そして大乱闘へ
「く……っ!」
屈辱に顔を歪め、捕吏の剣士は退いた。
ここはひとつシャルローネさんを叱ってやらなければいかんだろう。
「こら、シャルローネさん。相手は全力なんだ、こちらも全力でキルを取ってやらなくちゃいかんだろ!」
「ん〜〜そーですよねー……やっぱ……。じゃあ次のひと太刀で決めちゃいますよ〜〜!」
「そうか、ならば私もこの秘剣で決めてみせる!」
捕吏の剣士は脇構え。ごく普通に脇構え。これで下から斬り上げてくるならまだしも、上から斬りおろしてくるならば、秘剣もヘッタクレも無い、ただの斬り技だ。
対するシャルローネさんは中段のまま。ウン、これはもう上から斬りおろしてくるしかなくなったね。
つまり下から斬り上げるには、シャルローネさんのメイスがカウンターで振り下ろされるからであり、それは下の手になってしまう。対して上からならば、後ろに引いた太刀をひと呼吸で旋回させればこと足りる。
狙うなら、半足外に踏み出してシャルローネさんの袈裟。となるがシャルローネさん、どうする?
シャルローネさん、中段からメイスを水平に構える正眼へ。これでますます袈裟を狙いやすくなった。ジリッ……捕吏の剣士が飛び込む隙をうかがっている。捕吏の剣士、すでに気合は十分。対するシャルローネさんは涼しい顔。
ドッと熱気をはらんだような踏み込み。剣と後足が同時に迫ってくる。間合い、ヨシ! 気勢ヨシ!
入れば文句なしのクリティカルだ。その必殺の太刀を、シャルローネさんは逆八相に構えて受け流す。そしてそのまま面白くも可笑しくもなく、メイスを振り下ろすだけで捕吏の剣士の頭頂部にクリティカルが入る。速い!
逆八相の受け流しがモタモタしていれば、滑った刃がシャルローネさんの手指を欠損させただろう。
そかしそれをさせぬうちに八相に構え太刀を受け流し、逆に必殺の一撃を撃ち込んだのだ。
「……ば、バカな。……俺より後に得物を振り上げてるのに……間に合うのか……」
「……古流ですから」
格好良く、シャルローネさんは言う。
だから私はツッコミを入れた。
「これこれシャルローネさん、ウソはいかんぞ?」
「テヘヘ、やっぱリュウ先生にはバレちゃいますか♪」
簡単に説明するならば、シャルローネさんが剣士の勢いを殺したのだ。逆八相に構えるためメイスを振り上げたとき、切っ先で剣士を狙っていたのである。もう少し言うなら、切っ先で威嚇、踏み込みを妨害したのだ。
読者諸兄からすれば、古流武術というのはファンタジー小説の魔法にも見えるだろうが、実はやればできるものであり、できれば勝てるものなのだ。ただ、師と敬われる者はすべからく、その近道を教えないのである。迷って悩んでようやく掴み取った技、それだけが『実戦で頼みになる』技だからである。
そう、古武道をファンタジーや魔法と一緒にしないでくれ、と訴える私たち自身が、古武道をまやかしにしているのである。
だがこれには理由がある。迂闊に教えて悪用されてはたまらないからだ。努力によって掴み取った技は、他人に知られぬよう隠すものである。しかし安易に教わった技は、「本当に使えるのだろうか?」という疑念が湧いてくるもので、辻斬りなどの卑劣な行為で試したくなるのだ。
自らが掴み取った技は、努力の裏打ちがあるので自信を持って『使える!』と言える。そしてその境地が素晴らしければ素晴らしいほど、独り占めでナイショにしたくなるのだ。
あれこれ御託を並べてしまったが、とりあえずシャルローネさんの勝利となった。捕吏の剣士は撤退してゆく。
「ん〜〜リュウ先生、女の子ばっか活躍して、ワシら全然闘っとりませんのう」
セキトリがボヤく。
「仕方ないさ、女の子が活躍する方が読者さんも読んでいて面白い」
もとい。
「仕方ないさ、どれもこれもセキトリ向きの相手じゃなかったんだ」
「ワシゃ潰しが効かんのかのう?」
「そうじゃない。セキトリは強いからだよ。強い者には長所がある、長所があれば短所が生まれる。今回の相手は、本当にセキトリとは相性が良くなかったんだ。それに……」
「それに?」
「見てみろよ、兄ちゃん。実力者をこれだけ倒されても、捕吏のお兄さん方、全然怯んじゃいないだろ?」
私も血湧き肉躍ってくる。
「おう、そうでしたのうリュウ先生。こいつぁ全員ゴールして、初めてクリアのゲームでしたのう?」
「不覚とるんじゃないぞ」
「ガッテン承知!」
しかしまたまた一番いいところをトヨムがさらってゆく。
「さあどうした、王国の役人ども! アタイたちこそが天下の大悪党、嗚呼!!花のトヨム小隊だ! 男だったら討ち取って名を上げてみな!」
トヨム、それは私が言いたかった台詞だ……。
しかしトヨムの口上は効果抜群。命知らずの捕吏たちがドッと押し寄せてきた。
小手斬り、胴払い、縦一文字。こう大人数だと、無双流の細かい技術などより剣の疾きを頼みとした方が良い。
とにかくまずは勢いだ。胴田貫の疾走るにまかせて捕吏たちを斬り倒す。
「相変わらず旦那の周辺って、演出の閃光が走りまくりだねー」
捕吏たちの闘争心に火をつけた張本人、トヨムがのんきに笑っている。つまり、戦闘はまだ私とセキトリ。前衛のみでしか発生していなかったのだ。
現時点では。
そう、現時点では、という条件が付く。なにしろ百人に囲まれた六人でしかない。
「ヨシキターーッ!! トヨム式大回転フック!! キリモミ式体落としっ! 水平とびストレート!!!」
背後でトヨムの声が聞こえてくる。おそらくは囲まれたことを良いことに、マンガのような必殺技を連発しているのだろう。背後からクリティカル演出のフラッシュが連発して届いてきた。
お、後ろからぶっ飛ばされた捕吏がロケットのように飛んできて、私を追い越したぞ?
