表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

153/724

初日、終了

 トニー軍が押し寄せて来たと思ったら、味方もなだれ込んできた。私を避けて左右に別れたトニー軍を、まずはカエデさんたち新人チームが抑え込む。おかしな場所へと逃亡しないように、上手くコントロールしているのだ。


 そこへ人気者のキョウちゃん♡。が飛び込むのだがしかし、トニー軍ももう鬼神のような強さのキョウちゃん♡ を理解したのか近づこうともしない。キョウちゃん♡ 人気、ガタ落ちである。


それでも使い手は掃いて捨てるほどいるこの同盟。あちらでキル、こちらでもキルとバタバタ数を減らしていた。



「リュウ先生、これは復活兵を退治することに専念した方が良さそうですね」



 忍者が言う。



「そうだな、敵の本隊はウチの本隊にまかせよう」



ということで方向転換百八十度。再び西軍本陣、敵の復活地点に向き直る。すると陸奥屋剣士隊が合流してきた。



「トニー軍生き残り、数が減ってますので助太刀に参りました」

「たのむぞ!」



 その助太刀はどんどん数を増やす。槍隊に力士隊、マヨウンジャーにチーム『情熱の嵐』である。

 そして私に無線が入った。



「旦那、無事かい!?」



 トヨムの声だ。



「やられてるとでも思ったか?」



 まさか、と笑うトヨムの声。



「もうそろそろトニー小僧にコンタクトできそうなんだ。旦那、合流してくるかい!?」

「そうだな、久しぶりにあのソバカス面、拝んでやるか!」



 忍者にも意向を訊いてみる。



「私が行かないとコトが収まらないだろうな」



 忍者も笑っていた。マップを調べて案内してくれる。トヨムたち、というか『トヨム小隊』メンバーがキルを重ね、今まさにトニーくんのドンスケたちと刃を交えていた。



「陸奥屋一党参加、嗚呼!!花のトヨム小隊リュウ、ここに推参!」

「同じく鬼組忍者、参る!」



 名乗りを上げたはいいが、しかし。ドンスケはすべて撤退。いまはトニー小僧ひとりとなってしまっていた。そのトニー小僧は、今にも泣き出しそうな顔をしている。



「ボクの……ボクの最強の兵隊が……ボクの軍団が……」

「泣くこと無いだろ? お前の仲間たちなら、ホレ」



 トヨムがアゴで示した。死人部屋から復活してきた連中である。



「あっちで頑張ってるだろ?」

「ボクは天才なんだぞ!」

「だからどうした?」



 トヨムが応じる。



「天才が作り出した最強の甲冑兵が、なんでお前たち生身の人間なんかにっ!!」

「だからゲームって楽しいんじゃないの?」



 これはシャルローネさんだ。



「トニーくんだって一生懸命にドンスケを作ったんでしょ? だったら私たちだって、一生懸命にドンスケをやっつける方法を考えるよ?」

「そんなの思いつくはずが無い!」

「いや、現にお前さんのドンスケ。今や滅多打ちぞい?」



 セキトリも容赦が無い。



「ウソだ! ウソだ! ウソだ!」



 事実もなにも、すべてを否定するトニー少年。その姿は天才でもなんでもない、ただのわがまま小僧でしかなかった。

 あのね、トニーくん。そう言って一歩近づいたのはカエデさんであった。



「すべてをウソだと否定するトニーくんの姿、それが不正の正体なんだよ?」



 どういうことか?



「不正をする……キルやクリティカルを取れるようになる……そこまではいいよね? でも本当は、キルやクリティカルを取らなきゃならない。不正してまでゲームに参加したら、キルやクリティカルを取らないと笑われるもんね」



 カエデさんは片ヒザをついて、トニー少年に視線を合わせた。



「だから絶対にキルが取れる、クリティカルを取れるプログラムを組んだんでしょ? そう信じて組んだプログラムなのに、それが破られたら全部を否定したくなるよね?」



 そしてトドメのひと言だ。



「でもそれって楽しいかな? 私たちはトニーくんのプログラム相手に、どうやって勝とう? どうすれば負けないかな? ってあれこれ工夫して楽しめるけど、トニーくんは私たちと遊んでくれてる? 私たちはプログラムと遊んでるけど、ここにはトニーくんがいないじゃない」



 殺し文句だ。どう答える、トニー少年?

