奥伝技 陽炎
それから私たちは六人制試合に出れば大抵トニー軍と当たることになった。
『大抵』と言ったのは、メンバーの中に私や士郎さんが入っていると、トニー軍傘下のチームとは『絶対に』対戦することが無かったからだ。これもまたトニー少年の『不正』という名の魔法のせいなのだと思う。
「旦那はツマンなくないかい? 不正者退治ができなくってさ」
トヨムが訊いてくる。
「私や士郎さんが対戦しないのは、トニー軍だけさ。皇帝閣下以外の不正者とはちゃんと対戦しているから、大丈夫だ。仲間はずれなんかじゃないよ」
「だけど年末のこの時期に、旦那や士郎先生を温存できるのはイイことだよね」
温存というのは、トニー軍と対戦しない、という意味だ。
「アイツらに旦那や士郎先生をお披露目するのは、なんだか勿体ないからさ」
そう、もう年末なのだ。トヨムと知り合いシャルローネさんたちと小隊を組み、陸奥屋と同盟を結んで、あれこれとあったが。もう年も暮れるのである。
戦うことができた。それはもう、存分に。そんな一年であったかと思う。剣術の存在意義、古武道の在り方を確かめるために始めたこのゲームであったが、私自身は手応えを感じていた。具体的に何がどう? と言葉にできるものではない。しかし今の私は間違いなく充実している。
「あの……リュウ先生……?」
カエデさんだ。いつもの陸奥屋拠点、いつもの合同稽古。
その場でカエデさんはモジモジと、言いにくそうに切り出してきた。
「また、達人破りの手品を思いついちゃったんですけど……お相手、願えますか……?」
来た。
こういったことがあるから、このゲームは辞められないのだ。
「ほう、その頼み方からするに、かなり自信あり。という一手のようだね?」
「はい、ズバリ申し上げると達人ほど引っかかる手品です!」
「お? なんだカエデ、旦那と一対一かい?」
早速トヨムが匂いを嗅ぎつけてきた。
「おやおやカエデちゃん? 士郎先生に続いてリュウ先生も大物食いといきますか?」
シャルローネさんも娯楽に飢えていたのか、ハイエナのように近づいてくる。
「ですがこれでリュウ先生が一本を取られると、残る達人は緑柳先生だけになってしまいますねぇ」
茶房店主の葵さんが、さり気に私の肩へ重荷を乗せてくれる。
「ほう、同志カエデがリュウ先生に挑むかね? いかがでしょう、緑柳先生」
鬼将軍の傍らには緑柳翁が。
「ホッホッホッ、まあ小僧は一本取られるじゃろうな」
「その根拠は?」
「奴は助平だからじゃよ、大将。見てみぃ、あのやに下がったスケベ臭い顔を」
「私にはいつものリュウ先生にしか見えませんが……」
「なに、あのスケベ。一本をくれてやった後で、奥伝技を披露する積もりじゃろうて。『……王国の刃では使えないが、こんな技も古流にはあるんだぜ』とかなんとか言いながらのう。このスケベ」
嫌なジジイだ。私の考えをすべて見透かしている。
「おう、士郎坊。お前ぇが審判やれや」
気を付けの姿勢で、士郎さんは「ハイ!」と一礼。正直に言えばこの男の前でカエデさんに一本を献上するのは少し口惜しい。しかし私は古流の伝道師。伸び盛りの若者をイテコマスような真似は控えたい。
「両者、開始線へ!」
士郎さんの声で、私とカエデさんはみんなの注目する中、稽古場の中央へ。
ん……カエデさん、今回はいつもの丸楯を持っていない。普段は片手で使っている諸刃の剣だけを携えている。ということは棒手裏剣を使うつもりか? いやいや、それは士郎さんのときにやっている。
というか、あのときカエデさんは達人であればあるほど、足は同じ位置にある。と言っていた。
そうだ。私も必ず同じ場所から同じひと太刀を振り下ろしている。稽古を積めば積むほど、その傾向は顕著になっていくものだ。なぜなら、それが『人を斬るのに最高のポジション』だからだ。そして太刀を振り下ろす姿勢は、いつも決まって同じ姿勢なのだから。
達人キラー。
カエデさんにそんな称号を与えてもいいかな? と考えてしまう。
「剣を合わせて……蹲踞!」
剣道方式の立ち合いの手順を踏む。
「勝負一本……始め!」
士郎さんの声に立ち合う。もちろん私は同時に殺気を放つ。カエデさんの思うがままにさせないように。しかしカエデさんは私の殺気に反応しない。無造作に立ち合ってきた。
危険だ。
すぐに私は判断した。殺気立った者ほど次の手は読みやすい。しかし今日のカエデさんはまったく読むことができない。『斬る!』という気配をまるで感じられないからだ。
これはもちろんカエデさんが人を斬るという領域に足を踏み入れていないから、ということに他ならないのだが、同時に『これはゲーム。人を斬る稽古ではない』という割り切りにも感じられる。
ではどう来る、カエデさん? 手品でしかないと彼女は言っていたが、だからといってむざむざとキルをくれてやる気も無い。
カエデさん、諸手の中段。私もそれに付き合う。しかし、影が無い。やはり気配を感じられないのだ。これは…始めカエデさんからの「打って来てください!」というメッセージだ。
ならばどこを打つ? 小手……面白くない。胴体……つまらんだろう。突き技か?
