キョウちゃん♡を通じて日本剣術の弱点
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ということで、トヨムは鬼組へ出向。代わってキョウちゃん♡がやってきた。
「どうも……お世話になります」
「話は聞いているよ。今回のミニイベントでついキルを取っちゃうんだってね?」
「悪い癖です……」
まずはどのような塩梅なのか? シャルローネさんと打ち合いの稽古をしてもらう。
シャルローネさんはいつものようにメイスを手に、キョウちゃん♡は日本刀、いわゆる打刀である。両者中段で対峙、十分に気迫の乗った良い構えだ。
「勝負三本、始め!」
号令をかけると、得物の間合いの不利にもかかわらず、キョウちゃん♡が前に出た。正中線を押さえようとするシャルローネさんのメイスを押し退け、グイグイ前に出る。
言葉で表わせば単純な動作でしかないが、キョウちゃん♡の動きのひとつひとつには気迫が乗っている。さすがのシャルローネさんも押された。そこに隙を見つけたか、先手はキョウちゃん♡の小手打ち、シャルローネさんはこれを防ぐ。
そこから二合三合とキョウちゃん♡が責め立てる。かなり近い間合いで、長得物のシャルローネさんは苦しそう。そこへキョウちゃん♡の胴が決まって一本先取。
二本目、またもグッと重たい殺気をのしかけるキョウちゃん♡。しかしシャルローネさんも負けじと殺気で押し返す。稽古としては悪くは無い。悪くは無いのだが品も無い。殺気と殺気をぶつけ合うのは、初心者までだ。ある一定の位に達すれば、殺気などは出せて当たり前。そこからは技を吸い込む段階の稽古に入らなければならない。
もちろんシャルローネさんもキョウちゃん♡も、その位には達しているはずだ。それが初心者まがいのドロドロとした殺気をぶつけ合っている。
これは……どちらかな? と私は考える。キョウちゃん♡が不細工な殺気合戦にシャルローネさんを巻き込んだか、シャルローネさんがキョウちゃん♡を誘ったのか?
順番から行けば、キョウちゃん♡が殺気を放ってシャルローネさんが応じた、という形だが、果たしてそんな単純なものか?
「これでキョウさんはシャルローネから逃げられなくなりましたね」
カエデさんが呟く。
「ほう、そちらの方か」
「えぇ、もうシャルローネは見抜いてますよ。殺気を放てばキョウさんは絶対に応じてくるって……」
カエデさんの言葉を証明するかのように、キョウちゃん♡が出た。
剣士草薙恭也、攻める、攻める。一の太刀、二の太刀、三の太刀。グイグイと前に出るがシャルローネさんのメイスも長短左右とよく変わる。どうしてもキョウちゃん♡の攻撃が単調、一本調子に見えてくる。その刹那だ。
パッとシャルローネさんが内懐に侵入した。
「一本!」
下からすくい上げるような、キョウちゃんの内股への一撃。しかもシャルローネさんは、自分の頭部をメイスで隠している。攻防一体の形で取った一本である。……ただし。
「どうしたんだい、シャルローネさん。いまの手は、相打ち覚悟の手だろ?」
いつものシャルローネさんなら、もっと丁寧な攻撃で一本を取れたはずだ。それを不細工極まりない相打ち覚悟とは。あまり上の手とは言えない技である。
いや、シャルローネさんの技量ならば、確実にできるはずである。
するとシャルローネさんは、困ったように答えてくれた。
「いえ、リュウ先生。こうすればキョウさんも気づいてくれるかなって……」
そうか、草薙恭也の剣がどのようなものなのか、それをキョウちゃん♡に示してくれたのか。
「ということだ、どうだったかなキョウちゃん♡?」
「はい、命を投げ出すような剣でした」
「そして、その瞬間がたまらなく楽しかっただろ?」
「…………はい」
言いにくそうに、キョウちゃん♡は答える。
「そりゃそうだ。卑しくも男子たる者、ひとたび刀剣を手にすれば、命がけの場面がたまらなく楽しくなるものだ。しかし剣士たる者が常に命がけなどというのは下も下。児戯にも等しいと断じなければならない。草薙一党流の太刀はその必死必殺の精神を土台にしたものであって、決してそこで留まるものではないはずだ。殺気などという無粋なものは今日限りに押し留め、『技』を求めるべきである」
「ではリュウ先生、俺はどうすれば?」
「あ、それならリュウ先生。私が示してもいいですか?」
西洋剣術のカエデさんが立候補。私の見立てでは西洋剣術は動きが中国剣術に似て、日本剣術では相性の悪い相手となっている。そのカエデさんが日本剣術の特攻精神に満ちたキョウちゃん♡に、一体何を示してくれるのか?