 少年は少年らしからぬ、恨みと呪いの眼差しをカエデさんに向けた。



「ウルサイなぁ……ボクは天才なんだぞ!」



 そしてブッパの予備動作モーション。私の木刀はひとりでに腰間から抜け出した。

 柳心無双流居合、一本目。初動、抜き付けの一刀である。これがトニー少年の後頭部に決まった。ブッパの初手がカエデさんに届く直前のことである。そしてカエデさんは片ヒザを着いたまま、まばたきすらしていない。



「なあ、カエデ……」



 さすが小隊長、トヨムが最初にカエデさんの肩を抱いた。



「このイベント中に、カエデの言葉の意味を、わかってくれるといいな」

「無理でしょうねぇ〜〜、小隊長。それは高望みしすぎってものですよ」



 そうだった、カエデさんも対人ゲームでは、大概な目に遭っているのだ。事ネット上、あるいは対戦ゲームにおける人間の醜さは、私たちの誰よりも知っているのだ。



「考えてもみてください、小隊長。WEB上での体験で人間一人の生き方が変わる、考え方が変わるなんてあり得ませんよ。そんなことがあったら、地球人類はすべて神さまになれます」



 人間はいつになったらサルを卒業できるのか? そんな会話を士郎さんとした気がする。

 そして人類がすべてカエデさんの言う神さまになれたなら……また宗教を巡って諍いが起きるんだろうな、と考えてしまう私は、スレた大人なのだろう。



「さ、小隊長もみんなも、イベントはまだ始まったばかりなんですよ! ドンスケ狩り、頑張りましょう!」



 立ち上がったカエデさんはまず周囲の確認。それから戦場と死人部屋の往復から脱出しようとするトニー軍のプレイヤーを見つけ、ちょっかいを出しにゆく。

 陸奥屋まほろば連合軍が、トニー軍団を復活地点で釘付けにしているところで、初日終了の銅鑼が鳴った。


 東軍西軍、どちらが有利ということに対して、私たちは一切関わりが無い。ひたすらトニー軍をシメていたからである。だから今季のイベントが、どちらに傾いているものか、あまり考えていなかった。それだけ忙しかった、とも言える。


 そこで戦場から還って来ても、陸奥屋本店で待機していたのだ。参謀たちが晒し掲示板を確認チェックしていたからだ。東軍の勝利とか優勢などというのは、私たちにとってあまり関係が無い。


 トニー軍を抑えたことで他のプレイヤーたちが、東西に関わらず楽しめたかどうか? その一点が気がかりなだけである。

 参謀長出雲鏡花が奥から出て来た。



「どうでしたか、参謀長!」

「俺たち、みんなの役に立てたかのう!?」



 食いつくように詰め寄った。出雲鏡花はニコリともせず、「手応えがありましたわ」とだけ答えた。

 続いて出てきた海軍将校の制服を着た、本店の参謀くん。彼が詳細を伝えてくれる。



「今回の冬イベントに関する書き込みは三千五百十二件。スレッドが四つ立っていました。その中で我々に関する書き込みは三件。『だけど陸奥屋とまほろばがトニーを抑えてくれて助かったよなー』『あいつらが巾効かせてたら興醒めだもんな』『ありがてぇよ』と、これだけですが、『いいね』ボタンが軒並み四桁押されていました。大反響と見て差し支えないでしょう」



