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巨漢VSカエデさん

ここは西洋風な世界観のゲームの舞台。さすがに「御用!」「御用!」の声は無いが、それでも捕吏は揃いの制服姿。江戸時代の捕方には目明しや岡っ引きに身分の低い者が多かったが、この王国ではそうでもない身分らしい。そして得物は槍だ剣だ、スパイク付きのメイスだと、たかが捕物などとあなどることはできない。

「うむ、これは手加減など無用なようだな」

「旦那、久し振りに無双流らしい技を使うかい?」

「そうだな、初手からキビシくいくか」

「どんな技なんでしょーねー?」

シャルローネさんはすでに犬耳犬尻尾を生やして、尻尾などはブンブンとちぎれそうなくらいに振っている。

「ダメだよシャルローネ。リュウ先生の技はリュウ先生の物なんだから、見ただけで盗んだりしちゃ」

「いやいやカエデさん、盗める技術はドンドン盗むべきだ。ただし、床山神八流の稽古でそれを使って叱られるのはシャルローネさんだからね」

「あらあら、リュウ先生は心が広いですね。そうなるとシャルローネはしっかり緑柳先生に叱られなきゃね♪」


シャルローネさんの尻尾がピタリと止まる。そして耳もしおれたように垂れてしまった。

では配置だ。カエデさん、発表をどうぞ。

あ、ただし『死に番』は私ね。

「では、まず私たちは拠点内に雪崩込まれるのが嫌です。空間を保てなくなって揉みくちゃにされるからです。ですから窓からの侵入を阻止する役は長得物のセキトリさんとシャルローネ。死に番はリュウ先生ですが惜しむらくは身がひとつ。数で押されれば討ちもらしも出てきます。これを回転力で速やかに仕留めるのが、入り口両サイド配置で小隊長とマミ。私はリュウ先生の補佐をします」

異論は無い。

カエデさんは私のそばに。そしてメンバーそれぞれが配置に就く。

私は入り口正面で蹲踞の姿勢。西洋では蹲踞の姿勢は見たことがないだろう、と考えたからだ。しゃがんだ態勢から何ができる?

生身の西洋人ならばそのように思うだろう。しかしこの態勢が肝なのである。そのことをこれから証明しよう。

とりあえず準備は万端。トヨムに扉を開けるように言う。

「おう、ようやく開けたか。まったく手を焼かせ……」

「誰かっ!」

私は鋭く誰何した。すぐに続ける。

「名乗るべき身分ならば官職姓名を述べよ!」

すると捕吏の者は「わ、私は……」と言いかけたが、すべては言わせない。私は蹲踞の姿勢から崩れ落ちるようにして刀の柄に手をかける。左手で、上を向いていた腰の刃を斜め下三〇度に傾ける。そのまま逆手抜刀、捕吏の頭の内腿を斬った。出血デバフマークが捕吏頭に点灯。


逆手抜刀を頭上で順手に持ち替えて、頭の右にいる捕吏を一歩踏み込んで袈裟に斬りおろす。

蹲踞としゃがんだ姿勢はまったくの別物だ。しゃがんだ姿勢は休んでいる姿勢であり、簡単には動き出すことができない。しかし蹲踞は違う。ヒザを折り曲げ折り曲げたヒザを開いている。そこまでは同じだ。しかし蹲踞は、『この姿勢で立っている』のである。

何が違うかと目に見える部分で説明すると、尻をカカトに乗せていないことだ。感覚的に言うならば『カカトから尻を離して立っている』のである。そして無双流では右足前、左足後に構える。そう、すでに構えているのだ。そしてこの態勢は不安定である。不安定だから崩れ落ちる。崩れ落ちるようにして動き出すことができる。予備動作を消すことができるのだ。音無しの太刀というのは、基本的にこの原理である、と誤解混じりで断言しておこう。

さあ、戦闘に戻ろう。逆手抜刀で出血のデバフひとり。袈裟斬りでキルをひとり。捕吏はまだ剣を抜いていない。柄に手をかけただけだ。突き技でもうひとりキルへと導く。刃を上にして突いた。臓物の重みでより深々と傷つけられるようにだ。これもキルとなった。

ここでようやく、捕吏たちは剣を抜き連ね、槍の鞘を払った。

だがその脇腹をトヨムの拳がえぐる。マミさんの双棍が打ちのめす。


入り口をふさぐ捕吏を斬り捨てて、私は表に出る。

「かかって来い木っ端役人ども! 命を取るか名を取るか、それは貴様らに選ばせてやる!」

捕吏たちは気色ばんだ。しかしそのような暇があるのかね、君たち?

当然のように私は先手を取る。ポンポンと軽く小手を飛ばして回った。キレイに手首から先が宙に舞う。

この時点で初めて捕吏は剣の柄に手をかけた。だが遅い。トヨムとマミさんが押し出してきた。それを守るのは、窓を守っていたセキトリとシャルローネさん。さらにはカエデさんと、全員が広い大通りへと姿を現した。

「全員我に続け! 突入!」

私が叫ぶと槍がメイスが、長得物という長得物すべてが私に向けられる。槍はケラ首を斬って落とす。ひと太刀一斬しかできないのは日本刀の弱点と言えるかもしれない。しかし、敵も鉄砲や機関銃ではない。おなじように一撃一撃の攻撃しかできないのだ。効果は十分と言える。

事実、ケラ首を落とされた捕吏が怯んだ。そこへトヨムが飛び込む。


左から右のボディーブローを連打。打撃音がドドン! と重なって聞こえる密度だ。

トヨムに懐に飛び込まれて、長兵器の捕吏たちはなす術が無い。一方的に、いいようにヤラれていた。そのトヨムに捕吏が近づかぬよう、メイスを振るって追い散らしていたのがセキトリ

である。手にしたメイスは槍にこそリーチで劣るものの、その巨体と突進の鋭さで腰の引けた捕吏を近づけない。

私もザッと敵を見た。大通りに一杯な捕吏の数。確定ではないが、一五〇人はいるだろうか?

