泥稽古
出雲鏡花のろくでもない作戦のためか、六人制試合でトニー軍はもう私たちに釘付け。
ワークな試合(こちらがわざと負けてやっている試合(例お兄ちゃんとランドセルの天使たち)にも関わらず、勝った勝ったと喜んではさらに突っかかってくる、という次第。
他にもなかなかヒットすら得られぬカエデさんと初心者チームに、顔を真っ赤にして囲みにくるという、大変に恥ずかしい振る舞いを披露してくれていた。
おかげさまで最低限、トニー軍の被害が一般の正統派プレイヤーに及ぶことはかなり減ったようである。晒し掲示板に『トニー軍の恥さらしスレッド』が立つ頻度が減ってきたのである。
「とはいえトニーさま方は、やはり冬イベントでの活躍を夢見ていることでしょうね」
出雲鏡花が言った。
「ああいった手合いの方々はイベントでのランキング入りを狙っているでしょうから、そうはいかないぞ、と相手をしてあげるのがトニーさま方へのサービスかと……」
私がトニー少年の立場なら、「どうぞお気遣いなく」と言うだろう。なにしろジャニ顔、我らがイケメンのキョウちゃん♡ に『ロリコン』の二つ名を冠できそうな作戦を立てる女なのだから。
「そうなると肝になるのが、先生方ということになるのですが……」
私、士郎さん、そして緑柳先生と、出雲鏡花は視線をくれた。
「ふむ、お嬢ちゃん……その目つきから察するに……」
緑柳翁が反応した。
「儂に愛の告白をする気かいのう?」
「ホホホ……まさか」
出雲鏡花は老人のボケを軽く流した。
「なにせホレ、儂イケメンじゃからのう」
出雲鏡花が何か言う前に、心の中でだけツッコミを入れさせていただきたい。ンなこた無ぇ! と。
「さて、先生方には無理をお願いしてしまうのですが、大量に復活してくるトニー軍を片っ端から死人部屋へ送っていただきたいのですが」
また流した。翁の洒落を軽く流した。というか……なに? 復活した敵をまた死人部屋送り? それはつまり……。
「復活ポイントに貼り付いて、復活即キルを実行していただきたいんですの」
「あぁ、夏のイベントで仕方なし、そんな状況になったなぁ」
士郎さんが遠い目をする。
「そーでしたなー、斬っても斬っても復活してくる。っつーか斬ったら斬っただけ復活してくるんだから、当然っちゃぁ当然でしたなー」
「どーやって切り抜けたのでしたかなー、リュウさんや?」
「カエデさんに囮役をしてもらって、殺さずに戦力を減らしたんですわー、士郎さん」
あのときの苦労が蘇る。さすがの私たちも、人斬り仕事にゲップが出る思いであった。そう、思い出しただけでゲップをしそうな顔を士郎さんはしている。
「あらあら、達人二人が揃っていながら、最後は女の子に泣きついたんですの? だらしがありませんわねぇ♪」
それを聞いて緑柳翁はヒョッヒョッヒョッと笑った。
「お嬢ちゃんや、そう言うからには、なんぞ良い手があるんじゃろうな?」
「もちろんですわ。先生方にはトニー軍の復活者だけを斬っていただく。それならば良う御座いましょ?」
含みがある。私はそう感じた。しかし即座に反応したのは翁であった。
「ホッホッホッ面白いこと言うお嬢ちゃんじゃの。復活してくるのは小坊主の兵隊だけじゃなかろう?そいつらが儂らにかかって来たらどうする?」
「身にかかる火の粉を払わずに、焼かれる先生方ですの?」
「要はみんな斬れってんだろ? デコ姉ちゃんよ?」
そう訊いた士郎さんに出雲鏡花は答える。
「可能な限り増援は出しますわ」
「むしろ死人部屋送りの人数をコントロールできないだろうか?」
私が訊く。
「いちいちトニーさまに手心を加えていては、お仕置きイベントにはなりませんわよ? リュウ先生……」
おっしゃることごもっとも。私の要望は本末転倒である。
「そうなると連続した速攻が必要になるのう」
木刀片手に翁が立ち上がる。
「ほれ、剣道の切り返しじゃ。どっちから来る?」
切り返し、左右の面に連続して撃ち込む地味だが労働量の高い稽古だ……。つまり、シンドイ。
「リュウさん、お先にどうぞ」
「いえいえ士郎さんこそ、どうぞ」
