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番外編

ということで実在友人出雲鏡花提案のネタをおひとつ。

 冬である。夜である。仕事帰りのお父さんたちが、まずは一軒目と居酒屋に立ち寄りたくなる時間帯だった。


しかし昨今の伝染病による影響か、繁華街の人影はまばらであった。しかし『のんべぇ横丁』などと名付けられ、大儲けには縁のない店などは今日ものれんを出している。


 酒好きの俳諧師だか歌人が、フラリとよろめき出てきそうな横丁に、乙女は案内されてきた。

 乙女の名は天宮緋影、黒髪のおとなしい顔立ちである。ゲーム世界では和服のお姫さまなのだが、今宵は洋服。コートを羽織っている。



 そして彼女をエスコートする男がいた。嘘っぱちだらけな真っ白のスーツ姿。派手なカラーシャツに黄色のネクタイ。そしてスーツに合わせた白いフェルトのソフト帽。真っ白なコートまでは良いのだが、これまた真っ白なマフラーを肩からかけているのは、映画『ゴッド・ファーザー』を気取っているのか?


 とりあえず悪趣味丸出しなのは、見ての通りの鬼将軍である。

 しかし多感なお年頃に見える天宮緋影は、鬼将軍のヘンテコな服装などまるで意に介していない様子。それもそのはず、彼女の腹は先程からグーグー鳴っていたのだ。



「たまには旨い肉料理でもどうかね?」



 そう誘われてホイホイついてきた。意地汚くお昼も抜いていたのだ。


腹も鳴るのが当然。だからこそ、貧乏くさくて薄汚い横丁に入っても、天宮緋影はまったくたじろぐことが無い。



「お洒落な雰囲気でお腹がふくれるのですか?」



 それが天宮緋影の信念なのだ。

 しかし、そろそろ空腹も限界だ。不機嫌モードに突入してしまう。なんだったらそこにかかっている居酒屋ののれんでもむしり取って、ムシャムシャと食べてしまいたいくらいだった。



「あったあった、ここだよひ〜ちゃん」



 ようやく鬼将軍は立ち止まった。本当に薄汚い、そして庶民派すぎる店の構え。チェーン展開なんぞ毛頭考えていない店。ただの焼肉屋であった。『焼肉 ロッキー』と、のれんに書かれている。焼肉屋で何故ロッキーなのか? 疑問をはさみたいところではあったが、空腹を満たすのが先決である。鬼将軍にうながされるまま、天宮緋影は店に入った。



「らっしゃい! 空いてるお席へどうぞ!」



 店主の声は、客も無いのに威勢がよかった。箸立てしか置かれていないテーブルに、天宮緋影はコートを脱いで腰掛けた。



「牛カルビをタレで、あとはハラミとガツを味噌ダレでお願いします。それとビールを中ジョッキで」



 天宮緋影は、まるでホーム試合のように慣れた口調で注文した。



「私はハラミとガツとタンを塩で、それとビールを中ジョッキで」



 鬼将軍もコートと邪魔にしかならないマフラーを外して腰掛ける。二人で向かい合ってから、天宮緋影は店内を見回した。安っぽい換気扇が一機だけまわっている。


テーブルにひとつ、とかいうものではない。故に店内は焼き肉の煙に燻され、脂がこびりついていて歴戦の勇者ともいえる迫力をかもし出している。つまり昭和からの店、と天宮緋影は読んでいた。


 先鋒、ビール男爵が今宵の主役のために露払い。それと突き出しであろうか、小皿のキムチだ。たったそれだけの品で、天宮緋影の胸は高鳴った。腹も鳴った。



「ひ〜ちゃん、まずは乾杯だ」

「ゴーラム」

「ゴーラム」



 カチリとジョッキを鳴らす。天宮緋影の示した乾杯のための声に、鬼将軍は当たり前のように応じてくれたのだ。だが、付き合わせてしまった以上、一応の確認はとっておく。



「よろしかったのですか、鬼将軍? あの乾杯の掛け声で」

「よろしいどころか光栄さ。勇者と認められた男のための掛け声なのだからね」



 わかってらっしゃる、わかってらっしゃる、この男は。むしろこれだけの男に食事に招待されたことが、天宮緋影にとっては光栄であると感じられた。


 そして炭火のおこった七輪の登場。さらには小皿に分けられた、肉! 主役の肉! スーパースターの肉である。


七輪にのせられた網のこちら側半分、自分の陣地にハラミ、ガツを載せて、それから牛カルビを載せた。すべてタレである。


鬼将軍も向こう側半分の陣地にハラミ、ガツ、タン塩と載せる。あちら側はすべて塩だった。そして肉を炙る鬼将軍の眉間に、少しだけシワが刻まれているようにも見える。が、いまの天宮緋影にとっては食欲が最優先でしかない。他人を気にかけている場合ではないのだ。



