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オッサンは若者をシゴく

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さて相撲取り対策だ。

横や後ろを突くのが得策というのはわかっていても、いざそれを実行するとなれば簡単な話ではない。


というか、わかっているだけなら誰でもわかっている。しかしそれを実行するのは難しいものだ。

突進力、圧力。そうした単語は読者諸兄も耳にしたことがあろう。


それが力士ともなれば、失礼ながらアメフト選手の比ではない、と私は考えている。もちろんアメフト選手というのは、相撲を取りながら球技をしているようなものだ。しかしやはり球技は球技。相撲ではないのである。



殺。



この一文字が無いのである、球技には。そう、球技においてこの一文字があっては大変なことではないか。しかし相撲にはある。そもそも取り組みの始まりが立ち合いと呼ばれているではないか。立ち合いは断ち合い。命のやり取りなのだ。


日本一の人気格闘コミックスでも、古代相撲なる物を取り上げて、その辺りは大いに語られているので、気になる方は御一読いただきたい。


ということで立ち合い。ここに力士は命を賭けている。うちのメンバーにもセキトリがいるので、そのことは百も承知だ。下手なステップやフットワークを使ったところで、怒涛のような肉の波にさらわれるだけである。


では力士に対して、武術は無能なのであろうか?

否、断じて否。

ましてここは王国の刃。甲冑に身を包んで得物を所持し、打ち合う世界なのである。ズバリ言ってしまうと、ここは私たち剣士の土俵なのだ。負ける訳にはいかないし、負ける訳が無いのだ。



「悪いね、士郎さん。ここは術を使わせてもらうよ」

「おう、どんな術を使うんでぇ?」

「なに、ただの手品さ」



本当に、誰でもできる単純な手品だ。しかし、効果は大きい。特に彼のような巨漢には物凄く効く、魔球消える人間とでも言うべき術なのだ。これからそのプロセスを読者のみなさんに披露しよう。まずはゴングだ。


勢いよく、力士らしく若者は突進してくる。そして巨大な戦斧を袈裟狙いにふりかざしている。

ありがたい、まさに注文相撲だ。そして若い力士は予約席に案内されるかのように、私の肩口を狙って斧を振り下ろしてきた。


私は不動。身体の位置を変えていない。そのまま木刀の棟で怪力無双の一撃を受け止める。いや、右足はすでに動いていた。滑るようにして力士の前足、この場合は右足の外側を回り、カカト合わせになるような位置へ。しかし上半身は斧を受けたまま動かさない。



そのまま左足を追従させる。右足の爪先の前に「イ」の字になるように送り込んだ。斧を受けていた上半身が、一気にこれに従う。こうして私は、力士の斧と脇の下をくぐり抜けることに成功したのだ。「イ」の字になった左足に体重をのせる。右足でコントロールして、左足の爪先を修正、完全に若い力士の背後に回り込んだ。


至近距離での逃亡劇。間合いが近ければ近いほど、これは有効なのである。そしていつの間にか姿を消した私を求めて、若い力士はキョロキョロと左右を見回している。



「こっちだよ」



ポコンと兜を背後から打つ。もちろんダメージもキルも取らない軽い打ちである。



「さあ、もう一本だ。かかっておいで」



振り向いた若者は、おそらく兜の中で憤怒の表情なのだろう。感情にまかせて斧を振りかぶった。感情的になっているので、動きが遅い。振り下ろしのタイミングに合わせて、両ひじの隙間から木刀を差し込む。


喉元にピタリ、木刀の切っ先がついた。若者は斧を振りかぶったまま動けないでいる。そのままの姿勢でジリッ……ジリッ……と一歩二歩。壁際に追い詰めて参ったを言わせる。

私は試合場中央へ。若者は壁際、両手を着いて座り込んでいた。



「ほら、まだ試合は終わっていないぞ。いつまで休んでいるんだ」



この若者は見どころがあった。立ち上がってかかって来たのである。本当なら試合放棄をしたいだろうに。そこで私は最大限にもてなした。剣士である私が力士である彼を転がし、投げて、稽古をつけてやったのである。


それから兜にクリティカル一発。試合終了間際であった。



「まあ、筋は悪くないから、挫けるんじゃないぞ。何事も稽古から始まるものだ」



そう声をかけてやると若い力士は「あざっす!」とだけ残して背中を向けた。

くやしいだろう、落胆もするだろう。しかし泣くのであれば土俵の砂も落とさず泣くものだ。泣くのは稽古で、試合で笑えというやつだ。何をするにしても人生に近道は無いのだから。


