はじめての探索《クェスト》
陸奥屋一党などというなかなかにトンチキな連中と同盟を結び、さらには傘下となってしまった私たち『トヨム組』ではあるが、やはり急激に広がった人脈に対応するには人脈の基礎基本が重要である。
という訳で、本日の私たちは一度試合場を離れ、探索ステージに挑んでみようと思う。
メンバーはトヨムを筆頭とするご存知『トヨム組』のプリティーな三人。そして最初の犠牲者……ではなく最初のお友だち、『白百合剣士団』の三人娘である。
本日の服装を紹介しよう。基本的に私たちはいつもの服装。それに珍しく革防具を着込んでいる。普段は鎧武者のセキトリも「この方がかるくて動きやすいのう」とゴキゲンだ。
「アタイは逆に動きにくいかな?」
トヨムはこぼす。確かに、普段がノースリーブにバミューダのようなショートパンツなのだ。革防具に胸当て、胴、肩当て。さらには小手だ具足だと着けていれば、邪魔くさいと感じるかもしれない。
そして白百合剣士団のお嬢さん方。こちらも革防具姿で、以前出稽古に来たときの雰囲気。
しかし今回は真っ白な革防具にそれぞれのイメージカラーを染め込んで、まさしく赤、青、ピンクのウル〇ラマンである。そして……。
「おや、今回は制服の色もイメージカラーに合わせてるんだね?」
そう、革防具の下の制服はかたちこそお揃いだが、色合いが違っていた。
「えっへっへ、こういう楽しみ方も、王国の刃ならではですからねぇ」
シャルローネさんは嬉しそうに笑う。
競技ばかりではなく、ちょっとしたファッションやオシャレを取り入れ、存分にゲームを楽しみ尽くす。私からすれば、「その意気や、良し!」である。
ということで、集合場所の競技場前から『移動』のコマンドをタップ。どこへ行きますか?
という選択肢から、『探索』をタップ。いきなり目の前が草ぼうぼうの広場と、その向こうの大森林という光景に変わった。
ここでトヨムはみんなの前に立った。
「トヨム組、注目! これからアタイたちは、はじめての探索に出撃する! ここから先はアタイたちにとってすべてが未知の領域だ。よって年齢性別にこだわることなく、先輩である白百合剣士団のお姉さん方の指示に従うこと! いいな!」
私とセキトリは「ハイ!」と答える。そしてトヨムは白百合剣士団リーダーのシャルローネさんに譲った。
「白百合剣士団、注目! これから私たちは、はじめての探索に出撃します! ここから先は私たちにとってすべてが未知の領域。よって先輩後輩にこだわることなく、経験豊富で決断力あるリュウ先生の指示に従うこと! いいわね!」
カエデさんとマミさんは「ハイ!」と答える。そして私に場が譲られる。
「トヨム組注目! これより我々は、はじめての探索に出撃する!」
「つまりぃ、全員が探索ではズブズブの素人なんですねぇ?」
「「「that's right! それだ!」」」
私たちは全員でマミさんにサムズアップ、親指を立てた。
「その状況で探索に出かけようだなんて、このイベントはキャラクターの印象付けイベントなんですかぁ?」
「ななな、マミマミマミ! アンタなに言ってんのさ!?」
トヨムが激しく動揺する。
「一度にキャラクターが沢山出るとぉ、お客さんが混乱しますもんねぇ」
「これこれ、そこなピンク髪。なにを申す」
私も軽くたしなめる。しかし桃色暴走列車にブレーキは無かった。
「というかぁ、白百合剣士団の三人を掘り下げることでぇ、読者さんにお気に入りの娘を作っていただくという魂胆でしょうかぁ?」
マミさんの頭でハリセンが鳴った。思わずマミさんも「アダッ!」と素の声をもらす。
ハリセンの主はシャルローネさんだった。
「ということで、戦歴も人生経験もまるで役に立たない私たちですが、なんと秘密兵器だけはあります!」
チャラン♪ と口で言う擬音。そしてポケットから引っ張り出したのは一冊のメモ帳。印刷文字で『ちゆめも』と書いてあった。
「王国の刃プレイヤーならば誰もがお世話になった、チュートリアルのちゆ先生! 彼女が拠点にそっと忍ばせてくれた初心者の手引書『ちゆめも』です! これを頼りに探索を行いましょう!」
……大丈夫なのだろうか、ちゆめも? 信頼できるのだろうか、ちゆめも。
ちなみに私の中では信頼というものはこの場合、イザというときの対処法まで書いてあること。そして信用というものは、事実こそ書いてあれ、肝心かなめな部分がスッポリ抜けている役立たずのことを言う。
必携アイテム『ちゆめも』、その価値は丁と出るか半と出るか、運命の分かれ道である。
「まずは探索の目的ーーっ!」
シャルローネさんがちゆめもを読み上げる。
「「「目的ーーっ!」」」
若い連中が復唱した。しまった、これはおじさんちょっと乗り遅れちゃったぞ。