「ホレ、さっさと来んかっ!」
仕方ない、私から行くか……。ヤァーーーッと長い掛け声から、「面面面!」と切り返しに入るところを、「エイッエイッエイッエイッ!」と左右の横面で斬りつけたゆく。もちろん私の太刀は立てた木刀で師範が受けてくれていた。
経験のない読者諸兄には、少しばかり解説せねばなるまい。人間は、心臓よりも高い場所で手の作業をすると、大変に疲労するものである。たとえば蛍光灯を取り替える作業、読者のみなさまは妙な疲労を感じるといった経験はなかろうか。
あれは心臓が自分よりも高い位置にある両手に向かって、指先まで満遍なく血液を送っているからである。つまりそれだけ力強く、心臓は仕事をしなければならないのだ。
ボクサーが叩くパンチングボール。あれも心臓どころか頭より高い場所に吊り下げられている。
パンチングボールを叩く作業自体は簡単かもしれない。しかしそれがランニングの後とか、一日のトレーニングの締めに行われていたら? もうヘトヘトだというのにパンチングボールを手抜きせずに叩いたら? 抜群にスタミナがつくというものである。
そしてそうした地味なトレーニングほどキツイものなのだ。
話を元に戻そう。木刀を振り上げ振り降ろすという頭上での作業を連続して行うのだ。それもエイッエイッ! と強く発声しながら。しんどくない訳が無かろう。しかも受け手は緑柳師範、鬼より怖いと来たもんだ。私が手を抜いたりしないだろうかと炯々と油断なく目を光らせている。
もうダメか……息が続かん! といった頃合いに、「よし来い!」とようやく木刀が水平に掲げられる。
それを最後のひと搾り、気合いをいれてひと打ちするのだ。
士郎さんも絞られた。乾いた音を立てて、木刀が打ち込まれる。そのたびに、「そらそらどうした! もっと気合いを入れんかっ!」と、私のときと同様に喝を入れられる。
士郎さんが終わればまた私。私が終わればまた士郎さんといった具合に、切り返しは五回繰り返された。……中年には少々キビシイ稽古である。
そして一般部、つまりトヨムやカエデさんたち。初心者とは呼べないクラスの稽古は、こちらもまたヘトヘトになるまで打ち合い、組付き合って武器術なのか取っ組み合いなのかわからなくなるまで模擬戦が行われた。
「よいかね、一門諸君」
翁の持論だ。
「聞けばイベントというのは毎日二時間、三日間に渡って開催される。そうなると必要なのは集中力。精神のスタミナじゃ! それは泥んこになるまで木刀を振り、取っ組み合わなければ身につかん! 逆に言えば手を抜かずに稽古した者、数をこなした者こそがイベントを乗り切ることができる! これは一流を納めた者、初心者。差は全く無いものである!」
師範のおっしゃる通り! 精神のスタミナというものは老いも若きも無い。近道も無い。ただひたすらに泥くさい稽古を、どれだけ積み重ねてきたか? それだけが問われるのである。そしてそのキャパシティは、人間みな平等。鍛えれば鍛えただけ身につくのだ。
そうとなれば……。おそらくは『王国の刃』をプレイしている間は、絶対にライバルになるであろう男と、目が合った。よっこらせと、二人同時に立ち上がる。
今度はお互いに、だ。師範抜き。年寄りはそこで私たちの稽古っぷりを見ていやがれ、とばかり切り返しを始める。打ち、私。受け、士郎さん。
互いに檄を飛ばしながら、最後の最後まで交代しながら切り返しを続けた。切り返しを繰り返すほどに、木刀が走るようになっていく。ランナーズハイの類いかもしれない。
しかし打ち込むごとに思い出した。力で打つのではない。技で打つのだ。それも、ヨチヨチ歩きの初心者の頃から、叱られ怒鳴られして繰り返してきた基本の技の通りに。
不要な力が抜けてゆく。木刀が軽くなってゆく。そして剣の物打が、もっともっととせがむように、自ら走ってゆくのである。
稽古に近道無し。まるで魔法かなにかのように捉えられている古武道だが、こちらの世界でも近道など有りはしないのだ。ただ正しく、ただ教わった通りに。近道があるとするならば、それしか無いのである。




