さらに闘う乙女たち
ジャックとかいう薄気味悪い若造は、マミさんに下品な眼差しを向けるとひとつ舌なめずりした。しかしマミさん、動じることなく双棍をだらりと垂らして自然な円相を作る。
「さ、始めましょう」
マミさんが言うと、ジャックは下品な笑い声を上げた。
「ヒャ〜〜ッヒャッヒャッヒャッ、始めましょうだってよ。このジャック様にどこまでお上品なんだよ!」
だがマミさん、影のように忍び寄り、指差すジャックの小手に一撃。ジャック、早くも右小手を欠損。驚いて手を引っ込めるジャックだが、憎しみの感情に表情を醜く歪めている。
「始めましょうと言いましたよね?」
マミさんは冷静だ。
対するジャックは「この……っ!」と言って左手でナイフを抜いたが、一瞬で双棍の餌食となった。ナイフを持った手はマミさんの左に、そして喉を右で突かれていた。しかし、〜〜をしながらの突き技。当たりは浅い。左の喉突きで追撃をかけた。
貧相だがジャックの動きは素早い。マミさんの追撃はかろうじてかわす。
「ホ、あぶねーあぶねー。残念だったなお嬢ちゃん、仕留めらんなくてよ」
長い舌をベロベロと出してマミさんを挑発、しかしマミさんはまったく動じていない。ただ、ジャック・ザ・ダスティー(ゴミ箱野郎のジャック)はポーションを使用して、右手の欠損を回復。
黒い靄の消えた右手を握って開いて、機能を確認していた。
「ざ〜んね〜〜ん賞♪ 俺の右手はもうすっかり治っちまったぜ、どうする? 泣いて謝るなら許してやんないことも無いぜ?
俺にそのでっけぇケツ向けて、ペンペンされるなんてのはオススメだぜ?」
「……………………」
「お? 怒った怒った♪ そいじゃまた、始めようか……」
言い終わるかどうか、ジャックは右手のナイフを下からすくい上げた。ヒジから先だけを跳ね上げる、見えにくい一撃だ。マミさんは両腕を開いてこれを避ける。つまりほとんどノーガード。
しかしそこから退くのがジャックだ。
「行くと思った? 行くと思った? 悪いね、俺さまはお前ほど単純じゃないんだよ」
ペラペラとまあ、よく喋る男だ。
「まあ、こっからがホントの勝負だからよ、ちょっとは骨のあるとこ見してくれよ……」
両手の平をマミさんに向ける。右手の指は光る刃を挟んでいる。その右手をスライドさせて、右、左。もちろん心臓は後ろに引いていた。
パッ……右手のナイフが消える。
マミさんはバックステップ。ジャックの左手は毒蛇の鎌首のように、下から刃を跳ね上げてきた。
「……なあ、旦那」
トヨムが不安そうな声で、私のダンダラ羽織をキュッとつかむ。
「怪しいよな、二回連続で下からの攻撃だなんて」
「あぁ、トヨム風に言うならペテンっていう奴だろうな」
「だったら教えてあげてよ、マミにさ」
私は苦笑する。
「そんなことすればジャックにも聞かれて、ますます変手を持って来られるぞ」
トヨムは短い髪をクシャクシャに掻きむしった。
「あ〜〜っ、クソそうかーーっ! どうすりゃいいんだよ、もーーっ!」
仲間思い過ぎる小隊長の後頭部そっと撫でてやる。我らが小隊長は、それだけで落ち着きを取り戻した。
そこに私の一言。
「トヨム、仲間に勝利を与えたいと思うのはみんな同じだ。だが今は救いの手よりも、成長を信じてあげることの方が重要だ」
「そうは言うけどさ、旦那……」
「お前が言ったんだぞ、マミさんの成長のタメにならん、と」
「それはそうだけどさ……」
地団駄を踏むトヨム。お前は子供か、という言葉を飲み込んだ。
ジャックはまたもや右手にナイフを戻して、右に左にスライドスライド。今度は空の左手も同じようにスライドさせている。ということは、今度は右手のナイフは左手に移らない。靴のつま先にナイフを仕込んでいるかして、マミさんの腹をねらってくるだろう。
それをいま現在闘っている乙女に伝えられないのがなんとももどかしい。
ゆら……ゆらり、ゆらゆら……。なびくナイフ、なびく左手。これにマミさんは右手を頭上、左手を下腹部に構えた。天地上下の構えだ。
来るなら来い、という構えである。
いや、右ストレートが伸びてきた。ナイフを手にしたままである。両手の棍をクロスして受けるマミさん。予想外の正攻法だった。しかし予想外はもうひとつ。ダラリと下げた左手にナイフが握られていたのだ。
マミさんのボディーへアッパースイングで伸びてくる左。これをマミさん、右でブロック。
この場面はマミさんの読み勝ちだ。見事にジャックから奥の手を引き出させた。奇襲のタネはもう無いか?
