぇなぁ。柔よく剛を制すもヘッタクレもありゃしねぇ」

生きてたのか、若者よ。しかも全然平気! なんともないよ! という雰囲気である。これには力士の方が呆れるばかりだ。

「なに驚いてんだよ? まともに壁になんか叩きつけられる訳ねーだろ? ヒジでカバーしたんだよ、ヒジで」

いや、あの勢いで壁に命中しておきながら、頭をヒジで守っていただと? 人間の対応速度じゃないだろ、もはや……。

「じゃあ今度は俺の番だ。行くぜ、力持ちよ……」

ズリ……すり足で若者がにじり寄る。力士、まさかの後退。それだけの迫力が若者にはあった。


「鬼神館柔道……」

「知ってるのか、トヨム?」

「アタイも噂に聞いただけどさ、裏柔道とも呼ばれてる集団なんだ。講道館を正統派、表の柔道とするなら、鬼神館はスポーツとしての柔道じゃなく武道武術としての柔道を模索している集団らしいよ。それこそ反則技は当たり前、蹴りや当て身も取り入れていて、高段者は真剣白刃を相手に稽古してるって話だ」

「おいおい、令和の時代にそんな集団認められとるんかい!?」

セキトリが口をはさむ。やはり柔道対相撲の稽古に、口を挟まざるを得なかったのだろう。

「真っ当な柔道としては認められてないよ。だから裏講道館なんて呼ばれ方もしている。一節には外国人がオリンピックで金メダルを取ると、その国まで出向いてシメてるとかいう話だ」

「ですが小隊長、反則技に熱心になっていたら、本来の柔道技がおろそかになるんじゃ……?」

シャルローネさんの質問はもっともだ。しかしトヨムの意見は違う。


「そんなヤワな稽古、鬼神館の連中がしてる訳無いだろ? 見てろよ、シャルローネ……」

力士が気持ちを立て直したようだ。蹲踞、それから片手を着いて立ち合いの呼吸を計っている。

鬼神館の若者は柔道の構え。両ヒジを脇腹につけて、スッと構えている。そのまますり足を使いジリジリと間を詰めていた。両者待ったナシ、立ち合うしか無い!

岩石のような力士が強靭な足腰でグッと前に出る。同時に猛烈な右を突き出してきた。

が、若者のいない場所を突いてしまった。鬼神館の若者は目一杯に踏み込み、力士が着た柔道着の襟を取っている。左は袖だ、良い所を取った。そのまま内股だ。短い脚で巨漢の股を跳ね上げる。左の引き手が存分に力を発揮している。力士は脳天から真っ逆さま。床板を木っ端微塵に吹き飛ばして撃沈した。いや、道場全体が揺さぶられるような振動だ。これまた生きているのか?

と疑いたくなるような轟沈劇と言えた。


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