鬼将軍とバストアップキャンペーン
出雲鏡花の次なる犠牲者は、我らが総裁鬼将軍である。
閣下の登場に私たちは湧いた。裏地の赤い黒マント、海軍の軍服に飾りやら勲章やらをジャラジャラつけて、ピカピカに磨いた黒い革長靴という、色々ツッコミ所満載な男が、高笑いとともに立ち上がったのだ。
そして悪魔の申し子たる出雲鏡花による選抜メンバーは、美人秘書だよ御剣かなめさん。第二秘書の秋月冴さん。『まほろば』から三条葵茶房店主。『マヨウンジャー』から大柄なベルキラさん。
トヨム小隊代表はマミさんという、バストアップキャンペーン実施中とでも言おうか、とにかく胸を張ったの豊かな女性が揃えられ、男子のひとりとしてはなんとも羨ましくなるラインナップと言えた。
まさに鬼将軍ガールズ。
これはもう、世界を手中におさめたも同然。キレイ所とカワイイ所を取り揃え、なおかつボインボインメンバーなのだから。
これはもう、さぞや得意気に勝ち誇った高笑いが見られるだろうと思いきや、当の鬼将軍、なんともしなびた『らしくない』表情で佇んでた。
「総裁、いかがなされました?」
ニヨニヨといやらしい笑みを浮かべながら、士郎さんが訊く。
「いや、士郎先生。御子息の率いたメンバーが、大変に可愛らしいエンジェルたちだったではないか……」
「そうですね、総裁の趣向に沿ったメンバーだったかと」
「そこは私も期待を抱いてしまうというものではないかね? そう、眺めているだけで心洗われるあどけなくも幼な女のメンバーというものを!」
士郎さんは鬼将軍ガールズに目をやった。
「眺めているだけで、心豊かになるメンバーですな。お羨ましい……」
「代わるかね、士郎先生?」
「俺には妻子がありますので」
「リュウ先生!」
「御活躍を期待しております、総裁」
なんとなくではあるが、ここは代打を買って出てはいけない気がして、総裁の要望を断った。
アゴの左記にウメボシをこしらえて、鬼将軍、出陣である。
「士郎さん、どういうことだい?」
「あぁ、総裁の不満かい? あの男はバストの豊かな女性が好みではないんだ」
「ほ?」
「もっとわかりやすく言えば、総裁はロリコンなんだよ」
「……………………ロリコン……」
まあ、他人の趣味趣向に口を出す訳ではないが、ランドセル小隊に比べれば、私ならば鬼将軍ガールズを断然選ぶのだが……。もったいないにも程がある。というか、鬼将軍という男。服装やら言動やらをさて置けばインテリ然とした男前。企業経営もしていると聞き及んでいるので財産もあろう。
それなのにロリコン。
だのにロリコン。
嗚呼、天は……。ガッカリというか残念にも程がある。まあ、そのくらいで丁度いいというなら丁度いいのかもしれない。男前で金持ちで、美女をはべらせてウッハウハという鬼将軍など、天が許しても私が許さないであろう。
こんなとき私は、鬼将軍に対して言っても良いはずだ。「ザマァ!」と。
対戦相手は、またしてもトニー皇帝軍傘下のチームである。そう、タッグシリーズで散々な結果しか出していない鬼将軍を狙っているかのように。
そして今回もまた、怨嗟の眼差しは鬼将軍ひとりに向けられるのだ。奴にとっては極めて不本意であろうが。
だがこの鬼将軍という男、六人の敵に囲まれていてもまったく攻撃を受けないのである。スルスルと敵の攻撃をかわし、敵と敵の間をすり抜けて危険地帯を脱してしまうのだ。
「……士郎さんや、総裁になにか仕込んだのか?」
「あぁ、足さばきと敵の読み方をな」
「ずいぶんとまた、覚えがいいな」
「人格的にはまったく尊敬できる部分の無い男だが、インテリジェンスの面ではピカイチな男だ。古流に対する理解も人一倍早いぜ」
「なるほど、変態的なのは人格だけじゃないのか」
「もっとも」と、士郎さんは付け加える。
「出来るのは敵の攻撃を避けることだけ。攻撃はからっきしさ」
「ダメじゃん、それ」
「自分の身を守れればそれでいい、奴はそう言ってたよ。『私がいまから古武道を学んでも、士郎先生やリュウ先生のようになれる訳ではないからな』とね」
「一端の剣豪みたいな口をきくじゃないか」
