待ってくれぇ! 俺にもう一度チャンスをくれぇっ! byキョウちゃん♡
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この連敗、このコテンパンでキョウちゃん♡には何かを掴んでもらいたいものだが。
「いや、違うんだ! そうじゃない! 待ってくれ! 俺にもう一度チャンスをくれ!」
まあ、こういうことを口走っているのだから、まだ反省は足りていないようだ。
「う〜ん……私は男の人にあんまり恥はかかせたくないんですが……」
シャルローネさんはお優しい。それに比べてカエデさんは……。
「気持ちはわかるけどシャルローネ、ここでキョウさんに過ちを正してもらわないと、一生治らないかもしれないわよ!?」
言いたいことはわかるんだけど、もう少しこう、言い方とかね?
「それでしたらカエデちさんが以前考えてたー、ハンデ戦をやってはどーですかー? 誰が恥をかかせたとかにはなりにくいですよー?」
ほう、カエデさんの考えてたハンデ戦? よもやまた達人殺しとかその手の戦法じゃあるまいな?
「それでもいいかな、キョウちゃん♡」
「ぜひ、お願いします……」
唇を噛みしめるように、キョウちゃん♡は言った。
それに対して三人娘は、「誰がセンターやる?」「ライトは長剣のカエデさんですよねー♪」「わ、責任重大じゃん」などとピーチクパーチク。
そしてどうにかシフトが決まったようだ。
ハンデ戦はキョウちゃん♡ひとり対白百合三人娘。センターはマミさん、右にカエデさんで左にシャルローネさん。センターのマミさんが左手の棍棒をキョウちゃん♡の切っ先に合わせている。しかしマミさんは双棍、右は肩に担いでいた。
「勝負一本……始めっ!」
私の号令で、マミさんはヤッと前に出た。マミさんの左をいなして、キョウちゃん♡は正面打ち。これがマミさんの袈裟に命中!
マミさんは撤退してゆく。……しかしキョウちゃん♡も同じく撤退していった。これは……? カエデさんの胴とシャルローネさんの胴突きが決まっていたのだ。
無念の表情を浮かべて消えてゆくキョウちゃん♡。
これはカエデさんの解説が必要なようだ。
「王国の刃って部位欠損の状態でも手足にバイブが走るだけじゃないですか?
死ぬことが無くて痛くもない、ケガをすることもないなら、誰かが死に番を務めれば達人でさえこんな風に撤退させられるんです」
「カエデさん、このことは他の誰かには?」
「もちろんまだ話していません♪ ただ、私が思いつくんですから鏡花さんやフィー先生も考えるかも知れませんね?」
死人部屋から、キョウちゃん♡とマミさんが帰還。
「カエデさん、キョウちゃん♡に何か一言たのむ」
「はい、リュウ先生。あの、キョウさん? もしかしたら相打ち戦法って、こうやって使うのが一番有効だと思うんですが……?」
「そうかもしれない、だけど俺は……」
「じゃあキョウちゃん♡、本日のシメに私と立ち合ってみるかい?」
「ほう、キョウさんとリュウ先生かい! こりゃ見物じゃのう!」
「リュウ先生がどんな手を使うか、楽しみですねー♪」
それじゃあと選んだ私の得物は、たまには真剣の日本刀。長寸はキョウちゃん♡と同じ定寸。二度三度と素振りして手溜まりと間合いを確認する。モノとしては何の変哲もない日本刀、ただ違うのは、鞘である。少しザラ目のある、左手が汗ばんでいても間違いの無いものを選んでいた。
もしかするとこの一事で、読者諸兄の中には『居合』を使うのか? と思われる方もいよう。
そのお考えはズバリ、正解である。柳心無双流居合では、鞘を引く。居合においてはどこの流派でも鞘を引くものと思っていたが、柳生新陰流などでは鞘引きしないところもあるようだ。
案外この鞘引きという技術、新しい技術に分類するものかもしれない。
大小の拵えを腰に落として……もちろん脇差しは寸の長いものを選んでいた……キョウちゃん♡と相対した。
そのキョウちゃん♡は血振り、それから納刀。私の意図を察したか居合で立ち合う構えのようだ。
見える。
殺気立ったキョウちゃん♡の方針が丸わかり、手に取るように見透かせる。まず初手は横一文字の抜き付け。それで私の足を止めて、真っ向縦斬りの戦法だ。今まで一番稽古してきた、もっとも信頼できる手でくるようだ。ならばこちらは変手を見せよう。腰の刀をグルリ反転。刃を下に向けて落ち着ける。
お? さすが草薙士郎の御子息、草薙一党流の者。私の変手に警戒したようだ。しかし私がどのような手でゆくか?
