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私、日本刀を持つ

トヨムが帰って来た。

本来ならば鬼組でのエピソードが紹介されてもいいのだろうが、そうも言っていられない。ミニイベント捕物帖第二ステージで全員分のマントを手に入れた私たちは、さらなる困難に挑まなくてはならなくなったからだ。

「三人の賊を召し捕ったんだ、今度の賊は六人かい?」

陽気に訊くトヨムだが、ウィンドウを開いて確認したカエデさんは顔を青くしていた。

「小隊長……リュウ先生……第三ステージが最終みたいなんですが……」

「ですが?」

「賊の数が三十人です!」

「なんでそんなに跳ね上がるんだよ!?」

慌ててトヨムがウィンドウを覗き込む。

「なになに?

今度の賊は押し込み強盗火付けに殺し、なんでもござれの悪党集団。お上もほとほと手を焼いているので、手向かいいたすは容赦なく斬り捨ててもお構いなし?

だってさ、旦那」

「ということは、私も久し振りに活躍できるのか?」

「それでしたらーリュウ先生ー?」

珍しく猫なで声、耳と尻尾まで生やしてカエデさんが言う。

「たまにはリュウ先生も日本刀を使ってみてはどうでしょう? そうですねぇ、みんなで陸奥屋一党の戦さ装束。羽織に袴でお揃いにしてーなんてね♪」


まるで新選組の池田屋討ち入りである。

「そこまでいうなら、羽織は浅葱色にダンダラを染めた羽織にしてもいいんじゃないかい?」

「さすがリュウ先生、わかってるー♪」

珍しくカエデさんがはしゃいでいる。早速ゲーム内ネットショッピングで、お揃いのダンダラ羽織五着購入。

「おや? 五着だけかい?」

「はい! 小隊長だけ白地にクロスのダンダラです! なにしろ隊長ですから!」

フンスと鼻息の荒いカエデさん。なにやらそこには聞いてはいけないコダワリがあるようだ。聞いてしまったら最期、一晩続くカエデトークに巻き込まれるのは必至、ということだ。

坂本龍馬の顔でダンダラ羽織に袖を通すことにいささかの疑問を感じつつ、私もたんまり溜め込んだゲーム内通貨で珍しくお買い物。

しかし、武器屋にはアイツがいた。

久し振りの登場、チュートリアルのチユちゃんだ。私がアクセスすると満面の笑みで、いや、かなりイヤラシイ笑みで出迎えてくれたではないか。しかもウィンドウの画面一杯にアップで登場だ。


「いらっしゃいませ〜〜お客様。武器ですか? 防具ですか? やっぱり木刀ひと振りじゃどうにもならなかったんですよね? ならなかったんでしょ〜〜?」

恨みがこもっている。積年の恨みがこもった売り言葉である。それくらいに、私の装備が不服だったのだろう。しかしそれにしても、よく私のことなど覚えていたものだ。

「そりゃあもう、チュートリアルのチユちゃんとしては、辱めをうけたような装備選択でしたから。よく覚えてますよ〜〜♪」

お前NPCじゃなくって運営の人間じゃないのか? 生身の。

「で、今日は何をお求めで? なんでしたら使い物にならない木刀は買い取りますよ? 二束三文ひと山いくらですけど」

「いや、木刀はまだまだ使える。今日はメンバーのリクエストで、大小を装備してくれと頼まれてね。良いところを見繕ってくれないかな?」

「木刀ひと振りで稼いだゲーム内通貨なんてたかが知れてますから、安物になると思いますよー?」


こいつ、私が木刀ひと振りでどれだけ稼いだか、全然わかってないな?ではひとつ吹っ掛けてやるか。

「虎徹……は隊長の差料だな。兼定は士郎さんの方が似合いだ。だからといって陸奥守吉行はあざとすぎる……」

「ちょ……どれもこれも高級品じゃないですか!? いくら持ってるんですか!?」

お財布マークを指差した。ビニョン! とチユちゃんの目が飛び出す。

「どうかな、チユちゃん?」

「イヌとお呼びくださいまし」

チユちゃん土下座。よろしい、望み通りに呼んで差し上げよう。

「して、そこなブタ。私に良い刀を見繕ってはくれぬか?」

「ブー……それでしたらこちらはいかがでしょう?」

袋に包まれたひと振りを見せてくる。ウィンドウには『試してみる』のコマンドが。もちろんタップ。私の目の前に、袋に包まれた刀が浮かんでいた。紐を解いて鞘ぐるみ、袋から抜き出す。