 ここが軍隊ならば、みんな帽子を投げ飛ばしていただろう。それくらいにメンバーたちは喜んでいた。

 そんな中、カエデさんが浮かぬ顔をして現れる。



「どうしたんだ、カエデ?」



 やっぱり一番に気に掛けるのはトヨムである。



「小隊長、リュウ先生。……実はまた、ゲームの隙を突いた『達人殺し』を思いついてしまいまして……」



スゲェなカエデ! とトヨムは喜ぶが、カエデさんには古武道に対するリスペクトがある。達人殺し、ましてそれが達人であればあるほど引っかかる技ともなれば、心中辛いものがあるだろう。



「翁に話をつけようか?」



 私が申し出る。



「いいんですか!?」



 ポンポンと髪を撫でてやり、その場を離れた。



「緑柳先生」



 私は薄ぼんやりしているように見えて、どこにも隙の無い老人に声をかける。



「ウチの同志カエデが、またまた達人破りを思いついたそうで」

「おう、いよいよオイラの出番かい」



 老人は好々爺に見えて、実はまったくそうではない獰猛な笑みを浮かべた。つまり、応じたのである。話はすぐに広がり、稽古場が空けられた。


 翁はひとり、対するはカエデさんを筆頭に新人四人。まずは入念な打ち合わせである。

 立ち合いに先立って、士郎さんから全員に説明。



「これからトヨム小隊カエデさんが披露するのは、私たち武芸の達者に対する警告である。現に俺は一度カエデさんの一手にかかり黒星。稽古のうえでというのなら、リュウ先生も手にかけられている。我々に対しては『こんな手もあるんですよ?』という警告だが、諸君に対しては『より研究努力お重ね、大物食いを狙っていこう』というエールである。そのことを吟味しながら観戦してもらいたい」



 打ち合わせも終了、四人対一人のハンディキャップマッチである。審判である士郎さんの「始め!」という号令で四人は翁を取り囲んだ。四人とも、剣。しかも棒手裏剣を握り込んでいる。


 また、棒手裏剣だ……。というか、私のときには使ってくれなかったなぁ……リュウ先生、ちょっとガッカリ。しかし、ショゲている暇は無い。


怖い怖い緑柳老師を相手に、四人の若者が必死になっているのだ。正面と左右は新人くんたち。カエデさんは翁の背後、これが曲者と私は睨んでいた。



「ヤアッ!」



 気合一閃。正面の新人くんが、どうにか声を出した。それを合図に、四人が一斉に翁へ斬りかかる。悪手だ。本来ならば新選組戦法、複数で同時に一人へ斬りかかるのは良手だ。


我々の基本戦法、二人一組というのもそれに準拠している。しかしこの戦法、全員が一点に攻撃を仕掛けるため、そのポイントから翁が逃げ出すとたちどころに崩壊してしまうのだ。


 現に翁はヌルリと死地を脱した。そして正面くんを斬って捨て、突破口を開き悠々としているではないか。

 その刹那!

 翁の動きが止まった。どういうことか!?


 見れば正面くん、斬殺されてから消滅するまでのタイムラグを利用して……というか斬られることを前提としてか、棒手裏剣で翁の足を縫いつけていたのだ。


 停止時間は三秒間、カエデさんの雲龍剣が決まるには、お釣りがくるだけの時間であった。

 四人とも棒手裏剣を手にしていたのは、正面くんがダメならカエデさん。それもダメならまた次、という狙いがあったか?

 その辺りをカエデさんはこう語った。



「本当は四人一斉に棒手裏剣を打つ手筈だったんですが、緑柳先生ってば後ろにも目が付いてるんですよ……」



 いや、それでも。あの恐ろしい老人を相手によくやったものだ。翁も笑っている。



「この手に引っかかるってこたぁ、オイラも達人の仲間入りかい♪」



 そう来るか、爺さん……。っつーかこの手に引っかからんでも、アンタ充分に達人だろうが。もう一丁、アンタが達人でなきゃ、誰よりもが達人名乗れるのよ?


 カエデさんは「こんな手品でスミマセン」と何度も謝っていたが、達人転じてひひ爺、鼻の下を伸ばして「良い良い♪」とご機嫌な様子。



 カエデさん、その爺さんには謝るだけ損だぞ。私は心の中でだけ呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