初日、さまざまな人々
《『情熱の嵐』リーダー、ヒナ雄のこと》
「無理をしないで! 絶対に無理をしないように!」
まだまだ神の視点。チーム『情熱の嵐』リーダー、ヒナ雄はメンバーに注意を飛ばす。彼らも一撃クリティカルくらいは確実に取れるくらいの腕前にはなっていた。条件によっては、ワンショットワンキルも可能なくらいには。
しかしこのチームから、さまざまな『出雲鏡花のスペシャル・ミッション』には、誰一人として選抜されることはなかった。つまり、特別目立った技量ではないということである。
しかしだからといって、『簡単にキルを取られて良いモブキャラ』などではないことは、リーダーとしてヒナ雄にも理解できていた。だから慎重に戦うことを、ヒナ雄は指示している。
現在『情熱の嵐』は、牧羊犬のように、トニー軍団からはぐれ者が出ないよう、きっちりと本隊へと群れを追い立てている。いかに本隊がワンショットワンキルの技術に長けていようとも、百人もの敵を秒殺できるものではない。手空きの人数は出てしまうものだ。
そういった連中がよそへフラフラと浮気心を出してオイタをしないように、ヒナ雄たちでブロックしているのだ。もちろんその役割、ヒナ雄たちだけではない。
迷走戦隊マヨウンジャーの面々も、その役割を担っていた。あるいは『まほろば』の中からも近衛咲夜が出て来ている。陸奥屋一党からも、巨漢の二人。あるいは初心者チームを率いたカエデという娘が、同じように働いている。
簡単にキルを取られて良いモブキャラ、などという者は、今回のイベントには存在していないと、ヒナ雄にはわかっている。案外主力となるチームから、この仕事に人数が割り振られていたりする。ヒナ雄の目にはそのように映っていたのだ。
《新人隊、カエデ》
「キル取れば良いってモンじゃありませんよ! 取らせないのも腕のうち!」
カエデはそのように味方を励まして回った。決して火力で上回っている訳ではない。決して連携が熟練している訳でもない。まだまだ未熟なチームを率いるには、チョンと打っては逃げ、逃げてはチョンと打つ。たまに機会があれば、背後から関節蹴りの膝カックン。時々手裏剣。
そんな細かい技を使って、とにかく時間稼ぎの真似をしてごまかし続けなければならない。
エース・チームの面々がこのトニー軍からキルを取るよりも、もしかしたら難しいことかもしれない。しかしトニー軍といっても、不正ツールを頼みとしている連中だ。
技術面で見たらダメもいいところだ。可能である。自分の提唱する戦法ならば、このレベルのプレイヤーを封殺することはできると確信していた。
そしてカエデ自身、ワンショットワンキルの腕前は持っている。だがそれを使わずに、チームメンバーと同じ条件で挑発するようなペチペチアタックを入れ続けている。
それはメンバーたちが変な色気を出さないように、という配慮であった。
自分たちの役割はあくまでも牧羊犬。羊に噛み付いて仕留めることではない。ということを自ら体現するものである。
カエデの確信には裏付けがあった。小隊長、トヨムの言葉である。
「ほら、アタイ身体が小っちゃいからさ。どうしても敵の懐に飛び込む、インファイターになっちゃうんだよね」
だけではない、トヨムはほぼ無手。というかふたつの拳でキルを奪うという、まさに熱闘型のファイターだ。そのトヨムが言ったのだ。
「そのアタイが苦手にするのがね、ジャブみたいな攻撃をチョンチョン、軽くチョンチョン。距離を置かれると手が届かない。ますます頭に血が上っちゃうんだ」
その距離を置いてチョンチョンというのが、今のカエデたちの戦法なのである。そして頭に血が上ったファイターというのがトニー軍だ。さらにトヨムの証言。
「そしてな、距離を置く闘い方には魔法の呪文がある。これを唱えると、誰でもつま先に軽やかな羽根が生えるんだ」
その呪文を、カエデも唱える。
「Dance like Butterfly and Sting like bee(蝶のように舞い、蜂のように刺す)! 軽くいきましょう、軽く!」
《トヨムの目》
頭を敵の正中線上に置く。するとトニー軍の金ピカ甲冑に守られたドンスケどもは、必ず同じタイミングで必殺技をブッパしてくる。そこにタイミングを合わせて、内懐に飛び込むのだ。
ブッパ、というか必殺技には弱点がある、とトヨムは考えている。
例えば槍という武器。この武器の必殺技は前手を中心に円形の弾幕を張ってくる。つまり敵に近づけば近づくほど、前手に近づけば近づくほど、あるいは前手を追い越して接近すれば、そこは安全地帯になるのだ。
必殺技は発動すれば一定時間、止むことなく続く。つまり安全地帯に入れば、一定時間変わることなく安全なのだ。ただし、トヨムに必要なのは左のダブルを入れるだけの時間。もしくはワンツーから返しのひだりフックを入れるまでの時間でしかなかった。
ドンスケはトニーとか言うクソガキが開発したNPCキャラだ。そんな全自動キャラクターよりも、ドンスケ小隊のオーナーである実在プレイヤーたちの方が、トヨムにとっては与しやすかった。本来は逆でなくてはならないのだが、NPCより弱い実在プレイヤーってのもどうよ?