長寸、重さ、ともに悪くない。拵えを拝見、それから刃を自分に向けるようにして、鞘を抜く。

斬れそうだ。

「店主、良い刀だな」

「はい、陸奥守吉行にございます」

「だからあざといっつってんだろーが!」

「いまならキャンペーン中でオプションもついてきます」

なにやら木箱が届いた。開けてみる。コルトの輪胴式拳銃が入っていた。

私は武器屋店主のチユちゃんに言う。

「君は私にブッ飛ばされたいのかね?」

「お気に召しませんでしたか?ではこちらを」

さらに刀を送りつけてくる。

鞘を抜いてみた。

反りが浅い。

刃紋はついているが、特別なものではない。いや、むしろ華美な装飾が無いとでも言おうか。

「リュウ先生……もしかして……それ……胴田貫?」


カエデさんがもらす。

ほう、これがあの胴田貫か。もちろん実物ではないので、感慨は浅い。いや、実物であれば、私の方が畏れ多い天下の名刀だ。

そしてここで土下座チユちゃんが顔をあげてニヤリと笑う。

「さすが名刀、素性を隠すことはできませぬか。いかにもこれなるは胴田貫、王国の刃世界においても、トップクラスの切れ味にございます」

「試し斬りをして、良いかな?」

「いまNPCキャラを送りますね」

ということで稽古場に現れた甲冑剣士。フルプレートの憎い奴だ。

フルプレートということで、チユちゃんに訊いてみる。

「これ、そこなチユ助。いかな名刀といえど、全身隙間無しの甲冑ではどうにもならぬぞ?」

「それは剣の上手ならざる者の言葉。商品が破損すればこちらの不手際、どうぞ刃の損ずることを恐れず、お試しを」

自信のある逸品らしい。もっとも本物の胴田貫も、明治天皇の御前にて榊原鍵吉の手により兜割りを成功させていると聞き及んでいる。私に榊原鍵吉ほどの技量有り、というのは驕りが過ぎるが、ここは現実世界ではない。

ゲーム世界の胴田貫を腰に落とし、稽古場に入る。


全身甲冑の剣士。フルプレートとかいう状態だが、剣士は棒ッキレのように突っ立っていた。

チユちゃんは『据物斬り』をせよ。と言っているようだ。そういうのであれば……。

ズルリと胴田貫を鞘から抜き放ち、八相に構える。そして剣士に対して一歩二歩、三歩……もっとも得意な間合いに剣士を納める。

サッとひと振り、カッ!

という乾いた音。そう、かんしゃく玉がパンッと鳴るのに似た、短い時間。その短い時間というのは、そのまま刃が袈裟から入って脇腹へと抜ける時間である。

王国の刃はゲームだ。現実ではない。よって、斬り口が開いているということは無い。しかし手応えは袈裟の侵入口から脇腹の出口まで、心地よく残っていた。

手応えはかすかなもの、さすがに鎧を着込んだ者相手に、「紙でも切るように」とはいかない。かすかな抵抗はあった。しかしそれでも、頑丈なはずの鎧をブリキのように断ってしまったではないか。

「次、出してよろしいですか?」


刃こぼれが無いか刀身をあらためていると、チユちゃんの声。

「うむ、頼む」

刃こぼれなどまったく見出だせなかった名刀を中段に構えた。

二体目の甲冑剣士は長剣を同じく中段に構えてくる。そして上段にスッと剣を上げ、斬ってきた!

しかし胴田貫、西洋剣の鍔元へ刃が吸い込まれた。チーズの塊を切るような感触とでも言おうか。ぬっとりとした感触とともに、西洋剣が斬れた。そのまま真っ向唐竹、脳天から恥骨まで一気に斬りおろす。これもまた、良い手応えだった。三体目はもったいないので、両方の小手を骨まで斬り離し、両脚をもらいそれから胴を斬り、撤退前に袈裟と逆袈裟。さらに四体五体と試し斬りして、胴田貫購入を決定した。

「チユちゃん、これを所望する」

「はは〜〜っ、御武家さま!」

「してそなたは営業などはできるのかな?」

「広告メールを出すくらいには!」

「では陸奥屋一党鬼組に和泉守兼定を勧めておいてはくれまいか?」

「御意!」

さあ来い、草薙士郎。その腰に兼定を佩いて。お前にはそれがよく似合うのだから。


架空世界とはいえ胴田貫。斬れ味最高な胴田貫。

これを腰に束さんで、ついでに脇差しも長寸長い造りも確かなものを買い求め、カエデさんに策を訊く。

「はい、まず賊は二階大広間で酒宴の最中とあります。私たちはここに六人で踏み込む訳ですが、キルを取っても良いという条件に心奪われ、賊を取り逃がす可能性があります。よって」

と、ここで現場の状況をウィンドウに映し出す。

宿屋ベロ、そこに隣接する建物は平屋、西洋風の四角い一軒家だ。

「この屋上に小隊長とシャルローネを配置。逃亡する賊を討ち取ります。建物同士の隙間、いわゆる路地裏にはセキトリさんを配置。ここからも賊は逃しません」

何故セキトリ配置の窓から賊が逃げるというのか?

「それは私たちが突入するのが、大広間左側だからです」

一階のフロアは広い。その左右に階段があり、二階大広間へと続いている。

「右手の階段にはマミを配置。そうすれば賊は右手窓から逃走するよりありません」

「そうすると実際、三〇人を旦那とカエデで相手するのか……。大丈夫か?」


「私たちの心配してる場合じゃありませんよ、小隊長。これはゲームです。クリアを困難にするためにも、運営はきっと戦闘よりも逃亡に重点を置くはずです。そうなると小隊長たち待ち伏せ部隊の方に負担がかかると思われますからね」

そしてカエデさんの秘策。

「突入部隊の安全に配慮して、こんなアイテムを準備してみました!」

じゃじゃーん♪ と取り出したのは、人数分のランプであった。


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