「なあ、セキトリ。君もあんな派手な技はできないか?」
「お? ワシがですかい。……しばし考慮……。うむ、他ならぬリュウ先生の発案じゃ、一丁やってみるかいのう」
セキトリはまず敵の槍をメイスでからめた。そのまま強烈に螺旋運動を行い、捕吏までキリキリ舞いの大車輪。そのまま地面に叩きつけてキルを取る。
「見たか! これが力士杖術、うずまき返しじゃい!」
「まだだ、派手さが足りん」
「ならばこれでどうじゃい!」
メイスを右の八相にセキトリは構える。
「これぞ技は力の中にあり! 相撲取りホームランじゃい!」
迫ってきた槍士の土手っ腹を、力まかせにぶん殴る。肩ヒジ手首を連動させて、サッ、シュッ、パン!
と気持ちよくぶっ飛ばす。飛ばされた槍士は大きく放物線を描いて、捕吏の群れの向こうへと消えていった。まさに、相撲取り葬らんである。
しかし私は王国の刃における師として、厳しくなければならない。
「セキトリ、それじゃ一撃一殺でしかないぞ。どうせならぶっ飛ばした相手を、捕吏にぶつけてみろ。一撃多殺だ、一撃多殺!」
「おう、そうじゃの! リュウ先生!」
そしてセキトリは王貞治ではなく、長嶋茂雄。長嶋茂雄ではなく張本勲をめざした。低く叩きつけるようにして、捕吏たちを飛ばす。八相、逆八相。右に左に打ち分けて、捕吏たちの囲みの陣を切り崩してゆく。
「どうじゃい、リュウ先生!!」
「いいじゃないかセキトリ! 今夜は君のための夜だ!」
ということで、トヨムもセキトリも絶好調。そうなれば私も張り切らなくてはならない。
捕吏たちの斬突を胴田貫で防ぐ→必殺の一撃で斬る、突く→構えに戻る。という流れを機械的にこなしてこなした。そのキル取りペースは、トヨムやセキトリなどよりもはるかに速かった。
当然だ。
私はトヨムやセキトリの師なのだ。遅れを取る訳にはいかない。私の目の前でも、捕吏の陣営はガタガタと崩れていった。
遅れを取る訳にはいかない、と思っていたら視界の端で敵陣の一角が崩れ始めた。シャルローネさんだ。魔性とも言える見切りの技術で捕吏たちの攻撃をかわし、ひとつひとつではあるが確実に敵を葬っている。
見切り。
先天的にそれを行うものもいるが、訓練で習得することもできる。ではどのようにして見切りの技術を身につけるのか?
身の回りにあるもので例えよう。蛍光灯の紐が利用しやすい。これを目の高さに合わせて、プラリ、ゆらゆらとゆらす。ブランコのように、あっちへ行っては戻ってきての運動だ。
そのツマミが真正面にくるように顔をセット、あとはそれをよけるだけ。実に簡単な練習方法ではあるが、そんな方法で見切りを使えるようになるの?
とお思いの方。あるいは僕はそれでも全然見切りは使えなかったよ、という方。
申し訳ないが、できるできないは『真剣味』の問題と言わざるを得ない。戻ってくる蛍光灯のツマミを、ただよけるだけじゃない。瞬きもせずによけるのだ。そしてギリギリでよけるのだ。さらに言えば、踏み込みながらよけるのだ。
子供のボクシングごっこにも思える練習だが、真剣にやればかなりの効果が見込める。むしろやらないと損だぞ、とも言える訓練方法なのだ。