さて私も士郎さんと同じく、三連戦といこう。で、その三人目の相手なのだが……。



「ありゃ? 旦那そっくりな人がいる……」

「奇遇だな、私も今はトヨムそっくりな娘に会っている」



私の三連戦、ラストを飾るのは我らが小隊長、トヨムであった。そのセコンドはセキトリと女の子メンバーズ。大変に華やかであるのに対して私のセコンドはオッサン……ではなく士郎さんひとり。

しかし気を取り直し、人差し指を一本立てて会場に宣言する。



「1ラウンドじゃねぇ、一分間でもねぇ! トヨムの攻撃は一発たりとももらわないぞ!」



ダッキングダッキング、ジャブ、ジャブとシャドウに励んでいたトヨムの目がギラリと輝いた。

試合会場がどっとひと湧きして、それからトヨムも人差し指を立てる。



「それならアタイは一分間だ! 一分間でウチの旦那を倒し切ってやる!」



ふたたび会場は湧いた。より熱く、激しく。そして私たちはそれぞれの開始線に立ち、試合開始のゴングを待った。

チェック……チェック……そして、ゴング!


一直線に飛び込んで来るトヨム。そして間合いとなるとブンブン頭を振った。正直、動きまくる頭部がこれほど狙いを定めにくいものだとは思わなかった。インファイターに肉迫されるアウトボクサーが後退するのもうなずけるというものだ。


頭を振ったトヨムはジワジワと間を詰めてくる。しかし、その時はまだ。……まだ……。ジャブのフェイント、距離を計って。まだ遠いとトヨムは判断したのだろう。丁寧に頭を振るところからやり直し。いいぞ……出来栄えがよくなければ、無理をする必要は無い。あくまで頭を振って、動いてさえいれば直撃弾はもらわないのだから。


拵えをしっかり、注意は頭部に狙いは腹に。それがトヨムの鉄則だ。

パッと出したジャブが、私の鼻先をかすめた。いよいよ距離である。



ジャブからボディへのストレート!

しかし私はトヨムの右を、木刀の柄で撃墜。しかしこれは承知済みか、バターのように滑らかに、躊躇することなく左が私の脇腹へ。

これは切っ先をさげて、木刀の棟で防いだ。今度は右が横殴りに顔面に飛んでくる。さがったら押し込まれる、そう判断した私は古流の足さばき、グシャリと崩れて落下する体術でトヨムの懐に飛び込んだ。

ガツーン! もちろん火花の飛び散るような頭突きをプレゼントするのも忘れない。

トヨムも面食らったか、片目を星マークにしてヨロヨロと後退。



「どうしたトヨム、お前のガッツはもう品切れかい?」

「なんの、まだまだ!」



睨んでくる瞳を正常に戻し、トヨムはアゴの両脇に拳を添えた。ふたたび頭を振ってくるが、キレが落ちている。オデコにできたタンコブが影響しているのか、アバターがタンコブを状態異常と判断して運動機能をおとしているのか?


とにかくトヨムの動きが鈍った。そうなると勝機はここと言えるだろう、しかし私はキルを取ってはいけない側。かといって、トヨムにキルを献上してやる気も無い。

ということで、久しぶりに本気を出そうか……。


構えは中段、切っ先はピタリとトヨムの目につける。いつも以上に厳しい構えだ。トヨムの視点からは、切っ先と鍔だけしか見えない。刀身が隠れ切った構えである。


事実、トヨムの動きが止まった。頭を振ろうものなら、一之太刀で斬る。モーションを起こしたならば、それも斬る。何かしようとすれば、それだけで斬る。それが剣士の戦いというものだ。

ということでジリッ……にじるように前へ出た。トヨム、顔に脂汗をにじませながら後退。



必殺、その念を込めてまた前進。トヨムは逃れるようにして後退。

一撃、もはやここまでくると私の信念である。トヨムはこの一戦の中で生き残りの蔓を求めるようにもがいていた。

そして壁際である。



私という剣士を何度となく経験しているトヨムだから、まだ立っている。しかし本来ならば若い相撲取りのようにヒザを着いていてもおかしくない展開だ。

切っ先で迫るとクラウチングスタイルの構えが起き上がる。アゴ先を拳でかくしているが、背筋は伸び切っていた。



死に体。



もうトヨムは何もできない。そのとき銅鑼が鳴って、タオルが投げ込まれた。カエデさんによるギブアップ宣言だ。私は残心を取ったまま、トヨムから目を離すことなく開始位置まで後退。トヨムも構えを解くことなく開始位置へ。


久しぶりの師弟対決ではあったが、まだまだだな、と言わざるを得なかった。


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