あるいはあっても残り少ないであろう。追い詰められたようなジャックの表情がそれを物語っている。
マミさんは距離を取って、まだまだ天地上下の構え。じっくりと相手を見ていたが、ジリッ……マミさんの方から出た。若造ジャックも両手のナイフをゆらゆら揺らして、マミさんの前進に応じるが、いかんせん圧が違う。ダンダラ羽織の白百合は姑息なナイフ使いを完全に飲んでいた。
「お、俺の負けだーーっ、もうカンベンしてくれーーっ!」
ジャック、両手のナイフを放り出して突然の土下座。額を地面にこすりつけている。
残心を取ったまま、マミさんはジャックに近づいた。両手を垂らして、双棍の切っ先は触れ合う寸前の構え。
あと少しで触れ合うという距離、ジャックは突然顔を上げた。ナイフを口に加えている。それを右手で握ったとき、マミさんの棍棒が脳天を打ち砕いた。
何本もナイフを用意していた、油断ならぬ男。撤退である。
「よくやったマミさん、難物相手に最後まで油断しなかったマミさんの、堂々の勝利だぞ!」
賞賛の声をかけると、マミさんは「ホウッ」と大きく息をついた。
「いえいえリュウ先生、やはり双棍は一撃が軽いので、お恥ずかしい限りです」
はは、コヤツめ。いつの間に謙遜のマネごとを覚えたか。だがしかし。
「その謙虚な姿勢が成長を生むんだ。さらなる吟味精進を期待しているよ」
「ハイ♪」
「さ〜て、大長小と来たら、次は中型のNPCかのう?」
愛用のメイス、『昇り龍』を撫してセキトリが前に出た。
「ダメ駄目、セキトリさん♪ お次の出番はこのシャルローネさんですよ〜〜♪」
セキトリとシャルローネさんが、次はワシじゃ私よと言い争っている。あの……君たち? なかなか活躍の機会が与えられていない中年の主人公を忘れちゃいないかな?
すると捕吏の群れの中から、中肉中背の男が現れた。髪が長く細面、いかにも技術が高いですよ、という風貌だ。腰に両手剣を佩いている。
「ふむ、私の相手はデカブツか小娘のどちらかなのだな? どちらでも良いから早く決めてもらいたいものだな……」
落ち着き払った態度が、いかにもである。実際、立ち姿が様になっていた。腰が沈んでいるのである。さて、この大人の相手となると……。
「セキトリ、ここはレディに譲ってやってくれんか?」
「ほう? そのココロは?」
「ここはセキトリの地力ではなく、シャルローネさんの勝負勘を見てみたい」
「そういうことじゃったら……おう、シャルローネさん。譲っちゃるんじゃからヘマなんぞコクんじゃねーぞい?」
「大ジョブジョブ♪ まーっかしてーっ!」
かなりお気楽なシャルローネさん、愛用のメイス『血まみれ尻バット』……じゃなくて『極楽浄土』を中段に構える。もう、ウチのメンバーでメイスにスパイクを装着している者はいない。素の長棍に多少の重りを付けているだけだ。
そして捕吏の剣士も鞘から抜き放った。構えは同じく中段、シャルローネさんに付き合う。切っ先を合わせた両者は動かず……ではない。実は分かりづらいが、決めた手の内から伸びる切っ先で正中線の奪い合いをしているのだ。そして相手の正中線を制した者が、先に動く。
そう見るならば、この正中線の奪い合い。制したのは……捕吏の剣士だった。切っ先を伸ばしてシャルローネさんの喉を突いてくる。
しかしシャルローネさん、後退しながらふたつの拳を左耳にあてがうようにして、霞に構えを取った。つまり、捕吏の切っ先はシャルローネさんの左に逸れ間合いにも届かなかった。シャルローネさん、メイスを巻くようにして捕吏の剣に乗せる。
捕吏の顔色が変わった。驚いたように目を見開いている。
歯を食いしばり、脂汗を流し始めた。
「……どうしますか? まだやります?」
捕吏の顔は真っ赤。どうやらこれは合気のようだ。おそらく捕吏はシャルローネさんに乗せられたメイスが、重くて仕方ないのだろう。
合気について、私は門外漢である。よって多くを語る愚行はしない。ただ、読者諸兄に勘違いの無いように名言させていただく。
合気はどこまで行っても筋力である。ただそれを伝授するにあたって、『気』という言葉を使うのが都合が良かったのである。なにも神秘の力が働いている訳ではない。
そして……。
「こなくそっ!」
捕吏は無理矢理シャルローネさんのメイスを払った。そして剣を振りかぶり脳天から唐竹割りの一撃!
しかしシャルローネさん、難なく右足をひとつ外に。そしてメイスで捕吏の小手をピタリと押さえる。
もう一度シャルローネさんの確認。
「あの、まだやります?」
見切り……その太刀の流れ、届くところ。そして起こりを読む技術。訓練で身につく技術ではあるが、世の大半の人々にとってはファンタジーの技術。しかしこの技術、時として天賦の才に恵まれた人間もいる。それがこのシャルローネさんと私には思えた。