達人ではなくとも……
「みんなーーっ! 士気は上がってるかなーーっ!?」
「「「おーーっ!!」」」
「いよいよ不正者連中にひと泡吹かせるときが来たぞーーっ!」
「「「おーーっ!!」」」
「思ってたのと違くても、泣かないメゲない愚痴らない!」
「「「おーーっ!!」」」
カエデさんが若手連中を奮い立たせている。彼らの中には、トニー軍に散々煮え湯を飲まされてきた者もいよう。それがきっかけで私たちと同盟を結んだ者もいるはずだ。
それがいよいよ、正式にリベンジを果たすことができるのである。士気も上がるというものだ。
「それじゃあみんな、合い言葉を言ってみよーーっ!」
「「「キルを取らない取らせない!」」」
「もう一丁!」
「「「打ったら走る、走ったら打つ!」」」
「オマケだもう一丁!」
「「「ツーマンセルを忘れるな!」」」
「オッケー! それじゃ行ってみよーーっ!」
青と白、ウルト〇マン模様の革防具を身に着けたカエデさんに率いられ、新兵格と熟練格の混成チームが入場。とはいえカエデさんひとり豪傑格なので、対戦相手はどうしても豪傑格になってしまう。
はてさて、カエデさんの示した合い言葉通りに試合を展開できるかどうか?
「カエデさんはノーキル試合を目指してるのかな?」
士郎さんが訊いてきた。
「おそらくね、できれば敵の攻撃すら入れさせないパーフェクトゲームを狙うみたいだ」
前回私は、攻撃性の高いゲームと、『王国の刃』を評した。そしてそのゲームの中で、まったく敵の攻撃を受けなかった鬼将軍の技量を高く評価した。つまり一般プレイヤーにとっては、攻撃力を上げるより、防御力を上げる方が難しいゲームなのだ。
そんなゲームの中でブッ放ツールを入れていれば、そりゃもう俺強えぇぇえ! ができると考えるのが普通だ。そして現にトニー軍はそうしている。さらには己の天才性を誇示するためか、鎧にも不正という魔法をかけているらしい。
こうなると無理にトニー軍のルールに付き合う必要など無い。私たちは私たちのルール、「キルを取られなければ勝ち」で行けば良いのである。
なにしろトニー軍にはアンチがいる。晒し掲示板という観客がいる。目的達成の折には、黙っていてもトニー軍を煽ってくれるのだ。
いや、目的を達成できなくても、煽りを入れてくれるのがネット民のスゴイところである。根拠のある無しに関わりなく放言できるという術は、おそらく某巨大掲示板の影響するところ大だったのであろう。
とにかくゴングは鳴った。カエデさんと初心者チーム、行動開始である。両軍接近、不正者組は二列縦隊から矢印型に隊形を広げてゆく。対するカエデさん小隊は二人一組で左右と正面に展開。
カエデさんは正面を担当しているが、ここは危険地帯だ。三人に囲まれる可能性がある。
しかしこれをカエデさんはまず棒手裏剣で動きを止めてすり抜ける。相棒が一発入れて、これもすり抜けた。左右の二組に目標を変更しようとする敵陣だが、カエデさんたちがペチペチと背後から攻撃して、実にうるさい。
カエデさん小隊は全員軽量な革防具、不正者組は鈍重な鋼鉄の鎧。動きの素早さでは勝負になりはしない。さらに言うならば、ここまであまり触れていないことだが、そう、かなり最初期にセキトリが語っていたであろうか?
鎧を着ていては視界が大変に悪いのだ。そのことをカエデさんは特に利用している。一度視界に入っては必殺技を打たせ、それをかわして死角からペチリと打つのである。
他のメンバーたちも打っては走り走っては打っている。実に見事なコンビネーションプレイであった。そして今回の必殺技。背後に回ったカエデさんによる、足刀蹴りの『ヒザかっくん』である。
「あっ!」という具合に敵は尻もちをついた。しかし教育の行き届いた正統派プレイヤーたち。これを囲んで袋叩きにはしない。せいぜいが入れ代わり立ち代わりでペチペチと一発ずつ叩いてゆく程度。しかしこれには、「こちらがキルを取られないようにする」という効果があった。
「う〜〜ん……」
カエデさんにキルを取られた経験のある士郎さんがうなる。
「こうしたコンビネーションプレイを他所の一般プレイヤーたちもできるようになったら、少しは不正者も減るだろうか?」
「どうでしょうね?」
私は答える。
「トニー軍の不正者たちには有効でしょう。六人制試合にどれだけ出ても、勝つことができなくなるから。だけど不正者というのは居なくはなりません。どこからかまた、新しい不正ツールを仕入れてきて『勝てばいい』を繰り返すことでしょう」
「進歩せんなぁ、人間という奴は」
「いつになったらサルを卒業できるやら……」
まあ、私たちのサル考学はさておき。打っては走るヒット&ラン作戦も次第にパターン化してきていた。なんとなくではあるが、敵がこちらの動きを読むようになってきたのである。
なんとなくというのは、一発当てたところで逃げ道は左右と後方。どこへ逃げるか? までは予測し切れていないのである。