「まずは戦闘に慣れること! ど突き合いオンリーの競技場とは違って、様々なシチュエーションで戦闘ができます! いつもとは違う闘いを楽しんでね♪」
シャルローネさんは片目をつぶり、人差し指をピンと立てる。早くもスロットルは開け開けGOGOー、もうノリノリだ。
「探索にはモンスターが付き物! このモンスターを倒すといろんなアイテムがゲットできちゃうぞ! 持って帰って武器屋さんで上級武器に仕立ててもらおう! このアイテムは武器屋さんで売ることもできちゃうから、お小遣い稼ぎにはもってこいだネ♪」
「カエデさん……」
このメンバーの中では比較的常識人であることが期待できそうな、カエデさんに訊いてみる。
「普通に競技してても通貨は貯まるのに、これ以上稼いでどうすればいいんだい?」
「えっ!?」
カエデさんは信じられないものでも見るような目で、私を見た。
「お、そのリアクション。それはなにか知っていると見たぞ。すまないがこの無知なおじさんに御教授願えないだろうか?」
「い、いや、それは……あの……えっと……」
「リュウ先生、先生も無垢なオボコに無体な質問をするのう」
「おや、セキトリは知っているのか?」
「ゲーム機購入のときに身分証明書やらなんやら、提示させられませんでしたかな?」
確かに、本編では面白くもなんともない場面なので端折らせていただいたが、家電量販店での買い物なのにえらく手間を食った記憶がある。
「年齢確認ですわい。このゲームじゃぁのう、先生。ゲーム内通貨で18禁サービスが受けられるんじゃい」
「ほう、それはどんな?」
「ワシより経験豊富なクセに。まずは安いところから行くと、お触り自由のキャバレーから、かぶりつき最前線のストリップショー。巨乳好きにはコリャたまらんわいな、おっパブやらかなりお高い本番抜きの風俗ヘルスに、青年の夢泡のお風呂と、いたれりつくせりよ!」
「で? セキトリはどこで遊んだんだい?」
「ワシャまだそこまで通貨が貯まっちょらんですわい!」
豪快にセキトリは笑った。しかし私の隣では、カエデさんが真っ赤になっている。そしてキツイ眼差しで、私を見上げた。
「リュウ先生も、そういうのに興味があるんでしょ!?」
「いや、無い」
「うそ! 男の人ってみんなエッチなんだから!」
「いやだから興味無いってば」
本当に興味が無い。未経験の少年時代ならばお金で性交渉を済ませられる、夢のような場所だと思っていたが、いざ実体験をしてみれば性交渉など「あぁ、こんなモンか」で終わってしまうし、何よりも自分の稼ぎで遊べるようになると、お金がもったいないように感じてしまうものだ。
確かにゲームの中で成績を出せば、そうした遊びはロハでやるようなモノだ。しかしそうなると、余計にツマラナイのが不思議な男心。やはりああいうものは、いささかの後ろめたさが絶妙なスパイスになるのだろう。大手を振って遊びに行ける身分になると、返ってそういう遊びからは離れていくものだ。
「本当に興味なんて無いってば、あんなのお金と時間の無駄だよ?」
「リュウ先生のエッチ! もう知らない!」
プイッと横を向いてしまったカエデさん。女の子のゴキゲンはしばらくナナメのようだが、別に私は悪くないと思う。
「はいはい、カエデちゃんも機嫌なおして。まずはここいら一帯のモンスターを紹介するよ♪ まずは探索初心者ステージでは必ずお呼ばれするファンタジー界のスーパースター、現実世界ならば先年亡くなられた『真のCMの女王、樹木希林さん』に匹敵するほどの有名人、ゴブリン先生です! さあみなさま、拍手! 拍手をお願いいたします!」
私たちが拍手をすると、ゴブリンが一匹頭を掻いて前に出てきた。すこし照れくさそうだ。
そこでトヨムがヤマアラシ! ゴブリンは死んだ。トヨムは『ただの木の棒』を手に入れた。
「続きましては弱モンスター中の弱モンスター! あなたは何故に私たちの前に現れるの!? 狩られるためか!? 狩られるためなのか!? ファンタジー界における西の横綱、プルプルさんです!」
プルプルとは言っているが、いわゆるスライムだ。大型クッションほどのサイズで、透明な饅頭のようである。マミさんのハンディメイスがダブルで炸裂。プルプルは死んだ。マミさんは『動物の骨』を手に入れた。
そして何事も無かったかのように、シャルローネさんはちゆめもを読み上げる。
「そしてそして、これがモンスター!? いいの!? いいの、ヤッちゃって!? 野良の相撲取りさんです!」
まわし一本大銀杏、見るからにお人好しのファットマンが、息を荒げて前に立った。
これはカエデさんが片手剣でひと突き。野良の相撲取りは死んだ。カエデさんは『懸賞金』を手に入れた。
「以上、第一ステージに現れるモンスターさんの紹介でした♪」
シャルローネさんは本当にマイペースで場を締めた。