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乙女の無駄話〜カエデ視点〜

 嘘でしょ? 嘘だよね? 呼吸が乱れ、玉の汗がこぼれる。


 ここは擬似空間。ゲームの中の世界。だからどんなに激しい運動をしたところで、呼吸なんか乱れないし汗もかかないはず。まして疲労感なんてあるはずがない。そりゃそうだ。敵陣目掛けて走ったくらいで体力ゲージが削られるゲームなんてある訳が無い。王国の刃というゲームは、そんなゲームじゃない。



 あ、ご挨拶がまだでしたね。私はカエデ、白百合剣士団のFARCE《道化師》役。つまり戦場を引っ掻き回したり、防具を破壊して回って、みんなにキルを取りやすくするような、縁の下の力持ち役。


 本日は我が白百合剣士団と同盟クランであるトヨム組との合同稽古会。仕留屋ヒットマン役のリーダー、シャルローネはあちらのリーダーであるトヨムさんと必殺方法を研究し、タンク役のマミはあちらのタンクであるセキトリさんと「立ち合い」の稽古に励んだところ。



 二人とも熱の入った稽古で、トヨム組拠点の練習場はすでに熱気でむせ返るほどでした。

 そして稽古会のシンガリというか、トリを務めるのは、私とあちらの道化師役のリュウ先生。先生は坂本龍馬顔でいかにもサムライという風貌。木刀ひと振りはいつものことなんだけど、今日は稽古会ということで珍しく革防具を着用。鬼小手と呼ばれる大きな小手まで着けている。



「さあ来いドンドン、もう一丁!」



 身が引き締まるようなリュウ先生の声。さすが、現実世界でも道場を構えているという、古流武術の先生らしい声。


 先生曰く、道化師役はとにかく手数。敵にとって『邪魔くさい』存在であることが重要。とのこと。その上で防具を剥ぎ取って、他のプレイヤーがキルを取りやすいように下ごしらえしてから引き渡すのがお仕事。




 つまりは出鱈目のような手数と、一撃必殺という相反する要素を兼ね備えていなければならない、ということ。俄然稽古も厳しくなる。


 しかしここはゲーム空間、肉体が悲鳴を上げることなんて有りはしない。それなのにどうだろう、この粘るような感覚は……。まるで重油タールの海でもがいているような感じ……。先生は中段、私も丸楯に隠れるようにして切っ先を向ける。


 ズズ……と大きくなる先生の存在感。というか圧迫感プレッシャー。まるで布団をかぶされて、身動きできないようにのしかかられている感覚だ。



「負けちゃいけない!」



 口の中でだけ呟いて、思い切って前に出る。鍔もとにある先生の小手、いただき! だけど私の剣は空を切る。……まだまだドンドン! 小手がダメなら胴を狙う!


 ……浅い! 切っ先が革防具をかすめただけ。いわゆるカスダメだ。ならば突き! これも足でかわされた。


 先生の防具の耐久ゲージは、これまでの私の攻撃でひとメモリほど消耗している。だけどこれは、カスダメの蓄積なだけ。クリティカルなんてひとつも取れていない。


 王国の刃というゲームは対人ゲーム。本当ならばクリティカルなんて早々取れるものではない。しかし私たち白百合剣士団は、クリティカルで防具を破壊して、クリティカルでキルを取りまくってきた。




ときには晒し掲示板で「不正者集団」のレッテルも貼られたりするけれど、それは実力の開きが大きいからだ。

 普通のプレイヤーは甲冑の耐久値を削って削って破壊して、むき出しになった生身の部位や急所を、攻めて攻めてゲージを削って、ようやくキルが手に入るかどうか?



 試合の勝敗はたったひとつのキルの数、もしくは防具破壊の数で決まるのがほとんど。

 そして防具破壊の魔女とまで晒し掲示板で呼ばれた私は、いまリュウ先生相手に、一般的プレイヤー以下の下手っぴ扱いをされています。


 しかもリュウ先生、下手っぴに嫌気が差さないようにか、時折インターバルまで与えてくれて、どんどん私の剣を伸ばしてくれる。

 ピシッピシッ!

