その男、ジョージ・ワンレッツ
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青春という季節はなんと多感で、そしてなんと残酷なものだろうか? ジョージ・ワンレッツ二十五歳、そのとき俺は戸惑いと混沌の中にいた。
俺たちチーム『ジャスティス』が所属する同盟、陸奥屋まほろば連合。その総裁鬼将軍は、かつて夏のイベントで挫けそうになった俺を叱咤激励し、なおも正義への道を歩ませてくれた恩人である。そしてその右腕とも懐刀とも言えるリュウ先生。
『嗚呼!!花のトヨム小隊』所属の剣豪は常に俺たち至らぬ若造に稽古をつけてくださり、そして技を授けてくださるいわば恩師とも呼べる存在。
それだというのに、嗚呼……天は……。なにゆえにこの二人を組ませ、なにゆえに俺たちの前に立ちはだからせるのか!!
晩秋の小規模イベント、タッグマッチ戦。二人一組プロレス同様、一対一の対戦を行い敵陣二人ともキルに追い込むRBCルール。栄光のチャンピオンベルトがかかったこのイベントに、俺も勇んで出場した。
相棒は美少女以上美女未満。いつも俺の傍らにいてくれる女の子、ハギワラだ。そして輝くベルトへの第一歩、参加第一試合において、なぜ総裁とリュウ先生にブチ当たってしまうのか!
運命よ、俺は問いかけるぞ! なぜこれほどまでの試練を俺に与えるのか!?
試合場は円形、直径六メートルほど。観客席はすり鉢状にせり上がり、闘技者たちを見下ろしている。まさしく現代のコロシアムだった。
俺とハギワラは某メタルヒーローの主題歌で入場した。若々しく勢いあふれる歌なのだが、俺の心から迷いは消えていない。試合場脇、ボックスと呼ばれる控え選手の待機場所から、俺ひとりリングイン。
そして運営が彼らの入場を告げる。
「赤コーナーより、鬼将軍選手。リュウ選手の入場です!」
そして鳴り響く『炎のファイター』、ご存知アントニオ猪木の入場テーマ曲。金曜夜七時半と夜八時の間柄だ。我らが総裁は真っ赤なガウン、背中には闘魂の文字と昇る朝日が染められている。その背後、影のように従うのは現代の坂本龍馬、リュウ先生である。
坂本龍馬はボックスに控え、総裁鬼将軍がリングインしてきた。
ん? いきなり運営にマイクを要求したぞ?
「私の名は鬼将軍! 陸奥屋一党を率いる悪の総裁だ!!」
ふ……総裁、俺に遠慮するなというのか……わざわざ悪の総裁まで名乗って……。
「私はここに宣言しよう! 正直に言えば我がパートナーである同志リュウ先生は、王国の刃において一二を争う剣豪である! そのリュウ先生がタッグ戦に出場となればはっきり言って誰も勝てぬ! しかしそれでは面白くはない! ならばハンデをくれてやろう! この私を倒したならばリュウ先生は棄権、対戦相手の勝利としようではないか!」
……おいおい、いいのかよ。そんなこと勝手に決めちまって。運営のMC、マスターオブセレモニーが目を白黒させてるぞ?
「ジョージ、ここまで言われては気後れできないわ! 総裁は全力で叩き潰しに来いと言ってるのよ!」
「……わかったぜ、ハギワラ。俺は……ジャスティスのリーダー、ジョージ・ワンレッツは! 悪の総裁を全力で叩き潰す! おのれ……許さんぞ〇クー!」
「その意気だ、隊長!」
「正義はいつも俺たちに微笑んでるさ、隊長!」
チームメイトのイ・ガーディン、ムラーダ。それに彼らの相棒である女の子たち、ユリーにモニカが俺の背中を押してくれる!
「さあジョージ、この光る剣を取って!」
そう、運営公認かどうか今ひとつ信用できない光る剣を手にする。
「レーザー・〇レード!」
刀身を撫でると、撫でた場所から光が広がる。
その光は、王国の平和を俺ひとりでも守り抜くという信念を俺に与えてくれた。
運営MCによる選手コール。俺もハギワラもそれに応えた。観客も大きく湧いてくれる。
しかし奴、見ている者が多ければ多いほど輝きを放つ男。世界が嫉妬してしまうほどのスーパースターがコールされると、観客は割れるほどの歓声を送った。
コールに合わせてガウンの帯を解く、その勢いがまた魅力的なのだ!
というか運営MC、コールが『アントニオ鬼将軍』というのは、それでいいのか?
