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カエデ地獄〜士郎編

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リュウ視点



 ふむ……オーソドックスな戦い方だ……。カエデさんとフィー先生のタッグである。士郎さん、天宮緋影のチームと対戦しているのだが、上手く天宮緋影を自軍に引きずり込んで防戦一方の型にはめている。


 そのタッチワークは大変に軽快で、さすがの士郎さんもどちらに狙いを定めるか決めかねている。

 しかしこの戦法でいいのか、カエデさん?


 私と鬼将軍のタッグは、鬼将軍を倒せば私は棄権することになっている。しかし士郎さんはそんな約束などしていない。勝ちを得るためには、あの剣豪を倒さなくてはならないのだぞ?


 いや、時間一杯ギリギリで天宮緋影を葬り、士郎さんをまともに相手せず判定勝ちという手もあるか。

 しかしそれはあまりにも博打が過ぎる。あの怪物はただ一度のチャンスさえあれば、たった一人で君たち二人を秒殺できるのだから。



 何か策はあるのか、カエデさん?



 天宮緋影がイイのをもらうと、士郎さんはすかさずカットに入る。カットそのものは成功するのだが、試合権が無いのでダメージは与えられない。そしてボックスの選手が手を伸ばし、試合権を交代して、ふたたび天宮緋影を痛めつけるのであった。



「う〜〜ん……難しいな……」

「そうだな、あのままではひ〜ちゃんがキルを取られるだろうな」



 私のとなりで鬼将軍も難しい顔をしている。



「いえ、総裁。天宮緋影がキルを取られることは確定で、その後カエデさんたちがどのようにモンスター士郎と闘うか? ですよ」

「なにか策はありそうかね?」


「無ければ勝てません、勝てませんがしかしその策が見えて来ないのです」

「手の内を秘しているか、同志カエデ……」



 カエデさんたちは明らかに手を抜いている、というかわざとクリティカルやバイタルを外している節がある。これは本当に時間稼ぎの判定勝ちねらいか?


 私はそう読んでいたが、いまひとつ腑に落ちない。そして鬼将軍も判定勝ちという戦法を読み、確信していた。



「リュウ先生、やはり士郎先生とはまともに戦わない戦法だろう?」

「ですが一瞬。ほんの一瞬の隙があれば士郎さんは二人を蹂躪できます。それに対する策が、なにかありそうな気がするんですが……」


「リュウ先生の慧眼をもってしても、それは見抜けませんか」

「むう……」


「ならば試合を楽しみましょう、リュウ先生。この一戦、士郎先生の快刀乱麻を断つがごとき活躍を観るか? 同志カエデの逆転の策を観るか? 注目の一戦ではありませんか!」



 まさにその通り。他人の試合を観戦するなら、ドキドキワクワクしながら試合を楽しむのが一番だ。人生というものは、楽しむためにあるのだぞ。常日頃鬼将軍が口にしている通りである。


 そして解説者という訳ではないが、この試合一番のポイントは士郎さんが天宮緋影を救出できるかどうか?


 そしてそれが実行されたとき、カエデさんチームに秘策はあるのか? というところである。

 剣豪対策略家。

 熟練対若輩。

 果たして軍配はどちらに上がるのか?


 賭けるというなら士郎さんだ。あまりにも火力に差があり過ぎる。しかし一発大穴狙いというのなら、カエデさんとフィー先生に張っても良かろう。


本当に何が飛び出すかわからないのだから。ここに賭けて一発大儲けというのも、十分にあり得る。博打とは、そういうものだ。

 そして、遂に試合は動いた。



 きっちりとディフェンスしていた天宮緋影。ゆえにフィー先生もここで士郎さんがカットに入ってくるとは思わなかったのだろう。士郎さんの一撃を背後から浴びた。


 遅れて出てきたカエデさんも、士郎さんの攻撃をまともにもらう。その隙に天宮緋影を救出した士郎さん。

タッチ交代でリングイン。フィー先生もカエデさんにタッチ、選手交代だ。


 士郎さんは八相、カエデさんは丸楯に隠れている。迫りくる士郎さんにカエデさんはまったく怯まない。互いに目を見て、敵の一手を読み合っている。



 ピタリ、士郎さんが足を止めた。二足一刀の間合い。両者が睨み合う。

 肩の筋肉、目の動き、さまざまなフェイントでカエデさんを誘っている。しかしカエデさんの瞳は澄んだ湖のごとし。我慢している、いまにも秘策を披露してしまいそうになる自分を、一生懸命に我慢している。


