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小さなオオカミ巨大な虎

ここでトヨムとセキトリの闘いぶりを紹介しておこう。まずはトヨムだ。褐色の旋風とは、まさにこのこと。とにかく速い、そして動く動く。鈍くさい鉄の剣なんぞではとてもではないが、捕らえきれないくらいに動き回る。そして結果論になるのだが、トヨムは賊に剣を抜かせたのである。

本来ならば賊は仲間をひとりでも多く逃さなければならない。しかしそんなことをしていれば、たちまちトヨムの牙にかかってしまう。どうしても剣を抜き、対応しなければならなかったのだ。これは悪循環であった。トヨムに襲われる→剣を抜いて対応する。→脱出が遅れる→トヨムの餌食になる。この繰り返しなのだ。

見れば賊は逃げるために剣を構えていた。そのようなへっぴり腰で、トヨムの攻撃に対処できるものか。と思っていたら、また倒される。低く低く、相手の内懐へ飛び込んでの攻撃。ボディーへの左フック、右ストレート。実に簡単なお仕事であった。


しかしそれは見てくれだけ。実際に小兵が大兵をキリキリ舞いさせるには、ましてその数がはるかに多い場合には、大兵の何倍もの身体能力、度胸、戦略が必要になってくる。生半可な努力などでは、小が大を制することなどできないものである。

それをやってのけるトヨムの努力の積み重ねというものには、修行者のひとりとして頭が下がる思いであった。

トヨムがそこにいる。間を詰めて刃筋を向ける。トヨムが移動する。刃筋を修整、その隙にトヨムが飛び込んでくる。剣士としては厄介だろう。

ただし、この賊たちはまだ幸せな方だ。甲冑を着込んでいない。これが愚鈍とも言える鎧なぞ着込んでいようものなら、それこそ良いお客さん、あるいはトヨムにとってのカモでしかない。

なにしろ私たちにはゲーム内の打撃技術、浸透勁があるのだ。文字通りの一撃必殺、屍の山を築くことになる。


ただ、軽装だからといって勝率が上がる訳ではない。平服であってもトヨムの速度差は圧倒的で、どのNPCもついていけないのだから。

ただ、人数である。囲んだり脚を狙ったり、あるいはトヨムを起き上がらせようとする者もいた。そんなときには私が退路を用意してやったりと、トヨムの掩護をする。

そしてセキトリ。トヨム小隊のみならず、陸奥屋一党切っての巨漢、あるいは不沈艦。大艦巨砲主義の権化である。

しかしこの大戦艦は無粋な火力主義ではなく、器用な小回りも効かせる男である。メイスを横に握って、ドンとひとつ体当たり。それだけで賊を三人なぎ倒してしまう。まあ、そこまでならよその壁役タンク職もやってくれるだろう。

だがウチのセキトリは、そこからメイスを器用に持ち替えポン突きチョン打ちと軽く敵を牽制するのだ。賊の狙いは取り囲んで押し包んでの包囲戦であろうに、一度広げられた空間を狭めることができずにいたのだ。無理に押し込もうとすれば、それこそ大力の一撃が待っている。あるいは軽く後退させられて、距離を開けられてと、なかなか思うに任せることができなかった。


力士。

セキトリはその名の通り、学生相撲の選手だと聞いている。そして読者諸兄は力士と聞けば、短時間に全力を出し尽くして息も絶え絶え。スタミナ不足を思い描くのではないだろうか?

実際の相撲取りに、スタミナ不足など存在しない。もちろん身体を絞り込んだボクサーやアマチュアレスラーに比べれば、スタミナは足りないかもしれない。しかし相撲の稽古というのは全力の取り組みを何番も連続して行い、稽古のシメにはぶつかり稽古という、さらに兄弟子からのカワイガリを受けることになっているのだ。これでスタミナが無い訳など無い。

というか一番取り組んで交代、そしてまた一番取り組むという稽古は、スタミナ増強トレーニングである、インターバルトレーニングにもなっているではないか。とかく相撲取りという人種は強い。そのものズバリ、食べる量からして違う。しこたま食料を胃袋に詰め込んで、みっちりと稽古の励む。そんな連中が弱い訳がなかろう、と私は考えている。