……いやいや違うだろう。せっかくのお披露目だ、ここは堂々と上段。面を打っていくのが指導員というものだろう。
断っておくがカエデさん。私はまだ君をたちに授けていない太刀があるんだよ?
一之打ち。
以前何かの機会にお話したかと思うが、これぞ日本剣術の極み。決してカウンターを取ることができず、見切るにもタイミングの取れない剣なんだ。さて、どうする?
木刀の切っ先で狙いをつけたまま、カエデさんに圧力をかけて動きを封じ、そのまま上段に振りかぶると同時、剣を振り降ろす。
ビシッという手応え。確実にカエデさんを打った。たとえ防具の上からであろうとも、バイタルならば撤退は免れない打ちであった。
……そう、バイタルならば、の話だ。私の一撃はカエデさんが右側小手で受け止めていた。そして左手は……片手剣の突きを私の胴に入れている。
そうか、これはゲームなのだったな。カエデさんの片腕欠損はポーションで回復できる。もちろん割り切りも死人部屋から復活はするが、キルを取られたことには変わりがない。
「一回コッキリの手品かもしれないけど、お見事! カエデさん……」
ということで私は死人部屋送り。そこからみんなに囲まれて質問責めにあっているカエデさんのもとへ復活。
「やっぱり上段への打ちは読んでいたんだね?」
「はい、リュウ先生が私に打ってくるのは、絶対に面だって思ってました」
私が訊くとカエデさんは嬉しそうに答えた。
「それでもよく面をガードする腕、ギリギリまで我慢できたね?」
「あれはもうバクチです。だけど絶対にリュウ先生はあのタイミング、いつもの拍子で打ってくるって信じてましたから!」
時間の間合い、距離の間合い、そして私の狙い。すべてを見切られていた。これはもう、悔いもなにもない撤退と言える。若者がゲームのルールを利用したとはいえ、割り切りを打ち負かす努力をしていたのだから。
「さて、リュウの字よ。弟子がこれだけ頑張ったんじゃ。御褒美に一手披露してやれ」
「わかりました、師範」
ということで、柳心無双流。奥伝のひと太刀を……。
向かい合う私とカエデさん。互いに中段に取っている。立ち合った時点で間合いは一足一刀。つまり、前に出ればけんの届く間合いである。カエデさんの気配は薄い。
今回は技を見せていただくという立場に徹するのか?
学問熱心は良いのだが、それでは私が面白くない。互いに構えた剣の切っ先だが、カエデさんの剣を正中線からグイと押して外した。
カエデさん、反応。私の切っ先の位置を嫌って、正中線を取り返しにくる。
そうでなくては面白くない。丁々発止、互いに勝ちを求めてこそ、技は活きるのである。
正中線の攻防を繰り返して、私は急に脱力。それこそ全身の関節がバラバラになるのでは、というくらいに。
そのままカエデさんとの間を詰める場所へ落下。二人の距離は一瞬で木刀のヤイバと峰だけ、二人で木刀を挟んでいるような体制になってしまった。
ギョッと驚いたように、目を見開くカエデさん。
木刀の刃は、カエデさんの首筋、袈裟を同時に捕らえていたからだ。左手を外し峰に添える。これがどういう状態なのか、カエデさんはもう理解しているはずだ。
王国の刃ではクリティカルにもキルにも入れてもらえない。この態勢から刀を押しつけて押し斬るという技。相手の反応させない、一瞬で間を詰めて殺す技である。
その技の名は『陽炎』という。
陽炎の揺らめくがごとき構え。そこから正体も掴ませず間合いを詰めて、バイタルに刃を押しつける。この技をこの場で披露しているのは、理論上この技を防ぐことは誰にもできないからだ。