 そして士郎さんが出た。一足一刀の間合まで詰め寄ったのである。これを嫌ったカエデさん、大きく一歩後退。



 さらに出る士郎さん。その目の前に、カエデさんの片手剣が放られた。しかし剣豪、これを無いものとして前進。間合は一足一刀、ふたたび士郎さんのものとなった。


 そのとき、カエデさんの手刀がひらめく。

 いや、あれは棒手裏剣だ。縫いつけるように士郎さんの左足甲に突き刺さった。


 動きを止められる、魔の三秒間。まずは丸楯で顔面を突く。大ダメージだ、そして拾い上げた片手剣。構えは雲龍剣だ。

 必殺技が炸裂する寸前、剣豪が動き出した。殺しの太刀がカエデさんを襲う。



 しかしこれを浴びたのは楯となったフィー先生。試合権が無いのでダメージにはならない。そして死に体の士郎さんを襲ったのは、カエデさんの一撃だった。



「必殺! 雲龍剣!」



 なんだろう、この気分は。撤退してゆく士郎さんを眺めながら、胸の中がモヤリとする。


 そのクセあの男は、初めての撤退だというのにヘラヘラ笑ってやがる。

 自分のトコのメンバーを悪しざまに言うではないが草薙士郎! お前こんな小娘にヤラれる玉じゃないだろうが!

 そして撤退してゆく男は、私に語りかけているようだった。



「お前はまだ無撤退の地獄を生き続けな」と。



 鬼将軍も腑に落ちないといった顔だ。



「士郎先生が負けたというのかね?」

「事実です」

「見たところ本当に単純で簡単な罠にしか思えなかったのだが……」


「策にはまるときなどそういうもの。そしてこの世に、絶対の強者などいません。戦う者には等しく勝利の権利が与えられているのですから」

「士郎先生の敗因はなにかね? リュウ先生」


「彼の敗因というよりも、彼女たちの勝因を説明した方が納得いくでしょう。千回に一回しか得られない勝利を、今日、この場で得たことでしょう」

「戦いに臨む者は、すべて勝ちを得る権利を持つ……か……」


「だから番狂わせというものが生じるのです」



 そう、戦う前から負けを考える者に、勝利は無い。乾坤一擲、なんとしても勝利を掴む、という信念こそが勝利を呼び寄せるのである。


 そして記録上、このタッグシリーズ。私と鬼将軍のチームは連戦連敗中である。私の無撤退記録は更新中かもしれないが、それも試合を棄権しているのだ。公式では撤退とみなされているかもしれない。



「へっ……士郎さんよ……私の記録にもミソはついてるぜ……」



 気楽になったのは、何もキミだけではない。私も同じなのだよ。

 試合に話を戻そう。

 結局この試合、生き残りの天宮緋影が滅多打ちに遭い、カエデさんとフィー先生のチームが満点の勝ちを得たのである。

 試合後のカエデさんをねぎらおうと、控え室に赴いた。



 チームメイトたちに囲まれて、カエデさんは複雑な顔を浮かべている。



「どうしたんだい、世紀の番狂わせを演じた勝者とは思えない顔だね?」



 そう告げると、カエデさんは泣き出してしまった。



「おいおい、どうしたんだい?」



 問いかけても、カエデさんは言葉にならない。



「ごめんなさい! ごめんなさい! 私……わたしっ……!」



 なにかに侘びながら私の胸にすがりつく。



「あんな手で、あんな簡単な手でっ! ……士郎先生を……っ!」



 ああ、きみは私や士郎さん。あるいは古武道というものに尊敬の念を抱いてくれていたんだね?

 そっとカエデさんの髪を撫でてやる。


 見上げていた、雲の上のビッグネーム。歴史を積み重ね、伝統に裏打ちされたレジェンド。偉大な功績ある古武道を自らの手で叩き落としてしまった事実。そのことにカエデさんは涙を流しているのだ。

 だから私はポンと頭を叩く。



「コラ、カエデ。何を慢心しとるか!」



 ヒョッという具合に、戸惑っていたチームメイトたち、それにカエデさんも私を見た。

 そこで気楽に言ってやる。



「千回戦って一回成功するかしないかの手品で勝ちを拾っただけだろ! そんな手品であの草薙士郎に勝ったかのような物言いは、おごり以外のなにものでもないぞ! たるんどる!」


「はははいっ! すみませんでしたっ!」

「でも勝ちは勝ちだ、よくやったな! カエデさん!」



 うぎゅっとハグ。カエデさんもそれを拒まない。むしろ「ハイ」と言って身体を預けてくる。



「怖くはなかったかい? あの草薙士郎を相手にして」

「逃げ出したいくらい、怖かったです」

「それを逃げなかったんだ、偉い偉い」



 グシャグシャと乱暴に髪を撫でてやった。するとカエデさんはまた泣き出してしまう。



「ううう……ホントに、本当にありがとうございました……」

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