キョウちゃん♡、成長する
自分のダメなところを徹底的に暴かれて、激闘王という冠が欲しそうなキョウちゃん♡も、さすがにおとなしくなった。相打ち必殺、という不細工な殺気を抑えるようになったのである。
出向二日目。
「ポクポクポクチーン♪」
「ポクポクポクチーン……」
キョウちゃん♡はマミさんと並んで、カカシ相手にあのメロディーを口ずさみながら、木刀でペチペチと叩いていた。
「ポクポクポクチーン♪」
「ポクポクポクチーン……」
なんとなく、納得はしていないようではあるが、我慢して欲しい。この可笑しな稽古はマミさんに、クリティカルの打撃を授けた実績があるのだ。
「ポクポクポクチーン♪」
「ポクポクポクチーン……」
軽打、軽打、軽打、大きく軽打。それがこのポクポクポクチーン♪ の内容である。
軽打からの強打ではない。強打と見せかけて、また軽打なのだ。つまり、攻撃を力まないことが目的なのである。大きな軽打、とくにそこが味噌。軽打ではあるが大きな打ちは身体にリズムを作る。リズムに乗れば力みが消える。すると楽しいくらいに攻撃がドンドン出てくる。
そして大きな軽打があるならば、ポクポクポクという部分が小さな軽打。これはボクシングで言うところのジャブ。距離を計ったり敵の出足を止めたり、拳法で言うところの霞……目打ちの役割であったり、カスダメであってもファーストコンタクトで敵から奪う最初のダメージであったり、チーンにつなげる初手であったり、大きな打ちからすぐに出せる次の一手であったりと、とにかく使い勝手の良い一撃だ。
そしてなにより、身体にリズムを作ってくれる。
ただ、古流はメロディーである。ロックンロールなどが代表とされるリズムではない。そう、例えるならばクラッシック音楽のように、いつ始まっていつ終わるかわからない、そうしたメロディーなのである。
とはいえ王国の刃は型武道型稽古ではない。対人戦闘なのだ。道理を曲げてでも一度はリズムを通過させなければならないのだ、身体の中を。
ワンツーワンツーといったリズムの動き、つまりキョウちゃん♡が常日頃してはいない稽古にウンザリしてきた頃、私は「止め」の号令をかける。
「さあキョウちゃん♡、そろそろ私と遊んでもらおうか」
「はい!」
目の輝きがよみがえる。どうやらリズム稽古はまだまだ必要そうだ。
と、思ったが?
スッと立っている。殺気が感じられない。
「ホゥ」
と感心してあげる。そしてどのような心境の変化があったのか訊いてみた。
「いえ、特には……。ただ……」
「ただ?」
「俺も剣には必死ですから。学べることは学べるだけ学びます」
いいね、その姿勢。私も昔はそうだった。ただなキョウちゃん♡、昨日私が見せた技を、ソックリそのまま試してみようって魂胆が、顔に書いてあるぜ?
「……じゃあ、始めようか?」
「お願いします」
さりげなく、キョウちゃん♡は腰に佩いた刀の刃を下に向ける。うん、逆手抜刀でくるんだね?
それが生兵法にならなければ良いのだけれど。……いや、生兵法結構! 大いに結構!
人は失敗から様々なことを学ぶのだ。エラーを恐れてトライの精神を失うことの方がよほど恐ろしいではないか。
スッ……と、影のように前へ出る。キョウちゃん♡の足取りも影のように静かだ。元々が草薙の剣士である。このくらいは当然か。試しに殺気をのし掛けてみる。今にも飛びかかってきそうなほどキョウちゃん♡の殺気もふくらんだが、どうにか耐えている。
私は刃を上に向けた通常の差し方、普通の居合でキョウちゃん♡に対するつもりだ。そしてひと足進め、ふた足進め、いよいよという間合い。ここで、キョウちゃん♡が抜いた。気配の濃淡で私はそれを読んでいる。それ故に間に合った。
逆手抜刀は抜く速度が速い。通常の抜き付けは速度で劣る。しかし抜いたあとの力強さは、断然順手に分がある。刃をキョウちゃん♡に向けた状態、刀身の横面『棟』という部位でキョウちゃん♡の一撃を受け止めた。いや、弾き返したというのが正しいか。
そのまま刀身を刃の向いた方向に振り上げ、頭上で旋回させてからキョウちゃん♡の横面へ。
抜き付けを弾かれた時点で、キョウちゃん♡は手の内が狂ったのだろう。体勢を立て直すこと間に合わず、撤退となる。
「……にわかの付け焼き刃ではどうにもなりませんでした」
復活したキョウちゃん♡は残念そうだった。
「いや、悪くなかったよ。付け焼き刃だから自分の太刀行きの速度が身についていなかっただけさ。それよりも、私の挑発に耐えたことの刀が大きい。よく我慢したね」
ありがとうございます、と若者は頭を下げた。
「そこでキョウちゃん♡、今度からは刀ではなく、木刀を使ってみてはどうかな?」
「木刀……ですか……?」
「そう、重たい刀を使っているから一刀両断をしたくなる。軽い木刀ならば、ポクポクチーンのリズムを維持できるんじゃないかな?」
キョウちゃん♡、思案。そして……。
「わかりました、やってみます」
ということで、まずはポクポクチーンの師匠であるマミさんがお相手。マミさんの双棍は短い。そして二本持ちなので手数が多い。真剣実刀では追いつけなかったはずだ。故に一刀両断の方針となってしまう。キョウちゃん♡の技量ならばマミさんを葬るのは容易いだろう。しかしマミさん以上の双棍の使い手、あるいはより速い敵と対すれば?