その頑丈人間が軽快にチョコチョコとした攻撃を繰り出しているのだ。火力一辺倒の巨漢などに比べれば、よほど攻略しずらいかもしれない。


とにかく、この対象的な二人。もしかしたら闘い方が真逆な方向性なのかもしれない。軽快な大兵と獰猛な小兵。何やら中肉中背の我が身が面白味も何もない平均的な闘い方しかできない平々凡々に思えてしまう。

そのくらいに、この二人は伸びた。

王国の刃プレイヤーとして大きく花開いたと断言できる。そしてすっかり忘れがちなのだが、表で待ち構えている白百合剣士団の三人娘。彼女たちは出番を待ちかねてウズウズしているのが窓越しにうかがえた。

「シャルローネ、カエデ! 入って来ないと賊をみんな平らげちゃうぞ!」

小隊長トヨム、隣家屋上で待機している二人に声をかける。

「マミ! お前も正面から入って来い!」

路地裏待機のマミさんにも、同じように声をかけた。シャルローネさんはメイスで、カエデさんは丸楯で窓枠を破壊。残骸を蹴飛ばし押しのけるようにして窓から入って来た。

「退路はありません!」

カエデさんが宣言。

「お覚悟を!」

こちらはシャルローネさんだ。まずは二人とも、振り向く賊をそうはさせないとばかり、背後から攻撃する。


こうなると小さなオオカミと巨大な虎は、窓から賊が逃げ出さぬように回り込む。となると、追い立て役は私になるか。しかし大広間の出入り口はセキトリが突入したものもある。私一人では対応できず、賊がそちらから逃走した。

が。

扉の外、廊下から悲鳴が聞こえた。

「撲殺おっとりさん、マミさんの登場です! ここから先には行かせませんよ!」

にくい場面で出てくる娘だ。まるで出時を計っていたかのようである。

「よし、マミさん! 出入り口を守るぞ!」

「おっとりしていってね♪」

なにやらアクセントの可笑しい喋り方だったが、顔面饅頭にはなっていない。ちゃんと人間の姿をしたマミさんだ。つまり、宛にできる。

「さあ、賊ども! お縄にかかるか斬り殺されるか! 二つに一つだ、好きな方を選べ!」

トヨムの声が賊を威圧する。しかし数ではまだまだ敵の方が上である。首魁と思われる厳つい顔をした男が、「ワイの答えはこれや!」と、トヨムに小柄を投げつけた。

そんなものを貰うトヨムではない。紙一重、あるいは髪一筋の見切りでこれをかわし、すでに自分の距離へ踏み込んで拳をかち上げた。


首魁、撤退。

いかにも悪そうな面がまえの賊たちの間に、動揺が走る。お互いに顔を見合わせていた。いや、そんな暇あるのかな、君たち?

「ショットガンメイス!」

小さく速くまとめて、そんな突きをシャルローネさんが飛ばす。

「必殺! 雲龍剣!」

怯んだ賊にカエデさんがトドメを刺した。

「お? ヤル気だな、二人とも!」

「おう、それで良か良か!」

オオカミと虎もヤル気を再燃。窓の防衛などそっちのけ。賊の群れに飛び込んでゆく。というか、窓の防衛など気にする必要もないほどに敵を打ち据えて遂には全滅。

ラストステージは悪党一味をすべて殺害という、捕方としては最悪な結末であった。




そして拠点に戻り、マントを受け取る。これで人数分、六枚のマントが揃った。最後にそれを羽織るのは私。大人なので景品は最後の受け取りである。しかし……。

「あれ? 小隊長、さらなるミニイベントの告知が来てますけど……」

ウィンドウを眺めていたカエデさん。げに恐ろしきことに気がついた。なんじゃいなんじゃいと、全員でカエデさんの元に集まり、ウィンドウを覗き込んだ。

「なになに? 今度は貴方たちが下手人です。捕吏を斬り捨ててもかまいませんので、囲みを突破して全員無事にコロシアムまで逃げてください?」

トヨムが読み上げた。その途端である。拠点のドアを叩く音。

「御用改めである! 神妙にいたせ!」

「小隊長! すでに囲まれてます!」

窓の外を確認したシャルローネさんが叫ぶ。なるほど、時代劇ならば御用提灯十重二十重ごようちょうちんとえはたえというところだ。

「へっ! 簡単に捕まるアタイたちじゃないぜ」

トヨム、のりのり。すでに悪党の顔をして拳を打ち鳴らしている。


さあ、私たちのイベントはこれからだ!

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