開幕前夜
さあ、明日にもイベントが開催される。各々が武器や防具をメンテナンスに出し、今夜は合同稽古も無い。私たちも『トヨム小隊拠点』で静かな夜をすごしていた。
あらためて冬イベントのルールを説明しておこう。東西戦である。両軍本陣を持っている。ここにいる総大将を打ち取れば、試合終了。しかしイベントは三日間、十九時から二十一時までの二時間開催されている。
例えば初日の三〇分で勝負がついた場合、同じメンバーでもう一戦開催されることになるのだ。まあ、大乱戦なのか過去、短時間で決着が着いた試しはないようだ。というか、三日間合計六時間で決着するのも困難なのだ。そういうときに備えて判定による勝敗が設けられている。
敵の本陣にたどり着くまでに、無数の櫓が立っている。ここを攻め落とし維持すればポイントになる。櫓の下には半径六メートルほどの円が描かれており、そこに入っている東軍の人数が多ければ東軍の陣地。西軍が多ければ西軍の陣地という具合だ。
もちろん西軍に奪われた陣地だとしても、東軍が人数を送り込めば東軍が奪回できるというものである。
そのためにはキルだ。例えば士郎さん。
彼がひとつの陣地で踏ん張って敵をことごとく死人部屋へ送り込み、陣地にいるのが士郎さんひとりだとしよう。そうすればその陣地は士郎さん側の陣地として勘定される。陣地を守るのは、とりあえずキルの数と考えても差し支えない。
ひとつの陣地をどれだけ維持したか? それでポイントが入るのである。
しかし困った現象も起きたりするのがイベントというもの。百人がかりで奪取した陣地。しかしその百人が全員別な陣地を落とそうと、大移動することもままある。それは『民族大移動』などと呼ばれ、大変に恥ずかしいプレイとされているのだ。
さて、問題はトニーくんたち不正者軍団だ。
こんな連中が好き勝手したなら、興ざめもいいところではないか。よって私たちは同盟を組み、これを退治して少しでもフェアな戦いになるよう奮戦しているのである。
細工は流々仕上げは御覧じろ、というやつだ。我らが期待の星、キョウちゃん♡ が目に余るほどトニー軍団からヘイトを買っているのである。
おそらくはトニー軍団、脇目もふらずに一直線。
陸奥屋一党というか、キョウちゃん♡ 目がけて襲いかかってくるだろう。いや、一般プレイヤーなどに目移りすることなく、そうしてもらわなければ困るのだ。
かかってくるなら、私たちにかかってこい! である。一般プレイヤーに御迷惑をおかけするな! その趣旨で我々の連合が結成されたのだから。
「しかし問題がのう……」
セキトリが巨大なアゴを撫でる。
「儂らはすでに豪傑格、陣営の中堅とも言うべきポジションじゃ。これではいつトニー小僧と遭えるものやら……」
「なに、心配はいらないさ。ウチの大将は鬼将軍だぞ? トニーたちに出会えるまで、前進前進また前進さ」
トヨムは気楽に笑っている。しかし、あの男ならそう命じるだろう。待っているよりも攻め抜くことが性に合っている。だからこそ鬼将軍の名を艦娘しているのだ。
「それよっかさ、今回はみんな別々の隊で働くんだよな?」
「私は新人さんたち率いて、道化師部隊でーす♪」
カエデさんが手を挙げた。
「シャルローネは?」
「私は第二キョウちゃん♡ ガールズです♪ そう言う小隊長は?」
「アタイはランドセル・エンジェルズさ! マミは?」
「私はーー、セキトリさんたちと同じで主力部隊ですーー♪」
「おう、クリティカルやキルを取る役割だな? で、旦那がゾンビ退治だな?」
死人部屋から復活してきた連中を、トヨムはゾンビと呼んだ。そのゾンビを打ちのめすのが、私と士郎さん。それに緑柳翁である。
「しっかしあの出雲鏡花って奴の作戦、上手くいくのかなー?」
出雲鏡花の作戦というのは、キョウちゃん♡ でトニー軍敵を釣り、主力部隊で叩く。もしも我々の誘いに乗らない浮気者がいたら、カエデさんたち道化師部隊が主力部隊へと誘惑する。そして主力部隊が死人部屋へ送った連中が復活してきても、私たちが再び死人部屋へ送るというものだ。
「私は悪くないと思う」
トヨムに言う。
「これまでの仕込みでキョウちゃん♡ のヘイトは最高潮。奴らの視界に入れば、キョウちゃん♡ は間違いなく狙われるだろう」
「うんうん、わかるよ旦那。でもアイツの作戦って結局アタイたちのアドリブ頼みだよね?」
「おや? トヨム小隊長どのはカッチカチに固められた四角四面の作戦の方がお好みかな?」
「ん〜〜……そこまでお見通しかよ……やるな、出雲鏡花」
ここで同じ作戦立案ポジションにいるカエデさんの意見。
「私が見るに陸奥屋はアドリブ主義、『まほろば』はガチガチのセメントタイプにみえますけどね」
「つまりそれは……」
「そう、両者を融合させた作戦って、かなり面倒くさいんです♪」
「正しく火と油か……」
「燃えちゃうから、小隊長! それじゃ燃えちゃうから!」
そして二〇二一年師走二十八日夜、私たちは陸奥屋本店敷地内の広場に集まった。
基本的には黒の羽織に黒袴。しかし白百合剣士団の三人は、いつもの学校制服に白い革防具。トヨムなどは『ランドセル・エンジェルズ』の幟を背負わされている。
「これは各隊の代表者が背負ってるんだ♪」
トヨムは笑う。つまりランドセル・エンジェルズの隊長はトヨムということだ。見渡してみると、大変に残念な幟も見えた。
『キョウちゃん♡ はロリコンです』
そんな悲しい幟を背負っているのが、ジャニ顔のイケメン青年キョウちゃん♡ なのだから、私も思わず涙してしまいそうになる。
我らが総裁鬼将軍の幟、鬼将軍ガールズやキョウちゃん♡ ガールズの幟もあり、ただでさえ甲冑ひとつ身につけていない異様な集団がその変質ぶりにますますの磨きをかけていた。
そして私たち、士郎さんと緑柳先生に幟は無い。私たちに限って、撤退することは念頭に置かれていないのだ。そもそもこの幟、撤退から復活した者がどこに集合すべきか?