ならば五〇人は若者たちに任せよう。残り一〇〇人は私のものだ。

いいね、無双対一〇〇人。

面白いではないか。電雷の疾さで胴田貫を振り、その密度は豪雨のごとし。私は次から次へと敵の得物を斬り落としていった。

捕吏たちは欠損したおのれの得物を見て、一様に「ひゃあ!」と声を上げた。

「呂布が出たぞーーっ!」

横山三国志ならば、そのように悲鳴を上げる場面だ。

そして横山三国志にこのような場面はあっただろうか? 捕吏は武器を捨てて、次々と逃げ出したのである。


一騎当千。

一人で千人を相手にできるほどの猛将を意味する。しかし一人で千人などはとてもではないが相手にできない。しかしこのような言い回しがあるというのは、千人でかかってもその名を聞いただけで兵が震え上がり、逃げ出してしまうというのが正しいと私は思う。

事の真偽はともかく、一部の捕吏が逃げ出した。……つまらん。せっかく胴田貫を購入したというのに。誰も相手をしてくれないとは。

「待て待て待て! 算を乱して逃げ出すとは、まだ早くはないか!? 王国捕吏にその人ありと謳われた、ジェイムズ・ジェフリーがまだ出ておらんじゃろ!」

逃げ惑う捕吏をかき分けるようにして、巨漢が現れた。金髪碧眼、彫りの深い顔。手には大槍を携えている。

そして彼がの登場を見た捕吏たちが、「おお、ジェフリー!」「守護神ジェフリー!」などと瞳を輝かせたのだ。

のっしのっしと歩く姿は、まさに英雄豪傑。頼もしいというならば、なるほど頼もしく見える。

「リュウ先生、どうですか? あのデカブツ?」

カエデさんが訊いてきた。

「同じ巨漢なら、セキトリの方がよほど使うだろうね」

私の評価はその程度のもの。

「では、私に行かせてください」

「ただし、どんな技を持っているかわからないから気をつけてね」

そう、ここはゲーム世界だ。不正者の親玉とも言えたトニー小僧がいなくなった現在、あまり意識はしていないが必殺技というものが存在している。あれはマシンガンとか爆弾とか、刀剣の闘いには相応しくないモノに近いので、真っ向勝負など仕掛けては痛い目を見ることになる。


必殺技だけは要注意、ということでカエデさん。巨漢ジェフリーの前に立つ。

捕吏たちは指を指して笑った。

「おいおい、敵はこのゲームを捨てたみたいだぜ!」

「守護神ジェフリー相手に女の子かよ!」

「腰に二本も剣を差して、あのチョンマゲとんだヘタレだぜ!」

「ジェフリーが怖いからって、女の子の後ろに隠れてんじゃねーぞ!」

NPCのくせに随分と品のない野次を飛ばしてくれるものだ。しかし、そこが実在感というものなのだろう。

NPCのくせにというなら、この巨漢ジェフリー。少しは頭を使うようだ。右手右足を前に構えている。カエデさんの丸楯は左。つまりジェフリーのピポットポジションである右手の外側へ逃れるには、楯の恩恵に授かれなくなってしまう。どうしてもデスゾーン……つまりジェフリーの内懐に飛び込まなければならなくなってしまう。

トヨムが好む内懐がデスゾーンとは、これ如何に?

まあ、あれだけの大兵器を見せびらかしているのだ。そして守護神の二つ名。懐に飛び込めばなにか面白いオモチャか、ビックリ箱のひとつでも用意していると考えるのが自然だろう。


さあ、巨漢ジェフリー対カエデさん。巨漢はそのガタイに似合わず、細かく細かく槍をシゴイてカエデさんとの距離を保つ。カエデさんは楯を活かせず、急所バイタルである心臓を晒しながら、片手剣で対応していた。

大変にやりにくそうだ。と同時に私は思う。

(カエデさん……役者やのぅ……)

この程度の場面、カエデさんにとっては危機でも困難でもない。朝食にトーストを焼く程度のお仕事でしかなかろう。それをわざわざ難しい振りをしているだけだ。

……つまりこれは?

ジェフリーの大技、必殺技を誘っているのだ。カエデさん、背後を気にしながらジリジリと後退。ならば私もひとつ、カエデさんに手助けしてやろう。

「それ以上さがるな! 勝負に出ろ!」

「はい、リュウ先生!」

カエデさんは丸楯に隠れるように、小さく構えた。ジェフリーも手の内を厳しく絞り込む。お遊びの時間、名刺交換はお終いだ。両者本気になっている。

ジリ……カエデさんが間を詰めようとした瞬間、ジェフリーが来た。必殺技だ。槍の弾幕がカエデさんを包もうとする。円形の面で迫ってくる刃の弾幕だが、カエデさんはその端……円周側の刃のみを相手にした。それ以外は当たることが無いとして無視の方向。ジェフリーの攻撃をひとつだけ、上手く受け流した。崩れるジェフリーの姿勢、必殺技は中断。そこに生じる次の攻撃へのロスタイム。その隙に乗じて、カエデさんの小指斬りがジェフリーの右手に。

続いて左手の甲もカット。思わず身をすくめるジェフリー。すでにカエデさんは内懐、これで王手だ。必殺雲龍剣が巨漢の胴を斬り裂いた。


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