その天敵とも呼べる存在が、西洋剣術なのだ。中国剣術である。彼らは長剣一振りをクルクルと回し、次々と攻撃を繰り出してくる。一刀両断の意識などなく、身体の柔らかな部位を狙って。一刀両断の日本剣術、連続攻撃の中国西洋剣術。どちかが怖い?
と訊かれてもケースバイケースとしか言いようが無い。
しかし断言する。
これまでのキョウちゃん♡では、歯が立たない。膾のように斬り刻まれてしまうのがオチだ。
そうした次第で、キョウちゃん♡とマミさんの一戦である。
「それではキョウさん、いきますよ〜〜♪」
マミさんの構えは円相、肩、ヒジ、手首が柔らかく円を描くように。高さは水平、双棍の切っ先と切っ先は触れ合わぬ程度。これは私が教えたものではない。マミさんがたどり着いた構えだ。
対するキョウちゃん♡は中段、いかようにも対応できる形。少なくとも八相や脇構えのような、命を投げ出すような構えではない。ならばもっともっと軽く打てるように、キョウちゃん♡に魔法をかけてやろう。
「キョウちゃん♡、鶺鴒の尾だ!」
そう、剣道における相手を探る動き。切っ先を細かく動かすことにより、その場に居着かず、固まらぬ。そしてその細かな動きが、身体に拍子を生み出してくれる。
マミさん、右の突き、キョウちゃん♡、これを軽く払う。すぐに繋いでくる左の突き、これも軽く払った。そして引きの甘い左の小手に、ペチッとひとつ。お釣りのような打ち。
「浅い! だからこそ良し!」
「はい!」
そうだ、キョウちゃん♡はこの浅く軽い打ちを手に入れるために、ウチの小隊に稽古に来ているのだ。
二合三合とやり取りをさせる。もちろんどちらの打ち込みも浅い。マミさんの打ち込みが浅くなっているのは、キョウちゃん♡に防御され、反撃の可能性があるからだ。
私は勝手に、殺気を感じるという現象をそのようにも捕らえている。つまり、自分の隙を感じ取れる者は、殺気を放つこともできるようになるし、殺気を感じ取ることができるようにもなる。
マミさんの構えが変化、円相のまま下段へ。
ほう? どうする気かな、マミさん? 前に出した円相にしても、下げた円相にしても、二天一流にあったはずだ。そう、われらが剣聖宮本武蔵である。
マミさん、武蔵の境地を目指すつもりなのか? キョウちゃん♡は表情を変えず、木刀のペチペチ攻撃をマミさんの両腕へ。マミさんこれをかわせずに浴びてしまう。
私、ちょっとがっかり。
しかし私が「止め」の号令をかけるまで、キョウちゃん♡は一度もマミさんから一本を取らなかった。上の出来である。
「よくやったぞ、キョウちゃん♡。稽古の成果だ!」
「ありがとうございます。できれば他のメンバーとも手合わせをして、技を確かなものにしてみたいと思います」
「良し良し、ドンドン行きなさい。じゃあ次は……」
残る三人の顔を見る。誰も彼も、仲間の成長を祝福したがっている顔をしていた。
「よし、剛力無双のセキトリが行ってみろ!」
「おう! 儂のメイス、キョウさんどう対処するかの!」
もちろんここでも、あるいはシャルローネさんの技やカエデさんの西洋剣術を向こうにまわしても、キョウちゃん♡は一本を取ることなく試合を終わらせることができた。
後日、私たちトヨム小隊の拠点に、チーム『まほろば』の一人である近衛咲夜が現れた。
そう、あの何でも斬っちゃう怖い奴白銀輝夜の相棒で、金髪のお人形さんのような娘だ。
「あの……リュウ先生?」
ひどく言いにくそうな顔をしている。
「実はウチの輝夜が、『どうしてもキルを取っちゃう病』にかかったんよ? ……治療して、もらえん?」
キョウちゃん♡の次はキミか、白銀輝夜! どうして日本剣術の修行者はこうも一刀両断したがるんだ! お前ら本当に悪い病気だぞ!
あえて叫ばせてくれ!
「どいつもこいつもえぇ加減にせぇやーーっ!」
聞け、私の怒りはこれからだーーっ! どっとはれ
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