 鬼小手から胴。先生の防具が弾け飛んだ。



「その呼吸その呼吸! さあ、もう一丁!」



 こんな調子でときどき一本をくださる。気を良くした私は左右の横面から袈裟! だけどこれは軽くかわされてしまうで御座るよ……。トホホ……。

 そんなこんなで終える合同稽古会。帰り道は珍しく、拠点まで徒歩。



「う〜〜ん、強烈な連打かぁ……」



 シャルローネが腕を組んで考えている。稽古の相方はあちらのリーダーであるトヨムさんだったはず。ということはシャルローネ、トヨムさんから無理難題のようなお題を出されたってこと?

 いや、強烈な連打ってだけでもうお察しなんだけどね。必殺の一撃を何度も何度も打ち込むって、それもまた相反する条件じゃない?



「でもぉ、強烈ってなにを強烈って言うんでしょうねぇ?」



 なにかマミが大事なトコ突いているようなことを言う。



「早さ? 正確さ? 隙をついた攻撃も強烈な打撃ですよぉ?」

「なるほど、っていうかマミちゃん。すっごく重要なことを混乱してるときに言わないでぇ! いろんなものが頭からこぼれちゃう!」



 意外だな、シャルローネの困ってるとこなんて。

 私とシャルローネはリアルでも知り合い、同級生。美人で頭が良くって運動もできて。なんでもござれの才色兼備。おまけに人柄が気さくで誰とでも仲良くなれるスーパーガール。

 そんな彼女がこんなに困って人間らしい表情を見せてるだなんて。すっごく新鮮、得した気分。



「そういうマミちゃんはセキトリさんからなにを指導されたの?」

「立ち合いの基本は当たりだけど、それで負けるなら工夫するべし、って……」


「すごく抽象的だねぇ……」

「抽象的なんですよぉ……。女の子プレイヤーさんはどうしても力負けするから、まずは自分の全力をだせるように稽古して、それでも力負けするだろうから工夫しんさい、って……どうすればいいんでしょうねぇ?」


「ねぇマミ、お相撲さんってときどき下からこう、相手の顔を押し上げるよね? マミはスパイクのついた双棍なんだから、なんとかならない?」

「下から押し上げるんですかぁ?」



 チャキッと双棍をクロスさせて、私の喉を挟み込む。ってゆーか、マミ! あんた天下の往来で何してくれんのっ!?



「おぉっ!? すみませんでしたカエデさん!!」

「……ゲッホゲッホ……でも、今のはなかなか効いたわ。もしかしたら案外イケる手かもしれないわね」


「ですがカエデさんのような中肉中背の女の子だから効いただけかもしれませんし、マミさんとしてはこれで大男のみなさんを止められる気はしないんですよぉ」



 ってゆーことは、私の犠牲は無駄だったってこと? いいわ、マミ。貴女明日の放課後、体育館裏ね?

 ちなみに彼女もまた、シャルローネ同様リアルで私のクラスメイトだったりする。



「ね、カエデちゃんカエデちゃん、このシャルローネさんには目からウロコのアドバイスは無いの? 素敵なアドバイスは?」



 誰もが羨む優踏生は、瞳を輝かせて私に助言を求めてくる。しかし私の返答は一言だ。



「そんなものは無い」

「え〜〜っ!? そんなそんなぁ! カエデちゃん私にもなにかアドバイスしてよ〜〜っ!!」



 ……この女、私なんかよりもずっとデキが良いくせに。それにシャルローネという奴は、私がヒントやアドバイスを贈ると、私のアドバイスのはるか斜め上の結果を出してくる奴なのだ。


 しかも性質タチがわるいことにこの女、「この技はカエデちゃんのアドバイスからヒントを得た技なんだよ♪」とかホザいてくれる。

 いや、無いから! アンタの出した結果に、私のアドバイスが一個も入ってないから! 『ったく、これだから天才っていう奴は』と、何度漏らしたことか。



 でもシャルローネが天才だからといって、彼女が努力していない、ということではない。おそらく私の何倍も努力して、何倍も考えて、何倍も集中して、それで出した『結果』なのだろう。


 単純に言えば私とシャルローネ、同じ数学の課題を与えられ同じ期間研究したら、私は解のレポートを提出するだけ。彼女は宇宙の謎を解明したレポートを提出するだけの差なのだ。……問題に対する取り組み方が違うのかな? そんな風に考えたこともある。


 もしかしたらシャルローネはいつも何かを見て、何かを感じて、そして何かを考えているのかもしれない。 何故こうなんだろう?