と問いかけたくなるのだが、ここには気心知れた旦那、リュウ先生もセキトリもシャルローネもカエデもマミもいない。ただひたすらにキルを奪う、殺人部隊にトヨムは編入されていたのだ。
シュータブルな……撃つべき価値のある……場所に、敵の実在プレイヤーがいた。
トヨムは鼻の下に並べた二つの拳、その革グローブを前歯で噛む。そして頭を左右に振り、ジグザグに前進。敵はトヨムに狙いを定めたいのだが、動き回るトヨムを捕らえることはできない。そんなモタモタしている間に、トヨムはすっかり距離を詰めていた。
死角になっている腹へ、左のストレート。クリティカルだ、敵の胴の鎧が弾け飛んだ。そのエフェクト、演出が消える暇も無く右ストレート。NPCのドンスケよりも簡単に、トヨムはキルの数をひとつ重ねた。もしもキルの数で競技をするならば、ドンスケよりも実在プレイヤーの方がボーナスキャラじゃないのか?
とさえ思えるほどに、実在プレイヤーたちは下手揃いであった。
ときにはコンビネーションに変化をつけてみる。ツー・スリー。右ストレートで顔を突いて兜を飛ばし、左フックで顔面に致命傷を与えるのだ。このコンビネーションが面白いように決まった。
「こんなこと言っちゃ傲慢だけどさ」
独り言を呟く。
「旦那がワンショットワンキルを開眼する前は、アタイの方がキル取りは早かったかもな♪」
そんな慢心をしたくなるくらいに、トヨムの拳は素早く正確である。
《薙刀・巫女服・ボブカットの比良坂瑠璃》
ああ……面倒くさい……。薙刀を振るい金ピカドンスケの左右の面を打ち砕き、キルを取ってから比良坂瑠璃はため息をついた。どうして私のところには、中途半端に小手やスネの防具を失った敵しか現れないのか……。どうして兜や胴の破壊された敵が現れないのか?
答えは簡単であった。二人一組で攻撃を仕掛ける基本的な作戦、その作戦に従うと、大抵比良坂瑠璃は御門芙蓉とタッグを組む羽目になるからだ。
その相棒である御門芙蓉・ポニーテール・巫女服・薙刀が、小手やスネの防具しか破壊しないで、中途半端なまま敵を比良坂瑠璃に回すからだ。一見すると御門芙蓉、派手な立ち回りを演じているように見えるが、しかしその実態は上から下、下から上といった具合にアクションばかりが大きく、小手とかスネの防具しか吹き飛ばしていないのだ。
芙蓉はいつもそう……。ムムム……という具合に比良坂瑠璃は相棒のこれまでの所業を振り返る。
(面倒くさいことは後回し、それで切羽詰まってから私に泣きついてくる)。夏休みの宿題などが良い例である。二学期開始直前になって、御門芙蓉が泣きながらノートを写すのは、毎年恒例の行事であった。
(最悪の場合、引き受けた仕事を全部私に丸投げしてくる)。
小学生の頃、楽チンそうだからと言って瑠璃を巻き込んで立候補した生き物係。結局クラスの金魚の世話をしたのは瑠璃ばかりであった。
なんとかこの腐れ縁の相棒に、痛い目を見せられないだろうか?