そこまでは読み切れていないようである。戸惑ったまま、意を決しかねているね。
ならばその戸惑いそのまま、容赦なく歩を進める。最初のひと足で、キョウちゃん♡は決意したようだ。最も信頼する技で向かう、と。
ひと足、ふた足。静かに近づく。しかし三の四の足は駆けるように!
釣った、キョウちゃん♡は刀の柄に手をかける。その鯉口を切る動作、鞘走り、そして鯉口から切っ先が離れるまでを確認して……いや、私の側頭部めがけて刃筋が立っていることまで見てから、身体を垂直に落下させた。
左ヒザを着く、右手はブラリと下げたそのままの型で柄に伸ばす。手を変える拍子は無い。つまり無拍子で柄を取れた。
イチ!
の拍子で抜ける。その時にはすでに、キョウちゃん♡の物打ちが頭上を虚しく通過している。
恐怖、キョウちゃん♡の目が見開かれた。
ルパン三世の石川五右衛門、あるいは座頭市のように、私は逆手抜刀。刃をキョウちゃん♡の内腿に刃を当てた。
そこから柄を持ち直し、とその隙にキョウちゃん♡は片手で私の袈裟を狙ってきた。しかし私はに左手を添えていた。頭上で刀身を旋回させる。刃はキョウちゃん♡の胴へ。キョウちゃん♡の刀は旋回した私の刀に脅かされ、勢いを失っている。
バイタルへの一撃と判定されて、キョウちゃん♡は撤退。彼の胴への一撃は、斜め下からのもの。即ち傷口からハラワタが己の重さでこぼれ落ちてくるひと太刀であった。
それだけではない。私の初太刀はキョウちゃん♡の内腿。つまり股動脈を断つひと太刀である。ここを斬られると止血はしにくい。というか血液の重さでドンドン出血してくる。いわゆるデバフを見込めるのだ。つまりキョウちゃん♡は、私の一瞬の攻撃で後方にさげられ治療を受けなければならないほどの深手を負ったのだ。
キョウちゃん♡復活。
「あの、リュウ先生?」
「なにかな、キョウちゃん♡?」
私がキョウちゃん♡呼びするだけで、彼は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あの初手は俺の内腿を斬っていましたが、あれは俺の足を奪うものだったんですか?」
「君くらいわかりやすい人間の足を奪って、私にメリットがあるのかな?」
「そんなにわかりやすいですか?」
「あぁ、初手は横一文字。それから真っ向斬りさげる。一番稽古してきた技で挑むつもりだったんだろ? 悪い手じゃなかったよ」
「……………………」
手の内をすべて読まれた剣士は黙り込むしかできない。
「殺気立つ、というのはつまりそういうこと。相手に手の内を晒すようなものでもあるのさ」
「リュウ先生の手の内は読めませんでした……」
「だって私は達人だもん」
若者はさらに苦虫を噛み潰す。一体彼の口の中には苦虫が何匹いるというのであろう?
「テイク・イット・イージー、楽にやりな。どうせ現代社会では、刀剣の出番なんてもう無いんだからさ」
その事実は、もしかしたら彼が一番認めたくない事実なのかもしれない。
ただし、今ここで何かをひらめいたとしても、私はすぐに試すことを許さないだろう。大変に良いアイデアほど、一旦寝かせて熟成をかける。パッとひらめきパッと問題を解決した手段というのは、パッと手の内から消えてしまうものだ。
じっくりと煮込んでエキスを抽出して、なおかつ自分の身体に染み込ませる。それを何度も何度も手間ひまかけて、ゆっくりと本物の技術にしてゆくのだ。