 何故どうにかしようと思わないんだろう? こんな風に取り組めば、世界はこんなに素敵に変わるのに。

 そんなことを夢見るように考えながら、彼女は生きているのだろうか?



「ひとつの問題、ひとつの悩みっていうのはね、解決すれば世界を変える鍵になるんだよ?」



 現実世界でシャルローネは、私にそんなことを教えてくれたことがある。あまり現実のことは持ち出さないけど、その言葉が彼女と仲良くなったきっかけ。

 だから今こそ意地悪して言ってやるんだ。



「シャルローネ? トヨムさんが与えてくれた課題ってさ、世界を変える鍵にならない?」

「ほ?」



 キョトンと目玉を真ん丸くして、シャルローネはしばし機能停止。


「う〜〜ん……あのロングメイスで強烈な連打を打てるようになるのかぁ……ブツブツ……」



 そして歩きながら長考に入ってゆく。



「マミ、あーなるとシャルローネ、周りが見えなくなるからね?」

「わかりましたぁ、カエデさん。ですがぁ、カエデさんはリュウ先生からどんなアドバイスを受けたんですかぁ?」

「あ! それ私も気になる気になる! ね、カエデちゃん。どんなアドバイスを受けたの!?」



 早速長考中断かよ!? ってゆーか、そんなのあなたたちにカンケー無いじゃない!



「頼れる大人の男性から、どんな手ほどきを受けたんですかぁ?」

「決まってるじゃない、マミちゃん。それはもう、手取り足取り……ムフフ♡」



 あなたたち……なに言ってんの? っつーか私がリュウ先生にどれだけ心を折られたか、見てなかったの? 聞こえなかった? 私の心がポッキンポッキン折れる音が?

 それが太平楽にも、まるで男女の仲を期待してるみたいな言い方して……。



「そうですねぇ、カエデさんはすこし頑固なとこがありますからぁ……」

「包容力あふれる大人の男性が似合うかもねー……」



 だから、包容力あふれる大人の男性がうら若き乙女をオモチャにするが如く、ひとつの攻めも無くヘトヘトにしますかいな? っつーか傍目に見てただけじゃ分からないでしょうけど、先生の前に立つと死を覚悟するのよ!! 死を!!


 死を覚悟するような経験を与えるような男に、恋心なんぞいだきますかいな、っつーのよ!



「で、どんなアドバイスだったの? カエデちゃん……」



 なにか期待するようなシャルローネの眼差し。



「教えてくださいよぉ……」



 ちょっと、マミ。あんた普段はトロいクセに、こんなときだけ押しが強いのね。



「……無理難題よ。敵を邪魔する手数と、一発の破壊力。シャルローネと同じような課題よ」

「そっかー……カエデちゃんも似たような課題かぁ……」


「でも意味合いはまったく違うわよね。役割が違うんだから」

「それじゃカエデちゃん、競争しよっか?」

「へ?」


「どっちが先に合格をもらうか、お互いの先生からさ」

「ちょ、待ってシャルローネ! それ私が俄然不利じゃない!? 私先生は古流武術の免許皆伝! 絶対に合格なんて出さないでしょ!?」


「よーし! 今日からカエデちゃんはライバルだーーっ!」

「私の話を聞けーーっ! 五分だけでいいからーーっ!」






こうして大きな課題を背負って、私たちは明日へと向かう。


きっと明日も晴れるだろう。……晴れるといいなぁ。


本日は一日二回更新! またもや午後四時に更新いたします。

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