「カエデさん、期待しちゃって……いいかな?」
「はい♪ 期待しちゃってください! ただ立ち合いのルールですが、真剣実刀を模したものとしてわずかに触れた場合でも一本としてください」
ほう、真剣勝負を模するか。
「いいかい、キョウちゃん♡」
「真剣試合となれば……」
さっき説教したばかりなのに、キョウちゃん♡はすでに殺気立っていた。いや、若者が燃えていると解釈してあげた方がいいのだろうか?
判断は保留。とりあえずカエデさんの出陣を許す。
ということで、急遽カエデさんとキョウちゃん♡の対戦が決定。やはり審判は私だ。
ところがカエデさん、いつもの丸楯を用いず、長剣を両手で握っている。普段の片手剣はリーチこそ短いが軽い。長剣はリーチこそあるが重い。さてカエデさん、何を狙っているものやら……。
と、カエデさん。長剣を縦回転、クルクルと回し始めた。それからピタリと剣先を止めて構える。うむ、手の内が出来ていればこその芸当だ。
「さ、キョウさん。お願いします」
リーチでは長剣のカエデさんに分がある。しかしそこは日本剣術、キョウちゃん♡が気後れすることなく、グッと重たい殺気を乗せてゆく。しかし鶺鴒の尾のごとく、カエデさんは切っ先をユラユラと揺らして、重たい殺気を散らしていた。
切っ先鶺鴒の尾はどのように動くかわからない。故にキョウちゃん♡も迂闊には飛び込めない。ベットリとしたコールタールのようにネバつく殺気。どろりと垂れるように、カエデさんにまとわりついた。
キョウちゃん♡が出たのはその時だ。命を投げ出すような突撃、そして一閃の斬撃。
しかし。
チョン、とカエデさんの切っ先がキョウちゃん♡の左手、手首に触れた。
「一本!」
私はすかさず宣言する。
キョウちゃん♡呆然。いまので一本は無いだろう、とでも言いたげな顔だ。
「いや、キョウちゃん♡。今のは一本だ。なぜならこれは真剣を模した勝負、いまので君は親指の腱を断たれた。これだけで戦闘不能、場合によっては太い血管もやられている。後衛に搬送され、治療を受けるべきだ、早急にね」
ぬう、と悔しそうな顔をするキョウちゃん♡。しかしこれが戦場というものだ。そしてその戦場というシチュエーションを好んだのは、キョウちゃん♡の方である。
「カエデさん、もう少しキョウちゃん♡の相手を頼めるかな?」
「はい、わかりました」
カエデさんはまらもやクルクルと剣を回してピタリと構えた。キョウちゃん♡は中段。始め!
の号令で今度はキョウちゃん♡も慎重に。しかし二本目はカエデさんから動く。長剣を下から上へ縦回転、連続してキョウちゃん♡の小手を攻める。カエデさんの攻めは水車のように、いや、中国武術の剣術のように、円を描いては連続した。
中国剣術と西洋剣術に共通項を見出すなら、この円運動だ。そして同じ剣という道具を選択したこと。歴史的背景を比べると、どちらも常に戦争ばかりしていた点である。何が言いたいかというと、どちらの武術も一刀両断を目的としてはいない、というところだ。腱を斬られた者は役には立たぬ。血管を斬られた者は放っておけば死ぬ。とにかく効率よく、敵を戦闘不能に追いやること。そこを目的地としていることで両者は共通している。
徳川三〇〇年の泰平の中で、一刀両断を追い求め熟成し、道や禅の境地にまで昇華させた日本剣術とは、根本が違うのだ。
合理性を求め熟成の期間をかけられなかった剣術、熟成の果てに神の領域まで手を伸ばそうとしている剣術。どちらを選ぶかは読者諸兄におまかせするとして、これだけは断言しよう。西洋剣術や中国剣術は、日本剣術とは大変に相性が悪い。とくに攻撃精神や特攻精神を重視した、キョウちゃん♡のようなタイプは、カエデさんにとっては良いカモでしかない。
その後、三本四本と続けたが、いずれもカエデさんのチョンチョン打ちに迎撃されてしまった。
さらに、三本勝負が途中だったシャルローネさんも、挑発するようなチョン打ちで動きを止めてから、大きな一撃につなぐという方法でキョウちゃん♡を滅多打ちに打ち据える。
男子ひとたび刀剣を手にすれば、常に命がけの戦場である。
この精神が剣術の魅力であり、これにとらわれた者はなかなかそこを卒業できなくなってしまう。そして見果てぬ一刀両断という夢を追い求めてしまうものだ。それこそが日本剣術の大弱点と言えよう。