 すでに薄切りの牛カルビなどは、程よく焦げ目をつけて主の口に運ばれるのを待っているではないか。反対面を軽く炙って、天宮緋影は熱々なカルビ肉を頬張った。タレの香り、タレのコゲた香り、そして肉の程よいコゲた香り。すべてが一体となって天宮緋影の味覚を攻撃してきた。



「美味ふいでふね〜、鬼将軍?」

「……そうか、ひ〜ちゃんはタレ派なのか」


「えぇ、タレこそは叡智の結晶。先人たちが『これでもかっ!』と研究に結晶を重ねた結果、いわば集大成。ここより先に道があるとは思えません。そういう鬼将軍は塩派なのですか?」

「うむ、塩こそは人類の永遠の友。有史以来人類の食に必ずと言って良いほど添えられてきた基本にして究極。この味わいを知らずして食は語れぬであろう」


「いえいえ鬼将軍、その塩分にさまざまなエキスを加え、さらなる高みに昇華させたものこそタレ。そのように考えれば、タレの偉大さが貴方にもわかるでしょう」

「そうは言うがね、ひ〜ちゃん。シンプル・イズ・ベスト基本というものを極限まで研究し尽くさなければ、一歩たりとも先へは進めんだろ。塩を極める前に先走ったタレ派の味覚、それ即ち砂上の楼閣に等しかろう」


「わからず屋ですねぇ、塩になどただ塩の一味じゃありませんか。それに比べればタレの千変万化、七色の味わいはこれこそまさに至高。塩っぱみつければ脂があまく感じられるだけの塩派こそ、笑止千万」

「お、ひ〜ちゃん。ガツが良い塩梅だぞ」

「鬼将軍こそ、同じタイミングで上げたお肉なんですから」


「ガツガツガツガツ」

「モギュモギュモギュモギュ」



 タン塩も良い塩梅。鬼将軍はこれも口に運び、新たな肉を炙り始める。天宮緋影も同じく肉を補充。それから互いにジョッキを傾ける。

 ングングング……プハーッ。ギョックギョックギョックギョック……プハーッ。



「ひ〜ちゃん、そこは塩派のポジションだ。タレまみれの牛カルビを後退させなさい」

「おっといけません。タレ派の聖戦士が賤しき塩派の領土に足を踏み入れてしまいました」

「フッ……品の無いタレ味を金網からきれいに舐め取っておくのだな」


「品が無いのは貴方の物言いでしょうに。そのような有り様では塩派の程度が知れるというものですよ」

「この頑固者」

「なによわからず屋」



 そして二人は互いの領地で自分の肉を炙り続ける。



「鬼将軍、貴方もしやタレ肉を子供の食べ物と思っているのではないでしょうね?」

「そちらこそ、塩肉を呑み助やオヤジの食べ方と思っているのではあるまいな?」

「おじさん、タン塩一皿お願いします!」

「私は牛カルビをタレだ!」



 それぞれ趣向とは違う注文。



「すまんがそちらの領地で焼かせてもらうぞ」

「タン塩はやはり塩派の領地で炙らせてもらいます」



そして焼き待ち。程なく上々の焼け具合に。それぞれが他派の肉を口に運んだ。



「あら、サッパリしていて美味しいじゃないですか♪」

「ふむ、濃厚な味わいをビールで洗い流すのも一興だな」



 互いの陣地で違う趣向の品をむさぼり食い、そしてまた己の趣向品を食らい合うふたり。厳しい冬の時代を乗り越え、和解へと向う姿がそこにはあった。

 酒、また楽しからずや。ジョッキをかたむけ、大いに口の中の脂を洗い流していた。



「やはりビールはサッポロにかぎる!」



 鬼将軍が嘆息すると、天宮緋影は異を唱えた。



「あら? ビールはキリンじゃありませんか?」

「なにをコクか! 人類史上ビールの至高はサッポロと決まっておるだろうに!」

「サッポロが至高ならばキリンは究極です!」

「この頑固者めがーーっ!」

「このわからず屋ーーっ!」





 しかし二人が飲んでいるビールはアサヒであった。 どっとはれ。


教訓 バカを二人並べると闘いしか起こらない。


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