「あぁ、己を知るという意味では免許皆伝を与えたいくらいだ」
避ける、かわす、鬼将軍。そして空振りすればするほど、トニー閣下の仲間たちは顔を真っ赤にして攻めてくる。
鬼将軍のまさに思うツボというヤツだ。冷静さを欠いた攻めなど、児戯にもひとしい。鬼将軍からすれば、力みまくった攻撃などテレフォンパンチも良いところなのだ。
しかし、トニーくんの仲間たちが力むのは、空振りだけが理由ではない。
「さすがです、総裁!」
「またかわしましたー♪」
「オーレ! オーレ!」
「素敵です、総裁♡」
「格好いいーーっ!」
鬼将軍ガールズとも言うべき巨乳のお嬢さん方が、口々に奴を讃えるのだ。男の嫉妬とヤッカミ、ここに極まれりという所である。そして鬼将軍もまた悪い。
相手の攻撃をかわす度にマントを翻し、観客席へピッと視線をくれて見得を切るなどしたものだ。さらには片手のステッキにマントの端を引っ掛け、闘牛士がムレタを揺するようにして相手を挑発したりという、かなりやりたい放題のマネを仕出かす始末。
まあ、これで怒るなという方が無理な話ではある。
結局のところノーキル、ノークリティカルということで対戦は終了。攻撃性の高いこのゲームにしては珍しい、引き分け判定となった。
で、この一戦もまた晒し掲示板でスレッドが立つ。曰く「あれだけ顔で真っ赤にして攻撃してんのに、一発も当てられないトニー軍ってどれだけザコいのよ?」というあまり品のよろしくないスレッドタイトルであった。
しかし品があろうと無かろうと、見ている人は見ているのだ。防御面だけではあるが、鬼将軍の力量とトニー軍の力量の差である。スレッド参加者の中には、「タッグシリーズでは奮わない成績の鬼将軍だったが、技術力は高いものがある」と評価する者もいたのだ。
人は見ているのだぞ、トニーくん。大人の私からすれば、彼にはそんな言葉をかけたくなってしまう。
なにもいつでもどこでもお行儀よくかしこまっていろ、というのではない。ときにはハメを外したいこともあろう。しかし衆人の耳目集まる場所では、それ相応の振る舞いというものが必要になってくるのだ。
ま、説教臭いことはここまでだ。アゴにウメボシをこしらえるくらいゲンナリしていた鬼将軍ではあったが、凱旋にはやはり光り輝いていた。
出雲鏡花も言っていたが、この男、やはりスーパースターなのである。まるでディスコタイムでひと踊りしてきたかのように、笑顔が輝いている。バストの豊かな女性陣を率いての帰還は、まるで取り巻きを引き連れて飲み歩く往年の銀幕スターのようであった。
「すごい男だな……」
「やっぱりそう思うかい? だけど奴にとっては、世界であっても狭苦しく感じているかもしれんぞ?」
「なんだ? 鬼将軍の次なる標的は宇宙だとでも言うのかい、士郎さん」
「宇宙が相手なら、貿易なんそやるより宇宙海賊の方が似合いそうだな」
……あのマント。妙ちきりんなカリスマ性。
「……やめてくれ士郎さん、似合い過ぎるじゃないか」
「……悪かった。俺も生々しく想像しちまったぜ」
あの高笑いが全宇宙に響き渡ることを想像してしまい、私は頭痛がしてきそうになってしまった。
そして私たちはこの日の戦いを終えた。これでトニー軍に少しでも精神的ダメージを与えることができたなら幸いである。そして、陸奥屋まほろば連合に対するヘイトが、少しでも高まってくれたなら。他のプレイヤーたちに迷惑が及ばないと思うのだが。
とりあえずこの日の晒し掲示板は伸びに伸びた。トニー軍へのヘイトがどれだけ高いか? それを証明するような出来事である。
「ヨーシ、新人諸君! 明日は私たちカエデちゃん軍団の出番だから、今日はもうオチてとっとと寝てくださいね!」
おや、明日はカエデさんが出撃するのか? それも新兵格や熟練格といった、比較的新しいメンバーを率いるというのかい。
「仮にも俺からキルを奪った娘だからな。期待は大きいぞ?」
士郎さんがボソリと言う。
「そんなにプレッシャーかけるなよ、まだ学生の女の子なんだぜ?」
私が返すと、士郎さんはニヤリと笑った。
「そんなこと言ってると、今に足元すくわれるぜ。ペロッとよ……」