をしめしているのだから、なるほど私たちには必要無い。万が一にも撤退したところで、目指すホームポジションは敵本陣の真正面。敵の復活ポイントだからだ。
例によって例のごとく、総裁鬼将軍がメンバーに檄を飛ばす。
「いよいよ決戦の夜が来た! みなこの三日間のためよく励みよく鍛えてきたはずだ。今日から三日間、巨悪の不正者集団トニー軍団を、これでもかと懲らしめて欲しい! 合言葉は、尊範討奸! しゅっぱーーつ!」
先頭は『陸奥屋一党』の旗を掲げた、鬼組の巨漢ダイスケくん。二番手は花形のキョウちゃん♡。そしてまほろばの面々と陸奥屋メンバーが混然となって隊を組み、競技場へと行進した。
鬼将軍は隊の中央、どこから見つけてきたか、天宮緋影と白馬の上。それを守るように、まほろば主力と陸奥屋の使い手が囲んでいる。秘密兵器である私、士郎さん、緑柳先生は最後尾。あまり目立たないようについて行く。
私たちは影だ。あるいは陸奥屋の懐刀といったところか。そして人知れず仕事をするものである。
そう、近年動画サイトに暗殺者を自称して顔を出している輩がいたりする。私たちの活躍を御愛読頂いている方々にそのような手合いはいらっしゃらないと思うが、しかし念のため一言言わせていただきたい。
「暗殺者が顔出しちゃイカンだろ?」
「お、リュウさん。アレのことかい? じゃあ俺も一言……暗殺術なんぞ珍しくも有り難くもねーよ」
そう、私たちからすれば、暗殺術などごく普通に身につけているものだ。確かミニイベント、『辻斬り祭り』で語ったか?
剣術流派ならばごく当たり前に内包している『居合』である。あれが暗殺術のひとつなのだ。あのときとは少しばかり違う例えを出させていただこう。
「ヒョッヒョッヒョッ……儂ぁ『仕事人』の中村主水が好きでのう……良いやな、藤田まこと……」
言われてしまった。中村主水というのはドラマの中では居合の達人とされている。
そして毎回手練れの技を用いて暗殺を成功させている。鞘の内にある刀をパッと抜いてサッと斬ってスッと納める。当然周囲に人の目があっても、術者が下手人とは悟られない。それが居合というものである。
もちろん私たちは木刀。居合の理合がそのまま使えるとは言い切れない。しかしあまり目立つことはできないし、結果も残さなければならない。
このような役割、若い連中にやらせるわけにはいかないだろう。
やはり私たち、プロフェッショナルが仕事をしなければならないのだ。こんな仕事を誰に見学させればいいかな? 私個人はキョウちゃん♡ を推したい。
なんだかんだで彼は稀有な才能を持っている。さすが草薙士郎の御子息、といったところだ。
「いやリュウさん、あのボンクラに俺たちの仕事を見せるなら、白銀輝夜を俺は推すぜ」
「あぁ、彼女は頑ななまでに剣士だからな」
「翁は誰を推しますかな?」
「オイラかい? そりゃあ弟子のシャルローネ……と言いてぇが、あれは異質だ。あんまり汚ねぇところは見せたくねぇなぁ……」
「愛弟子にこうした仕事は見せたくありませんか?」
私が訊くと翁は首を横に振った。
「そうじゃねぇ、儂でも倒せぬバケモンになりそうでの」
そうだ、だからこそシャルローネさんは私のところでくすぶっているのである。世の中には開花させてはいけない才能もあるのだ。