しかしそれでも、敵たちは打ったプレイヤーを追いかけようという素振りを見せ始めたのだ。
「あまり調子に乗って打ちに行ったら、カウンターをとられやしないかな?」
「そういう空気はあるな。だがそれを狙うには視界が悪過ぎる。カエデさんたちは左右の動きを忘れないことだな。それと……」
ヒザかっくんがまた決まった。
「背後からの攻撃だ。新兵でキルを取られないようにするにはこれしかない」
「それと……」
新兵格のピンチを、熟練格の手裏剣が救った。
「棒手裏剣の有効活用だな……」
「そこは肝だ。不正者たちはツールを入れることに躍起になっていて、この便利な飛び道具はまったく稽古してないようだからな」
「次は棒手裏剣のツールを開発してくるだろうか?」
「そこまで学習能力があればの話だな。しかし考慮には入れておくべきだろう」
とはいえ、トニー少年たちは手裏剣ツールを入れても有効活用できない、に一票。
今回のカエデさんたちは、手裏剣を至近距離で打っているから有効なのだ。あの距離で手裏剣を打たれては、斬ってくるのか手裏剣を打ってくるのか、間合いが近すぎて見極められないのだ。
よしんば見極められたとしても、避けるだけの時間が無い。
手裏剣をかわすのは案外簡単である。野球でフライを取る要領の正反対をすればいいのだ。つまり、飛んでくる手裏剣の正面に立たなければ、手裏剣はかわせるのである。鉄砲の弾とは違い、目に見えるのだから。
さて、試合も残り時間わずか。
このまま終われば不正者たちのポイントはノーキル。ノークリティカル、どころかノーヒットなのである。思いのほか簡単に判定勝利してしまう。
「さて、それじゃあ次の動きです!」
カエデさんの指示が飛んだ。同時にメンバーたちは、不正者から距離を置いた。この光景は私もテレビで見たことがあった。ボクシング中継である。優勢なチャンピオンが打ち合いを避けて、まともに相手をしてくれなくなる。
カエデさんたちは遠間を保って左右に動き、決して不正者の正面には立とうとしなかった。
終戦のゴング。
誰一人として撤退しない戦い。敵も味方も。そしてクリティカルすら無い、見ている者からすればダルな試合だったかもしれないのに、万雷の拍手をカエデさんたちは浴びていた。
「よくやったぞ、新兵たち!」
「格上相手にすげぇじゃねぇか!」
「お、俺今日からカエデちゃんのファンになる!」
コラ、あれは親御さんからお預かりしているウチの娘だぞ。どうしてもというなら、私から一本を取ってからにせんか。
「ん〜〜……」
士郎さんがうなる。
「正直言うと、俺はまだカエデさんの力量を疑っていたんだが、こりゃ本当に手放せんメンバーなのかもしれんな」
「草薙士郎からキルを取った娘だぜ? まだ認めてなかったのかよ、この強情張りめ」
そして判定が下される。
もちろんヒット数の圧倒的差で、カエデさんたち新兵熟練混合チームの勝利である。
二人一組の戦法、そしてヒット&ランが功を奏した試合に見えただろう。しかし本当に大切なのは、「自分たちに出来ることを精一杯やる」という精神なのだ。
もう一歩踏み込むなら、欲張ったキルやクリティカルなどは狙わない。欲しないという謙虚な気持ちなのである。
それからカエデさんはメンバーを入れ替え、同じように判定勝利。さらには新兵のみを率い、熟練格のみを率い、最後にはカエデさん抜きで判定勝利をもぎ取るにまで至った。
「オホホホ、これは不正者さま方には相当キツイお灸となったことでしょう♪」
孔雀の扇をホッスホッスと揺らしながら、どじょうヒゲのつけ髭までして、出雲鏡花が現れた。しかも諸葛孔明のような帽子まで頭に載せている。
確かに、カエデさんを教官に据えたのはこの出雲鏡花である。しかし実労働で若手を鍛えたのはカエデさんである。讃えられるべきはカエデさんであり、出雲鏡花ではない。
それなのにこの女、ヨーロッパを征服したヒットラーか、連戦連勝を重ねるアレクサンダー大王のように得意満面な笑顔なのだ。
「さて、両先生方。このカエデさん戦法は一般プレイヤーに浸透するでしょうか?」
「しませんな、一般プレイヤーではあの一戦の真髄が理解できないだろう」
私は断じた。
「するやもしれん。見よう見まね、形だけのカエデ戦法でも、効果は出るかもしれん」
士郎さんの判断だ。
「御意見が真っ二つに割れてしまいましたわね」
ウフフと含むように、出雲鏡花が微笑む。どうしてこの娘の笑顔は、こうもうるさいのか?
「わたくしは一般プレイヤーのみなさま方が、カエデさん戦法を多数採用されると思いますの」
それが出雲鏡花の見解のようだ。いや待て、続きがある。
「ですがすぐに飽きてしまいますわね。ワンショット・ワンキルの技量が無い方々がこれを真似ても、労ばかり多くて成果が上がらないからですわ」
なんだ、私と士郎さんの意見折衷じゃないか。ズルい娘だ。