フレンドリーファイヤーが有効ならば、今すぐにでも後ろから殴ってやりたいところではある。まあ、極々簡単な手は、すぐにでも思いつく。
「芙蓉……場所、交代……」
「ありゃりゃ、瑠璃。先鋒務めてくれるの?」
否も応も返事の無いうちに、芙蓉の前に出た。目の前にはトニー軍のNPC、金ピカ鎧のドンスケたち。その行動パターンは再生動画で散々見て覚えている。ヒョイヒョイと横に逃げてしまえば、あとは打ち放題だ。そこで比良坂瑠璃は小手の防具を打ち砕いた。
「はい、芙蓉。あとお願い」
「え!? ちょっと瑠璃! これ小手しか壊れてないじゃない!」
そう、芙蓉にされたことをそっくりそのままやり返すだけのことだ。ところが……。
「ワーオ! こりゃ先鋒よりも面白いよ♪ いいねいいね、瑠璃! ジャンジャン寄越して♪」
世の中には嫌味や皮肉が通じない人種がいるようだった……。
《そして我らがキョウちゃん♡》
本名草薙恭也。プレイヤーネーム、キョウは不機嫌であった。
剣の腕前で父に及んでいないことはわかっていた。十歳で草薙一党流に入門してこの方、一度も父から一本は取れていないからだ。いや、それどころか打ち合いをすれば終始攻められ通し。なにをやってもなにを仕掛けてもお見通し。軽くカウンターを取られてしまう。
もしかしたら一生父を越えることはできないのではないだろうか?
そんな諦めを感じていたときに現れたのが、父に匹敵する剣士・リュウ先生だった。父の強さも出鱈目だと思っていたのに、この世に手の届かない出鱈目な強さの剣士が、もう一人いたのだ。
恭也は恋を捨てている。遊びも不要と決めていた。それだけ剣一筋に打ち込んで来たつもりだ。それだというのに、モンスターはもう一匹存在していたのである。
目の前が真っ暗になった。今までの自分の稽古に疑いを持ってしまう。俺は今まで何をしてきたのか? なにを以ってして稽古を積んできたと言えるのだろうか?
しかも妹は、そんな現実に打ちひしがれることもなく、いとも簡単にリュウ先生に教えを請うているではないか。
舌打ちしたい気分ではあったが、過酷な現実はさらに恭也を追い詰める。
緑柳先生の登場だ。恭也からすれば、剣聖が現れたのである。そしてその稽古を、父もリュウ先生も喜んで受けていたのである。剣とは、どこまで……。自分を子供扱いする父やリュウ先生。
その二人を子供扱いする緑柳先生。当然恭也は緑柳先生に「一手御指南のほどを」などとは言えない。それを申し出ることができるのは、父とリュウ先生だけ。自分などは二人にまだまだ軽くあしらわれている存在。
そしてその剣聖三人が、敵陣真正面で復活してくるトニー軍を散々に懲らしめている。恭也はその責に任じられなかった。参謀長という名の「剣のド素人」出雲鏡花の目から見ても、その任は荷が勝ちすぎるものだったのだろう。
ええい、未熟者め! 自分を罵る。剣に限り無しとは、その道を志したときから決めていた覚悟だろうに! それを選からもれたからといって、何をクヨクヨと!
自分よりも父に買われている妹の美由紀。プレイヤーネームはユキ。彼女は楽しそうにドンスケを討っていた。相棒は同じ鬼組のフィー先生。薙刀の使い手だ。彼女と二人、キャーキャー言いながらドンスケを倒している。
剣とは、剣術とは。何者よりも要領良く、効率的に人を屠る技術ではなかったのか? それをこれほどまでに楽しそうに実践するとは……。
俺は、どうすればいい? 青年鏡花の悩みは、冬イベントにおいてさらに深くなった。