だがしかし、総裁鬼将軍。黒のリングシューズにショートのリングタイツ。いわゆるストロングスタイルなのはいいのだけれど、脚や尻を鍛えていないのは明らか。
リングタイツ……つまり黒パンツがダルダルにたるんでいる。というかガウンを脱ぎ捨てると肋骨の浮いたヒョロ眼鏡そのまんま。お世辞にも褒められない身体でしかない。
「ハギワラ、こう言ってはなんだが……キミでも総裁を倒せそうだな?」
「ごめんなさいジョージ、貴方が尊敬する人を私もそんな風に評価しちゃったわ」
「いや、いい。今の彼は倒すべき敵。乗り越えるべき相手なんだ」
運営の用意したであろうレフェリーにボディチェックを受けて、先鋒はやはり総裁鬼将軍、こちらも俺が迎え撃つ形で、ファイト開始のゴング! 乾いた音が鳴り響く。
さあ、どう来る総裁?
すると総裁、やはり一党を率いる男。独自のステップワーク、独自のボディワークでヌルヌルと動き、どんどん間合いを詰めてくる。その手には巨大なハリセン。明らかに俺を狙った動きだ。
しかし動き方が不気味である。観客席の女性客からは「キャーッ! 気持ち悪い!」と悲鳴が上がるほど。海面から頭を突き出す海ぼうずのように、だが狙いを定めさせてはくれない動きだ!
さすが鬼将軍、既存の知恵を無視した戦法、いや生き様がそこにうかがえる。
そして不思議な角度から繰り出されるハリセン。
こちらはメタルジャケットを模した革防具しか着けていない。いかにおかしな武器だとはいえ、うかつに貰う訳にはいかない。
しかし出どころのわからないハリセンに、俺もついつい後手に回ってしまう。
「ジョージ、下よ! 上がダメなら下から攻めて!」
そうか、脚か! 光の剣を素早く振り下ろした。命中! そして鬼将軍転倒。
俺はトドメを刺すべく、光の剣を振り下ろした。しかし、それはリュウ先生がカット。
脚を負傷した鬼将軍は自軍ボックスへと転がってゆく。そこでボックスへと戻ったリュウ先生と改めてタッチ。
惜しい……。ここでキルが取れていたなら。
「ジョージ、私たちもタッチよ!」
ハギワラが出番を求めている。仕方ない……、ここはこちらも選手交代だ。
しかし剣豪リュウ先生を相手に、どうするつもりだハギワラ?
ハギワラはリュウ先生を中心に反時計回り。右へ右へと回り込む。そしてボックスから檄を飛ばす鬼将軍を攻撃! ひでぇ、なんて酷さだハギワラ!
しかしそれしか手段は無い。あの王国イチの剣豪相手に、まともに戦って勝てる訳が無いだろう! しかしいいのか!? それはジャスティスなのか!?
「なに、余興だよ余興」
リュウ先生は笑っている。つまり、助けに行こうとはしない。そして試合権の無い鬼将軍は、ゲージを減らすことは無いのだ。
「おのれ小娘! リュウ先生、タッチだタッチ! 目にモノ見せてくれるわ!」
ボックスから駆け出してきた鬼将軍。その脚はすでに回復ポーションで万全の態勢。
だがハギワラが足払い。
鬼将軍転倒、体力ゲージが大きく削られる。立ち上がる鬼将軍だが、ハギワラは長得物のメイスを杖代わりに……ドロップキック。ドロップキック、ドロップキック三連発!
「ジョージ、フィニッシュは貴方が決めて!」
すでにグロッキー状態の鬼将軍をボックスまで引きずってきて、ハギワラは俺とタッチ。俺も仕切り板のトップに立って、急降下爆撃! 光の剣でトドメを刺した!
鬼将軍撤退。そしてボックスのリュウ先生は懐から小さな白旗を出して振っている。
やった! 陸奥屋の巨人二人を相手に、番狂わせの大勝利だ!
そしてもしかしたら……。
「お? 何気に私、公式戦初黒星だな」
そう、俺たちは途中経過やルールがどうであれ、リュウ先生に初めて土をつけたのだ。
金星。しかしあまりにも重たい金星だ……。
これまで公式戦無敗、無撤退の剣豪に土をつけてしまうとは……。
「ハーッハッハッハッハッ! よくぞやったな、若者よ!」
いま撤退したばかりの鬼将軍だ。もう帰ってきたのか、仕切り板のトップに立って高笑いしている。
「しかし戦いは始まったばかりだ! いずれこの借りは利子をたっぷりつけて返してくれよう! さらばだ……アーーッ!」
仕切り板から転落した。ドテポキぐしゃ〜〜っと、してはならない音が聞こえてきた。
しかし担架に載せられて去ってゆく姿まで光って見える。
さすがだぜ、鬼将軍! あんた魅せる男だよ! とてもじゃないが俺には真似ができないぜ!